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Side フェンリル04


「ん……っ」


 首がカクンとなって目が覚める。

 どうやらいつの間にか眠っていたようで、椅子に座った姿勢のまま眠ったからか、妙に体がだるく感じる。

 王都までの往復程度、たいしたことないとタカをくくっていたが、思っていたよりも疲れが溜まっていたのだろう。

 月明かりに照らされた部屋の中では、ベットに横たわったくっころさんがぐっすりと寝むりこけており、ここまで安心しきった表情で寝られると、逆にいたずらしてやろうかと言う気持ちすら芽生えてくる。いや、もちろん性的じゃない方向でな。


 このマイペースぶり、流石一国の王女と言うべきだろうか?

 ほほえましく思えるが、女としてそれで良いのかと若干不安になってくる。


 額に乗せたタオルを触るとどうやら思ったよりも寝ていたようで、代えたばかりだったタオルが既にぬるくなって久しいようだ。

 タオルを手に取り、側に置いた桶の水でもう一度湿らせると、少しだけ氷の魔力を流し込み、適度にひんやりさせてからもう一度くっころさんの額にのせる。


「っん……」

「ったく、気持ち良さそうに寝やがって」


 こっちの苦労も知らず、ほんとまぁ幸せそうに寝てやがるなこいつは……。

 思わず頬をつつきたくなるが、さすがに寝入った娘さんを襲うのは人聞きが悪い……、というか母さんに見つかったら殺されるので自粛する。

 体のだるさをほぐすため、椅子から立ち上がると伸びをしてゆっくりとコリをほぐす。


「んっ……」


 もちろん、くっころさんを起こさないよう声を押さえて。

 充分にストレッチを行い、体のコリがほぐれたところで今日の出来事を思い返す。……が、自然と眉間にシワが寄ってしまう。


「さて、どうしたものか」


 ため息を吐き、ベットに横たわる美女(笑)を眺めては眉間のしわを揉みほぐす。

 頭を悩ませるのはこの美女(笑)の現状と、あの腹黒さんの存在。そしてどう関われば全てを穏便にすます事ができるのか、と言うことだ。


 話の内容から王位継承関連のいざこざ程度と思うものの、あそこまでバ……、もとい、真っ直ぐなくっころさんであれば、素直に王座ちょーだい。と言えばくれるんじゃなかろうか。

 いや、さすがにこのバ……、もとい、くっころさんでも簡単に譲れるものではないだろうから、結局は消して奪うと言う選択肢になったんだろうが、もっと穏便な方法とか考えなかったのだろうか。


 ほんと、テンプレってのは馬鹿に出来ないもんだ。


 姫騎士の身内にゃ腹黒キャラの一人や二人いるものだが、この真面目バカと血の繋がった妹がそれだったとはなぁ……。

 表と裏の顔を器用に使い分けてるし切れ者感も凄かった。ほんと、血が繋がってないんじゃないかと心配になるほどに有能さが伺える。……特に胸の辺り。


 まぁ、こちらとしては巻き込まれてしまった以上、くっころさんと一蓮托生といっても過言ではないし、存分に抗わしてもらうつもりではあるが……。


 とりあえずは亡き父に教わった通り、とるべき指針を最低3つは考えてみよう。


 そうだな……。


 まずは1つ目、くっころさんを護衛しながら王城まで連れて行くってのはどうだろうか。

 あの様子じゃ道中に刺客とかわんさこ用意されてそうだが、私の敵たり得るものは居ないだろうし、女王の様子を見る限りじゃぁ王城までたどり着ければ、妹に手出しする術はないだろう。


 ま、王城にいる限りは……、と注釈はつくが。


 腹黒悪役がその程度で諦めるとは考えづらいし、くっころさんてば、単純バカのノータリンだから、また直ぐに騙されないとも限らない。

 そして何より私の顔が知れ渡る可能性も高いから、その後何だかんだと動きづらくなると考えれば微妙としか言いようがない。

 母さんは生粋のフェンリルだし、死んだ父さんもアレだからもしばれようものなら面倒事しか考えられない。


うん、

「保留……、だな」


 次に、くっころさんをふもとの村まで案内し、私達のことを秘密にした上で王城に帰ってもらうのはどうだろうか?

 例えば、銀狼に返り討ちにあったが、傷が癒えるまで森で静養する事が出来たので帰って来た。とでも言ってもらえば誤魔化すぐらいは出来ないだろうか? ついでに銀狼はフェンリルじゃなく、北に多く生息する銀狼(シルバーファング)だったとでも言ってもらえば村長の目もかわせるかもしれない。

 シルバーファングの毛皮なら珍しい物でもないし取り寄せることも可能だろう。村長の狙いが毛皮である以上、希少性が無いと分かれば興味も薄れるだろうし、本当に欲しいのなら自分で取り寄せることになるだろう。

 その後は商人の馬車にでも乗せて貰えば、人の目もあるし、上手く行けば襲われずに王城へ帰れるはず。


 ……が、これも問題が多い。


 ふもとの村は私達のことを知ってるし、くっころさんは嘘がつけない。いや、さすがにくっころさんでも嘘は言えるだろうが、明らかに挙動がおかしくなるので直ぐにバレてしまうだろう。いっそ清々しいほどに隠し事に向かない体質だ。

 村の人達も昨日までなら無条件で信用できたが、裏でくっころ妹と繋がっている可能性がある以上、下手に信用すると足元をすくわれかねない。最悪、くっころさんが暗殺されて私と母さんが指名手配、なんてことになりかねないからな。


「うん、却下だ」


 と言うかくっころさんに国を任せるなんて無理じゃないか?

 人の上へ立つなら清濁あわせ持たなきゃならないだろうし、腹芸の一つや二つ平気でこなさなければならない。

 カリスマ性に関しては文句が無いんだろうが、それだけでやっていけるほど女王という立場は簡単じゃない気がする。

 いっそ表と裏を器用に使い分ける妹の方が統治者には向いているんじゃなかろうか? となれば妹に王位を譲る方向で考えるっての十分にもあり得る。


 ふむ……


「いっそ死んでもらうか?」


 そうだな。いっそくっころさんには死んでもらい、父さんの祖国へ亡命するって手はどうだろうか。

 もちろんくっころさんには事情を説明し、納得してもらった上で死んでもらうことになるが、あの単純バカのことだから、しっかりと事情を説明し、上手く誘導すれば嫌という事はないだろう。むしろ喜んで殺されてくれるかも知れない。


 うん、これは意外といいかもしれない。


 死人に追っ手を差し向ける馬鹿なんて居ないだろうし、たとえ私が犯人にされようと、その前にこの国から抜けてしまえば追っ手を差し向けることもないだろう。

 亡命するなら母さんを説得しなければならないが……、くっころさんのためと言えば嫌とは言わないはずだ。


 あの人、気に入ったモノにはとことん甘いところがあるからな。くっころさんのためと言えば大抵二つ返事が帰ってくるはずだ。


 何しろくっころさん、厨房に入ったからなぁ……。


 父さんもだったが、私ですら厨房に入れば無言で半殺しが待っていた。それなのに母さんはくっころさんを厨房に入れ、あまつさえ料理まで教えたと聞いて心臓が止まりそうになったぞ。いや、マジで。

 あの人嫌いがくっころさんのどこを気に入ったのかは知らないが、そこまで気に入ったのならきっと助力は惜しまないだろう。


「うん、くっころさんには死んでもらうか」


 ……というか今更だが、母さんがくっころさんを気に入っている理由って、むね……じゃないよな?

 確かに母さんの胸もかなり小さい方だが、さすがにくっころさんのようにえぐれてまではいない。

 母さんののろけ話にも胸に関する話はいっさい出てこないし、巨乳に目を奪われた父さんが軽く半殺しにされた記録も残ってる。

 それに父さんが秘蔵していたエッチぃ本も貧乳物しか存在しないし、いくつか破られてるページは何があったかぐらい予想はできる。

 そしてごく稀にだが、くっころさんの胸部装甲を見て勝ち誇った笑みを浮かべている以上……、うん、もはや疑う余地は残ってないな。かなり早い段階でお義母様と呼ばせていたのは、その辺も深く関係しているかもしれない。


 やはり母さんは間違いなく――。


 ――ゾクリ――


 っひ!? やばいっ!! 今、めっちゃ凄い悪寒に襲われたっ!!

 おかんのことを考えて悪寒に教われるぅ~。うまいこと考えるなぁ~。なんて言ってる場合じゃないっ!!

 これ以上乳の事を考えたら父の元へ逝ってしまうことになりそうだ。うん、これ以上くっころさんが母さんに気に入られている理由について考察するのはやめにしておこう。うん。それが懸命だ。


 閑話休題(はなしはそれたが)


 とりあえず考えはまとまった。……となれば後は時間との勝負。今は一刻でも時間が惜しいので、早速母さんへ相談に行くことにしよう。


 ちらとくっころさんを見ると、熱も大分引いたようで苦しそうには見えないのでもう大丈夫だろう。

 起こさないよう気を付けつつ、扉を開くと朝日が目に入ってきた。

 どうやら思ったよりも長く考え込んでいたようが、このぐらいの時間なら丁度母さんも朝御飯の用意をしている頃合いだろう。


 トントントントントントン


 廊下を抜け、リビングへの扉を開けると小気味良い包丁の音が聴こえてくる。

 すでに母さんが朝飯の準備に取り掛かっているのだろう。タイミングが良かったので、台所の入り口で母さんに呼び掛ける。


「母さん、今、良いか?」

「あいよ、ちょっと待ってな」


 こちらを見ずに答えるとそのまま包丁を動かし、残っていた大根を切って鍋に投入するとこちらへ振り返った。

 そして少し驚いた顔でこちらを見ると、にんまりと笑って一言。


「あらま、昨晩はお楽しみだったようだねぇ」


 にやにやしながら何を語ってるんだこの人は……。ってか折檻されないんかい。びびってて損した。……いや、ほんとにやってたら全殺しコースだよな、やっぱ。


「いやそんなんじゃないから……」

「いやいや、そんな目の下に盛大な隈をこさえて言われちゃ、説得力の欠片もありゃぁしないよ」


 軽く手を振って否定するが、聞いちゃ貰えなさそうだったので取り敢えず放置する。


「それより今日はどうすんだい? 昨日はあの子を襲ったやつの居所を突き止めたって言ってたが、今日もそこへ行くのかい?」

「いや、その件は大体把握したからもういいかと思って。

 その関係で母さんに相談があったんだが、少し時間良いかな?」

「ん? なんだい? 手短に頼むよ」

「いや、実はくっころさんを殺そうと思って」

「何考えてんだあんたはっ!!」

 ドゴスッ!!

「あべしっ!?」


 一瞬で距離を詰められると右手が残像を残して消え、天地が逆転し、脳天に衝撃が走り抜ける。


 あ、あかんこの殴られ方、ヤバイ方のやつだ……。いかん……、意識が……、とお……、の……、いて……。

 あ……、世間的にって付けるのを忘れて……た。がく……。



――――――――



「タロっ、起きなタロっ!!」


 頬を叩かれる感覚と共に母さんの怒鳴り声が頭に響く。


 いてっ……痛いって母さん……。


 だからグーで殴らず、せめてパーにしてくれと何度言えば……。


「いい加減起きないとアレするよっ!!」

「ちょっ!! アレだけは勘弁っ!! っいてぇっ」

「っぐぁ」


 睡眠欲と殴られる痛みを天秤にかけ、睡眠欲を優先して黙って殴られるに任せていたがアレだけは勘弁だ。

 勢いよく飛び起きると、マウントポジションでぼっこぼっこに殴っていたためだろう。起き上がった拍子に母さんの顎にヘッドバットがクリーンヒットして、出ちゃいけないような声を出して母さんがうめいていた。

 もちろん俺も痛かったけど、こういうのはやった方が痛みは少ないし、そもそも母さんに殴られた痛みの方が強くてあんまり感じない。


「ちょっ!? 母さん、今のは不可抗力」


 なので慌てて顎をさする母さんに弁解を申し立てるが、母さんは何か急いでいるらしく、私の謝罪もそこそこに用件を被せ気味に言って来た。


「くっころさんが何も持たずに森へ飛び出していったんだ。すぐに追いかけて来なっ!!」

「ちょっ!?」


 えっ!? 何っ!?

 いきなり何があった?

 森ってあれだろ?

 熊とか虎とか猪の魔獣がごろごろいて、時にはドラゴンもあくびをしながら散歩している普通の人にはとてつもない超危険地帯(デンジャーゾーン)な目の前の森っ!!

 私なら楽勝だけど、人間の、しかも着の身着のまま飛び出したくっころさん一人では自殺としか考えられない無謀な行動だ。


 ……って、ちょっと待て。


「母さん。私はどのぐらい寝ていた?」


 確か母さんにくっころさんを殺していいか聞きに来て、言葉が足りなかったせいでそのままぶったおされていたはずだ。

 あれから一体どのぐらいの時間がたっているんだ?


「ほとんど経ってないよ。

 あんたがぶっ倒れた後、くっころさんの様子を見に行ったら丁度飛び出していったところだったんだ。今すぐ追えば間に合うはずだよ、すぐに追いなっ!!」


 ふむ……、全然時間が経ってなかったか。


 となると……だ、もしかすると私の独り言を聞かれていたか?

 さっき母さんにくっころさんを殺していいかと聞いて殴られたように、もしくっころさん本人も断片的な情報を聴いて勘違いされていたら……。


 さぁっと血の気が引いて、目の前が真っ暗になった錯覚を受ける。


 ……やっべぇ……。


 もしかするとくっころさん、私の言葉を聞いて殺されては(かな)わんとばかりに逃げ出したんじゃぁ……。


 例えばここが街中や、村のすぐそばであったなら話は変わる。

 その場合は陰から護衛し、王城まで無事にたどり着かせることが出来れば何とかなる可能性はあった。しかし、森の中へ駆け込んだのであれば話は360度ほど違ってくる。

 一週間寝込んだ後、しばらくの畑仕事で多少は体力が戻ってきたとはいえ、まだ病人であることに変わりはない。それに、武器を持たずに魔獣に襲われたのであれば逃げるしか手はないはずだ。いや、くっころさんならなんとかしそうな気もするが……。

 いやまぁ、なんとかくっころさんに害が及ばないうち、連れ戻さなければなるまい。

 母さんの制裁も含めてとんでもない事になる予感しかしないっ!!


 そうと分かれば、すぐにでもくっころさんを追って森に入らなければならない。

 だが、この姿でくっころさんに近づいては更に逃げられてしまうのではないだろうか?


 そう考えるとつい二の足を踏んでしまう。


「何考えてんだいっ!! このままじゃくっころさんが食い殺されちまうよっ!!」


 そうだっ!! 私は何を迷っている必要があった。今は何よりも彼女を助けることを第一としなければ。


「どんな理由であの子を殺したいって言ったのか知らないが、あれはあんたの考えがあっての事だろ? 本当に殺したいのならあたしに言わないでさっくり殺ることができたし隠し通すこともできた。

 つい殴っちまったけど、あんたはあの子を助けたい。そう思ったから相談してきたんだろっ?」


 そうだ。確かに以前は母さんに怒られるのが怖くて家に連れ帰っただけだったが、1週間も一緒に過ごしたことで少しは情も移ってしまっている。

 ――そう、すでに彼女は私にとってもかけがえのない大切な家族になりつつあるんだ。今はあーだこーだ考えず、くっころさんを助ける事だけを考えよう。


「そうだったな。行って来る」

「その調子だよっ!! 必ず2人で帰って来なっ」

「分かったっ!!」


 急いで玄関から飛び出すと、能力(ちから)を使って体組織を人から狼へと変換させる。

 そのままわずかに残ったくっころさんの匂いをたどる為、地面に4つ足をつけ、匂いをかぎ分けると、すぐにくっころさんの向かった方角を割り出すことが出来た。


「まってろよ、くっころさん」


 必ず連れ戻してやる。そう思って大地を勢い良く蹴りだす。

 どれだけ離れようと必ず見つけ出してやる。そう誓った矢先に、思いの外簡単にくっころさんを見つけることができた。


 ――が、


「わひゃぁぁぁぁぁ」

「ぐるるるるぁ」

「がぉぉぉぉぉっ」

「キーッ!! キーッ!!」


 目の前を通り過ぎるは、必死の形相で森を駆け抜けるくっころさんとそれを追う森に生息する魔獣達。

 いや、すでに魔獣の群れと言うべきだろうか。

 この短時間で、下手するとこの森に住むほとんどの魔獣達がくっころさんを追いかけているのかもしれない。

 くっころさんってばそんなにおいしそうなのか? それとも縄張り争い? いやまて、もしかして新手のイベントとでも思われてるんだろうか? 


「ぐぉぉおおおっっ!!」


 あ……、ドラゴンも居た。

 皆楽しそうに追いかけっこしてるなー……。やっぱりイベントだと……って、じゃないっ!!

 何やってんのさ、くっころさーーんっ!?

 

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