Side くっころ07
「そう言うの、要らないから」
タロさんのその言葉が頭にこびりつき、振り払うことができない。
それは何か? 今朝もっと凄いものを見たから間に合ってる。とか、そんな感じの意味だったのだろうか?
それならまだいい。私としてはもっと可愛らしい下着の方が好みなのだが、お義母様は「男は皆すけべぇだから、こっちのきわどいほうが絶対誘惑出来るって」とも言っていたしな。
あの時は以前、私の裸を見ても全然動じることのなかったタロさんなのでそんなことはない。と反論したが、お義母様から「あいつはムッツリだから、後で小躍りするほど喜んでたって」とも言われて実は悩んでいたこともある。
……やはり、タロさんも今朝着けていたようなきわどいショーツに、お義母様が用意してくださったブラを付けた方が喜んでくれるのだろうか?
だからこそきわどいブラを着けたとしても、下に可愛らしいショーツを着けてしまっては、タロさん的に「要らない」となってしまうのではなかろうか?
私はもっと可愛らしい下着でタロさんに見て欲し……、いやっ、いやいやいや、何を考えているのだ私はっ、そんな事を考えていてはタロさんにはしたない娘と思われてしまうではないかっ!!
でもタロさんが望むのならば奥の方へ封印した下着を身に着けて……、それで迫ってみればきっとタロさんだって……、ううん……。
「――聞いてる?」
「うひゃいっ!?」
耳元から聞こえた低い声に思わず裏返った返事を返し、慌てて隣を見ると苛立った表情のタロさんが私のことを見ていた。
なんと言うことだっ、私としたことがっ……。
「大事な話」と事前に伝えられていたと言うのに、何を私は下着程度でうろたえ、タロさんの言う大事な話を聴き逃してしまっているのだろうかっ!!
大事な話といえばアレしか無いじゃないかっ!!
そうっ!! 「こ」で始まり、「く」が続き、「は」と来て「く」で締める。私が待ちに待ち望んでいたアレに違いないっ!!
ええいしっかりしろ私っ! 下着ならタロさんの好きなきわどいものを身に着ける。それで良いじゃないかっ!!
そう結論づけると両手で頬を打ち、タロさんへと向き直る。
「すまない、少し呆けていたようだ。
今度こそしっかりと脳内に焼き付けるようしっかりと聞くので、もう一度、最初から話してもらえないだろうか?」
強く叩き過ぎたせいか目の前に星が舞っていたが、勢い良く頭を下げると、タロさんは口元をひくひくとさせながら驚いた表情で「あぁ」と返し、もう一度最初から話し始めてくれた。
曰く、私の受けた毒がこの大陸ではかなり珍しい物だったため、詳しく調べてみたら誰が犯人か分かった。
曰く、その犯人を追跡したところ、誰がその指示をした主犯か特定することができた。
曰く、私がのんきに生活している間にも、主犯の手の者が付近を調査したり、私の行方を探ろうとしていたため、やむを得ず死を偽装して追い返したという事。
ここまで聞いて、あれ? 告白は? と呆然となりかけたが、タロさんがすごく心配した表情で「大丈夫か?」と聞いてきてくれたのでそれはそれでご飯三杯は行け……、じゃない。気分を切り替えて聞くことができた。
あの村長はなぜそこまでムキになって私の命を狙うのだろうか? とも思うが、この件をタロさんやお義母様が知れば間違いなく報復が来ると恐れての事なのだろうか。と考えると何故か納得がいってしまった。
そしてタロさんから最後に。と注釈をつけ、真剣な表情で問いかけられた。
「"誰が"と、"何が目的で"に関してはあえて伏せさせてもらったが、その上でくっころさん、貴女の意見を聞きたい。
……真実を知りたいか?」
その真剣な表情に思わず胸がキュンとなり、「抱いて」と思わず口に出かけるが、さすがにそれはダメだろうと内心頭を振り、自分を落ち着かせるためにゆっくりと目をつむる。
「おそらく真実を知れば、決して後戻りする事が出来ない茨の道になるだろう。
しかし、知らないままこの国を出るか、一生ここで暮らすのであれば平穏に生きていくことは容易い」
恋の逃避行っ!? 甘い蜜月っ!? その言葉に思わず喉がなる。..……ってダメだろう私っ。ヨダレが垂れかけてしまったがタロさんは今大事な話をしている。ここは真剣に聞かなければ……。
冷静に考えればたかが村の村長相手に何を大げさな。とも思わなくもないが、タロさんは私はこの国の王女であることを知らないし、私も一介の冒険者で通している。
となればこれが一般的な反応なのだろうな。と納得する。
ならば私がこの国の王女であることを話し、村長程度恐れるものでは無いと話せば……。
そこまで考え目を開くと、眼前には真剣な顔で私を見つめるタロさんの顔があった。
その視線は本当に真っ直ぐで、何も知らない私の身を案じてくれているのだろう。という事がありありと判った。
……世の中、知らないままでいた方がいい事などいくらでもある。
例えばタロさんやお義母様が、未だ私の素性に触れないでいてくれるように知らないままの方が楽なことが多い。
――少なくとも私の言動や家事がからっきしな事で、少なくとも貴族とは思われてそうだが、お互いに知らないからこそ気安い間柄でいられる。
だが知ってしまえばその情報を元に動かなければならない。
殺されかけたのであればその報復を。
目的によっては犯人だけでなく、それに付随する全ての人達を手に掛けなければならない。
タロさんにとって一介の冒険者である私には、その罪の重さに押し潰されるのではないかと心配でならないんだろうな……。
だからこそタロさんは、犯人と目的をぼかして伝えてくれたのかも知れない。
そう認識すると頭の隅に追いやった、恋の逃避行に甘い蜜月と言うキーワードが鎌首をもたげてくる。
犯人が分からなければ報復する相手もいない。
目的を知らなければ、知っている人が私の代わりに原因を取り除いてくれる。
そして私の死を偽装したことで、私さえ表に出なければ危害が及ぶことはないだろうしタロさん達にも迷惑がかからない。
つまり、私が報復を望んでいるか否か? という事でこの質問を突きつけてきたのだろう。
つまり「知りたくない」と答えればタロさんとあんな事やこんなことを……、ぐふふ……。
だから私はこう応える。
「大丈夫、私はその両方共知っている」
「「ええっ!?」」
だが報復を考えるつもりなど無い。と続けようとした所、タロさんに食い気味で驚かれた。何故かお義母様の声も聞こえたきがするがきっと気のせいだろう。
というかまってくれ……。
何故そんなに驚く?
というか私はそんな事にも気づかない娘と思われていたのだうか。
……確かに姫として育てられたせいか、市井の生活では知らないことが多く迷惑をかけていた自覚はあるが、私はそこまでダメな子と思われていたのだろうかっ!? 正直、こっちの方が知りたくなかった事実かも知れないっっっ!?
思わずタロさんを睨みつけてしまうと、タロさんは少し頬を掻いて取り繕うように口を開いた。
「そうか……、知ってたのか」
知ってますよそのぐらい。だからそんなかわいそうな子を見る表情するのやめてくださいねっ! 今は大切な話の途中なので言いませんけどっ!!
タロさんは少しだけためを作ると居住まいを正し、改めて私の目を見る。
「なら遠回しに聞くのはやめて直接聞くことにする。
おそらく犯人はくっころさんが死んだと認識し、もう追手を仕掛けてくることは無いだろう。逆に言えば油断している今が好機、とも言えるな。
くっころさんはこれからどうしたい?
復讐をしたいか、それとも全てを忘れてここで暮らしていくか、他にしたい事があるなら素直に言ってくれて構わない。
通りがかった船だ、最後まで面倒ぐらいは見てやる」
えっ!?
ちょっと待って!!
それは何だっ? 今までの話は遠まわしのプロポーズだったのかっ!?
「なっ――」
なら結婚してください。と思わず声に出しかけたところで我に返る。
確かに、世間的に私が死んだとなれば、多少の混乱こそあれどこのまま隠遁しても全く問題ない。……かな?
私が死んだという報告があれば母様が動くだろうし、そこで村長の悪事があばかれて相応の報いを受けることにはなるだろう。つまり、私が手を下さずとも村長は自分の悪事で身を滅ぼすことになり、タロさんは安全。
それに王位継承権とて、何事もなければ私より優秀な妹が引き継ぐ事になるので何も問題はない。
姉としてのひいきも多少はあるだろうが、妹は本当に優秀で安心して国を任せられる。
妹を危険と訴える大臣もいるが、それは私が王位につくのに危険であって、国にとってはあの才能はなによりもの宝となるだろう。
何も問題ない。何も問題はないのだが……。
私は本当にそれで良いのだろうか?
私だけ幸せになり、父様や母様には悲しみを与え、更に妹には国を担うという重責まで押し付けてしまうことになる。
私一人が幸せとなる為に周りの者全てに悲しみを与えてしまうなど、私は本当にそれで良いのだろうか……。
私は……、私はっ……。
…………………でもタロさんとは結ばれたい。
…………っそうだ!
まずは妹に、ティリアーネがどうしたいのか問えばいいのではなかろうかか。
彼女に国を継ぐ意志があるなら何も問題なく王位継承権を委ねられる。
私がそのまま姿を隠し、国の全てをティリアーネに託してしまえば何も問題はないのだ。もちろんその為の力も才能も、彼女は全て有しているのだから何ら問題ない。
だが、ティリアーネに国を継ぐ意志がなければその重責を放り投げるわけにはいかない。
……その時はすべてを覚悟し、タロさんへの恋心をそこで断ち切ってしまうほかない……か。
でも恋の逃避行、甘い蜜月……。
願わくばティリアーネに国を継ぐ意志があればいいのだが……、いや、そんな想いを勝手に託すのも彼女に失礼だ。
まずはなんの押し付けもなく、ティリアーネの意思を問うのが先決だろう。
そのためにはまず、タロさんへ全てを話さなければならないだろう。
勿論姫であることも、今まで黙っていたことの謝罪を含めて全てを話し……。
――ごくっ。
乾いた喉を唾で潤す。
今まで私と対等に接してくれた者、冒険者として接してくれた仲間達……、彼等は皆、私が姫と知ったとたんに距離を取るか妙にへりくだってしまった。
タロさんはそうならないで欲しい……、と言う不安に襲われながらも、タロさんならもしかして……という淡い希望も顔を覗かせる。
――しかし、タロさんの信頼に応えるためにもここではぐらかすような事を言ってはいけない。そう思い、タロさんの瞳を真っ直ぐに見て言葉を紡ぐ。
「全てはこの国の姫君、ティリアーネと極秘裏に会ってから決めたい。
実は……、私は……、この国の姫だったのだっ!!」
どうだっ!
言ったっ! 言ってしまったぞっ!
タロさんは……、お義母様は……、変わらないで、居てくれるのかっ!?
タロさんは少しだけ微妙そうな表情をした後、悩むような素振りをしてから重そうにその口を開いた。
「分かった」
それだけを言うと、そのまま口を閉ざしてしまった。
……え?
あれ?
変わってしまっても困るが、あまりにも反応が無いのもそれはそれで困ってしまう。
脈絡もなくこの国の姫君と密会したいと言ったり、実は私も姫だったと名乗った事に処理が追いつかないのであろうか?
確認のためにもう一度聞いてみる。
「その……、私がこの国の姫で、妹姫と密会したいと言ったのだが……、自分で言っておいてなんだが、いいの……、か?」
「くっころさんを連れてだと多少難しいが……、ま、大丈夫だろ」
何でも無いことのように答えるタロさんを見て、逆にこちらの方が慌ててしまう。
「いやっ、そのっ……、今まで黙っていたが、私はこの国の王女なんだ。けどっ、そんな簡単に信じて良いのかっ!?」
「うん、最初から知ってたし」
へ?
……え?
最初から……、知ってた? えっ? それって?
「ひょえーーーーーー!?」