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Side くっころ09

「曲者っ!!」


 妹は条件反射のように声を荒げ、魔法発動補助の指輪を私へ突きつけるが、侵入者が私と認識すると体が硬直し驚きの表情へ変わった。


「……ってお姉様ぁっ!?

 お姉様っ!! 何度言えばわかるのですかっ!! 入ってくるのであれば先にノックするなり、部屋の前で言うべき言葉があるでしょうにっ!! というか何処から入ってきたのですかっ!? 今攻撃するところだったのですよっ!! 

 ……この忌々しい安全機構さえ無ければころ……、ってお姉様ぁっ!?」


 そしていつものように怒鳴った後ブツブツと呟くと、私の顔を二度、三度と確認し、先程よりも大きく目を見開くとそれはもう凄い形相で詰め寄ってきた。


「それにその白銀の狼に白銀の髪……、えっ!? あれっ!? もっ、もしっ、もしかしてお姉様っ、フェ、フェらフェっ、フェンリルの眷属になってしまわれたのですかぁっ!?

 ……あっ、っいえ、ですがフェンリルは、あれっ……、

 ……ですが……10m……。髪……だって……、契約者の証……。それに右腕すら……」


 肩を大きく揺さぶられ、早口で何かを叫んでいるようだが頭を揺られて思うように聞き取れない。やっと止まったかと思えば、口に手を当てブツブツと呟いているのでそれを聞くのはマナー違反だろう。


 ……まぁ、何か気になるフレーズを言われた気もするが、早口過ぎて聞き取ることも出来なかった。

 一体何を言われたのだろう? と首をひねるが、いつも通りここで聞き返してしまえば叱責されるに決まっている。

 あえてなにも聞かなかったこととして流していると、まるでいつもどおりの日常が帰ってきたようで自然と笑みが浮かんでくる。


 この様子ならあの村の依頼や村長の放った刺客、タロさんが工作したという私の死については伝わって無いだろう。と安心できる。


 しかし、言葉の端々に気になる単語が見え隠れするような……。

 フェンリル? ……に契約者。一体なんの事だろう?


 一縷の望みをかけ、かたわらにたたずむフェンリルへちらと視線を向けるが、のんきにアクビを返され、彼女は私の足元へうずくまってしまった。

 ……あれ? そう言えば聞いてなかったが、彼女で良いんだよな? 確認してはいないが乗った時の筋肉のしなやかさから勝手にそう判断していた。間違っていたら失礼かもしれないので、後でタロさんに確認しなくば……。


 などと考えながらその美しい毛並みを眺めていると、まるで閃光のように一つの事実が頭の中にひらめいた。


 もしかしてこの体勢、私がフェンリルを屈服させ、獣魔契約を結んだように見えないか?

 はっはっはっはっは。何、馬鹿なことを。そんなことある訳……、いや、あるかも?


 フェンリルはタロさんの獣魔であって私の獣魔でないのだが、今ここにタロさんの姿が見えない以上、そう勘違いさせてしまう事もあるかもしれない。

 タロさんは気を利かせて二人きりにしてくれたのだろうが……、困ったな。このままでは少々不味いことになってしまうかもしれない。


 妹と話がしたいと言ったから二人きりにしてくれたのだろうが、……もぅ、タロさんもすぐに血縁となるのだから要らぬ気遣いをしなくとも良かろうに。

 いや、その辺がタロさんらしいと言うべきであるし、美点でもでもあるんだよなぁ、うんうん。


「いやでも……、報告にあった内容ではフェンリルの被害など実際には皆無で、美しい毛並みに魅せられた麓の村の村長がその毛皮狙いに嘘の報告を直訴したとその村の住人から陳情があった筈……。でも銀の髪はフェンリルと契約したものの証と伝えられていますし、姉様のクソおかしい幸運の加護ならありえなくもない気が……、でも……」


 って今はタロさんの素敵な部分を思い出し、ニマニマしている場合じゃないっ!!


 もしここで妹の勘違いを訂正せず、放置するようなことがあれば後でタロさんに蔑んだ目で見られてしまうかもしれない。

 それはそれでありなのだが……、……いやっ、まてまて。

 蔑んだ目で見られるだけならまだしも、そもそもタロさんに嫌われてしまっては私は生きていける自信が全くないぞ?


 よしっ解こう!! すぐ解こうっ!! 妹の為にも誤解はすぐに解いておかなければならないなっ!! うんっ!!


 そしてあわよくばタロさんのいいところをしっかりと伝え、私とタロさんの仲を祝福し、あわよくば何かと優遇して貰えるよう頼んでおくのも良いかもしれないっ!!


 よしっ!! まずは落ち着いて話しだそうっ!! 深呼吸っ、深呼吸だっ!!

 すー……、はー……。……よしっ!!


「いや、これはだな「いえっ!! 騙されるものですかっ!! その一房の銀色の髪にまんまと騙されるところでしたわっ!!」

「ふぉわっ!?」

 

 落ち着いて話しだそうとした間際、凄い形相の妹が勢い込んだむんずと掴みとったのは私の横側に垂らした1房の髪。その色は真っ白で……、って、ぎゃあああああっ、忘れていたぁっ!!

 そういえば私っ、よりにもよってこの年で、ありえないほどの量の白髪ができてしまっていたのだったっぁぁぁっ!! 忘れてたっ!!


 慌てて(しらが)を妹の手から奪い返し、その部分を隠すように押さえつけながら、上ずった声ながらも説明(言い訳)を始める。


「どこで知ったか知りませんが、そのような小細工「いやっ!! これっ!! これはだなぁ、ちょ~っと深い事情があって詳しくは話せないのだっ!! 話せないのだがっ!! 若白髪ではないのだっ!! 若白髪ではっ!!」

「へ? 若……、白髪?」


 ティリの言葉を必死に遮り、説明(言い訳)を行うと何故かポカンとした顔で首をかしげられ、終いには考えを整理するときの癖である、額を指先でぐりぐりする仕草をしながら睨みつけられた。


 ……やはりこの年でこの白髪の量、王族の、いや、乙女としてあるまじき出来事なのだろう。

 しかしこの白髪、本当に一体何があったのだ?

 記憶を手探りで思い出そうとするが全く原因が思い当たらない……。


 そんな中、森の中をさまよった時の、記憶の一幕が頭をよぎった。


「もしやっ!! あの時につまみ食いしたあのキノコが原因かっ!?

 雪のように真っ白で、あまりにも美味しそうだったからつい口に入れてしまったが……、そういえばこの髪の色もあのキノコと同じ色のようにも……」

「ちょっ!? お姉様っ!?」

「それとも七色の色彩を放ち、芳醇な香りを漂わせていたあの馬鹿でかいキノコだろうか? あれを食べた後は軽い酩酊感で済んでいたと思ったが……」

「お姉様ぁっ!?」

「もしくは魔物が倒れている横に転がっていた、赤紫のかじりかけのキノコを口に入れたのが原因だろうか……」

「お姉様っ、また森で見かけたキノコを、毒味もせずに口に入れてしまったのですかっ!?」

「うむっ!! おいしかったぞっ」

「うむじゃなくっ!!」


 うん、あれが原因だったのかもしれない。や~、原因が分かってすっきりしたぞ。

 うんうん。って納得してる場合じゃないっ!! あっ、でもタロさんは髪の事を何も言ってなかったな。ならば私的には何も問題ない……、のか?


 うむ、そう考えれば何ら問題無いではないか、もちろん反省はしなければなるまいが次に繋げれば良い事だ。だから妹よ、そんな哀れなものを見る瞳で私のことを見ないで欲しい。


 毒耐性をつけるため、幼少の頃から様々な毒を食し、それが癖となって森の野草や山菜を拾い食いするようになったのは治さなければならない癖だと分かっているのだ……。……いるのだが、美味しそうな山菜や木の実があっては止める訳にいかないではないかっ!!


 そして視界の端で首を横に振りながらため息を吐くフェンリルよ、お前もそんなタロさんのような仕草で、しかも蔑んだ目で見るのはやめて欲しい。……ちょっと気持ちよく……いやいや、いかんいかん。

 今はそんな事よりフェンリルの誤解を解くのが先決だった。何よりっ、私がタロさんに嫌われないためにもっ!!

 

「んっ、んっ、ごほん」


 わざとらしく咳をし、先ほどの会話を無かったことにすると改めて説明を切り出す。


「まぁ、髪のことは一旦離れるとしよう」

「いえ、ですから「してこのフェンリルなのだが、彼女は森で倒れた私を助けた青年の獣魔でな、頼んでここまで送ってもらったのだよ。

 とても大人しく賢い良い子で、麓の村からあった救援にしても、おそらく勘違いか何かで送られたものだろう。うむ、きっとそうに違いない」


 なおも言い募ろうとする妹ではあったが、言葉を遮るようにして重ねるとすぐに何かを吟味するように押し黙ってくれた。相変わらず聞き分けの良い妹だ。


「そう……、ですか。

 ですがお姉様、何故城門からで無く、私のクローゼットから、しかもこっそりと侵入する形で帰ってきたのですか?」


 あ、やはりその辺は流してくれなかったか……。うん、それは私も知りたい。

 なぜタロさんはクローゼットから侵入と言う、見られてはアレなものが入っているかもしれない場所を侵入口としたのだろう。

 やはりアレか? タロさんも立派な男性だ。アレなものが見たかったという事だろうか? そんなもの、私のでよければいくらでも見せるというのに。

 ……いやいやまてまて。見せるだけで良いならいいのだが、そこでエキサイトしてアレな行為に発展したらどうだろう? ……イイっ、すっごくイイかもしれないっ!!


「お……、お姉様?」 


 もう行き着くところまで行き着く自分を妄想したいところだったが、戸惑ったような妹の声に我に返る。


 はっ、いかんいかん。また話が脱線するところだった。


 そうだな、タロさんはこっそりと妹に合って話をしたいと言う私の頼みに応じ、こっそりと侵入出来るこのクローゼットへと運んでくれたのだろう。真実は後でタロさんに聞くとして、そう理由付けよう。


「それはだなティリアーネ。二人きりで話したいことがあったからだ」


 キッ、とした顔で妹の顔を見ると、妹は複雑そうな顔をして私の視線に応じる。

 

 今こそ伝えよう。想い人が出来た事を。

 そしてこの想いを遂げる為には王位を返上したい事。そして妹にこの国を背負って欲しいこという旨を伝え、その上で妹はどう判断するのかを問うのだ。

 あの村の依頼や雇われた刺客、タロさんが工作したという私の死亡報告が届くだろう事は後で構わない。

 妹にこの国を背負う意志があるのかないのかさえはっきり分かれば、私は安心してタロさんの元へ嫁ぐことができるのだ。

 ……まぁ、背負うつもりが無いのであれば、私はタロさんのことをキッパリと諦め、王城へ戻り、あの村への報復でうさを晴らし。こっそりとタロさんと逢瀬を交わし、未婚で子を成すのであれば何ら問題あるまい。

 正直タロさんの側に居られないのは気が進まないが……、というかタロさんと結ばれないなど考えたくもない。なくはあるが、妹の意思を無碍にするわけにもいくまい。


「ティリアーネ、王位継承についての話なのだが? はぐっ……」


 そう思って伝えようとしたところ、妹の姿が一瞬にして消え、鈍い痛みが胸に走った。


「あ……、あれ?」

 

 そして困惑の声があまりにも近くから聞こえることに疑問を感じ、視線を下げてみると、短剣を私の胸に突き立てながらも刃が通らず、困惑している妹の姿があった。


「何を、している?」


 鎧の上に短剣を突き立てるなど刃が通らないのは当たり前、しかし、いくら遊びといえど大事な話をしている最中にこの行動はいかがなものかと思って少し強めに問いかけてしまう。


 すると妹は私から距離をとり、額を押さえながら高笑いを始めてしまった。


「くっ……、くくくっ……、ふふっ、はははっ、あははははっ!!」


 なんだっ!? 何があった? 一体何が妹の笑いのツボを押してしまったのだっ?


 笑い声に思わずうろたえ、辺りを見渡すとまるで落ち着けとばかりにフェンリルに前足で腰の辺りを叩かれる。


 なんだろう? このフェンリルにそうされると妙に落ち着くような……。

 あれ? 先程は薄暗くて気づかなかったが、出発した時のフェンリルとは何か違って見えるような……、いや、気のせいか? でも雌じゃなくて雄のような……、それに出立前には無かったタロさんの面影が?


 フェンリルの事で多少混乱しながらも、それなりに落ち着きを取り戻した私と裏腹に、妹は憤怒の形相で髪を振り乱し、私に向かって指を突きつけてこう叫んだ。


「なるほど、そういうことでしたか。まんまと騙されるところでしたわ」


 えっ……と? 騙される?

 妹よ、何を言っているのだ?


「どのような手段を用いたか知りませんが、シルバーファングを手なずけ、髪を銀色に染め、義手を手に入れたのにはまんまと騙されるところでしたわ。

 それに鎧の仕掛けにまで気づいて既に対策を講じているなんて、誰か優秀なアドバイザーでも付いたのかしら?

 ですが流石はお姉様、相変わらず肝心な所が抜けておりますっ!!

 一人で現れるなど愚の骨頂、油断が過ぎますわっ!! お前達っ、シルバーファング共々殺っておしまいなさぁい」


 ええ……と、何を言っておるのだ妹よ? 確かにタロさんのおかげでここに来れたのは否定できないが、色々な所が間違っていると思うぞ?

 この子はどう見てもフェンリルだし、お前だって先程までこの子をフェンリルとぶつぶつと呟いていたではないだろうか。

 もちろんシルバーファングだって私は知っている。常にヨダレを垂れ流しながら知性のかけらもない瞳で常に獲物を探して徘徊するあの獣だろう?

 この子をあんな獣と同一視するなど情けないにも程がある、ここは一つビシッと言っておかぬばなるまい。


「ちょっ!! ……っとわぁっ!?」


 勢いごんで指摘しようとしたところ、急に横合いから誰かに押されて体制を崩してしまう。と、目の前を三本、見覚えのあるような気のする短剣が目の前を通り過ぎていった。


「ほわっ!?」


 それに続くように、天井から黒ずくめの人影が五人ほど降りてきた。


「何っ……」


 慌てて体勢を整えようとするが、それより早く銀線が目の前を駆け抜けてゆくと、事態を把握する間もなく、黒ずくめの人影がドサドサと倒れてゆき、黒ずくめたちの上には勝ち誇った顔のフェンリルが悠然と佇んでいた。


「……が?」


 流石にこれは私も驚いたが、妹はもっと驚いたようで目を見開いてその光景に見入っている。


 っといけない。思わずほうけてしまったが、この者達はあの村からの刺客かっ!? ならば妹を守らないとっ!!


 慌てて妹を守るため駆け寄ろうとするが、それを立ちふさがるように新たな黒ずくめがいきなり現れた。


「ティリっ!!」


 無事を確かめるため、妹の名前を呼ぶ。


「まだ負けたわけではありません、殺りなさいっ!!」


 しかし帰ってくるのは謎の返事。

 黒ずくめが動こうとするがまたも銀線が目の前を走り、黒ずくめがそのまま崩れ落ちるとフェンリルが黒ずくめの背中に立つ。


「がうっ」


 そして早くしろ。とばかりにほえられて、……ええと、一体何をすれば?

 あ、いや、妹を守れと言っているのか? のだよな?


 慌てて妹へ近寄ろうとすると今度は妹が懐から短刀を取り出し、私目掛けて横合いに振るって来た。


「死ねっ!!」

「いや、ちょっと待て妹よ。お前は何か間違えているのではないか?」


 先程は意表をつかれて対処できなかったが、今度は危なげなく避けると手の平を叩いて短刀を取り落とさせる。……妹を叩くのは心苦しいが、素人が刃物を振りますのは危ないからな。こればかりは仕方が無い。


 そして短刀に手が届かないよう、黒ずくめ達とは別の方向へ蹴りとばすと、

「ヴォフッ」

 良くやった。とばかりにフェンリルが私の背中をトンと叩いた。


 何が何やら? と内心首をかしげながらも妹を見ていると、今度は妹が地面に膝をつき、悔しさの滲んだ表情でこちらを睨みつけてきた。

 そして一言呟く。


「くっ……、殺しなさい」


 いや、妹よ。お前は一体何をしたいのだ?

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