師匠の次なる命令
「どうだったかな、ヴァイス君?」
「どうだも何も、あれうちのギルドの入団試験と同じくらいの難易度じゃないですか」
「そうだね」
「欠伸が出るまでもなく終わりましたよ」
「それだけ退屈しなかったのか、よかったね」
「欠伸が出る時間すらかからなかったという意味ですよ!」
僕は師匠に抗議していた。師匠はにこにこと笑いのらりくらりと僕の抗議を躱す。
「君のギルドは国内、いや世界の中でも随一だからね。仕事内容にちょっとアレなものが含まれているから便宜上闇ギルドなだけであって、世界一位と言われるギルドですら、ここに敵うことはない」
「全く……。師匠に騙された訳ですか、僕は。――それと師匠、僕の情報は表どころか裏でも全く流れていませんよね?」
「そうだけど……どうしたんだい?」
「僕のことを気にする子息子女が4人……。僕はすぐ周りにばれるような実力の示し方はしていませんよ」
「私はもうちょっと目立ってほしかったんだけどね」
……本当に師匠は何を考えているのだろうか。僕がわざわざいくつか顔を作っていた苦労を吹き飛ばす方向に策を練ってくる。
「ぞっとするようなこと言わないでください。もしふとした時に訛りがでたのを聞かれて、出身国がばれたらどうするつもりですか!!」
「『持たざる者』がグロリオサに入ったところで、注目は避けられないでしょ。今から貴族になるの?試験終わったけど」
「……」
ヴァイスとして入学試験を受けたので、ヴァイスとして通うしかない。それはもう避けられない。
「それに、情報は漏れていないよ。だから君も釈然としない顔をするのだろうし」
「…………よく僕の表情なんかわかりますね」
「わかるよ。私は君のたった一人の親なのだからね」
そう言って、頭を撫でてくる。それは、子を想う父の手で、『持たざる者』が永遠に手に入れることができないぬくもりだ。
僕は顔を見られてはいけない。僕の素顔を知っているのは、師匠と最高幹部のみだ。それに、僕はあの一件の所為で表情が乏しくなった。表情を変えようと思ったら変えられる。笑うこともできるし、怒ることもできる。でも、結局は見せかけでしかない。自分の思っていることを、上手く顔に出すことができないのだ。
「それに、君を見ていたのは貴族だけなんだろう?王子が見ていた訳ではない」
「最初から師匠がやらかしたとは思っていませんよ」
僕は師匠を信頼している。師匠は、そういうことは絶対にしない。
「まあ、最高幹部だって君の素顔の意味を教えてあげるまでは気が付かなかったしね。――私は別にそこまで徹底する必要もないと思うけど」
「本当はそう思っていないんでしょう?――僕は、少しでも確実にしたいです。だからこそ――」
「そこまで気負う必要はないよ。私も協力は惜しまないつもりだよ」
「ありがとうございます」
とても心強い。部下に命令する時は威厳があるが、それ以外は優しいのだ。時々いたずらを仕掛けてくるが。
「だからね、余計な虫をはじいた上で、君には同い年のお友達を作って欲しい。欲を言えば――恋人なんかも作ってきてくれると嬉しいけどね」
「無理です」
「恋人は無理だろうけど、せめて友達は作っておいで。これは命令」
思い出したかのように命令と付け加える師匠に、僕の胸には苦い思いが広がる。
「命令ですか……」
「そう言わないと作ろうとしないでしょ。作る努力を最大限にしたけれど、結果作れませんでしたはいいから」
「わかりました」
「じゃあ、仕事にとりかかろうか。私はこれで失礼するよ」
そう言って消える師匠に向かって頭を下げる。転移魔法で帰るのだろう。師匠は消える直前、僕の頭に手を置いた。
頭を下げていた僕は知らなかったが、師匠は慈しむような表情を浮かべていた。
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――入学式。
僕は首席で入学したらしい。次席はこの国の王太子である、ロッサ・マロニエ・アベリア。過去の賢王と同じミドルネームを持つ彼は、さぞかし優秀なのだろう。僕は興味ないが。
学長はありきたりな言葉を並べ立て、挨拶が終わると新入生たちは拍手を送っていた。次に生徒会長の挨拶。ありきたりではあるが、新入生を盛り上げるような演説だった。
――退屈だ。
入学試験があった夜に師匠に言われたことが頭から離れない。
今まで、仕事の関係上ビジネス関係はいくらでも築いてきた。そこに友情とか、絆とかがある訳がない。
今までそういう関係を築こうと思わなかったからこそ、どういうものが友達というのか。絆とはどういうものなのかが全く分からなかった。
入学式も終わり、クラスも振り分けられた。首席である僕は当然Sクラスになったのだが、他にも、入学試験で僕をじっと見ていた者や、王太子が同じクラスになった。
――けれど、やはりと言うべきなのか……。第二王子はいないようだ。
第二王子は我がままで、王族教育を放り出したらしい。それでも、Aクラスではあったらしいが。
それと、もう一つ。どうやら僕を見ていた者は知り合いだったらしく、いつも固まって行動していた。少し変わった集団で、公爵令嬢と男爵令嬢が楽しげに談笑しているのだ。
どこに行っても、身分差による差別がひどいがために、身分が低い者と身分が高い者は相容れないと思っていた。あの集団が例外なだけで、実際そうであり、僕はそれをずっと目の当たりにしていた。
そんな彼らは僕をじろじろと見てはいるが、話しかけてこない。『持たざる者』だから当然と思えた。
――師匠。何を思って、僕にそんな命令をしたのですか?結局は、消えてなくなってしまうというのに。