第15話:今回最大のレッスン
夜も更けて星々が鮮やかに天空を彩っている。
一行は野営地点で火を囲んでいた。
「しんどかったわねー、特に警備隊への報告!」
「信用を得たからか、今度は逆にずいぶん事細かに訊かれたな。ここの部隊はやっぱりだいぶちゃんとしてる。ヨガヒナ側の魔素分布にはやはりガルナッソからの影響が見えたが、まあ今回はこのデカブツ退治がヤマだろうから、後は彼等がうまくやれるさ」
解体作業が完了したのは日も沈もうかという手前で、一同が急ぎ足で詰所へと帰りついたころには周囲は完全に暗くなっていた。それから警備隊からの聴取に協力したため、解放されるまでにはさらに時間がかかった。その後、警備隊から夕食提供を申し出られたものの、固辞して自分たちで準備したところであった。日中いつの間に獲っていたのかトキが取り出した川魚を岩塩で串焼きに、刻んだ山菜を発酵調味料とあわせて持参した穀物に混ぜた粥にしている。
遅い晩餐を謳歌しながら、エルレアは警備隊とのやりとりを振り返った。
「結局、警備隊の方々にもいくらかの資源をお譲りしましたね」
魔物から回収した素材は一行にすべての所有権があるという取り決めだったのだ。念押しの小芝居までこなしている。しかし、魔石こそすべて回収したものの、『悪食』は牙の一部などを討伐参加報酬として警備隊員に渡していた。なかなか出回らない希少品であり、素材として良い値で捌けるだろうという。
「巡回部隊、にね。あれだけの成果を俺達が独り占めだと、事前の取り決めとはいえ嫉みも生まれるもんでして。そこんとこ、警備隊の中で得したやつとそうでないのがいれば、やっかみはそっちに向くんです」
「いつも思うけど、よくそんな悪知恵が回るもんだわ。腹黒よね」
「それを気にするなら、巡回部隊員からあらためて山分けに差し出しゃあいいのさ。そうなっても俺達は感謝される。ただ、病気の家族を残して死なずに済んで良かった、とか泣いてた奴がいたからな。小金が入れば治療に充てたいという気持ちも出るだろう。そう無欲でもいられないんじゃないか。なんにせよ俺達は気前良くお裾分けしただけだぜ。こういうのは助け合いさ」
怖いのはむしろ人間、と言っていたのはこれか。エルレアは目眩がした。言わんとしていることは理解できる。僻みには時として道理が通じない。とはいえ、ささいな謝辞にもつけいる隙を見出すなど、とても自分にはこのような駆け引きは務まりそうにない。曲がりなりにも七十云年生きてきた身として、人生経験の違いが情けないほどだった。
「ほら、エルレアちゃんもトキくんを警戒してるじゃない」
こめかみを押さえているエルレアを見て、ヴェガが茶化す。
「あ、いえ、妬みを買わないように立ち回るのは大切だってわかります。今回の件もつまり、わずかでも戦闘に参加した他チームに還元したっていうことなんですものね。ただ、警備隊員さんのさりげない一言なんかを拾ってうまく利用していくのって本当に難しそうだなって思いまして」
妙な誤解を生まないようにとの口数の多さに、自らのクドさを棚に上げて苦笑しながらトキは返した。
「いやまあ、小細工を弄さなくてもよくて、ルールを決めていたとしても利益をあからさまに独占すると反動があるのが人の心なんで気をつけたほうがいいって話ですよ」
たしかに、そういう心構えであれば持っておけそうである。エルレアは深くうなずいた。
「ところで、結局何が起きていたのかはトキくんの予想通りだったのかしらね? 危険な個体が出現したから他の魔物が消えた、ってやつ。黒竜がいなくなったせいか、帰りは出口手前で雑魚がちょっと現れたじゃない。こっちが多かったからか、すぐ逃げていったけど」
「ああ、ほぼ当たりじゃないか。あの亜竜はおそらく、ガルナッソの湿地で発生した変異種が、魔物やその他の生き物を取り込む異能をもとにして急速に育ったんだ。似たような例を聞いたことがあるのと、取り込まれたであろう冒険者の遺物の欠片らしき人工物も死骸から出てきただろ。アレに喰われたかアレから逃げたかして森の魔物は姿を消していたんじゃないかな。ガルナッソから魔素が流れてきたことで生息しやすくなって、ヤツの進路がこっちに向いたのかもしれない。いくつかのはぐれ屍霊が森方面にきたってのもそれと関係あるだろう」
冒険者の遺物、にトキは触れた。
巡回部隊の他に別のチームが複数森に入ったという話だったが、結局終日出会わなかった。詰所周辺にも今夜は野営者はいない。無事帰った者たちもいるかもしれないが、ヨガヒナ沢側では少なくとも今日一つのパーティーが壊滅しているはずだ。見つかった遺物は彼らのものかもしれないし、また他の犠牲者のものなのかもしれない。
「人が戦おうとしていたみたいなお話しは、ジャマイカさんたちもされていましたが、先行パーティーは気の毒でした。でも実際、おふたりのようなよほどの実力者でもなければ、あんな怪物と出くわしてしまうと……どうしようもない気がします」
「ジャーメイン氏、ですね」
トキが冷静に訂正した。
「あっ、あっ、はい、ジャーメインさん」
エルレアは頬をかきながら、自分がもしも単独行動だったならば、と考える。
ギルドの支援がないままヨサンギ採取に挑んでいたとしたら、黒竜や救援部隊の遭遇した四伎鴉と出くわして、ほぼ確実に命を落としていたわけだ。仮に自身と似たようなレベルの素人が寄せ集まったとしても、結末は変わりようがない。それを思うと、自分がいま生きてその日の晩餐に預かれていることは、数奇な巡り合わせに寄っているようであった。
「どうしようもない、か。そいつが今回最大のレッスンだと思いますよ。事態を把握しなければいけない警備隊はどうだか知らないですがね、不穏なら脅威に当たる前にでもケツまくって逃げりゃあいいんだ。事実、エルレアさんはヨサンギ採取の後それができていました」
そう言うと、トキはまっすぐにエルレアを見つめて続けた。
「何があろうと自分で生きて帰るのが、冒険者なのさ」
夜の帳にあいた色とりどりの空の綻びが、静寂をパチパチと割る火影と競っていた。柔らかく背に伸びる影は人の葛藤をほぐすかのようにその穂先をぼかしている。
ゆっくりと流れる一日の終わりが、ひと仕事終えた後の安らぎと、その裏腹にエルレアが踏み入った領域の過酷さとを、残酷なまでに示していた。




