『獣人の町 ダッカル』
ちゅん、ちゅん、…………
《フラッシュ連写》すかさず《泥弾》(かなり弱め)×3
シュッ! シュッ! シュッ!
ちっ! また外したか!
なかなかやってくれる。強化された俺の攻撃も通じないとは。さては、忍びの者か?
冗談のつもりだよ? 次こそは当ててやる! これは、知恵比べだ。〈フラッシュ連射〉からの〈泥弾〉もかわすとは。やってくれるじゃないか、明智君。なんて考えちゃってるよ? 今度はどう攻めようかな? ふふふ。見てろよ?
昨日はあの後、いつもより2人との距離が近くなった感じがした。というより、本当に物理的な距離が近くなった。うん。悪くない。悪くはないんだけど、酔っぱらいのようなノリは何だかね?
ちょっと違うんだよなぁ。贅沢だよね。分かってるんだけどね。どうしても、酔っぱらいのような感じがしちゃってね。楽しんでお酒は飲めなかったかな。なんか、聞いてるこっちが恥ずかしくなっちゃって。2人が落ち着いてから、よ~~く話しておいたけどね?
本当に可愛い人は、そんな風に聞いては来ないんだよ? 可愛いのは当たり前だからね。2人ともそうでしょ? 俺が可愛いって言ってるんだから、2人とも可愛いんだよ? だから、自信を持って普通にしてれば大丈夫だからね。よろしくね? って感じだったかな。
「ふむ。分かったのじゃ。これで最後なのじゃ。こんなわしも可愛いかの?」 ガバッ!
「はい! 私もこれで最後にします。タビトさん。こんな私も可愛いですか?」 ガバッ!
「うん。2人とも可愛いよ。理解してくれてありがとう。いつも可愛いと思ってるからね。よしよし、よしよし」
「……スースー」
「……すーすー」
こんな感じだったかな。〈身体強化〉睡眠。恐るべし。
* *
勿論、目覚めは1人。今日も心地が良い朝だ。
防御壁にも変化なし。問題なし。オールグリーンだ。
朝食後、俺達はまた、町長の屋敷にある大会議室に呼ばれた。
今回は3人で向かった。前回と同じ面々が既に待機所しており、俺達の到着と同時に町長が話し出した。
「みんな、ご苦労様。またタビトさんに参加してもらい、各部局からの報告を始めたいと思う。
こちらの要望通りの地下施設が完成した事は、既に報告を受けている。この場を借りてタビトさんに礼を言いたいと思う。
ありがとう。これで衛兵達も、昼夜の交代勤務にも身体が対応しやすくなると思う。警備の仕事にも励めるようになるはずだ。警備は町の安全の要だからな。こんなに嬉しい事はない。重ねて礼を言わせてもらう。ほら、お前達もタビトさんに礼を言うのだ」
「「「ありがとうございました!」」」
「ありがとうございました。タビトさん。警備局の局長としても、改めて礼を言いたい。あの施設の素晴らしさは、団員からも上がってきております。衛兵に対する心遣いが随所に感じられ、皆感動しておりました」
「ほう。そんなに評判が良いのか? まだ出来たばかりだと言うのにか」
「はい、そうです。地下施設を使った者は、もう以前の詰め所では寝たくないと言っております。それほど地下の施設が居心地が良かったという事でしょう」
「おお。そうなのか。それは良い事だな。益々気に入ったぞ。それではまた、重ね重ね礼を言う必要がありそうだな」
「いえ。私は、領主であるガルーマさんの指示を受けて、要望通りに作っただけですから。それに私は、施設使用料として、毎月それなりの報酬をいただく事になっています。商売として考えれば、悪くない取り引きですからね。使う人の気持ちを考えてサービスを提供するのも、当たり前の事です。
ですから、その感謝の気持ちは、指示を出したガルーマさんに向けて下さい。警備の重要性を誰よりも理解してその依頼を出したのですからね。先見の明がある、大きな人物だと思います」
「ほう。やはり、ガルーマ様の仰る通りだな。下の者への心遣いといい、上の者に対する配慮も忘れないとはな。知力に魔法力だけでなく、指導力に政治力もあったとは。やはり、それなりの経験を積んできたと言う事か。
これでは私もべた褒めしたくなると言うのもだな。がははっ」
「おお。さすが『首輪の人』だ。コンスコー町長がここまで褒めるとは」
「やはり『首輪の人』は本物だったんだな」
「ああ。私も衛兵達の話は聞いた。地下施設は本当に快適らしいぞ」
「ああ。私も聞いた。私も1度使わせてもらおうかと思っている所だ。『首輪の人』。やはりデキル人物という事だったか」
「『首輪の人』、さすがだ」
「この町の事には口出ししないと言うのも、少し惜しい気もするな。何か良いアイデアで驚かせてくれるかもしれないからな」
「おお。そうだな。でも『首輪』を着けるのは、私は御免だぞ」
「そうだったな。私も『首輪』は御免だな」
相変わらず、部局の面々が騒がしいぞ。『首輪の人』呼ばわりは勘弁して欲しい。くそう。やはり『首輪の人』の称号が怪しくなってきたぞ? 実際にどんな風に話が伝わっているのか、怖くて聞けねー。
俺からの報告はあっさり終了。要望にあった通りの地下施設は、土魔法の使い手の皆さんの協力もあり、無事に完了しました。以上。
「よし。それでは、タビトさんが襲撃を受けた件の調査報告だ。警備局ガーディアンズの団長、よろしく頼む」
「はい。それでは、調査報告をさせていただきます。まずは、これを」
ゴッ! ごそごそ…… ぱらっ
「うっ」
「団長、それは何だ? 何のつもりだ?」
「はい。町長。タビトさん。申し訳ございませんでした!」
ゴンッ!
「どういう事ですか。団長さん。謝るのは後です。まずは説明して下さい。その『首』も何のつもりですか?」
「そうだぞ、団長。説明が先だ。その『首』の説明も、しっかりしてもらうぞ」
いきなり箱をテーブルの上に置き、中身を取り出してみたかと思えば、身元不明の『人の首』が現れた。正直言ってグロい。そんなものは見たくない。思わず声が出てしまったじゃないか。
俺の事を『首輪の人』とか呼んでおきながら、この団長さんは『首の人』とでも呼ばれているのか? そんな怖い習慣のある町なのか?
え? 俺だけ? 皆さん慣れてるの? 普通驚くよね? いきなり人の『生首』だよ? これがこの町の常識なのか? 初体験。こんな体験したくない。できればしたくなかったよ。俺は、首を吹き飛ばした事はあるけど、生首だけを見るのは初めてだ。今日は安らかに眠れるのかな? この人は安らかに眠ったのかな?
ガーディアンズの団長からの調査結果は、こうだ。
徹底的に調べた結果だそうだ。
団長にも全く心当たりがなく、新入りの衛兵が何を思ったか、『俺の首輪の話』を聞いて、勝手に『忖度』したらしい。忖度。他人の気持ちを推し量って配慮すること。なんて便利な言葉なんでしょう。まあステキ。
新入りが勝手に考えて、勝手に行動し、勝手にしでかした結果だと。そういう事だそうですぜ、ダンナ。それで、その責任を取らせ、既に物言わぬ首だけになっていると。
信じるか信じないか、それは俺次第です!
この町の警備を担当する組織の1つ、ガーディアンズの信頼にも関わる大問題。2日ほど時間を掛けて出した調査報告がこれだ。
団長は言っていた、『もしそれが本当の事であれば、それなりの責任は取らせてもらう』と。さあ、どんな責任を取るおつもりで?
あの場では、嘘を付いているようには感じなかった。自信と男気があるように思えたから。誰かが勝手にやったか、ガーディアンズの名前を騙った別の者の仕業。そう思っていたのだが、ガーディアンズの団員が勝手にしでかしたと来ました。
町長さえも、自分の責任を感じていたくらいだ。事情も分からないまま、本気で謝罪してきたからね。それでこの結果。さあ、コンスコー町長。あなたもどうしますか?
ファイナルアンサー?
領主のガルーマさんからの依頼を受けてやってきた人物が襲われた。これは大問題だ。この領地で暮らしている以上は、俺は重要人物だ。
言わば『VIP』。Very Important Person ね。
『MVP』は、Most Valuable Player 最優秀選手の事ね。ここではスポーツはやってないけどね?
そんな事はあってはならない事だろう。俺達は、『ロジアーブ王国 ガルーマ・ザッヒン領主付き特殊部隊兼特別商隊』だよ?
『善意から出た悪意ある行動と、その結果』
5人組みの襲撃で、危うく命を落とすかもしれなかった俺達。まあ、あんな奴らに負ける気はしないのだが、不意打ち、闇討ち、騙し討ち。何が起こるか分からないのが世の常だ。俺達の情報をそれなりに知っていた訳だから、そんな簡単な問題点じゃないと思う今日この頃です。
証拠もある。襲撃者本人達の証言も、本人達の身柄も、首輪着きで確保してある。オデルローザの奴隷商、セバイスさんがね。1番安全だと思う場所だよ? 恐らく間違いない。
俺は、恐ろしくて、侵入なんてしたくない。例え、初見対人無敵の〈ステルス〉〈光学迷彩〉があろうとも、試す事すらしたくない。そんな相手です。セバイスさん。会うならオムツは必須だよ? まだ作れてないけどね。
あまり深く情報を渡さなくて良かったかな。うん。襲撃者逹がまだ生きている事も、オデルローザで匿われている事も。いや、匿われてはいなのか? もう売られちゃってるかもね? ははは。でも大丈夫。証拠となる〈スマホ映像〉もある。5人組みが話しまくってる所の映像は残してあるからね。ふふふ。
張り切って見せなくて良かったよ。俺の必殺技、『スマホに取り込んである映像を、あたかもユニーク魔法のようにして見せちゃいます』。
やはり、必殺技は、必殺だからこその技なんだな。必殺となるタイミングで使ってこそ、意味がある。うん。俺、良い事言ったぞ? 座布団も欲しいかな? ふかふかのヤツ。衝撃吸収機能は必須かな。馬車の座席に欲しいんだよね。人数分? うん。もふもふのヤツでもいいんだよ? 《スルー》
◆◆◆
『なんだと! そこまでの情報を持った者達からの襲撃を受けただと! それで、その者達はどうなったのだ! 何か証拠でもあるのか?』
『我々ガーディアンズのメンバーが、あなたを襲うように依頼したと? そう言っていたのですね?』
『……申し訳ない。すぐには返答できないが、私には全く心当たりがない。これは、我がガーディアンズの信頼にも関わる大問題だ。少し調べる時間をいただきたい。タビトさん。もしそれが本当の事であれば、それなりの責任は取らせてもらう。この場は、これで勘弁して欲しい』
『ふむ。全く心当たりがないと言うのだな。それなら少し調べる時間は必要だろう。団長のお前が責任を持って報告するように。それから、タビトさん。申し訳ない。これは、この町の責任者である、私の責任でもある。必ず調査し、その報告をさせてもらう。それまでは、こちらから護衛も付ける。それで様子を見て欲しい』
『おお。魔法の腕だけでなく、頭も切れ、心も広い人物だったとは。これはガルーマ様もべた褒めするはずだ。がははっ』
『かたじけない。タビトさん。恩に着ます。護衛は我らにお任せ下さい。もう二度とそのような事が起きないように警護します』
◆◆◆
コンスコー町長と、ガーディアンズの団長が言っていたセリフだ。
どこまでが真実なのか、どちらかが嘘をいっているのか、もしくは、この調査報告は全て本当のものなのか。
信じるか信じないか、それは、持ち帰って皆で考えます。だから、それ次第です!
結局、この2人の責任は、『みんなの前で豪快に謝罪する事』で終わった。うん。そんな事だろうと思ってた。はい。お疲れ様でした。うん。大変でしたね。団長も。町長も。下の者の忖度までは、なかなか御し難いですからね。うん。仕方ない事もあると思いますから、以後、気を付けて下さいね。
今回は、偶々無傷で済みましたけど、もしも俺達に何かあったとしたら、どうなっていたと思いますか?
領主のガルーマさん。滅茶苦茶怒ると思いますよ? デキル人だし、プライドも相当お高いんでしょ? 物理的に首が飛びまくってたと思いますよ? 良かったですね。俺達が無傷で。この町での仕事も、無事に終わったしね。
はい。お疲れ様でした。皆さんもお疲れ様でした。あと、ローブを纏った土魔法の使い手の皆さんも、お疲れ様でした。これからも頑張ってくださいね。最初に見た時の凄い威圧感が嘘のようになくなって、皆さん穏やかな笑顔になってますね。何でだろ?
この会議の場での、俺達の場所の宣伝は止めておいた。俺達が作ろうとしている場所。『みんなが安心して平和に暮らせる場所』。なんかそんな気にもなれなかった。
その代わり、俺からの切なる願いをお伝えしておいた。
俺は、『首輪の人』じゃない。その呼び名は止めてくれ。これから行く町でも同じ様な事が起こらないように、先触れを出す事。
俺の役目は、あくまでも地下施設を作る事。町の運営に口を出すつもりも、その権限もない事。それぞれ町で要望を聞き、出来るだけその要望に合わせた施設を作り、様子を見るために少し休んだら、すぐに次の町に出発する事。だから変な勘違いはしないで下さいね。
それから、部下にも変な忖度をさせない事。次に同じ様な襲撃受けたら、もう仕事も放棄してお逃げしちゃうからね。そこん所もよろしくね。
ここまで言っておけば大丈夫でしょ?
しつこいようだけど、俺達は、『ロジアーブ王国 ガルーマ・ザッヒン領主付き特殊部隊兼特別商隊』。無礼な行為は許されないんだからね!
これらのお願いは程なく聞き入れられ、先触れが出発して行った。うん。今度こそよろしくね? フラグじゃないからね。マジで勘弁して下さいよ?
そして、『首輪の人』のいう呼び名は止めにして、『土魔法の大家』『大先生』とか『殺人トラップの人』とか呼ぶようになって行った。発信源は、主にローブを纏った土魔法の使い手の皆さん。穏やかな笑顔になって何言ってんだろうね?
誰も殺してないからね? ん? ここでは誰も殺してないからね? ん? まだ殺してないからね? まあいいや。少しでも警戒してくれれば、俺達の安全性も上がるだろうしね? 死ね? そんな事思ってないからね。変な称号付けるのは止めて下さいよ?
勿論、今回の調査結果の報告は、実際にあった事を加えて、領主のガルーマさんと、奴隷商のセバイスさんにも届けてもらったよ? 書状という形でね。オイラ、根に持つタイプだからね? やられた事は、キチンとやり返すタイプだから。チキンだと?
* *
この町では、大方の仕事は町長から出されている。
町長が頭となり、行政のやるべき仕事のいろんな部分を、町の住民が集まって作った組織に発注している。組織に属していれば、その仕事をして暮らしていけるが、属していない者は、更にその組織から出される仕事を受け、その対価をもらって暮らしている。下に行けば行くほど、対価は安くなり、生活も厳しくなって行く。そういう仕組みが当たり前になっていて、それでも何とか回っているのが『獣人の町 ダッカル』。
町長が発注者、町にある各組織が元請け、そして襲ってきた5人組みが、いわゆる下請けって感じなのかな。
所々にブラック臭と、隠蔽体質がプンプンしてくるね。
どこからの依頼なのか、出発点が分からない。隠そうと思えば、簡単に隠し通せる仕組み。下からは辿れない。尻尾切りなんて、恐らく日常茶飯事。ちゃめしごとだ。いや。さはんじと読めなきゃダメだからね。
そんな悲しい仕組みが根付く町、『人の首』を見慣れてしまった人達が組織する町『ダッカル』。
『獣耳の面影すらなかった町』。『獣人の町』という町の名は、分け隔て無く種族が集まれるようにと願って付けたもの。
いや違う。『従人の町 ダッカル』。『もふもふの無い悲しい町』だった。