神堂 愛奈
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感謝感謝です。
聞いた?
何?
個室の神道さん、検査の結果がまた悪化したみたいで………
…………あんなに良い子なのに………
病院の廊下、周囲に人気もなく、気は使っているのだろうがそれでも純一の耳には聞こえてきた。
……………………
聞こえていない振りを装いながら、純一は看護士の少し離れた所を通りすぎる。
(看護士さんの言うとおり、良い子ッスよ………)
心中で同意しながら、純一は学生服を正し愛奈の病室へと入る。
「おぉい、そろそろッスよ!」
楽しそうに歓談している二人に声をかけ、純一は真美の車椅子の握りに手を掛ける。
「えぇ、もう一時間!?」
「そッスよ、楽しい一時間はあっと言う間なんだよ」
「……………もう5時……」
「そろそろ真美も病室にもどって、夕食の時間だしね」
「えぇ………兄さん、配膳の食器持ってきてよ」
「駄目ッスよ、二人とも病人何だから、長話は程々に」
微笑を浮かべやんわりと真美を諭す純一。すると。
「じゃあ真美ちゃん、また明日にしよっか?」
「うぅぅ………」
「ほら、私は明日もここにいるし、また会いに来てよ…………」
笑みを浮かべ愛奈も真美を諭す。すると、一度だけ表情をしかめ。
「解りました、じゃあまた明日来ます!」
そう言って、真美は車椅子を押されて病室を出て行くのだった。
…………………
再び訪れた静寂。楽しかった時間が濃ければ濃いほどに独りになった時の虚無感は大きくなる。それでも真美との楽しい一時は止められない。
愛奈は先程何とか隠すことので来た袖口に付いた血を眺めながら、ふと明日もまたお話が出来ます様にと天井を見て虚空に祈るのだった。
「兄さん!?」
「ん?何ッスか?」
「そう言えば、私って入院してどのくらいになったかな?」
「唐突ッスね…………確か春先からだったから、丁度半年くらいかな?」
「半年かぁ…………長いね………」
ふと遠い目をする真美。それに関しては一番本人が辛いのだからと、軽々しい言葉は口に出来ないので沈黙を貫く純一。たが沈黙しようがしまいが真美の言葉は続く。
「でも私は半年で長いって思うけど、愛奈さんはもう四年になるって言ってた……」
「入院が?」
「そう、だからそれを思うと半年の私はまだ幸せな方だなぁって思うんだよね」
「だな………」
真美に賛同する純一。確かに十代の四年はとても重要な時間だ。それを考えると学校に行って日々普通に生活している純一自身はとても幸せに思えてくる。と、そんな話をしていると、夕食を終えた真美が箸を置く。それを見て軽く息を吐き出した純一は。
「さて、じゃあそろそろ俺も帰るッスよ、明日はたぶん母さんが来るから、俺は来週かな?」
「え?来週なの!?」
「そッスよ、俺もバイトとかあるからな、どうかした?」
「うん?何でもない、じゃあ今日もありがとね!」
そう言って、食器を持って立ち上がった純一に真美が礼を述べると、ヒラヒラと手を振って病室を後にするのだった。
「本当に何時もありがと………」
と、いなくなった病室のドアに向けて、真美の感謝の言葉が放たれるのであった。
〜〜〜〜〜
妹の食べた食器を片し、純一は帰路につくためにエレベーターへと向かう。とその時視界に見知った姿を確認する。
「愛奈ちゃん?」
階が違うために、ここで会う事は無いのだがそれでも何故か彼女はそこにいた。すると、声をかけられた本人は純一を確認すると微笑を浮かべ。
「純一さん………」
そう言って、ゆっくりと近付いて来る。少し弱々しい足取り。それを視界に納めて、純一も足早に駆け寄る。
「どうしたッスか愛奈ちゃん?てか大丈夫動きまわって!?」
「たまには動かないと、何時もベッドじゃ体力も落ちる一方ですから………」
説明する愛奈の表情にドキッとしてしまう純一。だが今はそれどころでは無い。このまま挨拶だけして帰っても良いのだが、散歩と言っても彼女の体力を知っている純一としては無視する訳にもいかず。
「病室まで送るッスよ!」
そう言ってエレベーターに乗り込む。が。何故か愛奈の強い要望もあり、二人は屋上に向かう事に。
…………………
夏から秋への変わり目で、涼しい風が二人の頬を撫でる。それを感じながら、人気のない屋上に出た二人は、夕陽を見ながら暫し沈黙を続ける。
言い様の無い雰囲気。純一としては廊下であんなことを聞いた矢先もあり、愛奈の体調が気になる。そんな心情等露知らず、愛奈は屋上から見える夕陽に目を奪われている。
「綺麗ですね……」
やんわりとした聞き心地の良い声音。それを耳にしながら横に立って相槌をうつ。
……………………
無言。次の言葉が出て来ないのもあるが、正直真美がいないと、ここまで会話が始まらないとはお互いに思ってもみなかった。次第に山の稜線に沈んでいく夕陽を眺め、それを綺麗だと思いながら時間を食い潰していく。
と。
「医者になりたいんです………」
次第に小さくなっていく声音。それを聞き逃さなかった純一は。
「へぇ、それはまた大きな目標ッスね、将来は先生って呼ばないと駄目かな?」
少し茶化す様に言ってみる。それを微笑を浮かべて聞いている愛奈は。
「そう、ですね……純一さんにはそう呼んでもらおっかな」
「なら、患者第1号ッスね!」
互いに笑い合う。既に陽は落ちて薄暗さが辺りを覆い始める。
「そろそろ暗くなり始めたッスから、帰りますか」
話したい気持ちもあるが、愛奈の体調の事もある、純一は帰りながらでも話せると思い、愛奈に帰る様にと促す、が。
「………………あの………」
何故か愛奈は動こうとはしなかった。