Side フェンリル01
「くくっ……」
背後から響く叫び声に思わず含み笑いを漏らしてしまった。
やはり、くっころさんはくっころさんだけあってお約束展開が良く似合う。
ど直球で綺麗と言われたことには多少面食らった自覚はあるが、主に頬が熱くなった理由は違う理由によるものだろう。
あれ、布団を投げつけなければ絶対に気づかなかったぞ?
と思いつつリビングに戻ると、迫りくるスリッパの底が視界一杯に広がっていった。
スパァンッ
「っぬおっ!? (ゴン) ふぬぉぉぉぉっ!?」
物理的にはほとんど痛くはないが、脳天を駆け抜けた衝撃とその小気味良い破裂音に逆らうことができず、そのまま廊下へ倒れると後頭部をしたたかに打ってしまった。
ふぬおおおっ!? 痛いっ、さすがに後頭部強打はマジ痛いっ!!
そのまま廊下をごろんごろんと転がっていると、リビングから母さんのあきれ声が聞こえてきた。
「ったく、なにやってんだか。
今嬢ちゃんの悲鳴が聞こえたけどねぇ、あんた、またなんか悪さしたんじゃ無いだろうね?」
いや、それは誤解ですお母さん。
思わずそう言いかけるが、すんでのところでその言葉を飲み込む。
そう。あくまでくっころさんの様子を見に行ったところ、丁度目が覚めてついでにベットから落ちかけてたので、危ないと思い支えに駆け寄っただけではあるが、その際、毛布がずり落ちて胸とか尻とか、女の子の見えちゃいけない部分までしっかりと全開になっていて、眼福とばかりに堪能させていただいたことに間違いはなく、下手すれば彼女の口から母さん耳に入る事もあるだろう。
元はと言えば、寝たきりの彼女を一々着替えさせるのが面倒だから。という理由で、母さんが素っ裸のままベットに寝かしつけていたのが原因であり、私は全然悪くない。
……と言いたいところだが、それを言ったら母さんの鉄拳制裁がまっているわけで……、いや、鉄拳制裁ですめばいいが、アレをされたら私は……、アレだけは……、アレだけはっ、アレだけはぁぁぁぁっ!!
「いや、私が行ったときは寝てたんで知らないけど、起きて裸だったから驚いたんじゃないかな?」
思わず意識がアッチにいきかけるが、逃避しようものなら間違いなくアレが待っている。
何よりもまず自分の身を守るため、冷静に見えるよう廊下にあぐらをかいて座りこみ、嘘八百を並べ立てて逃げようとしたが、かぶせ気味にゲンコツを落として否定された。
ゴン
「はい、嘘つかない」
「ぐおぉぉぉぉぉっ!?」
痛いっ!! マジ痛いっス!? マジで頭蓋骨が割れそうなぐらいに頭が痛いっ!!
思わず、またもやごろごろと廊下を転げ回る羽目になってしまった。
「何度も言うけどさ、あんたの嘘はバレバレなんだって。さ、大人しくキビキビと白状しとき」
リビング入り口で仁王立ちし、スリッパ片手にもう片方の手で私を指差しているのは言わずもがな、私の最愛にして最恐の身内、母さん(38才)である。
あきれ顔のまま言われたので取り合えずまだ怒ってないと内心で安堵しつつ、廊下にあぐらで座り直すと、仕方がないので先程の出来事を詳細に伝える事にした。
もちろん、裸にしてた母さんのせいなんて間違っても言わないようには気を付ける。なにしろ、まだ死にたくないからなっ!!
「なるほどね。そりゃあんたが悪い」
ゴン
「ぐおぉぉぉぉぉっ!?」
理不尽だっ!? きちんと話したのにまた鉄拳を落とされたっ!?
また頭を押さえて廊下をごろんごろんと転がりまわると呆れた声を掛けられた。
「年頃の女の子ってのは色々とあんだからさ、もうちっとデリカシーってもんを持ちなさい、デリカシーってもんを。
はぁ、まったく誰に似たもんだか……」
いや、それは裸にしてた母さんに言えることじゃないか? 似たとしたら母さんだぞ。
「あ゛あっ?」
と考えるが、まるで内心を読まれたかのように睨まれたので首を横に降って否定する。
「父さんか、クソジ「タロ?」……いや、何でもないっす」
あっぶねー……、死んだ父さんの話はともかく、あいつの名称を出したら間違いなくあの私刑が待ってるとこだった。
だが父さんの名を出したのは正解だったようで、母さんは少し遠い目をすると懐かしむように語りだした。
「確かに父さんにゃ似てるかもしれないねぇ。
そりゃ、母さんも若い頃は父さんのデリカシーの無さに頭を悩まされたもんだよ。
やれもふもふさせろだの、やれお腹に顔を埋めさせて欲しいだの。……そりゃ、母さんも父さんのことは嫌いじゃなかったから? させるのが嫌って訳じゃないけど、もうちょっとこう、雰囲気というかムードがある場所で言ってくれれば良いものをねぇ?
何も人様の目があるところでいきなりとか、こっちの気持ちってもんをもう少し考えてくれりゃ良かったんだよ……、そもそも――」
あ、あかん。母さんのスイッチが入ってしもた……。
思わずエセ関西弁で考え、達観した目で母さんを眺めてしまう。
今は亡き、父さんとの思い出を語る母さんの話はそりゃもう長い。
ほっとけば丸一日は語るんじゃないだろうか? ってぐらい長く、しかも激甘で脳みそがとろけそうな展開がずっと続くのだ。
何が悲しくて親の馴れ初めを延々と聞き続けないといけないのか……。ある意味これ拷問だろ? かといって話を無視しようものならあの刑が執行される。
……あっ、あかん。思い出したら股間がヒュッとなった。ヒュッっと……。こっ、ここはなにか他のことで気をまぎらわせないと……、えーっと……、う~んと……、って!? そうだっ!!
「あの、母さん」
おそるおそる手を上げながら、機嫌を損ねないように呼び掛ける。
「そうそう、あの夜は二人で仲良くぶっ殺した白竜の鱗を使って……、ってなんだい? せっかく良いところだったのに」
うひっ!? 白竜の話だったっ。これは徹夜一直線の最悪な地雷話っ……、危ない危ない。
「いや、くっころさん起きたからさ、服とか食べもの。用意した方が良いんじゃないかと思って」
あからさまな話題逸らしだったが、母さんは気にした様子もなく、
「あぁ、そいやそうだったね。飯に関しては悲鳴が聞こえた時点で煮込み始めたから良いとしても、服や武具の類いはどえするかねぇ?」
と首を捻る。
確かに服は交戦のうちにビリビリに破いてしまったし、武具は返しても問題ないだろうが今は渡さない方が良いだろう。
「服は目を覆うほどにボロボロたったし、母さんのお古を貸すしか無いんじゃないか?」
そう提案すると母さんも頷く。
「それもそうだねぇ。あんたを襲った相手だし弁償する気はさらさらないけど、さすがに裸のまま放り出すのは可哀想だ」
「それとさ、武具に関しては返してもいいと思うけど、回復するまでにあれ持って出歩かれると危ないんじゃね?」
「確かにそうだねぇ。あんたの話を聞いてる限り猪武者のようだし、これで帰れるとか思って、今出てかれたら逆に危なくてしょうがない。
っつか、武具はほんとにあれで間違ってないのかい?」
母さんの疑問もごもっともだが、間違いなくあの装備はくっころさんの物なので頷いておくことにする。
「ああ」
「んー、まぁそうかい。
人それぞれだから仕方ないのかねぇ? ま、武具は置いとくとして、服を見繕ってくるからあんたは鍋の番でもしときな」
そう言って母さんは私の横を通りすぎると、私の部屋の向かいである自室へと入っていった。
「ふぅ、なんとかアレだけは免れたか」
母さんの姿が見えなくなったことで安堵のため息を吐く私だったが、この時の私はまだ、くっころさんの怖ろしさとフラグの怖さを甘く見ていたのだった。