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Side フェンリル06

 後ろ手に扉を閉め、最早聞き慣れた悲鳴をそのままにリビングへと戻る。


「相変わらず楽しい子だねぇ。で、どうだったんだい?」


 リビング中央ではこちらもくっころさんの悲鳴を当然のように聞き流した母さんが、お茶を片手に長椅子でくつろいでいるのが見える。

 腰を据えて話をするつもりなのだろう。朝ごはんのパンはテーブルに用意され、スープも鍋で火にかかっているのが見えるようだが、視線で長椅子へ座るよう促されたのでそちらの方へ腰を据える。

 長椅子の前には私とくっころさんの分のお茶も用意してあったので、遠慮無く自分の指定席へ座るとお茶をひと口すすり、言葉を選びながら口を開く。


「それなんだけどさ、どうやらくっころさん。あの時の記憶が無いかもしれない」


 母さんの眉がピクリと動く。

 先程の言動や行動から推測した限りではあるが、恐らくは間違いなく自分が殺されかけたことを忘れているだろう。

 もしくっころさんがあの時の光景を覚えているならば、切り落とされたはずの右腕や、短剣が突き刺さっていたはずの胸を必ず確認し、別の意味で悲鳴を上げているに違いないのに、それがまったく無かったからだ。

 どちらかと言えば眷族の証である、銀色の髪をしきりに気にしていたようで、丸見えなのに隠そうとしていたのは見ていて本当に面白かった。


 いや、若白髪って……、確かにシルバーブロンドと色素の抜けた髪って見分けづらいところはあるかも知れないけどさ、髪の輝きが違うし、何よりも房全体が一晩で白髪になるって、どっかのホラー映画かっての。ぷくくっ……。


「何が楽しいんだい?」


 おっと思わず笑いがこみ上げてしまったようだ。

 母さんに勘違いされてもかなわないので早々に説明だけはしておこう。


 眉をひそめ三白眼でこちらを見る母さんに、先ほどの光景をありのまま語ると、母さんの琴線にも触れたようで見事な爆笑が返って来ることとなった。


「――ぶっ、あははははははははっ。確かにあの子らしいねぇ。

 しかしパンツ一丁で仁王立ちか、ほんとあの子も予想の斜め上を突っ走る子だねぇ」

「だろ?

 だから覚えてる線はないかと思ったんだ」

「確かにねぇ。あの子なら起きて早々、生きてることに驚いて悲鳴を上げ、次に切り落とされたはずの右腕を見てもう一回悲鳴を上げるぐらいが当然だしねぇ」

「こっちもそのつもりだったんだけどな。

 ……ってか、あのパンツは母さんの仕業か」

「眼福だったろ?」

「あぁ……、いや、母さんが昔使ってたと思うとゲンナリした」


 明らかに引いた視線で返すと、母さんは胡乱な目で私に返す。


「そこは素直に興奮するものだろうにねぇ、全くこの子は……」


 いや、確かに一瞬だけは眼福かも、と思わなくもなかったが、相手はくっころさんだし、何よりも母さんが使ってたものだという事実がすぐに頭をよぎって萎えてしまった。

 その辺は理解してもらえなかったらしく、つまらなそうにつぶやいた母さんは長椅子から上半身を起こすと、ローテーブルからコップを取って一口呷り、雰囲気を変えて私をまっすぐに見る。


「――で、どうすんだい?」


 低く、それでいてよく通る確認の声。

 私も同じように姿勢を正しながら母さんの目をまっすぐに見て、出来るだけ気安い口調を心掛けて返答する。


「もちろん仕返しはするよ。流石にムカついたからね。

 ただ、忘れてしまった以上、くっころさんに眷族の件は黙っておくことにするよ」


 その答えに母さんは何も言わず、ただじっと私の目を見る。

 きっとそうなるだろうな。と思って答えたので、私も黙ってその視線をしばらく受けていると、母さんは少しだけ寂しそうにため息を吐き、確認するかのように問いかけて来た。


「いいんだね?」

「もちろん」


 母さんの気持ちも分からないでもないので、流石にドヤ顔で返すのを自粛しつつも、しっかりと真面目な表情で返すと母さんはガシガシと頭を掻き始めた。


「ったく、そんな所ばっかあたしに似ちゃって……。

 もうちょっとその辺は父さんに似て欲しかったんだけどねぇ……」


 なんてことをぶつぶつと言いながらカップに入ったお茶をあおり、「淹れ直してくるわ」と言って長椅子を立とうとした。


 きっとそれ以上は何も言わず、私の答えを受け入れてくれるつもりなのだろう。


 そんな母さんを誇らしげに思い、「私が入れてくるよ」と言って母さんを椅子に座らせなおすとカップを受け取り、ダイニングからポットを持ってくきて母さんのカップへお茶のおかわりを淹れる。


「ありがと」


 万感の想いを込め、告げた言葉に母さんは満足そうな顔で一言だけ、「うん」と答えてくれる。

 そのまま柔らかく微笑む母さんにカップを返すと、自分のカップへお茶を継ぎ足して元の場所へ座りなおす。


 しばらく無言でお茶を楽しんでいると、廊下の奥からバタスタガッタンと、最近ではお馴染みとなったやかましい音を立てながら、我が家のペット兼居候兼眷属がリビングに近づいてくるのが分かった。


「じゃ、そろそろスープでも用意するとしますかね」


 母さんが伸びをしながら立ち上がると、私も少し表情を緩ませながら立ち上がり、廊下へと続くドアをスッと開ける。


「おっ、お義母様っ! 遅くなってしまい申し訳ありませんでしたぁっ!!」


 タイミングを見計らってドアを開けると、相当に急いで来たのだろう。部屋に入ってくるなり、ジャンピング土下座をしようかという勢いで頭を下げるくっころさんが、母さんの足元で小さく縮こまる。


「大丈夫大丈夫、気にしなくていいよ。それよりどうだい? あの下着でタロを悩殺出来たかい?」

「ちょっ!?」

「なっ!!」


 そのあまりにもな返しに思わず手を伸ばしかけるが、くっころさんはさっきの様相を思い出したようで、一瞬で耳まで真っ赤に染まる。


「おっ、おっ、おかっ、お義母様っ、それじゃやっぱりっ!!」

「渡した以上、使ってもらわないとねぇ」


 もはやこれは習性だろう。チェシャ猫のようににたりと笑う母さんを見て、伸ばそうとした手を引っ込めるもダイニングテーブルへと無言で向かう。


「わっ、私にはやはり、あのようなものはまだ早いのでっ……、そういうのはっ、その……、もうちょっと(ごにょごにょごにょ)……」


 しどろもどろと、母さんに何か言い訳めいたものを呟いているくっころさんを横目で見ながら、音を立てずに椅子に座ると、こっちに飛び火しませんように。と祈りながらじっと息を潜めて気配を殺す。


「あらあらあら、そっかぁ、くっころさん清純派だったからねぇ。

 なら昨晩作ったこっちの下着ならお気に召すかい?」


 そう言ってエプロンのポケットから、白地でシンプルながらも両はじに付いたリボンがアクセントとなる、可愛らしい布を取り出すと、くっころさんの眼前でふりふりと揺らす。


「おっ、お義母様っ! 下着をそうぶらぶらと振り回さないでくださいっ」

「あらま、気に入らなかったかい?

 そっかぁ、我ながら良い出来かと思ったんだけどねぇ、くっころさんが気に入らないんなら仕方ない。私が使うとするかねぇ」


 指に腰部分を引っ掛けるとくるくると回す。

 いや、母さん、その持ち方だと形がよく分かるんで色々とやめてください。しかも母さんがそんな可愛いの履いても似合いませんよ? 命が惜しいから言わないけど。


「あっ、いえっ、そのデザインは凄く好きなのですが、時と場合と持ち方さえ考えていただければっ」


 なるほど、くっころさんはああいうのが好みなんだ?

 それに母さんが昨日作ったものなら、多少見えたとしてもそれほどゲンナリしないな。


「ほーれほれ、欲しければ大人しくこっちのブラを着けると誓いな」


 そう言ってエプロンから更に取り出したのは、ブラと言うかただの貝殻? と言うか昨日私がとってきたしじみの殻じゃないかあれっ。

 確かにくっころさんならそれで充分隠れるんだろうが、流石にそれは当たって痛いんじゃ無いだろうか?


「ちょっ、流石にそれは小さすぎますっ! 使うならせめてホタテでお願いしますっ!」


 あ、使うんだ? てか、問題そっちなのっ!?


「大丈夫、くっころさんならこれで隠れるって」

「隠れませんっ!!」


 いや、これについては母さんに同意見。


「でなければこっちは使わせないよ? ほーれほれほれ♪」

「っく、いっそ殺せ……」


 いや、くっころさん、そんな歯ぎしりするほど気に入ったの? それ?


「ちらっと……、付けて……、見せるだけなら……」


 しかも受け入れるんかいっ!!


「良かったねタロ、見せてくれるってよ」

「うえっ!?」・「ちょっ、母さんっ!?」


 なんっつぅキラーパスをよこしてくださりやがりますかこの母さんはっ!

 だが残念っ、例えくっころさんがそんな格好しても、悩殺どころか絞殺される未来しか見えないですっ!


「そう言うの要らないから」・「タロさんが……、望むなら……」


 ん? なんかくっころさんと被った気が。まぁ良いか、どうせ出来ないって言ってんだろうし。


「あぁ~あ……」


 母さんがせっかくのチャンスを潰しやがって。ってな顔で見てるが知ってるぞ? またさっき、チェシャ猫のような笑みを浮かべてた事。


「タロさん……、いたんだ。しかも要らないって……、要らないって……」


 くっころさんはくっころさんで、私がいたことに気付いてなかったようだ。

 しかもパンツを見られたことが余程ショックだったか、ぶつぶつと何かを呟いている。

 まぁさっきのパンツ、結構気に入ってたみたいだし、後で渡しとくよう母さんに一言言っておくことにしとくか。

 取り敢えず空気を変える為にわざとらしく咳をする。


「ん?」

「あっ、タロさん、そんな所にっ!?」


 いや、ずっと居ましたよ? というかさっき気づいてたよね? あ、うん。無かったことにしたいのかな? 大丈夫、私も男だ、無かったことにしておきましょう。

 思わずくっころさんを慈愛の表情で眺めてしまうが、直ぐに真剣な顔を作ってくっころさんへ手招きをする。


「くっころさん、せっかく母さんが朝飯を作ってくれてるんだ。

 すぐに出来るから、こっちで出来上がるのを待とうか」


 くっころさんと目があったので、つい慈愛の表情(生暖かい目)が出てしまったか、彼女は顔を赤くして俯いてしまった。


 あー、私もまだまだ修行が足りないな。


 思わず肩をすくめるが、母さんが「まぁそうだね。あとはよそうだけだから座って待ってな」と取り成してくれるとくっころさんまようやく動き出すことが出来たようだ。

 動きこそ固いものの、いつもの定位置――私の隣の椅子に座ったので、「食事の後で大事な話があるから」と伝えると、妙に取り乱した様子で「ひゃいっ」と答えてきた。

 妙に顔が赤いままなので風邪でも引いたのかと思ったが、おそらく先ほどの下着姿を見られた件か新しい下着を欲しがっていた件について赤面しているだけだろうと結論付ける。

 私としては今更な気もするのであまり気にしていないが、やはり女性としてはそう簡単に切り替えることも出来ないのだろう。


 ……それにこの間は熱と間違えて本当に熱を出させたと母さんに叱られたし、今回は前回の轍を踏んで突っ込むなどと野暮なことはしないようにしておこう。


 そしてそんな微妙な雰囲気のまま朝食は進み、食後のお茶を一口すすったところでそろそろかな? と思い口を開く。


「くっころさん、実は――」

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