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Side フェンリル07

「ひょえーーーーーっ!?」


 くっころさんの叫び声を右から左へ聞き流しながら、そう言えば母さんに全て話したけど、くっころさんには必要な情報以外、全くと言っていい程与えてなかったし聞いてもいなかったな。と今更ながらに思い返す。


 しかしまぁ驚いた。

 まさか妹の謀略に気づいていながら、その上で相手に気取られない立ち居振る舞いを行っていたとはなぁ……、くっころさんのくせに。


 王位継承権を巡るどろどろの争いなんて、前世では映画やゲーム小説の中で飽きるほど見てきたが、実際に実の肉親が自分の命を狙っているなんて私だったら考えたくもない。

 それでもなおすべてを知りながら、曲がることなく真っ直ぐ前を向いて生きているこの女性に、少なからず尊敬の念を抱いてしまう。


 ……ま、深く考えるだけの頭が無いかと言えばそれまでかもしれないが、それでも到底私には真似ができないことだ。

 うん。これならペット扱いから駄犬扱いぐらいは格上げしてもいいかもしれないな。


 なんて微笑ましい考えをしながら、生暖かくうろたえるくっころさんを観察しているとやっと正気に戻ったのか、慌てたように私の眼前に顔を近づけ、「何故っ!?」と勢い込んで問い正してきた。


 これにはどう答えよう?

 くっころさんてば未だにあの時のフェンリルが私と同一人物とは気づいてないし、アレは私の使い魔と認識しているフシがある。

 こちらもわざわざフェンリルが人化できると言いふらす気はさらさら無いし、眷属の件を黙っておくとした手前、それがバレるような行動は慎んでおきたくもある。


 それになにより、黙っておいていざというタイミングでバラした方が相当面白いことになるだろう。ってことで何も無いところで無駄にばらす必要性は皆無と言ってもいいだろう。

 なら使い魔経由、って事にしといた方が面倒は少ないな。うん。


「いや、くっころさんが戦ったあのフェンリルな。あれに話した内容、全部こっちに伝わってるから」


 さらっと流す感じで言って見る。


 うん、嘘は言っていないな。ただ一部の情報を伏せてるだけだ。


「っなっ!?」


 そう答えるとくっころさんは絶句し、顔がみるみる真っ赤に染まって、わなわなと拳がふるえ出す。


 どうやら姫と知りながら、相応の態度を取ってなかった事に怒りでも覚えたか?

 くっころさんはそういうキャラと違うと思ってたがなぁ? と考えていると、くっころさんは大きくため息を吐き、必死に怒りを抑えた声で尋ねてきた。


「そっ、それは何か?

 私の名がセンチュリアーテ王国の姫騎士、フィリアーネと最初から知っていた。という事か? くっころという名前じゃなくっっっ!!」


 特に最後の方、感情が昂ぶってしまったのか、わなわなと震えながら叫んでくる。ってか、ツバを飛ばすなツバを。顔がベトベトになってしまうではないか。


 まぁつまり。くっころさんは名前を呼んでくれなかった事に対して憤ってるってことか? 納得納得。


 と納得しかけるが、心の中で盛大にツッコミを入れる。


 ってかダメだろ。

 どこで聞き耳を立てられているか分からないのに、本名で呼ぶなんてそんな危なっかしいこと到底できるわけが無い。

 それに私はくっころさんをくっころさんとして認識しているので、くっころさんをくっころさん以外の名前で呼ぶなんて、そんなこと天地がひっくり返ったとしてもあり得るわけがない事象に納得することなんて出来るわけ無い。

 なので、あえてとぼけて答えて返す。


「あぁ、忘れてたがそんな名前だったか」

「ふがっ!? なっ、なら何故私をくっころさんと?」

「なんとなく?」

「ふぎゅっ!? せっ……、せめて愛称、いや、本名で呼んでくれるぐらいは……、してくれても良かったのだぞ?

 たっ、たとえばフィリとかっ!!」

「いや、最初はそんな感じじゃなかったし、いきなり見ず知らずの男から名前で呼ばれたら怪しみこそすれ、これほど打ち解けることは無かったんじゃないか?

 だからくっころさんと呼んだんだが?」

「ぎゅむぅ……、なら最初に名前を聞いてくれれば良いではないか。そしたら、タロさんにならフィリと呼んで欲しかったのに、それなのにくっころ、くっころと……」


 おーおー、真っ赤になって怒りながら、机にのの字を書いている。

 器用ないじけ方だなぁ?


「そもそもだっ……!! 今までずっとはぐらかされていたが、くっころさんとはどういう意味なのだっ」


 あっ、やっぱ聞いてくる? 逆ギレ? だが残念。


「教えない」

「はぅっ……」


 いい笑顔で答えてやると、思わずといった感じで胸に手を当て、机へと突っ伏すくっころさん。

 ……いや、流石にくっころさんでもこれを伝える訳に行かんだろ。

 出会って最初のセリフが「くっ、殺せ」だったから一体どこのエロゲーだよ。なんて思って呼ぶことにした。……だなんて。

 だが誤魔化すにも限界はあるからなぁ。うぅむ、なにか上手い言い訳は……。

 あぁ、あれで行くか。


「そもそも、くっころさんがどういうスタンスで私達に接してくるか分からなかったし、馴染んだ頃にはすでにくっころさんで浸透してたからな。

 それに本名なんて身バレしやすいものをわざわざ使うなんて、身の危険に細心の注意がいる王族にあるまじき行為だろ? そう思って呼んだんだが、そんな理由で呼んじゃダメだったか?」


 秘技っ、責任転嫁!!

 嘘をつくには真実の一部を含ませ、相手に都合のいい話を持ちかけておいて責任は相手にあると放り投げる。

 そもそも責任の所在はくっころさんにあり、私達は気遣った結果そう呼ぶことになっただけ。うん、それで行こう!


「はぅっ……、確かにタロさん達へ迷惑を掛けないよう、それに気兼ねなく接してくれるだろうと思って姫と言う事実は黙って伏せていたのだが……。

 うぅぅ、それでも名前を知っているのなら、せめて名前か愛称ぐらいは呼んでくれても……」


 もじもじと人差し指をつつき合わせながら言うくっころさん。

 どうやら命名についてはうまく話を逸らすことができたようだが、なにやら面倒くさいことになっていないだろうか?

 

「いや、良いっ。うん。これは私の身を案じてくれたタロさんの優しさの結果なのだ。それに最近はくっころさんと呼ばれるのも慣れてきたしなっ!

 その優しさに恩義こそ感じれど、これ以上わがままを言うのは私の矜持が許さないっ!!」


 とも思ったが何やら自己完結できたようでなによりである。


 勢い良く顔を上げたくっころさんは、何やら拳を構えながら熱く語ってきかせている。……ってか誰に言ってんだ?

 うんまぁ、くっころさんもくっころさんを気に入ってくれて何よりだ。……まぁ、きっと本当の由来を知ったらいつものように情けなくも恨みがましい顔をして「たろさぁぁぁん」とか言ってくるんだろうが。

 さて、いじるのはこれぐらいにして内容を戻すか。


「で、話が逸れてるようだけど、くっころさんはどうしたいんだい?」


 とも思ったが、先にしびれを切らしたのだろうか、今まで黙っていた母さんが机を人差し指でトントンと叩きながら聞いてきた。

 これにはくっころさんも我に返ったようで、「あっ、お義母様いらっしゃったのですね」などと言っている。……ってまてや。


 母さん、最初から同席してたから。と心の中でツッコミを入れつつも、あまり話を混ぜっ返すと母さんが怖いので心の中だけで済ませておく。

 それに主犯である妹と話し合い、何をしたいのだろう? という興味はあるので、じっと黙って聞き耳をたてる。


「はい。妹に確認したい事がありまして、その結果次第ではありますが、本当の意味でお義母様と呼ばせて頂きたいと思います」


 ん? 意味が分からん? お義母様なんて今も言ってるじゃないか?


「そうかい。

 じゃ、そうならない可能性もあるって事だね」


 私には意味不明だが、母さんには通じているみたいで続きを促している。

 意味はあとで母さんに確認すれば問題無いだろう。と思い、少し黙って次の言葉を待つ。


「はい。妹の返答次第では戻ってこれない可能性もあります。

 ですが、その場合はお二人が今まで通り暮らして行けるよう、出来うる限りの努力をするつもりです」


 帰ってこない……? まさか刺し違えてでもってことか?


「……そうかい。

 で、あんたの気持ちはどっちなんだい?」

「出来るなら、もう一度お義母様と呼ばせて頂きたいです」


 そりゃぁ、死にたくはないだろ。

 穏やかに笑って答えるくっころさんを見て、母さんは短い沈黙の後、深いため息を吐いた。


「……ふぅ。

 行かない。って選択肢は無いんだね?」

「はい。私の立場を考えていただければ、その理由もお察しいただけるかと」

「……分かった。

 なら間違いなくこいつがあんたを妹のところへ連れてってやるよ。

 でも約束おし。絶対に無茶するんじゃないよ? 何ならこいつを盾にすれば問題ないから」

「っておい」


 母さんに顎で示され、思わず半眼で返してしまう。

 だがくっころさんは驚いたらしく、きょとんと目を丸くしたあとくすりと笑って「はい」と答えた。

 その本当に嬉しそうな表情がとても美しく見え、少しだけくっころさんが女である事を意識させられ、思わず胸がトクンと跳ねてしまった。


 って、……いやまて。

 相手はあのくっころさんだぞ? しっかりしろ私。

 確かに顔の造形はいいし均整の取れた美人ではある。だがそのすべてを差し置いても虚乳だ。あの残念な性格の上に更に虚乳だ。虚乳は虚乳で虚乳でしかなく、虚乳で虚乳なくっころさんに一体何を感じてしまっているのだろうか。


「じゃ、方向性が決まったってことでさっさと支度しな。

 タロ、たしかくっころさんの装備は納屋の奥の方にしまってあっただろ? 出しておいで」


 どうやら母さんはすぐにでも出発させるつもりのようだ。

 確かにくっころさんの右手を持って行かれてしまった以上、少しでも早く到着しなければ、死んだものとして公表されてしまうからな。事は一刻を争う。

 しかし装備ってアレでいいのか?


「分かったが……」


 あの装備で本当にいいのか? 納屋にもっとまともな装備もあるが。と訪ねようとしたが、「あとあんたの"使い魔"にも連絡を入れときな、くっころさんを早く運ぶにはその方が良いだろ?」と、ウインク込みで言われた。


 ――なるほど、そういうことか。


「分かった。

 すぐに来るよう伝えとくから、母さんはくっころさんの準備を手伝ってくれ」


 そう答えると母さんは頷き、「じゃ、くっころさんは部屋で着替えだよ」と言って、「えっ、装備が残ってた? たしか助けられた時にはなかったと言われていたような……、あ、もしかしてタロさんが拾ってくれた? えっ、じゃ、あの上げ底も見られてしまったっ!?」

 などとブツブツとつぶやいているくっころさんの背中を押し、リビングから退室していった。



 さて。

 今一意味の通じない所もあるにはあったが、大体の方向性は定まった。

 くっころさんの妹にくっころさんを引きあわせ、その話し合いの結果で今後どうするかが決まってくる。


 おそらくくっころさんは妹に王位継承権を譲るつもりでいて、そして取引として自分や私達の身の安全を保証させる。

 そしてそれが駄目だった場合、刺し違える覚悟で妹に襲いかかる。……か。

 死んだはず。と相手が安心した隙をついてこっそりと会いに行くなんてくっころさんには似合わない頭を使った作戦だな。と思いつつも、まずは納屋にしまった装備の手入れを。と考え納屋へ向かうだった。

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