第10話:審査結果
ヨサンギ採取目的の冒険者から、魔物との遭遇がなかった、と聞いた担当者は、ピクリと眉を上げた。彼等も彼等で変化には敏感なのだ。なにせおのれの生命に直結している。
「隊長、昨日まではそういう話は出てませんよね?」
「ああ。定期巡回路でも遭遇はあったと聞いている。いまはジャーメイン隊がヨガヒナルートを回っている時間だな。昨日屍霊の目撃・討伐報告が上がっていたから、状況変化に注意するようには言ったが……」
「帰還時にそのジャーメイン殿たちと入口近くですれ違いましたよ。我々は湖まで半分くらいのところで引き返しましたが、そこまで魔物は見当たりませんでした。三叉路で死臭のようなものを感じたので、ヨガヒナ沢側に問題があるかもしれません」
隊長と呼ばれた男は、トキの言葉に眉をしかめた。
何度か見た顔の冒険者ではあるが、素性が知れているわけでもなく、うかつに信用することはできない。たとえ悪意がなかろうと、能力不足や思い込みによる勘違いも多いのだ。彼等が魔物と遭わなかった、という事実だけに価値がある。討伐証跡などの現物を含む情報以外は定期巡回部隊の報告が正で、有象無象からの推測や助言は求めていないのだった。
「わかった。ご苦労」
「あと、魔素濃度が上がっていて一部森から溢れていました。早めの再測定をおすすめします」
「ああ、もういいから」
魔素の類は検証が難しいことから詐欺師につけこまれやすい。異状には気を配るべきだが、見えないものに慄きすぎても保たないのだ。自分たちで裏の取れないオカルトは割り切ることにしている。まったく、田舎とはいえ身体を張ってるんだから、いい加減きちんとした魔導師のひとりやふたり送ってきてほしいもんだな。隊長は心の中でひとりごちながらヒラヒラと手を振って会話の打ち切りを示した。
それに気を悪くする様子もなく、トキは担当者とさらにいくつか言葉を交わすと、エルレアとともに詰所を後にした。
◇◇◇
「ああいう扱いなんですね、せっかくの生の情報なのに」
エルレアは警備隊長の愛想のなさに頬を膨らませている。自分が軽んじられるぶんにはまったく構わないが、先輩冒険者トキの深い知見には敬意が払われるべきように思うのだ。
「彼等からすると、入れ替わりの激しい冒険者のいちいちに信は置いてられないんですよ。俺達が言うべきことは伝えたし、警備隊も堅物とはいえ無能じゃあない。『四伎鴉』程度には対処可能だろうし、もっと別のことが起こって手に負えなければ二の矢も継ぐでしょう」
そういうものかと取りあえず納得したエルレアが、担当者から得られた情報をヴェガにも伝える。
「今朝の巡回部隊はヨガヒナ沢行きだと仰っていました。それと、昨日ここにいた内の一組が、湖に向かう私達を追い抜いて行きましたが、警備隊に一声かけてから森に入ったのは我々を含めて計三組だという話です」
「うちが見かけてない方のパーティーと巡回部隊、北西には最低二組が向かったということね。トキくんの仮説が正しければ特別危ないのが出てることもありえるんでしょう。死傷者は出るかもしれないわね」
「あのう、治療などで貢献できるなら、しばらく残っているべきなんでしょうか」
死傷者、と聞いて、『医療術師』として活動していこうとしているエルレアは、トキたちの姿勢を思い返していた。もともと、採取が順調に終わった場合で明日発つ計画だったのだ。このまま帰ることもできようが、今日いっぱい見守る余裕は持っているとも言える。
「素敵なご提案なんですが、そいつは受注クエストとは完全な別物になるんで、その話に入る前に言っとかなきゃいけないことがあります」
「あっ、はっ、はい……」
申し出を遮ったトキの意図を察して、エルレアの心臓はドキリと跳ね上がった。まず間違いなく、冒険者としてやっていけるかどうかという話である。
自分は、果たして認めてもらえたのだろうか……。
「お察しのとおり、審査結果についてです。結論から言いますと、問題なし、合格として報告します」
「わっ、わっ、ありがとうございます……!!」
エルレアの胸はもう一度、今度は別の形で高鳴った。嬉しい……。
ふたりに向けて深くお辞儀をする。ヴェガがパチパチと拍手を贈ってくれた。
「一両日、一緒に活動させてもらいましたが、俺達から見てエルレアさんは、入門者クラスの任務遂行能力は十分でした。薬草を見つける勘も良かったし、サバイバルの腕もある。何より危機管理がしっかりしていたのが良くて、勇気を出して森に入った上で無理せず生還できたのが評価点です」
「んふ、んふふふふ……」
異状に積極的に対処してきたのが彼等であるとはいえ、きちんと話を聞いて、会話に参加しようとしてきた姿勢を認めてもらえて本当に良かった。
具体的に褒められてムズムズニヨニヨと奇妙な笑みをこぼしているエルレアに対して、トキは言葉を続けた。
「ただ、単独での活動はだいぶしんどいと思うので、複数人体制に混ざるのを強くおすすめします。ヨサンギ採取も本来ド初級のクエストですが、ひとりで受けるのはまだ絶対にやめたほうがいい」
「はっ、はい!」
それはまさしくその通りである。冒険者同士の会話にも難があるし、知らないことも多すぎるのだ。魔物ともまだ遭っていない。エルレアは背筋を伸ばした。
「今後どうするのがいいかは、帰還後にまたご助言しましょう。ただ、別件に移る前に、審査については一旦安心してもらいたい、ということを伝えておきたかったんで」
「お心遣い、ありがとうございます。本当に嬉しいです」
ともあれホッとしたエルレア。
監督官のふたりも笑顔を見せていたが、トキは真面目な表情に戻った。
「じゃあ話を戻しましょう」
「非常事態には、二級の治療魔法はたしかにめちゃくちゃありがたいはずだ。消耗具合にもよれど二回は使えるんでしたね。俺も四級は操れますがせいぜい捻挫が治せるくらいなんで、エルレアさんに協力いただけるんなら取れる選択肢も広がるのは間違いない。といってもその場合、現地まで行かないといけない可能性が高いな。仮にいま再度森に入るなら、俺達が全開で行くんで安全面は任せてもらっていいですけどね。がんばれます?」
いまだ実戦を見たわけではないものの、この二日間の共同活動を通して、彼等の判断力はおおむね信頼できるとエルレアは捉えていた。ここまでは赤子の審査重視で方針を立てていたため極めて慎重な姿勢を見せていたが、そんな彼等が大丈夫と力強くいうのならなんとかなるはずだ。うなずいて答える。
「はい、がんばります。じゃあ、しばらく様子を見て必要だったら手助けもする、ということですね。でも、トキさんたちは怖くはないんですか?」
「環境としちゃあ迷宮なんかのほうがよっぽど手強くて、こっちで怖いのはむしろ人間かな。手に負えない脅威と対峙したとしても、逃げ切れるとは思っています。最悪エルレアさんはヴェガが『収納』しちまえばいいんで」
あ、なるほど、容量に余裕があればそんな方法も取れるんだ。
目から鱗のエルレアに、ヴェガがあくまで非常手段だと釘を刺す。魔法でつくった異空間は固有の魔素に満ちていて、生物が長時間滞在すると相性次第では中毒を引き起こすこともあるのだという。
「術師と一緒なら、内部の魔力も操作できるから影響も少ないんだけどね。今度私のテントを覗いてみる? 広くて寝心地いいわよ、うふふ」
いろいろなカラクリがあるものだ。感心しながら何気なく空を見上げたその時、エルレアはナバテの森方面に赤黒い煙が細く立ち昇るのを見た。
――警備隊の非常信号であった。




