第13話:アイツは大黒(ダイコク)
土の防護壁に阻まれた大型黒竜が、大きく不快げに唸りながら岸壁から頭を起こす。それと同時に、竜の右頬を棍棒の強烈な突きが見舞った。山のような巨体がバランスを崩し、たたらを踏んで不格好に旋回する。と、その回転のまま尾の部分がこの攻撃者に凄まじい速度で襲いかかった。しかし、その反撃に即座に棒の先が這うや、竜の一撃ははじめから別の軌道を辿っていたかのようにいなされて空振りし、大型黒竜はより大きくそっぽを向く形となった。
「『砂揉錐』……」
棒使いの男が地面に手を当てて魔力を集中すると、土中から躍り出たのは、これまた細い砂土の無数の塊である。同じように針金状にまとまってゆくが、ただし今度は一片の長さが腕の先ほど。それらが彼のまわり、二丈(約6m)四方に浮かぶと、一斉にギュルリと捻れ、鋭く尖ったいくつもの石の棘へと変貌した。
「『集』!!」
宙に浮かんだ無数の千枚通しが、大型黒竜の右前脚の関節部分に一斉に襲いかかり、きりもみしながら突き刺さる。崩された巨体はまた大きく揺らいだ。
と、黒竜があたりに轟く大咆哮を発して何度か足踏みをした。衝撃に大地が震える。深く刺さったはずの無数の棘が一斉に抜け落ちた。脚はまだ動くようだ。
男は魔法を発動した場所から素早く後ろに跳びすさった。
この魔法を放った男こそは、トキであった。
下がって構えた地点がちょうど『土の防護壁』の端、ジャーメインらの姿が見える位置にいる。両手で持った六尺棒を大型黒竜に向けたまま、トキは警備隊員らに目を向け、声を掛けた。
「危ないところでした。いまの突撃では大丈夫でしたか?」
すんでのところで命拾いしたと理解したばかりのジャーメインは、背中に汗を吹き出させながら、この男の問いかけに咄嗟にうなずいた。恐怖に声が出ない。
いや、命拾い……? 『土の防護壁』に覆われていたため、いましがたの攻防で何が起きたのかよくわからなかったが、アレはむしろ激昂して更に脅威を増している。いまの地獄の底からとどろくような叫び声といったら! たった数分生きながらえただけでは……??
他の隊員たちも一様に竦み上がっている。冒険者はそれに構わず言葉を続けた。
「救援部隊も向かっていますが道中の魔物との交戦中で、こちらには我々が先行しました。アレは俺たちが狩りますが、よいですね」
狩れるという確信のまったくないまま、ジャーメインは再び小刻みに首肯するしかなかった。それを確認して、トキは今度は、黒竜が態勢を崩している間に自身の後方に構えていたパーティーメンバーに話しかける。
「亜竜だな。ガルナッソの湿地にいる『伍両鰐』か『沼蜥蜴』の親玉みたいな印象だ。タフさはザバン迷宮の『階層主』クラスかな」
「たしかに、見たことない種類だけど完全な成体竜ではない感じね。この嫌なニオイとか関節への攻撃が効きめ薄いあたり屍霊型は決まりでしょう。体液が腐蝕性だったけど、霧でも張って緩和する?」
「いや、いいかな。巡回部隊の保護に割くのもひとまず俺の『帷』で十分。あとはこっちで引き付けるから、でっかい魔法だけ対処を頼むよ。トドメは高く売れる内臓の『龍息』があれば残せるように、ムネを避けて柔軟にやろう」
「わ、私は治療に特化したほうがよいでしょうか?」
「エルレアちゃんは私の後ろから弓で援護してあげてくれる? トキくんだけにあのモンスターの注意が偏らないようにね。強化付与するから、さっきトキくんが痛めつけた右脚を中心に狙いましょう」
「はい!」
既に身体・感覚強化の魔法を掛けてもらっていたエルレアは、気分まで高揚してよくわからないエネルギーに満ち溢れているように感じていた。相手の動きもよく見えるし、ふたりの自信満々な態度もあって、なんだかなんとかなる気がする。竜の威嚇に接しても警備隊員たちのような恐慌状態に陥ってはいない。そして、ヴェガが指を振ると、背負った矢筒にも魔力が宿り、ほのかに蒼白く輝き出した。
立ち上がりトキたちを向き直した黒竜は、睨みつけながら、禍々しい黒紫色の蒸気を口の端から噴き上げている。憤怒を示しながらも、先程の攻撃にやや警戒しているようだ。
「もう撃っていいですか?」
「待った、連携前に呼び方を統一しましょう。でっかくて黒いからアイツは大黒だ」
「ダイコクですね、わかりました!」
「……」
「じゃあ行くぜ」
どこか呆れ顔のヴェガをよそに、トキが口火を切った。一気に土を蹴って岸壁を斜め前に駆け登る。黒竜はこの動きにするどく反応し、その巨躯からは想像もつかない機敏さでこの人間を正面に捉え直すと、鋭く噛みついた。それを鼻先紙一重で躱したトキがそのままくるんと横回転すると、大岩が割れたような鈍く大きな音がした。棒の一撃で牙の先を折ったのだ。衝撃に口から飛散する毒液のしぶきを、崖を登った一瞬で抜け目なく体の周囲に張り巡らされた薄い土の膜が代わりに受けている。驚くべき魔法制御技術であった。しかし折れた歯を気にかける様子もなく黒竜は左前脚の爪を乱雑に岸壁へと叩きつけた。地響きとともに土砂の爆煙が舞い上がる。トキの足場が崩れた。再度顎を不気味に開けた竜の喉の奥、瘴気が濃密に収束してゆくのをトキは空中で見た。
崖下に転がり落ちてくる牙だったものを躱しながら、ヴェガが練り上げた魔力を上空一点に解き放つ。その蒼白き閃光は黒竜の右喉元に下から突き刺さり、内側の瘴気の塊を精確に貫いた。瞬間、内部で小爆発が起こる。喉元の衝撃にはさしもの屍竜もおおきく怯んで身を捩った。
「『菖蒲耀笛』。こっちがお留守だったわね」
「助かるなあ。さあ――泣け!!」
その鼻の頭にすかさず跳び乗ったトキが、自身よりも更に巨大な右の目玉めがけて六尺棒で怒濤の連続突きを放つ。ドパンと破裂する眼球。はじけて溢れた緑色の液体が夕立ちのように降り注ぐが、下ではヴェガが分厚い水の膜を張って周囲を防護している。
暴れ狂う黒い竜の右前脚を青く光る矢が射止めた。と、そこから先程の閃光と同じような蒼白い焔が生まれ、周辺の組織を焼き尽くしてゆく。エルレアはそれを見て後ろの右足首にもあっという間に二本の矢を突き立てたが、そちらはブスブスと鈍く煙を立てるにとどまった。トキの攻撃で弱っていた前脚とは違い、まだ抵抗力が強いのだ。
エルレアらに反応した黒竜は、地上を一気に掃き去るべく、尾を強く振るって木々ごと薙ぎ払った。しかし、いつの間にか地上に降り立っていたトキの棒術がその軌道を上部にまたも逸らす。体重を込めた一撃が空を切って派手にぐらつく竜。間髪入れず、トキは上方に浮ついた胴体の右側面へと距離を詰め、地面を軽く棒で突いて唱えた。
「『砂揉錐・魁』……!!」
ズンッ!!
後足の真下から、一本の丸太ほどある針が、建物ならば三階にも届こうかという高さまで勢いよく突き出て、その足首を完全に貫いた。そこにまた青き矢が突き立つ。今度は白い焔がたち、命中した箇所をまたたく間に灰にしてゆく。
右側前後肢の機能を致命的に喪った黒竜は、轟音とともに腹から倒れ伏した。大地が大きく揺れる。エルレアは転びそうになって手をつき、慌ててもう少し後ろに下がった。
黒き竜は、だが止まらない。その首をもたげなおすと、ヴェガとエルレアを残った左目でギロリと捉えた。素早く間合いを取ったトキがふたりの前に立ちはだかり、前方に両手をかざす。
「トキくんよろしく」
「『狂道』」
極度に凝縮された漆黒の瘴気が、土煙を切り裂いて激烈な勢いで吐き出された。あらゆるものを腐蝕させる闇の魔力塊である。しかしそれは目標手前で突然枝分かれし、放射状に拡がって周辺に分散した。さながらあらかじめ用意された見えない道筋に沿って導かれたかのごとく。邪気の着弾した周囲からは草木の溶ける濁音が立った。
その間にヴェガは、必殺の魔力を練り上げきっていた。
「『竜胆耀笛』」
ヴェガの振るう杖より放たれた、人の丈よりも更に太い光の束が、黒竜の頭部を貫通した。
……須臾の硬直のあと、竜は力無くその頭を落とし、崩折れた。またも強烈に大地が揺れ、すさまじい音が辺りに響いた。
だがそれは、戦闘終結の鐘の音でもあった。
横たわった屍竜の肉体は自らを維持する力を失い、早くもグズグズとうるさく腐蝕しはじめている。
黒竜の撃破完了であった。




