そういう事だったね
俺の名前は、……こっちの世界では、『タビト』と名乗っている。年齢は不詳だ。なぜか。ぶっちゃけ、もうそれなりのお兄さんなのだが、風貌が若返っていた。顔も、体も、精神年齢も? だから、本当の年齢を言っても信用してもらえないと思う。
周りにいる皆には、本当の年齢を教え合ったりしたんだけど、特に反応はなかったかな。大した問題ではなかったらしい。うん。ありがとう?
普通ならそんな事は起こらないよね。そう、気が付いたら、たぶん異世界にいた。
なぜかは未だに分からない。分からない事だらけで生きてきた。『魔法』が在るこの世界で、俺は『生活魔法』の使い手になった。何者かのチカラにより『指輪』を授けられ、手にしたチカラが『生活魔法』だった。
生活を豊かにしてくれる魔法。そう思っていた。でも違った。いい意味で。安心して生活していく為に必要な魔法。そんな感じで受け取っている今日この頃だ。
剣と魔法の世界。当たり前のようにモンスターもダンジョンも存在しているこの世界で、どう生きていけばいいのかを考え、探した。促されるままに魔法を強化し、王都へ向かい、『メッセージ』を受け取った。
『人間には気を付けろ』。そう教えられた。うん。知ってるし。でも、ありがとう。貰った指輪は、このメッセージの主からのプレゼントだった。それから、一緒に貰った『大金』は、『初代』からの遺産だったらしい。重ね重ねありがとうございます。
使命とかは、特にないらしい。謎は謎のままだけど、来てしまったからには、こっちで生きていくしかない。他にも居るであろう『指輪持ち』『チート持ち』の皆さんが、いろいろしでかしちゃってるらしいから気を付けてねと、親切にも教えてくれた。
なんて良い人なんでしょう。『平和な方向でチカラを使ってほしい』。俺は、受けた恩は返したいと思う質でして、この意思を守っていきたいと思う。そして、更に繋げていけたらいいなと思う今日この頃だ。
ヤバい組織、チート持ちの闇も味わった。悪い意味で。『奴隷狩り』『ウロボロスの刺青』『スペード』。これからも注意しながらやっていかないと、簡単に殺されてしまうかもしれない。そんな危険な奴等がいる世界だ。
やはり、人間とは業が深い生き物なのだろう。それは今も昔も、世界が違っても変わらないんだと思えてしまった。でも、そんな事で悲しんでも仕方がない。世の中悪い事ばかりじゃない。良い事も、良い出会いもあるものだ。
ありがたい事に、頼れる仲間もできた。出会い方はどうであれ、今では信頼できる家族も同然だ。少しずつではあるが、こっちの世界の常識も身に付いてきた。はずだ。みんなのお陰でね。その『みんなが安心して平和に暮らしていける場所』を作るため、前を向いて動き出した今日この頃だ。
* * *
今、俺達は、『獣人の町 ダッカル』を目指して街道を進んでいる。この国『ロジアーブ王国』の、この地方『ガルーマ領』の領主『ガルーマ・ザッヒン』からの依頼を受け、その仕事をするためだ。
一緒に馬車に乗って居るのは、ミラとアリー。
『ミラ』。本名は、『ミラーダリューカーマオガルド4世』。
長くて、どこで切ったらいいのか分からなかったので、『ミラ』と呼んでいる。本人も、好きに呼んでくれと言っていたし、特に問題ないようだ。
『基礎生活能力のない方向音痴の脳筋ちみっババ食いしん坊属性持ち実は武闘家魔法使いのはずが実は27歳本人談ホントは最低でも127歳なんでしょ?』。という称号付きだ。もちろん名付けたのは俺だけど。本人の特性をよく表したものだと納得している。もちろん俺が。
魔人族とのハーフで、攻撃特化の〈火〉と〈風〉魔法の使い手だ。ちなみに、俺の『正妻』らしい。これはミラ本人談。ちなみに、俺はまだ結婚していない。はずだ。
後ろ姿は子供にしか見えないのだが、のじゃロリ属性と言われれば、そうなのかもしれない。でも俺は騙されない。本人も27歳と言っているんだから、騙してはないんだけどね。
正直に言うと、結構可愛い所が多い。背が小さかったりとか、すぐ迷子になったりとか、何でもよく食べたりとか、脳筋でノリが体育会系だったりとか。あれ? 可愛いのか?
人は変わっていく。あぁ……、トキが見える。
学名『ニッポニア・ニッポン』。日本の代表的な鳥の1種と言われているが、日本の国鳥は『キジ』だ。日本では野生絶滅してしまった鳥なのに、こっちの世界に来ていたのか?
ミラとは、ずっと一緒に居たからね。それもありだと思えるようになっていったみたい? ははは。さすが正妻?
『アリー』。もう1人の本名は、『アリージャ』。
これも俺が呼びやすいように縮めて、『アリー』となった。
犬人族5人家族の長女で、成人したての16歳。お母さんとそっくりの赤髪で、もちろん全員獣耳だ。念のために言っておくと、まだ、もふっとした事はない。そう、まだない。
獣人ならではの高い身体能力、中でも、その素早さと嗅覚を活かした索敵能力は抜群で、1家に1人は欲しくなるレベルだ。あ、俺の『2番目』として、花嫁修業を頑張っているんだった。ミラと2人で納得して、勝手にそういう事になっている。さっきも言ったが、俺はまだ結婚していない。はずだ。
お揃いで買って着けているネックレスも、いつの間にか、パートナーの証しというコトになっていた。イヤじゃないけど、俺の知らない所で、話がいろいろ進んでいる事がちょくちょくあるから、気が抜けない今日この頃だ。
戦闘は不得意なため、俺達をサポートする役にチカラを入れると言って、花嫁修業を頑張っていたはずなのに、なぜか索敵能力が向上しているという、不思議案件が発生している。非常に助かるから、有り難いんだけどね。
両親の躾が良いせいか、元々がそういう性格なのか、礼儀正しく、よく気が利くだけでなく、素直で明るく、笑顔がとても可愛いもふもふだ。双子の弟達のお姉ちゃんとして、頼りにされて来たからかな。ははは。さすが2番目?
*
『国境の町オデルローザ』で馬車を受け取り、そのまま出発。のどかな風景と、穏やかな気候。思ったほどの揺れもなく、順調に進んでいる。うん。これは眠たくなる。
のんびり馬車の旅。街道は、それなりに整備されており、所々に馬車を停められるような開けた場所もあったりするので、丁度いいタイミングで休憩できたり、野営出来るようにもなっている。有り難い事でございます。
馬車の操り方や馬のお世話の仕方は、3人とも、御者さんに丁寧に教えて貰った。特に問題もなく実技講習も終わったのだが、ここでアリーが適性を発揮。馬ともすぐに打ち解け、仲良くなっていた。これは獣人の適性なのだろうか、それともアリー特有の能力なのだろうか。
馬は賢い生き物で、人間の感情を読み取っているとも言われているからな。アリーの優しさが伝わったんだろうか。俺もミラも優しいよ? 悪いヤツには容赦しないけど? さすがにそんな事までは分からないよね。
馬にも防衛本能があって、傲慢な人間に対しては、噛んだり蹴ったりするらしいし、これまでに人間といかに接してきたか、粗末な扱いを受ければ乱暴にもなるだろうし、きちんと愛情を受けて育った馬は、それなりに人間に対しても優しく接してくれるのだろう。要は環境次第。それは人も動物も同じだね。
ただ、御者さんに言われた。
馬は、あくまでも馬。生き物である以上は、気を遣うのは良い事だが、馬を人間と同じように扱ったり、同じように理解できる存在だとは思わない事。そこまでの知能はないし、期待してはいけないと。
もちろん、粗雑に扱って欲しくはないが、状態を観察し、優しく世話をするくらいで丁度いいそうだ。必ず別れはくるから、その時に辛くならないように前もって教えてくれだのだろう。
この世界では、主な移動手段は、馬車か徒歩。これまでの経験からくる深い言葉なのだろうと、素直に聞いておいた。この仕事が終われば、馬車は領主に返す事になるからね。うん。ありがとう。こういうのも初めてだから、いろいろ勉強になります。
移動は、3人交代で御者台に座る事になっている。今は、休憩毎に代わる事にして、馬車での移動に慣らしている所だ。今後の事もあるし、それぞれの負担を減らす為にも有り難い。
「2人ともお疲れ様。今日は、ここで野営にしようか。日没まではまだ時間はあるけど、急いでもしょうがないからね」
丁度いいタイミングで野営場所が用意されてるんだね。さすが街道沿い。これなら予定通りに町に到着できるかな。
「うーん。お疲れ様なのじゃ。馬車での移動は、楽でいいかもしれんのじゃが、体がナマっていかんのじゃ。それでも腹が減るのは何でかのう」
うん。そうだね。何もしてなくても腹は減るからね。それは生きている証拠だからね。ミラクオリティとは関係ないから、安心してね。食いしん坊属性持ちさんや。
「はー。やっぱり、ずっと座ってるだけでも疲れます。馬車が広く使えるとはいえ、中に籠もりっぱなしというのも、辛いです」
うん。そうだよね。馬車の中は2人だけだから、横になる事も出来るんだけど、籠もりっぱなしは辛いよね。
「ははは。お疲れ様。でもこの調子なら、明後日には町に到着出来ると思うから、もう少しの辛抱だよ」
「まあ、適度に休憩もできるし、夜にはゆっくり休めるのじゃから、しばらくは我慢するしかないのじゃな」
「そうですね。でも、これはこれで一緒にゆっくり過ごせますから、私は楽しいですよ。へへへ」
「む。確かにそうなのじゃ。一緒にゆっくりできるのは良い事なのじゃ。ずっと忙しかったからのう。アリーは良い事を言うのじゃ」
「へへへ。ありがとうございます。こういう時間も楽しいです。これが、まだまだ続くんですからね。もう、凄く嬉しいです!」
「おお。そうじゃの。まだまだ続くからの。確かに凄く嬉しいのじゃ!」
何か2人で盛り上がってますけど、いいんだよ。土魔法の担当は俺だからね。ちゃちゃっと野営の準備しちゃうからね。
と言っても、環境は整備されてるから、バーベキューの準備をするだけなんだけどね。天気もいいし、折角だから、キャンプっぽい事をやってみようかな。
そう言えば、テントなんて、こっちに来てから1度も使ってないからな。シェルターの方が快適で安全だから、選択肢にも入れた事がなかったよ。折角貰った品だから、ここらで使ってみましょうかね。
・旅人の野営セット
(テント、テーブル、チェア、ランタン、マット、寝袋、毛布、コンロ、鍋・大中小、包丁、まな板、お玉、トング、皿・大中小、水筒、コップ、フォーク、ナイフ、菜箸、箸、布袋・大中小)
いや、でもな。これ1人用だしな。見張りもいるから、久しぶりに『旅人の小屋』と『旅人の生活小屋』を出しておこうかな。ここなら、2人くらいならゆったり生活出来るし、外壁を防御壁で固めてあるから、テントよりは安心だからな。
「よっと。おお。久しぶり」
…………特に問題もなさそうだな。よしよし。後は、中の確認だな。
「2人とも、盛り上がってる所悪いけど、馬のお世話をお願いね。俺はこの小屋の点検してるから」
「おお! なんじゃそれは。初めて見たのじゃ。そんな小屋も持っておったとは、全く、呆れるしかないのう。よくもまあ……」
「うわー! 凄いです。もうそれ、お家じゃないですか! そんな大きい物が入ってたんですね。本当に、驚きを通り越して呆れちゃいますね」
「ああ、そうね。うん。これ出すの久しぶりだから、ちゃんと使えるかどうかチェックするね。2人だとちょっと狭いかもしれないけど、1人なら十分な広さがあるからね。今日は、ここで休んだらどうかなって思って出してみたんだ」
「おお。それもまたいいかもしれんのう。旅の野営だと言うのに贅沢な気もするのじゃが、それは、おぬしの常識の問題じゃからの。それに慣れればいい事なのじゃ」
「はい。私もこれは贅沢だと思います。でも、テントで寝るよりは安心できそうですから、これはこれで良いと思います。さすがです。私も早くこの常識に慣れるように頑張ります」
ほう。やはり贅沢なんだよね。知ってるよ? それくらいの常識はあるからね? でも、モンスターも居るこの世界で、薄いテント1枚で安心して寝られる? 俺はイヤだね。せっかく使える物があるんだから、活用しないとね。大人とは、そう言うものなのです。
中も特に問題なし。快適に使えそうです。ベッドは2つ出しておいたけど、それなりにスペースもあるから、寝る分には2人でも大丈夫そうだ。まあ、俺が寝る訳じゃないけどね。あくまでも、ミラとアリーの2人用。俺は、お外でテントを前に見張り役。お馬さんも居るからね。キャンプの雰囲気だけでも楽しみます。
* *
「よし。じゃあ今日はバーベキューにしたからね! かんぱーい!」
「乾杯なのじゃ。今日も肉がうまいのじゃ。この香ばしい匂いがたまらんのう。やはりバーベキューはいいのう。この開放感もいいものじゃ」
「はい。乾杯です。3人で食事するのも久しぶりです。私の家族もいて、みんなで食べるのも美味しいですけど、これはこれで楽しいですね!」
「うん。いいね。バーベキューも、より美味しく感じるよね。3人だと少し寂しい気もするけど、それはそれで楽しめるから悪くないね」
「はい。3人も楽しいです!」
食材は、これでもかって言うくらいアイテボックスに入れてある。このアイテムボックスは、『簡易』と名前が付いてるが、全く簡易ではない優れモノ。指輪の強化と共に拡張され、今では、安心して生活していく為に大活躍の『□項目』によって、温度調節などの機能付きで分類まで出来るようになっている。
もはや『簡易』ではないと思うのだが、そのネーミングセンスの謎については、じっちゃんの名に懸けて調査中。じっちゃんなんて居ないけど?
マジックバッグには、調理済みの料理が詰め込まれている。町の屋台で買い漁った分や、アリーが頑張って作ってくれた分だ。花嫁修業の一環らしいけど、この量は、給食センターの人達もビックリすると思うよ。まあ、給食センターなんて知らないと思うけどさ。
このマジックバッグは、指輪をくれた『メッセージの主』からのプレゼント。シンプルな黒のリュックサックで、時間停止機能付き。検証して分かった時には、感動の雨嵐で大変だった。もちろん良い意味で。
『旅人の小屋』と『旅人の生活小屋』がまるっと入ってしまったからね。もうビックリだ。3×3×3mが2つ以上は入るって事。どんだけー。
何から何まで、ありがとうございます。大切に使わせていただいております。
この作品は、
『どこだか世界で、無理せずいこう』シリーズの
『4部』に当たります。
ここから読んでも楽しめると思いますが、
1部の『無理せず生きていこう』
2部の『無理せず探していこう』
3部の『無理せずやっていこう』
もよろしくお願いします。