「じーじーおばさん」
子供の頃ってさ、
近所の大人に、子供たちの中だけで
妙なあだ名をつけたりとかしてたと思うんだけどね。
うちの地元にも「じーじーおばさん」っていう人がいてさ。
むかしファミレスの入口のとこで売ってたような
白いネジをじーじー回して動くおもちゃあったでしょ。
あれをいつも持ってるからじーじーおばさんって呼ばれていてね。
なんでも小さい子供を亡くしてしまって
それの整理がつかなくて、
それでずっとおもちゃを持ってるんじゃないかって
そんな噂もあったんだけどさ。
子供の頃の感性としては、
“じーじー”なのに“おばさん”っていうのが妙におかしくてね。
じーじーおばさんってあだ名は、僕の通ってた小学校では
かなり有名になっていたんだよね。
学校と僕の家のちょうど中間くらいに公園があったんだけど、
そこのベンチでよく、じーじーおばさんを見かけることがあって。
時々思い出したように、そのおもちゃのネジをジージー巻いててさ。
それを見かけるたびに、公園で遊んでいた子供たちが妙にざわついてね。
まあ本人にも聞こえてはいただろうから、どんな感情だったのか。
今となってはすごく失礼なことをしたと思ってはいるけどね。
それで、ここからは僕の友達に聞いた話なんだけど
ある日彼が僕の家に自転車で遊びに来たときに、
その日は新しいゲームを買ったか何かで、
いつも帰る時間より少し帰りが遅くなったことがあって。
夕方の6時くらいだと思うんだけど、
彼も僕も小学校の低学年くらいだったから
いつも通る道が薄暗くなっているのが少し怖くって
母親に怒られるかもなんて意識もあって、
急いで自転車で帰っていたんだって。
そうしたら、急いでいたせいなのかペダルを踏み外して転んでしまって。
それほど大したケガではなかったらしいんだけど、
心細さもあって、道端で座り込んで泣きだしてしまったんだって。
しばらく泣いていると、「大丈夫?」って女性の声がして
彼が顔を上げると、そこにじーじーおばさんが立っていたんだって。
子供たちの中では、噂になるくらいだから、少し恐れられていたのと。
子供ながらに散々笑いものにしていた後ろめたさもあって
何にも言えなかったらしいんだけど。
そんな彼にも、おばさんは優しく
「どうしたの?」「ケガしちゃったの?」
ってしきりに声をかけてくれて。
「ちょっと待っててね。」
そう言ってしばらくすると
自分の家から消毒液やら包帯やらを持ってきて
彼を手当てしてくれたんだって。
手当ての間も、
「おうちは近く?大丈夫?歩ける?」
「もしよかったらおばさんの家にくる?」
「おうちの人に迎えに来るよう電話してあげようか?」
絶えず声をかけてくれていて、
彼はこれまでくすくす笑ったり、
何かすごく卑怯なことをしてしまったなって思ったらしくて。
すごく恥ずかしくなっちゃって、搾りだすように
「大丈夫、ごめんなさい。帰ります。ありがとう。」って
逃げるように自転車を押しながら帰ったんだって。
振り返ると何となく名残惜しそうな、
さみしそうなおばさんの姿が、やけに印象的で。
小さい子供を亡くしちゃったっていうのは本当だったのかな。
なんて、子供ながらに何とも言えない気持ちになったんだって。
それからしばらくして
じーじーおばさんの姿を見なくなって。
子供たちの遊びもどんどん別のものになっていって。
彼も僕も、じーじーおばさんのことはいつの間にか忘れていたんだけどね。
大人になってから、偶然に彼と再会して。
日を改めて飲みに行く約束をしたんだけどね。
そのときに、思い出話とかをする中でこの話を聞いたんだけどさ。
僕も思い出してみると、やっぱり子供とは言え
なんだか悪いことをしたなという思いと、
当時のおばさんのさみしさとか、
想像して少し感傷に浸っていたんだけどね。
彼が
「でも、この話少し続きがあってさ。」
って言うんだよね。
彼が大学生くらいの時に
インターネットで廃墟だとか都市伝説の類を調べるのに
ハマっていた時期があったらしくて。
その時見ていたサイトの中に、
サイトの管理人の人が実際にその場所に行って
写真を上げてるってサイトがあったんだって。
その中に
「連続幼児誘拐犯の住んでいた家」ってのがあって。
そこに行くまでの道順なんかの写真も載ってたんだけどね。
見たことがある道とか、
見たことがある公園とかの写真。
すぐに記憶がフラッシュバックする。
「あっ、あの公園だ」と思った。
学校と僕の家とのちょうど中間くらいにあった
あの公園。
まさかと思いながらも写真は進んでいって、
その「連続幼児誘拐犯の住んでいた家」の中の写真に変わる。
中は廃墟になっていて、ボロボロになった家具だとか、
壊れた壁の破片なんかが転がっていて。
スプレーで書かれた落書きなんかもある。
その中、一枚の写真の隅っこの方に
ぼろぼろになったネジをじーじー回すおもちゃが
ぽつんと落ちていた。
あのおばさんがどこに行ったのか。
近所の人間も誰も知らない。