第2話 アルコール依存症の鎮
第2話 アルコール依存症の鎮
その贋金を持って酒屋に買い物に行った鎮は、上等な日本酒を2本買い込み脇に抱えながら考えていた。
(あの呑龍さんはどのくらい飲むのだろう?2升で足りるのかな?)
その思い付きは危険であった。足りなければ自分の飲む分も足りなくなるから、あの洞に忍び入った酒が飲みたいという本来の目的が達成できなくなる。少しだけならと、一本の酒瓶の封を切って口にあてた鎮は喉をゴクリゴクリと鳴らしながら飲み始めてしまったのである。
重度の酒飲みである鎮は喉を通った一口で理性のタガを外してしまった。もう一口もう一口と言っている間に1升の酒瓶は空になり、2本目に手が付いたのである。2本目も半分にさしかかったころ、このままでは呑龍さんの分が無くなるし自分も飲み足りないと鎮は思い立った。そのため、酒屋へ戻るのであるが、真っ直ぐ歩いているつもりが千鳥足で時には後ろによろめいたりしていた。それでも何とか酒屋に辿り着いた鎮は酒屋の扉を大きく叩いた。
「親父~酒くれ。もっともっとだ~」
酒屋の親父はまた鎮の酒癖の悪さが出たと思いながら諭すように言った。
「2升も買っていったのだからもうたくさんだろう。一体これ以上誰が飲むのかね」
「呑龍様だ。おれが飲み過ぎてしまって呑龍様の分が足りなくなった」
「呑龍様?そりゃあ誰だい?」
「洞の呑龍様だ。知らんのか?」
そう言われてもそもそもあの洞 に祀られているのが誰なのか誰も知らないのだから酒屋の親父が洞に住まう呑龍のことを知るはずがない。それでも早く厄介払いをしたい酒屋の親父は口を合わせて言った。
「ほう、呑龍様がお飲みになるのかい。で、いかほど必要なんだい?」
「とりあえず1升瓶で4本と毎日8本を届けてくれ」
鎮は洞まで歩くのも面倒だからと多く注文すれば酒屋の親父が洞まで送ってくれるだろうという即物的な理性は働くが、 気が大きくなっていて自分が何をいくら注文しているのか理性の外である。これが酔っ払いの特権なのであるが、先立つものが必要である。
「それはいいが、お前さんに支払いはできるのかい?」
「これで足りるか?」
鎮は呑龍から渡された贋金を酒屋の親父に見せて言った。
「な、お前さんこのお金はどうしたんだい?」
酒屋の親父は鎮がその日を暮らすのもやっとの貧乏であることを知っている。
「呑龍様から頂いたのさ」
酒屋の親父は信用しなかったが、(盗みや悪事で得た金なら明日にはわかるだろう)という思いから、大口の商売を目の前にしてその追及をせずに酒を売ることにした。
酒屋の親父の車で洞に着いた鎮は、呑龍に到着の挨拶をした。
「ただいま戻りました」
「遅かったではないか」
「はい、野暮用ができまして」
「そうか。早速、そこの湯飲み茶碗に1杯注いでくれ」
「はい」と言って湯飲み茶碗に酒を注ぐ鎮の手は酔っ払いとは思えないほどしっかりとしたものだった。
鎮は一線を超えたことにより、酒が切れると廃人同様だが、一定の酒量が体内を満たすと常人なみの行動力を有するようになっていた。とは言え度を超した酒量はさすがに通常の酔っ払いよりも質が悪く腰も立たなくなるほどであった。
このアルコール依存症は、現代医学においても原因が明らかではなく、その由によって治癒の見込みのない病とされている。