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黒い電話

作者: 泉田清

 金曜日の夜。ソファに腰かけテレビを観ながら酒を飲む。スマホに目をやると五件メールが来ている。「いつも〇〇を御使い頂きありがとうございます」、「セールのお知らせ」、「新着情報」、「元気か?あの件だけど」。 企業や業者が、休みを前に張り切ってメールを送り付けてくる。ご苦労な事だ。妙に馴れ馴れしい文面は間違いなく迷惑メールだ。その点は自信を持っていえる。何故なら、友人も恋人もいないからだ。


 付き合いのあった人々は転勤、あるいは退職し、私だけが今の事業所に独り取り残された。新しくきた者たちとは馴染めなかった。そのため、三十代後半辺りから人付き合いが無くなったわけだ。

 大体、人付き合いでいい思い出はあまりない。トラブルの方が多かった。様々な経験をして今に至る。恋愛など以ての外、結婚なぞ望むべくもない。そう考えれば交友関係を絶ったのは妥当な判断だといえる。

 酔った頭で、何度目かの自己分析をしているうちに、そのままソファで寝てしまった。


 夜中。寒くて目が覚める。スマホで時間を確認する、と、着信が入っていた。こんな夜中に?「非通知設定」の相手からだった。「ご苦労な事だ」思わず呟く。

 「非通知設定」で電話がくるようになったのは三年ほど前からだ。三、四カ月に一度、忘れた頃にやってくる程度のもの。何度か出てみた、決まって無言電話である。「非通知設定」さんは同一人物に違いない。何のつもりかは知らぬが貴重な知り合いということになる。年上か年下か、男か女か、どんな人間か全くわからないが。


 「これじゃ折り返しの電話もできない」いつものようにブツブツ言いながら、見るつもりのないテレビを点ける。リリーン!リリーン!主役が黒電話の受話器をとるシーンだった。受話器を取ったが何の応答もない。「もしもし、もしもし!××か、××なんだな?」受話器の向こうで泣き崩れるヒロイン。これは恐らく別れた男女がテーマの映画だ。ダイヤル式の黒電話から相当古いものだとわかる。ヒロインは陰湿であり、情念の塊のようなビジュアル。いかにも無言電話が似合う。

 一人の女が頭に浮かんだ。彼女は三年前に寿退社した女友達である。良く職場の連中と一緒に食事にいった。引っ込み思案な性格で私に好意があったようだ。が、彼女がそういう素振りをみせる度、冷たくあしらった。好みではなかった。一度私の前で涙を見せたこともある、何という言葉をかけたのかは覚えていない。しばらくして結婚が決まり退職したのだった。

 「非通知設定」の相手が判明した。きっと彼女に違いない。三年もそれに気づかぬとは、我ながら相当な唐変木だ。


 日曜の夜。ソファに腰かけぼんやりしていた。天気予報をみようとスマホに目をやる。休み前にあれほど来ていたメールが、終日途絶えていた。皆、この時ばかりは休んでいるようだ。誰からも、迷惑メールさえこない一日というのは寂しいものである。

 操作しようとしたらスマホが手から逃れる、何とか落ちる前にキャッチした。その間、どういうわけか誰かに電話をかけてしまった。ピッと音がして、相手が出てしまう。「もしもし、何ですか」不機嫌そうな声色に、思わず言葉に詰まる。しかしこのまま無言でいた所で、もう相手には自分だという事が分かっている。「いや、間違えてしまって」上ずった声で言うのが精いっぱいだ。「そうですか、それでは」。アッサリ通話は終わった。


 いまの相手は五年前に転勤していった後輩である。不意の間違い電話、は寂しさから無意識的にしてしまったのかもしれない。結果は散々だったが。

 無言電話が来るかもしれない、今ならすぐに出れる。「〇〇?、〇〇何だな!」と呼びかけもしよう。真っ黒なスマホの画面を見つめる。五分経つ。十分経っても真っ黒なままだ。今夜はもうあきらめよう、そう思い、目を瞑った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 迷惑メールや無言電話に思いを巡らせ、 自分もうっかり迷惑な電話をしてしまう主人公。 一人でいることを選びつつも寂しさも募らせる主人公に、 どこか共感を覚えてしまう作品でした。
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