廃ダンジョン・トレッキング(近海の島編)
特殊な趣味であることは自覚している。だが、最も安全に稼げる趣味でもある。
俺が狙うのはただ一つ。廃ダンジョンだ。
島にあるダンジョンだ。船をチャーターして行かなければならないが、浜から泳いでも行ける距離にある。海賊や密漁者がよく立ち寄るらしくかつては酒場まであったらしい。今は法も厳しくなって密漁者も捕まり、海賊は別の海域に消えた。
「あんなダンジョンに行くなんて変わってるねぇ。学者か何かかい?」
船頭は女性で、昔、近海の貝やサンゴを獲っていたという。
「いえ、一応、これでも冒険者です。もうボスはいないんですよね?」
「ああ、もう30年前には潰れてるはずだ。海賊たちが全部持って行っちまったからなんにも残ってないよ」
「いいんです。ずっと気になっていたダンジョンですから。もし何も残っていなかったら、宝の地図でも書いて売りますよ」
「悪党だね」
そう言って女船頭は笑っていた。
宝の地図と言われるダンジョンの地図は今でも冒険者の間ではやり取りされている。ギルドとしては「そんな得体のしれない情報は信じるな」と注意を促しているが、一獲千金を狙った冒険者は後を絶たない。
基本的に俺はそんな地図は信じない。むしろ、何もない場所に行っても仕方がないと思う。今回の孤島では、何を探すのかすでに決めてある。
珍獣の骨だ。
魔物学者と話しはつけてあり、骨の買い取りについては問題ない。陸地の近くとはいえ独自の生態系があるのではないかと学者たちは熱っぽく語っていた。
おそらく、ここまで過去に人間たちが出入りをしているので独自の生態系はない。
机上の空論は散々聞かされてきたので、望みが薄いことはわかっていた。
ただ、海賊たちが魔物の売買に手を出していたという情報があったので、また別の期待が膨らんでいた。
「今は誰もいないよ。時々、漁師たちがバーベキューするだけさ」
「わかりました。帰りの船もお願いしてるんですけど……」
「ああ、夕方来ればいいんだろ? たんまり稼いでくれ」
「ありがとうございます」
女船頭がいなくなり俺はまっすぐダンジョンへと向かう。酒場跡には鍋や割れた樽なんかもあり、鉄製品だけ回収してもよかったかもしれないが、今回は目的が違う。
ランプに油を入れて、誰もいない廃ダンジョンの中に入っていく。大きなリュックはダンジョンの入り口に置いていく。鳥が持って行くこともない。空の麻袋だけ持って行けばいいだろう。
中は獣臭がするので、魔物が生き残っていたのかもしれない。ダンジョンに入ってすぐ。棘の付いた天井が下がっていく罠があった。もちろんすでに壊されていて、釣っていた鎖も回収済み。海賊の中に罠師がいたのだろうか。
シーフと呼ばれる探索系の冒険者の中でも罠師という者たちがいる。罠を専門的に解除し、仕掛ける者たちだ。天井が下がるなんて大掛かりな罠を仕掛ける者がいるなら、意外と本当に価値ある物を隠していた可能性は高い。
罠を超えていくと、壁から回転する刃が出てくる罠や落とし穴などの罠が残っていた。
「罠が多すぎるな」
すべてすでに起動しないが、魔物の死体がミイラ化していた。
中の魔物を外に出さないため罠を張っていたのかもしれない。だとすれば、やはり海賊は魔物をこの島で繁殖させていたのだろうか。今では魔物飼育規制法により、ほとんどの大型の魔物を飼うことは許されていないが、かつてはドラゴンすら従えるドラゴンライダーもいたくらいだ。
海賊がいた時期を考えると法律ができる頃なので、やはり時間的にはあっている。
奥に行くと鉄の檻があり、魔物の骨や藁などの他、餌が入っていたと思われる腐ったリンゴの匂いがする樽なども残っていた。
「30年以上誰も入っていないのか」
ここまで物が残っているとは思わなかった。もしかしたら、死体が動き出すんじゃないかと思い、慎重にピッケルを構えながら魔物の死体を集める。おそらくセイレーンと思しき亡骸や、ラミアと呼ばれる半人半獣の魔物が多い。好事家が多い魔物でもあるので、繁殖させていたのかもしれない。その分、珍しい魔物ではないのだが……。
「こんなありきたりの骨じゃ魔物学者も喜ばないぞ」
魔物の繁殖場には見切りをつけて、奥へと向かう。
奥にも床が抜け、海へと落ちる罠が仕掛けられていた。
「ああ、そうか! 罠師の練習場か!」
大掛かりな罠ほど仕掛ける場所がない。どんどん腕が落ちていくので、しっかり自分で罠を組み立てられるのか時々練習しに来ていたのかもしれない。そう思うといろいろ理解できた。廃ダンジョンに入るのは何も俺のような趣味人だけでなく、召喚術や死霊術を使う魔法使いたちの訓練場でもある。優れた罠師なら、こういう場所が欲しいと思うかもしれない。
罠を固定しさらに奥へ進むと、冒険者姿の骸骨が椅子に座って死んでいた。どうやらこの骸骨が罠師だったようだ。鎧などを脱がせてみると小さな革鞄から手記が出てきた。
『よくぞ来たな! ここまで来たお前に罠のすべてを授けよう。よく読んで正しく使うことだ。間違っても海賊や山賊と関わらないように。奥に秘密基地を用意しておいた』
罠師はどうやら海賊と揉めて、このダンジョンで死ぬことを選んだらしい。
奥の秘密基地への扉にもしっかり毒矢の罠が仕掛けられていた。罠はすべて回収する。
扉を開くと天井がぽっかりと空いた砂浜に出た。四方を崖に囲まれ、確かに秘密基地のようになっている。手記を見ると干潮の時だけ四方の崖のどこかに仕掛けた扉が開くらしい。
崖際には植物も生えていて、風も吹かずに心地いい。
「これは確かにお宝なんだけど、持っていけないんだよなぁ」
扉近くにはハンモックのセットや酒、葉巻、罠設置のための工具などが入った箱があった。罠師になりたい者にとってはいい環境だが、あいにく俺は趣味でやっているだけだ。
「こういう日もあるか」
俺は酒と葉巻を回収して、ダンジョンを出た。
夕方、のんびり待っていると帰りの船がやってきた。
「なんか出たかい?」
日に焼けた女船頭がにこやかに聞いてきた。
「秘密基地がありましたよ」
「なんだ、それだけかい?」
「ええ。金目のものは全然ありませんでした」
落ち込んで帰って、魔物学者に骨を、酒と葉巻を冒険者ギルドで買い取ってもらった。
「おい! これ亜種だぞ」
「え? 珍しいかい?」
「ああ、5割増しで買い取ってやるよ」
魔物学者からちょっと多めに報酬を貰った。
「ご禁制の葉巻と世に出回っていないはずのお酒でした。今では誰も作れないので文化財として買い取らせていただきます」
冒険者ギルドでもそれなりのいい価格で買い取ってもらった。
陸地からも見えるような島に、文化財があるとは思わないものだ。
宝はいつも足元に眠っているという先人の言葉を思い出した。