なんでもいいから、大物を釣りたい!
もはや思い出せないほど昔の話。
記憶が存在しないほど幼少のころから釣りを始め、小物以外を釣りたいと思い始めたある日の冬のことである。
その当時、祖父と釣りに行くときは、ほぼ100%サヨリかイソベラしか釣っていなかった。
そのため、今日はどうしてもほかの魚を釣りたいと思っていた。
俺は、祖父に連れて行ってもらって、港の近くの防波堤に来ていた。
俺は釣り場についてすぐに、釣り道具と餌を準備した。
ただし、道具は当時やっていた、サヨリ釣りに使っているものだが、仕掛けはそれ用ではない。
俺の出身である、瀬戸内地方だからこその釣り方、カブセ釣り用の仕掛けである。
針と糸の他に何も使わない、非常にシンプルな釣りである。
ロッドは4.5mの2号磯竿。リールは安物のスピニング。それ以外は覚えてない。確か3号の道糸を使ってたはず。
仕掛けはチヌ針3号と3号のハリスだけ。
仕掛けを沈めるのは、今回餌に使う殻付き牡蠣の重さのみだ。
俺は磯竿を準備し、仕掛けを接続し、カキ打ちを使って、持ってきた牡蠣の殻を半分剥く。
「よし、早速投入」
俺は牡蠣を針に付けた後、目の前に落とす。
餌が針から取れないように慎重に糸を出しながら自然沈降に任せて底まで落とした後、ひたすら待つ。
何度か上げては投げてを繰り返して数十分後。
「強烈なアタリがきたぞ」
竿先が2,3回急激に曲がるアタリが来る。
俺はすぐさまアワセを入れ、リールを巻いていく。
少しの間あった強い引きを止め切り、水面までもう少しと言うところまで魚が上げる。
水面近くまできて見えた魚影は、青く、頭のほうにこぶがあった。
「コブダイだ!」
俺はコブダイを初めて掛けたことにうれしくなりながらも、冷静に水面まで上げる。
タモがないので、階段があるところまで引っ張り、手づかみで陸に揚げる。
「大きい」
一目見ただけで明らかに40cmはあるコブダイが、俺の目の前にあった。
「俺でも、大物を釣れるんだ」
初めて大物を釣ったコブダイを見て、俺は感動した。
俺でも、こんなのを釣れるんだと。
「よし。次も釣るぞ」
俺は釣れたコブダイを持って階段を上がり、クーラーに入れる。
それから、またカキの殻を半分むいて投げてを繰り返す。
「帰るぞ」
数時間後。
結局その後アタリが続かず、祖父のその一言でタイムアップとなる。
「なぁ、魚釣れよ」
帰る道中、車の中で祖父が俺に文句を言う。
「釣っただろ」
「大物じゃなくて、確実に釣れるそこにいる魚釣れよ」
俺が反論すると、分かれ、というような言いぶりをする。
「……」
俺は祖父の言葉に、押し黙る。
結局それからは互いに無言で、家に帰る。
次の日。
俺はまた同じようにカブセ釣りをするが、1匹も釣ることができなかった。
2日続けて大物釣りに挑み、今日釣ることができなかった。
そんな俺を、祖父が帰りの車内で責める。
「釣る気ないなら連れていかんぞ」
俺は、祖父のその一言に、心の中でこう思った。
「誰にも邪魔されずに、俺がしたい釣りをしたい!!!」
この日から社会人になってしばらくするまで、そんな渇望と共に、俺は釣りをどこまでも楽しめなくなった。