(エッセイ)読み専の名刺
私は極めて「読み専」に近いです。レビュー、感想、ブックマークに対する投稿済小説の文字数と評価ポイントの貧弱さからすると、そういう事になるでしょう。読者として素晴らしい作品と人々に出会い、品位ある交流を持てたので私は満足しています。
小説には読者も必要なのだと思います。小説の書き手は読者によって勇気づけられ、読者を意識することにより小説が単なる独白以上のものに変化します。特に連載小説の形式は読者を追い風にしてより遠い所へ行けるでしょう。小説の書き手があくまで小説という船の帆を張り舵を取るのでありますが。
読み専は時間がなかったりリソースを小説を書くのに回せない事情がそれぞれあるのだと思います。ただそれでも「名刺代わりに」エッセイやちょっとした短い小説を掲載してみるのは悪くないアイデアだと思います。それによって御自身の人となりの一旦を他のユーザーさんに示す事ができるでしょう。
日頃感想を書く小説の作者さんも、マイページの作品を読んで少し安心すると思いますよ。文は人なりと言いますが、他の人の小説の感想とも違って、自分で自由に設定値できるエッセイや小説から、より端的に考え方や物事の感じ方を推察する事ができるでしょう。そんなに妙にテクニカルな人でもないな、感想は素直にそのまま受け取っておいて良さそうだな、とか。作者さんが感想やレビューの謝意を活動報告などで示す時でも、作品持ちのユーザーの方がずっと紹介しやすく人間的な親しみが持てるのではないでしょうか。
またとても謙虚になりますよ。文章を綴る難しさや評価や感想を得る難しさを知ると、小説の書き手へ改めて尊敬の念が出てくるでしょう。そしてよそ様の感想欄やイチオシレビューで自己表現を図る必要もなくなります。批評性を強く発揮しすぎたり、自分語りしてしまうのも、御自身の作品の上でなさったら良いのです。
そもそも、自分が安全なところから批評で他人を狙撃するというのが好きではありません。人を批評する時は相手から自分へ批評する余地を与えるべきではないか、そんな事を思うのです。某アニメの言うように「撃って良いのは撃たれる覚悟のある奴だけだ」。読んで書くのは仲間内の馴れ合いを志向するのではなく、フェアプレイのためです。つまらない矜持かも知れませんが。
もし「読み専」から一歩だけ踏み出そうと言うなら、私まで教えて下さい。私が最初の読者の一人になりましょう。




