悪魔との契約
スラム街。
昼間だというのに全てが暗い。
男は携帯電話で親友と話していた。
「おい、お前どこにいるんだ。」
『クルーズ船のカジノだ。いいだろ。世界一周しながらスロットし放題だ。』
「おい、なんだってんだよ。どこにそんな金が…」
『悪魔に魂を売ったのさ。』
「とうとうお前まで何トチ狂ったことを。」
『信じないか。ははははは、じゃあな。』
電話は切れた。
男は怒りに任せて、足元の石を蹴り飛ばした。石は壁と壁の間、闇の中へと転がっていった。
その闇から、身なりの整った紳士が現れた。
「あなた、私と契約しませんか?」
紳士は突然こう切り出した。
「おっさん、こんなところまでセールスかい?
ここは危険な場所だぜ。そして、俺は今とても不機嫌なんだ。」
「私があなたの願いを何でも叶えます。その対価として、あなたの魂を頂くのです。」
「あ? 悪魔みたいなことを言う。」
男は、さっきの親友との電話を思い出していた。
「はい。私は悪魔です。」
「頭おかしいんじゃないか。」
「嘘ではありません。あなたの願いはどんなことでも叶えて差し上げます。
とはいえ、永遠の命については応えることはできませんが。」
男は拳銃を取り出し、予告もなしに紳士の頭を撃った。
「言ったよな、俺は不機嫌だって。」
しかし、自称悪魔は平気で立っていた。
確かに頭を撃ちぬいたはずだ。
もう三発ほど撃ち込む。
が、弾丸は紳士をすり抜けて行った。
「悪魔ですから、そんなモノは効きません。」
「はははっ」
男は力なく笑いながら座り込んだ。
「私が悪魔だと信じていただけましたか。」
紳士は不敵に笑いながら、男に歩み寄る。
「実際に見たんだから、本当にそうなんだろうな。」
「では、あなたの願いを教えてください。」
「俺の親友が豪遊しているのもお前のせいか。」
「彼は一生で使い切れない金を願いました。」
紳士は笑顔で答えた。
「どんな願いでもいいんだな。」
「不死以外であれば。」
「例えば、名前を書いた相手を殺せるノートとかでもいいのか?」
「あなたが願うのであれば、ご準備します。」
いろいろ考えながら、男は拳銃に弾丸を補充していく。
「…そうだな、何かの能力でもいいのか?」
「はい。力の強さ、賢さ、政治力。なんでも願いのままに。」
男は拳銃をしまうと、立ち上がった。
「じゃあ、どんな悪いことしても絶対にばれない能力ってのは、どうだい?」
「素晴らしい願いです。あなたは、どれだけ罪を犯しても罰せられることはありません。
被害者の怒りは行きどころをなくし、社会全体の不満となるでしょう。
あなたの犯した罪が大きければ大きいほど、世界は混沌に近づく。」
「やはり悪魔だな。」
「では、その願いでよろしいですか。」
「ああ頼む。」
男はゆっくりと頷いた。
「対価として、あなたの死後、私は魂をいただく。」
「わかった。」
「この契約書にサインを。」
悪魔が紙とペンを差し出した。紙はバインダーに挟まれている。
「羊皮紙なのにバインダーとサインペンか。おかしな組み合わせだな。」
男は契約書の中身を読みながら、愚痴った。
「変えられないものは残しますが、便利なものは取り入れます。」
契約書には、男の魂を目の前の悪魔に渡すと書いてある。
男が自分の名前をサインをする。
紳士はにやりと笑った。
「ありがとうございます。契約成立です。」
「じゃあ、俺はどんな悪いことをしてもばれないんだな。」
「はい、そうです。」
それを聞くと、男は拳銃で悪魔を撃った。
「なっ」
悪魔は肩を抑えて、うずくまる。
「どうして当たる…。」
「最近、悪魔と契約した人間がいるって話をよく聞くんだ。
だからシルバーアクセ作ってるダチに『銀の弾丸』を作ってもらったんだ。
冗談のつもりだったが…、本当に銀は悪魔に効くんだな。」
もう一発、撃つ。悪魔は金切り声を上げる。
「なぜ、私を撃つ。」
「俺から親友を奪ったから…。それだけだ。」
男は再度引き金を引く。
悪魔は断末魔を上げながら倒れる。そして、その体は硫黄の煙とともに消えた。
「お前を殺すことが悪いことなら、お前を殺してもばれないし、
悪魔を殺すことが良いことなら、俺は天国に行けるだろうさ。」
男は高笑いしながら、スラムの外へと歩いて行った。
続編「悪魔に転職を勧められ」
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