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運命の番様。嫉妬と独占欲で醜い私ですが、それでも愛してくれますか?

作者: 照山 もみじ






 妖精は綺麗なものを好むらしい。見た目だったり、心根だったりと対象は様々だけれど、兎に角綺麗なものを好むとされている。

 それは現代において、妖精の末裔である妖精族でも同じらしい。


 妖精族というのは、人族と妖精の掛け合わせの種族だ。


 見た目は人族とほぼ同じ。耳が少し尖っていたり、瞳の色が他の種族より色とりどりだったりと多少の違いはあるけれど、現代において、妖精族は人族と見た目の差はなくなっている。

 人族との違いは、生まれ持った魔力量と寿命、そして人族以外の種族と共通の“番”の概念だ。


“番”とは、一生をともにする運命の相手のことで、理性ではなく本能で感じ取るものらしい。例えでぱっと出てくるのは“番の鳩”だろう。そんな番の概念は、この世界では人族以外の種族に存在している。

 例外として、本来番は一対一、互いしか存在しない関係だけれど、千年に一人の確率で一対多数、しかも性別は無関係という、まるでハーレムのようになってしまう番も存在するらしい。それは遺伝子バグというより神からのギフトという、なんとも尊いもの扱いになっている。

 もはやライトノベルで見かけるアルファ・オメガの関係なのでは? と思うのだけれど、この世界ではそうなっている。


 人族に番の概念が存在しないのは、人族は本能的器官が鈍いからとされている。たまに、出会って目が合い直ぐ結婚! と、妖怪・ジェットババアもビックリなスピード婚をするカップルがいるが、それはその器官が人族では珍しく鋭いからで、稀な現象なのだとか。


 こんな風に、番の事に関して色々と不確かなのは、私、エセル・ブレイクリー が人族だからだ。


 人族である私には番の概念は存在しない。だから知らないことだらけなのだけど、他の人からは『お前が興味なさ過ぎなだけだ』と怒られる。


失礼な

私だって最低限の知識はあります~!


 そんな人族の私には、まぁ今までの流れからして察せられる通り、番であり妖精族の彼氏がいる。


 彼の名前は、メレディス・マクファーレン

 由緒正しい妖精族のお貴族様。しかも大手企業の御曹司であり、私と違って社会人でもある三七才の彼氏だ。


 そんな番の概念を持つメレディスさんに出会ったのは、私が学友と喫茶店で話しに花を咲かせている時だった。

 学生寮生活の私の息抜きは、友人たちと街に遊びに行くこと。その時も、放課後に友人と遊びに行っていた。

 私たちは行き付けの喫茶店に入り、私は大好きなカフェラテを、相手はカプチーノを注文して、学校での出来事や、見て回った店の話しをしていた。


 その時だ。

 彼が、私たちの前に現れたのだ。


『……本当、だったんだ』


 カランコロン と、店のドアに掛かる古いベルが来客を告げたかと思えば、荒い息とともに聞こえて来たのがこの台詞だった。


『見つけた……俺の番!』

『『……え?』』


 急に現れた男性に困惑していた私たちだったけれど、彼のその言葉で全てを理解した。


 当時のメレディスさんが番の存在に驚いていたのは、同年代の番に巡り会う確率が物凄く低いからだ。

 何故低いのか? そては古の時代と比べて単に人口が増えたのと、種族によっては寿命が遙かに違うから。

 彼ら曰く、そもそも番に巡り会える事が非常に稀とのこと。世界を三周しても見つからないらしい。

 それに加え、同年代の番に出会える可能性は更に低い。人族の平均寿命が八〇代後半だとすれば、妖精族は一○○○年は生きてしまう。その他の種族も人族よりは寿命が長いが、妖精族の場合は桁が違う。最早樹齢。古木もうっかり仲間意識を抱く長寿だ。そりゃあ生きている間に会える確率の方が低いだろう。すれ違いが大規模過ぎて笑えない。

 そんなほぼ伝説みたいな高レア番に出会ったのだ。そりゃあメレディスさんも驚くでしょう。

 喫茶店の近くで番の気配に気が付いて、本能に任せて店に突撃してきた事には、ちょっと引いたけど。


 そんな、番の概念を持つ種族には運命的な出会いの瞬間だったけれど、困ったことに、ここで問題が起きてしまった。

 メレディスさんの目線が、私と友人のどっちに向いているのかが、いまいちハッキリしなかったのだ。


 目の前に現れたといったけれど、彼は断りもなく私たちに近付く事はしなかった。

 距離にして一○メートルほどだろう。私たちとメレディスさんの距離はそれくらい空いていた。それに加え、私たちはというと、ちょっと狭いカウンター席に、肩が付きそうな距離で並んで座っていた。


 お分かりいただけるだろうか。

 偶然がマイナスに働いた状況だったのだ。


『え? え!?』


 隣に座っていた友人は、どうやら自身の事だと捉えたらしい。既に物語のような展開に頬が紅潮し、目がキラキラと輝いている。相手がイケメンとなれば尚更だろう。夢に夢見る乙女は完全に落ちていた。

 対して私は、突如として現れたイケメンに唖然としていた。勿論、イケメンだったからじゃない。

 だって、急に現れて『俺の番!!』と独りで感動されても、困るでしょう? イケメンじゃなかったら許されない不審者の行動だった。


 番かぁ~。面倒な事になったなぁ、と思っていた私に、我慢出来なくなったメレディスさんがツカツカと近付き、まるで騎士のように跪いたのは出会って目が合い三秒後くらいだった。

……全然待てていなかった。圧倒されていたせいで時間が長く感じたけれど、思い返してみれば数秒の出来事だった。我慢出来てなかったよ、メレディスさん。


 その時のメレディスさんは、私の他に誰もいないと云わんばかりに私のことしか見えていなかったらしい。後で一緒にいた友人の話をしても全く覚えていなかった。

 友人は友人で『私の方がときめいていたから私が番だと思います~!』と、アピールをしまくりつつ私を睨み付けていた。面倒だなぁ~、と思っていた要因の一つを無事に回収してしまったと、当時の私は容易に浮かぶその後の展開を嘆いたものだった。


 案の定、彼の勢いに負けた私はほぼ強制的にメレディスさんの恋人となり、その時の友人、ナタリア との関係は崩れてしまった。

 余談だけれど、私の両親は私が妖精族の番と聞いて大喜び。交際不可という選択肢はこれっぽっちもなかった。それはメレディスさんのご両親も同じで、学校の友だちも先生もそうだった。反対していたのは、ナタリアと番概念を信じない一部の人族だけだ。


「ナタリアとの関係はさ、元々その内崩れそうだったし? ちょっと早まっただけって感じじゃん」


 昼食の時間。

 中庭で一緒に食事をする友人の一人である、獣人族のイライザが、サンドイッチを頬張りながらそう言った。


「そうかなぁ~」

「そうだよ。だってさ、あの子やたらとエセルを目の敵にしてたじゃん」

「私もそう思う~! エセルがちょ~っと男子に人気が出たりぃ、ナタリアよりちょ~っと目立っただけでぇ、す~ぐ嫌味炸裂させてたじゃない」


 イライザに同調するように、人魚族のメラニーが、彼女の故郷では食べる事の出来ない肉巻きおにぎりに身悶えしながら続けた。


「でも、私も悪かったこととかあるんじゃないかなって」

「出たよ、アンタの悪いところ」

「じゃあさ~、エセルが自分で悪かったな~って思うところって、なぁ~に?」

「えっと……メレさんと付き合ったこと、とか?」

「……アンタ、それ絶対外で言ったら駄目だよ」

「ビックリしたぁ~! 命いらないのかと思っちゃったよぉ」

「そんなに!?」


 ただ思い付いた事を口にしただけなのに、そこまで云われるとは予想していなかった。

 一歩間違えると命に直結するのが恐ろしい。


「まぁ~今の答えからするに? エセルが気にしてるのって、メレディスさんと初めて会った時の事でしょ? あれはしょうがないって」

「そうだよぉ。本能で動きまくってぇ、他に気が回らなかったメレディスさんが悪いしぃ、早とちりしたナタリアが恥ずかしいだけだよぉ~」 

「アタシまでそこまで言わなかったのにアンタは……」


 容赦の無いメラニーにイライザが呆れている。

 まぁ、私としてもそういう気持ちはあるけれど、それでも私自身何も悪くなかった訳じゃないとも思っている。


「ナタリアの方が先にメレさんを好きになったのは本当だから」


 最近、学校中にナタリアが言い回っている事がある。


先にメレディス様を好きになったのはわたしなのに、エセルが知ってて奪った

私の気持ちを知っているのに、毎回目の前に来ては自慢してくる

他の男子と距離が近いから注意したら、逆ギレされて仲間はずれにされた


 もうね、何じゃそりゃの次元ですよ。

 嘘ばっかりだし、半分以上は私が逆にされている事なんだよね、残念ながら。

 でも、その嘘の中で『先にメレディス様を好きになった』というのは本当なのだ。そこを突っ込まれると何も言えない。


「先に好きになったって、ナタリアのはちょっと違うんじゃないか?」

「ナタリアが出会って一目惚れしたのは本当でもぉ、メレディスさんからすればエセルが惚れた相手だしねぇ~。そもそもぉ、何でナタリアと付き合うこと前提の被害者意識なの~? そこからちょっとおかしいしぃ、最初からナタリアの独り善がりなだけだよぉ」


 今日のメラニーは本当に容赦がない。普段の毒舌が鋭さを増している。

 人魚族は妖精族の次に番の概念が強い種族だからだろうか。それにしても辛辣だ。


「それにさ、その日からナタリアに無視されるようになって、今じゃ関わってないんでしょ? それで仲間外れにされただの何なの言ってるアイツの方がどうかしてるって」


 そうなのだ。

 私とナタリアは、あの事件からパタリと関わらなくなってしまった。


 メレディスさんとの出会いの翌日。分かってはいたけれど、ナタリアの私への態度が見るからに悪くなった。

 話しかけても無視。側にいて他の子とは話すのに、私が話しかけても無視を決め込む。こうなる事はある程度覚悟していたからまだマシだったけれど、流石に周りの子が私に話しかけるのも阻止してまで疎外してくる事にはモヤモヤした。

 明らかに様子のおかしいナタリアと私を気にして、イライザとメラニーが事情を聞いてくれたのは救いだった。ありがとうマイフレンズ。


 そんな二人への相談が切っ掛けで、学校中に私がメレディスさんの番であることが広まった。広める気はなかったのだけれど、獣人族や人魚族は耳が良い者が多く、そんな地獄耳を持つ子たちが在学する学校で相談して、秘密になんて出来る筈もなかった。何で話す前に気付かなかったんだ、私よ。

 まぁ、その後メレディスさんが直々に学校に来て、生徒である私との番の証明やらなんやらをしたのを大多数に目撃されたから、本当に遅かれ早かれの状態だったのだけれど。


 因みに、誘拐や脅迫といった犯罪の人質になる怖れから、本来は番である事を公表する必要はないのだけれど、相手が未成年だった場合は違ってくる。

 番が未成年であり成人の者と交際する際は、双方の保護者や親族、役所に警察、教育委員会や通っている学校に“番証明”をしなければいけない、という法律が存在する。

 簡単にいえば、未成年の番とお付き合いをするために『この子は確かに私の番でちゃんと検査したうえで認めた相手です~! このお付き合いは両家が認めた正式なもので、この子が成人するまでは健全なお付き合いを誓います~!!』と方々に公表するというものだ。


 そうそう、私はこの時初めて知ったのだけれど、ちゃんと番であることを科学的に証明する検査まであったのだ。本能で感じ取るものだって教わっていたから、そんな物が存在することに驚いた。

 その検査が開発されたのは、勿論、人族のためだ。

 人族には相手が自身の番であるという事が感じ取れない。そのせいで、昔は結婚詐欺ならぬ番詐欺が横行して、人族の被害が多かった。そんな鈍ちんな人族が番詐欺に遭わないようにするために、科学的に番であると証明できるように発明したのが番検査だ。

 勿論、私とメレディスさんの番検査は“認定”だった。それもものの数秒で結果が出た。本来は数分はかかるというのだから、そうとう強い結びつきだったのだろう。人族でも相手に反応するレベルだそうだ。

 それなのに、私は何も感じなかった。初めて出会った時も『うわぁ~めんどう~』と思っていたくらい何も感じていなかった。

 何が言いたいのかというと、私が人族の中でも本当に鈍い事が判明してしまったということだ。恥ずかしい。


 ナタリアはそれらも含めて気に入らなかったらしい。

 彼女と話しをしなくなってから少しして、身に覚えのない悪評が広まった。

 でも、メレディスさんが学校に来て、私が番であること、どういう出会いだったのかを自ら説明したことで、想像していた程の被害は今の所出ていない。

 きっとあの公表には牽制の意味もあるのだろうと気付いたのは最近だ。イライザとメラニーには『いまさら?』と呆れられてしまった。どうしてこうなった。


 悪評以外の被害がない今、このまま時間が解決するのを待つのも一つの手ではあるけれど、これ以上悪くなる可能性も考えたら、ナタリアとは話しをつけないといけないとも思う。

 それに、今の状況はナタリアにとっても悪い筈だ。番である事を公表してしまった今、ナタリアが何をしても状況は変わらない。それに、何度か生徒指導室に呼ばれているみたいだし、ナタリアと仲の良かった子も今では遠巻きにしている。自殺行為だ。お互いこれ以上傷が深くなる前にどうにかしたい。


「エセルはぁ、ちょぉ~っとお人好し過ぎるよぉ。人の悪意に寄り添っちゃうようなぁ、優しくて綺麗な部分は尊いしぃ、メレディスさんもそういう部分が気に入ったんだと思うけどぉ~、わざわざ自分を追い込む考えなんてしなくても良いんだよぉ」

「……私、そんな云われるほど綺麗でもなんでもないよ?」

「いんや、アンタは綺麗だよ」

「そうそう~。だってぇ、あんなに嫌なことされて来たのにぃ、それでもやり返さないってぇ、誰にでも出来ることじゃないよぉ?」


 フレンズから褒められて、顔に熱が集中する。そんな事ないと思っていても、褒められるのはやはり嬉しいものだ。


 何故だかわからないけれど、私は人族以外からは綺麗な存在として見られているらしい。それは外見ではなく、中身の部類で。

 確かに、私は嘘が苦手だし、出来れば吐きたくないとも思っている。勿論暴言も好きじゃない。人を貶めるような事を言ってしまうくらいなら、関わらないようにする質だ。

 そんな部分が人族以外には綺麗に捉えられているらしい。特に妖精族はそういう傾向が強く、逆に醜い心を嫌うという。

 人族は、わからない。それが鈍いとされる理由の内の一つなのだろうけれど。


「実際メレディスさんは始めからアンタしか見てなかったって公言してるんだから、アンタもメレディスさんにだけ構えば良いんだよ」

「そうそう~。妖精族はぁ、内容は何であれ自分以外に意識が向く事に凄く嫉妬するからねぇ。同性相手にも容赦しないから、死なないようにいっぱい構ってあげた方が良いよぉ~」

「嘘でしょ? 同性相手にもそうなの??」


 新事実に戦慄く私に、二人は「やっぱり知らなさ過ぎだ」と苦笑した。









 何だかんだ言ってはいるけれど、私はメレディスさんが好きだ。

 出会いは私からすればちょっと……いや、かなり引いたものだったけれど、そこから一緒に過ごした時間は素敵なもので、私はメレディスさんにどんどん嵌まっていってしまった。


 メレディスさんは、何度もいうけれど、奇行が許される容姿をしている。つまり、見た目麗しいのだ。

 金髪碧目に、透き通るような白い肌。優しい目付きで甘い雰囲気のある彼だが、仕事中はキリッとした表情をしていて、オン・オフの差にグッとくる。スーツをピシッと着こなす身体はスラリとしているものの、袖を捲った時に見える、鍛えているのがわかる腕の筋が十代乙女の心をかき乱しにかかって来ている。

 あれはズルい。私がドギマギしているのを面白がっている意地悪な顔も、子どもの心臓には悪い大人の顔で本当にズルい。

 王太子。そう、まるで最近流行のライトノベルに出てくる王太子のような格好良さが、彼の外見なのだ。王子でないのがポイントだ。私の中で、王子よりも王太子のほうがほっそり筋肉質そうだから。偏見だけれど、私の中ではそんな印象なのだから許してほしい。

 それはそうと、そんな見た目をしていれば、そりゃあシンデレラストーリーが好きなナタリアは運命感じちゃうよね。違ったからといって、私に当たらないでほしいけど。


 でも彼の内面は、そんな王太子みたいな格好良い性格ではないのよね。


 実はメレディスさん、中身はわんこ系の可愛い方なのだ。


 私の姿が見えればすっ飛んで来るし、ちょっと席を外そうとすると付いて来ようとする。待っててと言えばしょんぼりと肩を落す様は、まるで飼い主に怒られた子犬だ。尻尾があったら垂れていたりブンブン振ったりと忙しなく動いていただろう。可愛い。


 そう、格好良いより可愛い人なのがメレディスさんなのだ。


 私の事を『エーちゃん』と呼ぶのが可愛いし、私が『メレさん』と呼べば呆れるほど喜ぶところが可愛い。

 急に仕事が入ってデートが潰れた時の、しおしおとした姿も可愛いし、次の約束に目を輝かせるところも可愛い。可愛くて仕方ない。

 街でのデートでエスコートをしてくれるものの、手を重ねた時に耳が赤くなるところも可愛いし、格好良いところを見せたいのか、微妙に緊張しているのを誤魔化しているところも可愛い。

 何しろ可愛い。可愛いのだ。

 こんなに私のことを想ってくれて、尚且つ可愛い仕草を間近で見せられて、惹かれないなんてことはあるのだろうか? きっと無理でしょう。私は無理だった。


 私がこうして安心して心を向けられるのは、私たちの仲が周囲に好印象だからという面もある。

 彼が私に十割意識を向けてしまう分、私がメレディスさんに五割、他に五割に意識を向けるという関係は、なかなかバランスが取れているらしい。メラニーの言葉を思い出して背筋が凍る時もあるけれど、今はまだ大丈夫のようで、メレディスさんから嫉妬という程の感情はぶつけられていない。それに、彼の関係者からは感謝されるし、番にのめり込み過ぎて破滅する、なんてならずに済みそうだとお墨付きもいただいている。至って順調だ。

 メレディスさんは、私が他に五割意識を向けていることに不満みたいだけれど、自分でのめり込み過ぎてしまうのを自覚しているから、口では何も云ってこない。ジト目で訴えてはくるけれど。それがまた可愛い……惚気になってしまったわ。まぁ、ちゃんと理性は働いているようで安心している。


「そろそろお仕事も落ち着いたかな……」


 放課後、委員会の仕事も片付いて寮へと戻る最中、腕時計を見て時間を確認した。

 時刻は午後四時を過ぎたところ。メレディスさんの仕事は一時間後の五時に終わるので、早ければ切りの良い頃だろう。

 余談だけれど、下積みとして子会社のトップを任されているメレディスさんは、私と出会ってからはキッカリ五時に退勤するようになったらしい。それまでは残業は当たり前で、他の社員が帰っても、深夜まで一人残って働くような毎日を送っていたようで、そこら辺も改善されてとても喜ばれた。おまけに、私が会社にお邪魔する日は四時上がりになるので、皆余計喜んでいる。


(寮に戻ったらメールを送って、大丈夫そうなら五時過ぎにでも電話しよう!)


 ウキウキルンルン気分で、足早に寮へと向かう。

 けれどそんな私の前に現れたのは、ここ暫く関わっていなかった子だった。


「久し振りね、エセル。わたしから奪った幸せはどう? 楽しい?」


 周囲に誰もいないからだろう。嫌味……というより、虚言が酷い。


「こんにちは、ナタリア。久し振りだね。私は誰かから何かを奪った事は無いけれど、幸せなのは確かだよ」


……ヤバい、嫌味返しみたくなってしまった


(こ、これはまた面倒な事になってしまう!!)


 歪んだ笑みを浮かべていたナタリアは、今では憤怒で顔を歪ませている。それでも笑顔を作ろうとしているのだから関心する。私には出来ない……いや、関心している場合ではないのだけれど。


(でもメレさんや皆との時間に嘘は吐きたくないしなぁ)


 実際、私は今幸せだ。メレディスさんという私の事を好いてくれる彼氏がいて、イライザやメラニーという友人もいる。学校で嫌な噂が流れているけれど、実害がないので学校生活は何も変わっていない。文句ないほど平和に日々生活出来ているのだ。謙遜する必要もないし、したくもなかった。


「やっぱり人の男を盗む女は嫌味ばっかりね! メレディス様も、こんな醜悪な女に惑わされて、可哀想」


 どうやら、ナタリアの中では、メレディスさんは私に惑わされて番だと思い込んでいる、という設定になっているらしい。


えぇ~……あの出会いで私がいつ何が出来たというんだい?

それに、私はただの人族の小娘だよ? 何の力も技量もない私が、あんな社会に揉まれた大人に何か出来る訳ないじゃないかっ。


「それで、要件は? 何か用があって話しかけてきたんでしょう?」


 話しが進まなさそうなので、仕方なく私から切り出した。

 だって、こんな嫌味合戦みたいな事をするくらいなら、さっさと要件を済ませて、メレディスさんにメールを送りたいんだもの。

 ナタリアとの事はいずれどうにかしなくちゃいけないと思うのだけれど、嫌味の応酬になるのなら相手にしたくない。


「本当に嫌な子ね!! まぁ、良いわ。アナタに良い事教えてあげる」


 ニヤニヤと笑うナタリアに、眉が寄りそうになった。

 私にはナタリアの思考回路は理解の範囲を超えているけれど、流石に不快なことを云われるであろうことは察した。


 イライザの云うとおり、メレディスさんと出会う前から、ナタリアは私に対して度々嫌がらせのような事をして来ていた。

 私が下にいないと気が済まないというより、私には何をしても良いだろうと思っているような、そんな感じがしていた。要は、鬱憤晴らしの良い相手。

 そう思わせてしまうような事をしてしまったのではないか、という気持ちは今もあるけれど、ここまで執着されてしまっては、右から左に受け流すのが得意な私でも、流石に看過出来ない。


「アナタ、運命の番のなのに、一番大切な事を打ち明けられてないそうね!」

「……一番大切なこと?」


 何の事だろう。彼の事は事実確認もしながら色々教えてもらったし、各所に提出したメレディスさんの経歴も見せてもらったので、今更知らない事はないと思うし、向こうも隠しているなどあるとは考え難い。


「……因みに、その大切なことって?」

「メレディス様が教えないのことわたしが教えるとでも思う?」

「まぁ、それもそうね。じゃあ、本人に聞くから別に良いわ」

「あらら、聞かないと教えてもらえないなんて、可哀想に。愛だなんだって云っている割には、大切なことは教えてもらえないなんて!」


 歌うような、嬉々とした声でナタリアは続ける。

 私は早くこの場を去りたかったけれど、彼女の言葉に、何故か足に根が張ったように動けなくなった。


「私は教えてもらったわよ? それもすんなりとね! アナタは? アナタはどうなの?」


 キャッキャと嬉しそうな様に、どんどん鳩尾あたりに不快感を感じつつあった。


(本当かどうかもわからないけれど、もし本当なら)


誰に、教えてもらったの?

会社の人? それとも、側近のオズワルドさん?

……それとも、メレさん?


 メレディスさんの名が頭に浮かんだ瞬間、不快感は増して、否定しながらももしもの状況を思い浮かべてしまう悪循環に飲まれてしまった。


 メレディスさんはナタリアに良い感情を持っていなかった。

 何故か学校で起きている事を細部に渡って知っていたからで、だからナタリアと会う事もないだろうと、そんな風にぼんやりと考えていた。

 けれど、ナタリアの言い方は、まるで本人に教えてもらったかのような言い方だ。メレディスさんの名前を出してはいないけれど、会ってもいないのにこんな嘘を吐くのだろうか? そもそも、こんなリスクしかない嘘、流石にナタリアでも危険な事はわかって居るはず。

 名前を出していないから大丈夫、ではないのだ。そう思わせる行為も、時には法に触れて罰せられるのだから。

 だとしたら、ナタリアは本当にメレディスさんと会った事になってしまう。


いつ? 何処で?

もし会ったとして、私はメレディスさんから何も聞いていない。そもそも、どうやって連絡を取り合ったの?


 自分の中で、黒々とした感情が生まれるのがわかる。

 そしてそれが、堪らなく不快だ。


「二人もと可哀想。番という概念に縛られて、本当に大切な事が見えていないんだもの」


 クスリ と、ナタリアは含みのある笑みを浮かべた。

 私は単純だから、半信半疑でも、そんな仕草に揺さぶられてしまう。でもきっと、それがナタリアの目的なのだろう。私の中に疑心を芽生えさせる事が目標なら、彼女の行為は大成功だ。


「大切なことも教えてもらえない関係なんて、さっさと止めた方が良いのではなくて? その方がお互いの為よ」


 満足したのか、ナタリアは数分前の私のように、ルンルン気分で何処かに去って行った。









「ウキーッ!!」


 猿みたいな奇声を上げながら、私は自室のベッドにダイブした。

 悔しい。あの場で『ご心配ありがとう。でも、秘密の一つ二つあったほうが面白いじゃない』って言えなかった事が悔やまれる。


(しかも本当にメレさんに会って何か聞いたのかもわからないのに、変に動揺して! 私のバカ!!)


 ナタリアは、メレディスさんに教えてもらったとは一言もいっていない。そもそも二人が会う事自体難関だろう。メレディスさん側がナタリアに気があるのなら話しは別だけれど、彼はナタリアの行いを何故か知っているから、良い感情を持っていないのは明らかだ。『何かされたら、俺の全権力をもって排除するから』と本気の口調で言ってくる彼を止めるのに必死なくらいなのだから、会ったという方が確率的には低い。

 だから二人が会ったのかどうかもわからないのに、私は一時の感情に流されて、何も言えなくなってしまった。ナタリアが妙に自信満々だったのも、私が揺れてしまった理由の一つだ。でも……


(本当に気にしているのは……そんな事じゃない)


 嫉妬。その言葉以外何も当てはまらないほど、私はナタリアに嫉妬してしまった。

 そんな自分が醜くて、その負の感情を隠すためにナタリアの言動に憤った私自身が汚くて……


(こんな私、メレさんに知られたくない)


 結局隠す事しか選べない自分が情けなくて、嫌で仕方ない。けれど、こんな醜い私を知ったら、メレディスさんに嫌われてしまうかもしれない。もしかしたら、一瞬でも疑ったことに失望されてしまうだろうか。どっちにしても嫌われるだろう。


(……嫌われたくない)


 妖精族は、祖先の妖精と同じく綺麗なものを好む。もとより私はそんな綺麗な存在ではないけれど、今まで以上に、今の私はそれに該当しない。


 時計を見る。あと数分で五時になり、メレディスさんのお仕事が終わる。そうすれば、きっと連絡をしてくるだろう。嬉しい反面、今の気持ちのままやり取りをするのは嫌だった。


(こうなったら……寝てしまえっ)


 私はベッドに潜り込んで、頭から毛布を被った。

 情けないけれど、ふて寝をする事に決め込んで、時計も何も見なかった、気付かなかった事にした。


(気持ちが落ち着いたら、ちゃんと連絡するから)


 目を瞑り、睡魔が来るのをひたすら待つ。

 何度も今の私を知った時のメレディスさんを想像してしまったけれど、彼の表情までは浮かんでは来なかった。









 髪を撫でられる感覚に、沈んでいた意識が浮上し始めるのを覚えた。


(気持ちいい……)


 撫でられる心地良さと安心感に、欲求に従って、私からその手にすり寄った。

 そんな私の行動に、手の主であろう人が、仕方ない子だといわんばかりにクスクスと笑う。

 その声に、私の意識は浮上するスピードを上げた。


おかしい

私は二人部屋を使ってはいるけれど、人数の関係で相手はいなかったはず


「エーちゃん」


 先程の心地良さも、何もかもがぶっ飛んだ。


「…………ほぁ?」


 唖然として、声の主を見上げる。

 するとそこには、この場所に来る事は有り得ない筈のメレディスさんが、何食わぬ顔でそこにいた。


「ひぇ!?」


 ガバッと起き上がって、ベッドに腰掛けている相手を凝視する。

 やっぱり、どこからどう見てもメレディスさんだ。


「可愛いお目覚めだね、エーちゃん」


 いつもの様にニコニコと微笑んでいるメレディスさんだけれど、私はそれどころではなかった。


(何で? 何でここに居るの? ここ、女子寮だよ? どうやって入ったの??)


驚愕

侵入

歓喜

不審者

私の中で、色んな感情が嵐の如く飛び交っている。


 来てくれたのは嬉しい。それは素直に嬉しいのだけれど、これはあれでは? 警察案件じゃないのかな?

 何度も言うけれど、私が生活しているこの場所は女子寮だ。許可があっても室内に入れるのは親族ぐらいなもの。彼は、確かに将来的には家族になる人だけれど、今はまだ彼氏でしかない。入室許可は取れない筈だ。


「……エーちゃん。今、嬉しいこと半分に失礼なことも考えてたでしょ?」


 ジト目のメレディスさんに鼻を摘ままれてしまった。

 おかしいなぁ? 口に出してはいなかったのに、何でわかってしまうのか。私はそんなに顔にでるタイプなの?


「女子寮への入室許可はちゃんともらったよ」

「よく許可が下りましたね?」

「番と連絡が取れなくなったんだ。番なら多少の融通は利くし、学校側も、エーちゃんの無事を俺に確かめさせる方が早いと判断したんじゃないかな」

「……番って、そんなに優遇されるんですか?」

「そりゃあ、勿論。なんたって、奇跡に等しい存在なんだから」


 知らなかった。番というだけでそんなに変わるものなのか。


(番の質が悪ければ悪用し放題ね)


 どこかの姉妹格差虐げ系小説のように、意地悪な姉か妹が番という立場を使って相手を貶めたり、好き勝手してふんぞり返るような事態になりかねない。

 恐ろしい……メレディスさんの周囲が私が番で安心している理由がわかった気がした。


「それで? 何をそんなに落ち込んでいるの?」


 滑るように本題に入られて、思わず息を呑む。

 ブワッと、ふて寝をする前の出来事と感情が蘇ってきた。

 知られたくない。あんな醜くて卑怯な私、メレディスさんに打ち明ける勇気も何もない。


「何で私が落ち込んでいると思ったんですか?」


 ここはあれだ、はぐらかしだ。

 質問を質問で答えるのは褒められるものではないけれど、知られるのが怖くてそれしか案が浮かばない。


ごめんなさい。連絡がなくて不安にさせてしまったのに、逃げてしまって本当にごめんなさい。


「何もなければいつも通り連絡してくるだろう? もう九時を過ぎようとしているのに、君から連絡が来ない。体調が悪いというだけなら、君は一通だけでもメールを送ってくる筈だからね。だからそれ以外で考えた時に、エーちゃんの性格上、落ち込んでいるんじゃないかなって」


……どうしてこんなにも確信に迫ってくるの?

エスパーなの? メレディスさんはエスパーなの??


「エーちゃんがわかりやすいだけだよ」


 どうやら私の問題らしい。

 恥ずかしい。これからは、ポーカーフェイスの練習でもした方が良いのかもしれない。


「それで、どうしたの? 寝込むまで落ち込んで」


 何だか大袈裟になっている気がする。

 私のこれはただの現実逃避なのよ。何も気付かなかった振りをして、メールも何も忘れていた振りをするために、苦渋の策として寝ていただけなんですよ。だからそんな大袈裟に思わないでほしい。


「別に、ただ寝過ごしちゃっただけですよ?」

「エーちゃん……俺の目見て言ってみようか」

「……ネスゴシチャッタダケデス」

「まったく、君は本当に嘘が苦手だね」


 クツクツと、楽しそうに笑われてしまった。やっぱりポーカーフェイスの練習は必要な様だ。


「さて、そろそろ観念して話したら?」

「えっと、あの」

「ああ、『何もない』は無しね」


 先回りをされてしまった。

 どうしよう、逃げ道がない。


「も、黙秘権とか」

「そんなものエーちゃんは持っていません」


 嘘でしょう? 黙秘権は全人類に適用される筈なんなんだけど??

 メレディスさんの目が『さっさと言いなさい』と訴えている。笑顔は崩れていないのに目だけで訴えるなんて、どうしてそんな器用な事をするのだろうか。そんな姿も素敵だと思ってしまうではないかっ。


「エーちゃん」

「……はい。でもあの、一つだけお願いがあります」

「な~に?」

「その……聞いて、嫌わないでほしいのです」


 本当に、私は卑怯者だ。そしてそんな私に笑顔で頷くメレディスさんは神だと思う。

 本当に、こんなズルい番でごめんなさい。そして、今までのメレディスさん好みの私でなくなってしまう事を許してほしい。


「……私、醜いんです」


 そこからは、ポツリ、ポツリと説明した。

 夕方起きた、ナタリアとのやり取り。ナタリアから云われたこと。確信もないのに少しでも疑ってしまったこと。それだけに留まらず、想像して勝手に嫉妬して、現実逃避としてふて寝を決め込んだこと。全部、全部話した。

 話している間、メレディスさんは相槌を打つだけで、口を挟んで来ることはなかった。

 私は、そんな彼が怖くて、終始俯いていた。

 嫌われたかな、もし幻滅した顔をしていたらどうしよう……そんな事ばかり考えてしまう自分が嫌で仕方ない。


「エーちゃん?」


 優しい声が降ってくる。

 でもそれはフェイクで、物凄く怖い表情を浮かべているかもしれなくて、どうしても顔を上げられない。


「俺はそんなに器用じゃないよ」


そんな事云って、さっきは微笑みながら凄んでいたじゃない。

知ってるのよ、メレディスさんが器用に顔芸を熟すこと。さっき知ったのだけれど。


「エーちゃん」


 ちょっと圧のかかった声で再度呼ばれてしまった。

 どうやら私には拒否権もないらしい。知ってた。知っていたけれど、せめて猶予は欲しかった。


「……はい」


 恐る恐る顔を上げる。

 そこに嫌悪の色はなかった。


「エーちゃん」


 優しい声音の通り、メレディスさんは優しい表情を浮かべていた。若干頬が紅潮しているのは、わからない。


「悩ませちゃったこと、ごめんね? エーちゃんのお友だちからも云われていたのに、ちょっと甘く考えてた部分があった」

「お友だち……メラニーとイライザ?」

「そう、良いお友だちだよね。エーちゃんのこと、本当に心配してる」

「えっと、二人にはいつ会ったんですか?」

「少し前かな。二人が会社に突撃しに来たんだよ。相当、あのナタリアって子に腹を据えかねていたみたい。『番なんだから、ちゃんと守ってあげて下さい!』って云われちゃったよ」


 私の知らないところでそんな事があったなんて、少しも気付かなかった。

 突撃したの? 会社に? 二人で?


(ありがとう、マイフレンズ! でも無茶はしないでほしい!!)


 私との繋がりが証明されているから良いけれど、そうじゃかったらとんでもない事になっていた。

 二人の気持ちは嬉しいよ。嬉しいけれど、そんな一か八かみたいな行動に移す前に、私に一言言ってほしい。心臓がもたないわ。


「それで、そのナタリアって子だけど、俺は会っていないよ。あの子も会社に来たみたいだけれど、毎度追い返していた。あの子が会った事があるのは、俺の側近だけだよ」


ああ、やっぱり……


 気が抜けて、どっと疲れが出た。

 やっぱり、そうだよね。ナタリアも、確信的な言葉は云っていなかったもの。


「じゃあ……私が本当に醜いだけだったのね」


 羞恥で消えたくなった。

 だって事実を知った今、私が1人で勝手に不安になって嫉妬していただけだったのだ。

 メレディスさんの事も不安にさせて、こんな特例のような行動もさせてしまった。

 どうしよう、穴があったら入りたい。


「それと、エーちゃんは嫉妬して俺に嫌われるんじゃないかって心配しているけど、それはないよ。むしろ、嫉妬してくれて嬉しい」


……どういう事だろう

嫉妬してくれて、嬉しい??


 信じられないと、彼の顔を思わずまじまじと見てしまう。

 彼のほんのり赤くなっていた頬は、先程よりも赤味を増していた。

 どうしよう、聞き間違いじゃなかった。


「……メレさん、ドMだったんですか?」

「エーちゃんがドSになるならそれでも良いよ」

「ごめんなさいすみません無理です」


 えええ、だって嫉妬されて嬉しいって、どういうこと?

 嫉妬されて嬉しいってなに? 嬉しいことなんか一つもない筈なんだけど??


「でも、嫉妬って、醜いじゃないですか」

「誰かに危害を加えようとする嫉妬は醜いけど、エーちゃんのそれはただのヤキモチ程度じゃない」

「妖精族は綺麗なもの好きって」

「嫉妬の全てが汚かったら、種族関係なくみんな汚くなっちゃうでしょ?」

「……嫌いにならない?」

「初めて嫉妬して嫌われないか怯えてるエーちゃんが可愛くて、嫌いになる方が無理」


 嫉妬の定義がわからなくなってきたけれど、どうやら私は嫌われずに済んだみたいだ。


「ただ……」

「はい?」

「その、秘密があったことは本当だから、そこはあの子の云うとおりなんだ……ごめんね」


 唐突な告白に目を剥いた。


嘘でしょ?

ここに来て秘密は本当だったとか云っちゃうの?


「ただ、これは皆知っていることだし、産まれた年から計算してもらえれば直ぐ気付くことだったんだけど」

「産まれに関する……年齢のこととか、ですか?」


 そう言えば、彼は気まずそうに一度頷いた。

 私は彼に自己紹介をされた時、三七才だと教えてもらった。

 三七才だと聞いた時は驚いた。だって親との方が年齢が近いんだもの。それなのに、彼の見た目は二十そこそこにしか見えないのだ。長寿な種族はそうらしく、羨ましいと思った事も覚えている。


……ん? 長寿?


「そう言えば、妖精族は他の種族より寿命が長かったですね」


 見た目が変わらないから忘れがちだけど、妖精族は他の種族より遙かに長寿な種族だ。

 だからメレディスさんも相当長生きするのは考えればわかるはずだったのに、私は彼の言葉に何の疑問も持たず受け入れてしまっていた。


「因みに、幾つサバ読んだんですか?」

「…………一〇〇才くらいかな」

「私のひいひいお爺ちゃんと同世代ですね」


 あまりのスケールの違いに、私は笑った。









 結果として、私とメレディスさんの仲は深まった。

 寿命という障害はあるけれど、だったら一緒に居られる間たくさん思い出を作れば良い。それに、相性が良いと人族の場合相手の寿命に近くなる場合もあるらしいので、望みはまだある。絶望する事はない。


 メレディスさんが学校へ来た日かあら、私の周囲もまた変わった。

 今まで流れていた噂はピタリと止み、面白おかしく流していた一部の子たちは、皆ひっそりと生活するようになった。

 まさか番が学校に乗り込んで来るとは思わなかった。というより、私がメレディスさんに全部話してしまうとは想像していなかったみたい。つまり、訴えられるのが怖いということだ。


「だったらやらなきゃいーのに」


 いつもの様に、私はイライザとメラニーと一緒に、中庭で昼食をとっている。

 以前、メラニーが絶賛していた肉巻きおにぎりを頬張りながら、イライザが呆れたように云った。


「でもぉ、これで静かになるんだったらぁ、まぁ良いんじゃな~い?」


 メラニーはメラニーで、先日の毒舌など忘れたかというように、前にイライザが食べていたサンドイッチに身悶えしながら食していた。


「ナタリアとは、ちゃんと決着つけたかったんだけどね」


 ナタリアはというと、なんと実家に帰ってしまっていた。

 クラスには体調不良のため療養すると伝えられたけれど、本当にそうなのかは疑わしいところ。

 せめて、お互いスッキリする形で終わりにしたかった。


「終わったことなんだし、もういいじゃん。それよかさぁ、今日はメレディスさんとデートなんでしょ? 何処にお出かけでぇ?」

「そうそう! 場所に合わせてぇ、目一杯お洒落させなくちゃ♪」

「何で二人が楽しそうなの??」


 楽しい時間が過ぎていく。

 私は放課後、メレディスさんが迎えに来てくれる姿に思いを馳せて、ニヤけそうになるのを必死に堪えた。









 何でも手に入るあの子が、とても憎かった。

 いつもニコニコしているだけで人が集まり、何もしていないのに人望のあるあの子が羨ましくて、嫌いだった。

 わたしはどれだけ努力したって、どれだけ他人に優しくしたって報われないのに……


 だから、それらを晴らすために嫌味を言った時もあった。

 それぐらい許されるでしょ? 本人だって、何も云ってこなかったし。きっと何とも思っていないはず。

 わたしからたくさんのものを奪う子なんだから、少しくらい痛い思いさせたって良いじゃない!


 だから、あの子からメレディス様を盗ろうとした。

 ううん、違う。盗るというより、エセル自身から身を引かせようとさせた。


 だって、わたしの方が先に彼を好きになったのに……先に運命を感じたのはわたしなのに!!


 一目惚れだった。まるで金色の月の化身のような、美しい人。

 初めて会ったあの日、確かに私はメレディス様と目が合った。その瞬間に高鳴った胸の鼓動は、今でも覚えているわ。


 運命だと、そう感じた。

 なのに、彼が跪いたのは、エセルだった。


また?

またアンタなの?

またわたしから奪うつもりなの?


許せない

許せない、許せない、許せない、許せない!!


 だから、あれはあの子の罪から生まれた当然の罰よ。

 それに、わたしは嘘は言っていないもの。

「誰に」会って「誰に」教えてもらったか、わたしはメレディス様とは一言も言っていない。

 だからわたしは悪くないわ。悪いのは、不確かな言葉に翻弄されて、勝手に傷ついたあの子よ。


なのに、それなのに……!!





「……それで、その後エセルの様子は?」

「問題ないですぅ~。学校はぁ、番を貶める問題児がいなくなって清々していますしぃ、ナタリアの両親もぉ、これ以上大事になる前に済んで良かったって、感謝しておりましたからぁ~」

「エセルは療養で信じていますし、違和感があっても深追いはしないでしょう。あの子は抜けているようでそこら辺は聡いですから、わざわざ安泰を捨てる真似はしないはずです」

「そうか。引き続き、学校での彼女は頼む」

「勿論でございます~! エセルはぁ、私たちにとっても尊いお方なのでぇ」

「種族、性別関係なく繋がらせるあの子は、千年振りの存在です。何が何でもお守りします」

「……一番は俺だぞ」

「「心得ております」」



――私たちの宝に手を出すから、ああなるんだよ



嫌味な台詞を考えるのって難しい……

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