表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
拍子木の鳴る街で  作者: T・WISE
THE FUNHOUSE
1/3

The worst taste

人物紹介

•八島亜紀:17歳.借金の取り立て人

•江川八日:24歳.パパラッチ.八島の義姉

•ホー・グエン・ミン:元プロキックボクサー

•真田晃司:夜柝市の名士.真田建設社長.JK狂

•佐倉寛己:34歳.税理士.闇金業者



「ホーさん。これは、掛け値なしの端的な最後通牒です。返答は必要ありません。謝罪も不要です。我々は貴方が四千万を返せるとは微塵も考えておりません。ですが、ツケは必ず回ってくるものです。ホーさん。貴方がへし折ってきた取立て人の鼻面も、鎖骨も、膝の皿も、全てが回ってくるんです。いいですか?これは最後通牒です。返信は必要ありません。」

留守録が終わり、 薄暗いアパートの一室にマヌケな電子音が鳴り響く。

ホーは拳を電話に叩きつけた。プラスチックの破片が飛び散り、電話は永遠に沈黙した。

殺風景で薄汚い部屋の中を静寂が支配する。ホーはその場に立ち尽くす。

自身の過去。移民。キックボクシングのプロ選手。女癖が悪かった。

詰まる所、気違い染みたパパラッチの格好の餌。パパラッチのジュードーに敢え無く絡め取られた。契約は打ち切られた。過去の栄光、ホーは執着した。

一も二もなく、闇金に金を借りた。端から返すつもりなどなかった。連中は非合法だ。連中はサツに泣きつけない。

ホーは暴力を駆使した。暴力を振りかざす奴らに真の暴力を教えてやった。刃物を突き出す奴。サップを振り回す奴。どいつもホーの裏拳には敵わなかった。次の奴も何てことはない。鼻っ柱をへし折ってやるだけだ。

喉が酷く渇いている。水を溜めた焼酎瓶に手を伸ばす。水道は既に止まっている。

その時、チャイムが鳴った。

ホーはボトルを捨て置く。ボクサーパンツのポケットから革のバンドを取り出す。血で赤黒く変色し、洗っても落ちはしない。

バンドを拳に巻き付け、ドアアイを覗き込んだ。

廊下に佇む小柄な少女。くすんだ灰色の髪。焼却炉の灰の色。風雨に曝された鉄柵の色。無為に伸ばした髪を黒のヘアバンドで二つに結んでいる。手入れに気を使っているとは思えないその髪は所々が逆立ち、怒り狂った山羊のようにも見えた。

服装──草臥れたダスターコート。サイズが合っているとは思えない、馬鹿でかいワークブーツ。色褪せたダブダブのジーンズ。マカロニウエスタンの悪漢を無理矢理、現代に焼き直したような格好。

女がドアアイを覗き込んだ。黒目の大きなアーモンド形の目がホーを見据えてた。口元はバンダナに隠されている。

女が扉から一歩引いた。

ホーの胃の腑が締め付けられる───こちらに気づいたのか、それとも…

女が無造作に足を上げた。ホーは後ろに飛びすさった。足の腱が悲鳴を上げた。目を瞑って耐えた。ボクサーの勘は外れない。

轟音。蝶番が弾け飛ぶ。アームがへし折れる。鉄の扉がひしゃげて倒れる。どた靴の靴跡が刻まれる。

女が玄関の奥に見えた。女が無造作に足を下ろす。

ホーは戦慄した───女が放った蹴り。あれは俗に言うヤクザキック。助走もつけずに放つ蹴り。純粋な脚力だけの所業。信じられない(コンテティンドゥオッ)

女がホーを見据える。目尻に皺を寄せる。血色の悪い肌に黒い筋が走る。女はダスターコートの下に手を入れた。明確な隙。

ホーは飛び掛った。体全身のバネを動員した。女のバンダナ目掛け裏拳を叩き込んだ。風切り音。鈍い音。骨のひしゃげる感覚。

ホーの体は激痛に震えた。ホーは呻いた。後ろに飛びすさった。拳が血に濡れている。

女は突っ立ったままだ。しかし、既にコートから手は抜かれている。女の手に握られているのは見紛うことなく、木製のテーブルの脚だった。ビスや金具は血で錆びつき、持ち手にはボロ切れが巻いてある。付いたばかりのホーの血だけが鮮やかだ。

女は低く咳き込むように笑う。二本の角が揺れる。“脚”が女の革手袋に打ち付けられる。パシリ、パシリと乾いた音が鳴る。

ホーは息を吸い込む。バンドを強く握り締める重心を下に持って行く。低く構える。

女は構えない、“脚”を振り上げ、大股で歩いて来る。喜劇役者の足取り。“脚”が振り下ろされる。

ホーは身を縮めて躱す。速いだけの一撃。女は完璧に振り抜いた。女の溝落ち目掛け膝蹴りを放つ。

女が身を翻す。革の手袋が飛び出す。ホーの顔面に張り手が叩き込まれる。あり得ない体勢からの強烈な一撃。

ホーの脳が揺れる。視界が揺らぐ。膝蹴りは女のコートの端を撥ねるに終わる。

女は張り手を完璧に振り抜き、一回転する。“脚”を降り上げる。

ホーは揺れる世界の中で床に手をつく。手を軸に回し蹴りを放つ。足を払いにかかる。女の足をしかと捉える。

足に衝撃が走った。コンクリの柱を蹴った感触。女は小揺るぎもしない。返ってきた衝撃で床についた手がずれる。体が床に投げ出される。

女が獲物を振り下ろす。“脚”がホーの腰にめり込む。一撃でホーの骨板が叩き割られる。革を突き破り、白い骨が顔を覗かせた。

ホーは比類無き叫びを上げた。だが、誰も来はしない──ホーはアパートの住人達を脅し回っていた。借金取りへの所業を口外させなかった。ホーは言った。“叫びは聞こえない。いいな?”

ツケは全て回ってくる。

女が再び“脚”を振り上げた。二撃目はホーの左肩を捉える。落花生の殻のように右肩が砕け散った。ホーは叫んだ。

三撃目は右肩。ホーはさらに絶叫した。

女は咳き込むように笑う。“脚”を両手で振り上げる。ホーは有らん限りの力で叫び、のたうった。

ホーの頭に“脚”が振り下ろされる。眼前に蛮族の棍棒が迫る。ホーの意識はぶっ飛んだ。

“脚”の先とその金具は、ホーの顎を噛み終えたガムのようにしたところで止まった。

女はホーの襟首を掴み上げ、肩に背負う。アパートの廊下に出る。階段を降り、運び屋の元に向かう。

住民は全員引っ込んでいた。夜柝市の掟───見るな。聞くな。頭を使って良く生きろ。

駐車場にバンが止まっている。黒地に黄色のナンバー。車体にプリントされた文字“GAVIAL DINER”。その横にはワニのマスコット。サングラスを掛けいやらしい笑みを浮かべている。

女はバンの荷台のドアを開け、ホーを中に詰める。誂えたようにすっぽりと収まる。

運転席のシートの裏から顔が覗く。

「お早いお戻りで、八島さん。」

瘦せぎすの男が笑って言った。店のマスコットがプリントされた帽子を被っている。

「こいつで間違いないんだなよな?」

八島は、ホーの顎の無い面を店員然とした男に向ける。

「ええ、多分そうです。正直、その状態では断言出来かねますが。」

店員が顔を顰め、エンジンをかけた。排気ガスが噴き出す。八島が咳き込む。

「ゲホッゲホッ。なぁ、女の肌に排気ガスは大敵だぜ。」

八島はバンのフレームを叩いて言った。

「女と言っても、貴方はまだ十七でしょう?語るに及びませんし、肌の前に髪をどうにかすべきです。」

店員がマスコットとお揃いの笑みを浮かべる。

「うっせえ。」

八島はバンのドアを叩きつけるように閉めた。その勢いで車体が揺れる。店員とホーの体が跳ねる。八島がニヤリと笑う。

バンが当てつけのように走り出す。排気ガスを撒き散らす。

八島はバンダナで口を押さえ、遠ざかるマスコットの笑みを憎々しげに見つめた。

バンは、夜柝市のドヤ街の入り組んだ隘路に消えていった。

八島はアパートの裏手の駐車場に向かう。停めて置いたCS950のスタンドを外し、シートに跨る。スターターをキックする。

そこで、着信音が鳴った。ミック=ジャガーが“sympathy for the devil ”を歌う。

八島はスマートフォンを荷台のボストンバッグから取り出す。番号を見て、少し驚いたように目は見張る。暫し躊躇い、数秒の憂慮の後、ボストンバッグにしまい直した。

エンジンを吹かす。。CS950が走り出す。ミックが歌う。CS950が唸りを上げる。

スマートフォンの画面には、“江川姐さん”の文字が浮かんでいる。







本小説の文体は巨匠ジェイムス・エルロイ氏の影響を、これでもかとばかりに受けています。

『アメリカン・デストリップ』は死ぬほど面白いので是非、御一読ください。

まあ、このミスにも随分前に入っていたし、私が言うようなことではありませんけども。

他に影響を受けた、というより、ほぼ中核を成している作品は以下の通りです。

•『ホワイト・ジャズ』

•『シン・シティ』

•『Hotline Miami』

•『村上春樹』

•『開口健』

•『トマス・ハリス』

他にも数え切れないほどありますが、この辺で止めます。

え?途中、作者名が混ざってたって?

いやあ、細かいことはどうぞ気にせず宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ