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PHASE.4 小さな依頼人の頼み

思いがけない、いい話を聞いてしまった。お蔭であまり肝心な話が出来なかったが、狸はまだ狙われていないことが判っただけでも、収穫かも知れない。あの狸もやくざなら、警戒くらいはするだろう。

「ねえ、おじさん」

声をかけられたのは、店を出てすぐのことだった。みるとそこに、水玉模様の質素なドレスを身にまとったローティンの小さな女の子が立っていたのだ。彼女は兎だった。コーヒー色のふわふわの毛並みが綺麗なネザーランドドワーフだ。

「ハイ、ちょっとあなたにお話があるんだけど」

「私かい?私に何か用かな」

兎の女の子は、黒く濡れた瞳を動かした。

「お店の中にいる、おじさんたちのことよ。狸と馬、二人ともおじさんのお友達?」

「いや、別に」

言下に答えたが、仕事上の取引相手と言ってもこの年齢では、よく判らないと思う。だから私は続けて言った、

「狸のおじさんは、私の古い知り合いだよ。でも怖いおじさんだからね、話しかけちゃだめだよ。それに君こそ、あのおじさんたちに一体なんの用かな?」

女の子は口ごもった。こりゃわけありだ、とすぐに私は悟った。ヴェルデにしろ、ウェインにしろ、この年齢で顔見知りだと言うなら、よっぽどの事情があるのだろう。

「馬のおじさんは、怖いおじさんよ、わたし、知ってるわ。あなたもこれから、近付かない方がいいわ」

「君は一体何者なんだい?」

さすがに私が訝って聞いた時だ。黒いレザーの男が、その前を横切った。

「どけッ!どけコッコォッ!」

いかにもがらの悪いニワトリだった。ぴったり逆立てた赤い鶏冠(とさか)にリングピアス、頬から唇にかけて刃物で斬られた傷が横切っている。

「きゃっ」

私は思わず、兎の女の子を庇った。そのニワトリ男が、ありえない距離感で、ぐっとこちらに近づいてきたからだ。あの勢いじゃ、彼女は蹴飛ばされるところだった。

「なっ、なんなんだあんた」

男は返事もしなかった。コマ送りのような仕草でしきりに首を動かしているが、その瞳は壊れたカメラのレンズのようにあらぬ方向にピントが合っていて、そこに何の感情も映していないように見えた。つまり奴には私たちなど眼中にない、まったく認識していないのだった。私もこの街長いが、ここまでいかれちまってる人種に出逢ったことはない。

「こッ、ここかッ!ここここッここかッ!」

「へえ、この店です兄貴!…確か、三年前にも来たかと思いやすが」

連れはチャボだった。彼は相当苦労しているらしく、かわいそうに、車道に飛び出していきそうになるそのニワトリをあわてて引き戻したりしていた。人間ああはなりたくないものだ。


女の子は、マチルダと名乗った。あの後、別れようとしたら、勝手に車に乗り込んで来たのだ。何だか私が変質者みたいじゃないか。

「おじさん、探偵さんなんでしょ?この街で一番有名な」

女の子は、興味深そうに私に話を聞いてきた。なんだこの子、私のことも知ってる。

「どこで降りるんだい?」

私が訝しげに聞くと、マチルダはどこまでも意味深そうに言った。

「あなたの事務所よ。いいでしょ、わたし、あなたを探していたの。あなたに、頼みたいことがあるんだから」


案の定、私はクレアの引きつった声に出迎えられた。

「すっ、スクワーロウさん、この子は!?」

「依頼人だ。クレア、この小さな依頼人に、クランベリージュースでも」

間髪入れず一気にしゃべると、私は急いでマチルダを中に入れた。やれやれ、一昔前は小さな女の子と殺し屋なんて映画も流行ったのに、今では一気に変質者の疑いである。

「留守中、何か変わったことはあったかな」

と尋ねると、クレアは重たそうにため息をついた。

「こっちも困ったお客さんです。この前の人、また来てますよ」

なぬっ、と思って見ると、ソファに細長い足を投げ出して殺し屋のスカーロが、ふんぞり返っている。

「やあ、旦那」

「また来たのか!私はスカーロじゃない、スクワーロウだ。間違えるのは、読み間違えた人間の責任だ!営業妨害でもなんでもない!変な言いがかりはこれ以上、よしてもらおうかっ!」

「騒ぐなよ旦那。今は客だぜ?コーヒーだって淹れてもらった」

スカーロは、ふてぶてしく肩をすくめた。とっとと帰れ。そう思っていると、私の隣でマチルダが、思いがけないことを言ったのだ。

「探偵さんを捜し出して来たわ、おじさん」

「ありがとう。だが、これ以上、危ない真似はするなよ?君は、おれの依頼人でもあるんだ」

「依頼人だあ?」

事態が、さっぱりと呑み込めなかった。物騒な殺し屋と面倒ごとな探偵に、この小さなお嬢さんが、一体なんの用事があると言うのだ。

「さっきはケンカしに来ちまったが、そうだあんたは探偵だ。それもこの街一番の。だったら仕事を頼もうじゃないか」

「断る」

「そう釣れないことを言うなよ旦那。おれじゃない、マチルダのためさ」

「じゃあ、話すだけ話せばいい。で、終わったら帰ってくれ」

「おじさん、お願い。困ってるの」

私はため息をついた。仕方ない、ここまで来たら乗りかかった船だ。

「依頼があるなら、さっさと話したらどうだ」


「ある男を捜してほしい。年老いた男だ」

殺し屋はナイフを駆るように人差し指を動かすと、私に言った。

「三年前、そいつは最後の仕事をした。ニャーヨークでだ。マチルダの家族は、それに巻き込まれた。全員、殺されたんだ」

「わたしの従兄弟のうちなの。わたしだけ、裏口から逃げられた。すっごい雨の晩よ」

少女はそして、二人目の殺し屋に出逢った。今時、映画みたいな話だ。

「で、あんたはその小さな依頼人の頼みを引き受けて、はるばるニャーヨークから?」

「ああそうだ、悪いか。だってかわいそうじゃないか」

別に悪くはないが、お人好しにもほどがある。はるかニャーヨークからベガスまで来るなんて、今時、フィクションでもいないぞ。

「ロス・ワンジェルスにおばさんがいるの。仕事が終わったらわたし、そこへ送り届けてもらうの」

マチルダはこともなげに言うが、それどんなに大変なことか分かっているのか。

「あんた、自分が殺し屋だってこの子に話したのか?」

「ああ、武器を見つけられちまってな。でも、かわいそうだろ」

それはかわいそうとは、別問題だ。ったくなんてわきの甘い殺し屋だ。

「あっ、それよりお前、おれが殺し屋だってなんで知ってる!?」

「マチルダに分かるんなら、他の誰もが知ってるはずだ」

後でクレアに聞いたのだが、スカーロのやつ、自分のブログまで持っていた。だから営業妨害だと怒鳴り込んで来やがったのだ。本当によく捕まらないものである。

「でも、スカーロのおじさんはいい人よ。スクワーロウさんと間違えて頼んできた人の仕事も、一生懸命やってたし」

「素行調査やら、探し人をか!?」

さすがに私が呆れると、殺し屋は肩身を狭めて頷いた。

「だってかわいそうだろ。困ってるって言うんだから」

「それこそ、営業妨害だ」

こいつ、凶悪そうな顔をしているのが底抜けにお人好らしい。殺し屋としては失格だが、まあ、憎めないやつではある。

「で、探したい男の名前は分かっているのかな?それとも他に手がかりが?」

「名前は判っている。ウェイン、コードネームはダークホースだ。あんたも名前を訊いたことがあるはずだ」

私は思わず息を呑んだ。なんとまさか、あの馬のおじいちゃんが、マチルダの家族を殺害した犯人だって?私の動揺をよそに、マチルダはいたいけな視線でこちらを見つめてくる。

「殺したのは、あの馬のおじさんよ。お願い、協力して」


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