師匠の命令
加筆しました!
「学園、ですか」
白髪で仮面をつけた、肌が病弱そうなほどの青白さである青年は、自身が敬愛する師匠にそう聞き返した。
広い部屋。長い机に大量の椅子が置かれているが、誰も座っていない。暖色系の照明がついているが、薄暗く、更にこの部屋の奥は暗くなっているため、そこに置かれている執務机に座る男の顔はよくわからない。
白髪の青年だけが唯一この場で立っている。執務机の長テーブルを挟んで前に立っていて、その後ろにいる彼の部下らしき男女は跪き、頭を下げている。
この部屋が家具を含め、豪華なつくりをしているからだろうか。それとも暖色系の薄暗い照明のみここを照らしていないからだろうか。とにかく空気が重く、白髪の青年はかなりの実力の持ち主であるにもかかわらず、簡単に逆らえない。何かを試されている感覚さえする。
「ああ。ここ、アベリア王国には15歳になったら、学園に通うことが義務付けられているのを知っているね?」
師匠は僕の目を僕のつけている仮面越しに鋭く見つめた。普段よりも威厳がある話し方に、少しだけだが圧倒される。
そういう法律があるのは知っていた。この国は、優秀な人材を育成するため、そういう法律があるのだ。アベリア王国は優秀な官僚が多く登用できたため、この法律の効果は絶大だった。
「はい」
「義務には従いなさい。それに学園に通うことは必ずしも悪いこととは限らない。組織のためにもなる。お前はこの組織の表向きのボスだ。義務に反せず、この組織の利益を追求し続けなさい」
そう師匠は言い切った。しかし僕は師匠のかなり痛いところを突くこととする。
「今はかなりの人手不足です。僕たち最高幹部がずっとフルで、休みは月に一回程度でも回りきらないときもあるのに、ここで僕を失うのは……」
「いい。お前はもう少し広い人脈を持つべきだ。それに……」
師匠が言い澱む。僕が聞こうとする前に「これについては別に知らなくても問題はあるまい」と言ったため、僕は聞かなかったことにした。
師匠には何か考えがあるのだろう。なら、これ以上は何も言うべきではない。
「それで、どの学園に?一口に学園といっても王都だけで4校あるのですが」
「当然グロリオサ学園に決まっているだろう。お前は表向き冒険者として学園に通う。名前はヴァイス、ランクはSS級だったね?」
「はい。『持たざる者』の冒険者で、扱いは公爵家と対等、国によっては王族の次の立場なはずです」
師匠の確認に僕は少し情報を付け加える。
――グロリオサ学園か。
僕はその学園をよく知っていた。その学園は王国一、いや、そもそも学園なんて他国には一つもないため、世界一の難関学園である。そこに合格するのは一握りの天才だけだと言われているほど。その学園は4年制で、つまるところ、僕という最高戦力が4年も抜けてしまうということだ。僕はその点を懸念していたが、師匠が何とかするらしい。
「もう願書は出してあるから、この日に学園に行くといい。……くれぐれも迷子にならないように」
「努力します」
僕は方向音痴ではないのだが、同じものが立ち並んでいるだけの街なんかは目印がなくすぐに迷ってしまう。当たり前にダンジョンやスラム街だと一切迷わないのだが、それを主張すると「おかしい」と言われてしまったことがあった。何故だろうか。
「まあ、当然不合格になることは天地がひっくり返ってもないが。まあ、頑張りなさい」
師匠の激励とともに僕は師匠の執務室を後にした。