ヘラブナを取り逃がした話。
大学1年のころ。
「この池、ヘラでもいるんか?」
一人暮らしを始めてしばらくして、部屋の近くに池があることが判明し、俺は散歩がてら偵察に来た。
「ヘラっぽい台座があちらこちらにあるから、恐らく釣れるんだろうな」
何基も違法に作られたヘラ台座を見て、俺はそんな推測を立てる。
「……淡水で釣りって今までしたことないんだよな。
この際、淡水の釣りの王道のヘラブナ釣りでもやってみるかね」
俺はそんなことを考えつつ、引き続き池の周りを散歩する。
「お、桟橋みたいなところがある」
しばらく池の周りを歩くと、桟橋が作られてるところを発見する。
「ん。強度も問題ないようだし、やるならここからかな。
へたに台座からやると、ヘラ師が怒るからな。
違法に台座組んでるくせして、どこか横柄なんだよなあ、そこらの界隈の人間は」
俺は桟橋の上に乗って、そんなことを思う。
一応周辺も見た後、そのまま家へと帰る。
数週間後。
「とりあえず今あるタックルと、買ってきた餌でやってみるか。
釣れなかったら、それはそれでよしとしよう」
なけなしの金で、なんとか仕掛けと餌をそろえた俺は、餌の袋を開け容器に移し、水を入れて餌を練る。
餌は、グルテンとヘラブナ用の緑色の練り餌。詳しくは覚えてない。
竿は、4.5mの延べ竿。
そこに2号の道糸と100均の棒ウキ、0.8号のハリスに4号の袖針という仕掛けで今回挑む。
「んん、こんなに手につくものなのか、ヘラの餌って」
手にへばりつくるヘラ用の餌に四苦八苦しながら、なんとか練り餌を練り、針につける。
「ふぅ、やっと投入だ」
俺はやっとのこと、仕掛けを投入する。
それから俺は、定期的手に仕掛けをあげては餌を付けて投げる、それを繰り返す。
「ん?ウキが動いてる?」
何時間も全く釣れず、もう帰ろうかと思ったそのとき、ウキに今までと違う動きが出る。
ピョコピョコと、上下にウキが動く。
「あ、これは、アイツのあたりだ」
俺は、ウキの動きを見て、そのまま待つ。
すると、ウキがゆっくり横に動き出す。
「ここ!」
ウキが少し横に動いたところで、アワセを入れる。
すると、強烈な引きが竿を襲う。
「おおっとぉ、大丈夫かこれ!?」
俺はなんとか魚の突っ込みをいなしながら、魚がヘタれるのを待つ。
10分そこら格闘していると、魚の動きが弱くなる。
「よし、一気に上げるぞ」
竿を上に上げて、魚を寄せていく。
少しすると、魚が水面まで上がる。
「ヘラだ!」
水面に、ヘラブナが上がってきた。
しかしその瞬間、魚のほうが火事場のクソ力を発揮し、桟橋のほうに突っ込んでいく。
「クソ!」
竿をあげて止めようとするが全く止まらず、桟橋の下に入り込み、糸が切れる。
「ちくしょーめぇ!」
すんでのところで魚を取り逃し、あまりの悔しさにそんな叫びが出る。
「なら、次だ」
俺は仕掛けを作り直し、再度餌を付けて投入する。
しかし、その後餌が切れるまで釣れることはなかった。
「ぐぬぬ。と、とりあえず今日はここまでにしてやるよ!!!」
道具を片付け終わった俺は、そんな捨て台詞を吐いて、釣り場から逃げる。
その後、この池に来たことは1度もない。