クリータ博士 禁断への物語
私はデヴィエ・クリータ! 元々は生物研究をする博士だ!
自分の研究に没頭する楽しい日々…なんてものは幻想に過ぎなかった。
その実態は、上からの指示通りに、つまらないものを調べていくだけだった。
ネズミ、ヘビ、モルモット!
なんとも美しくない、実験生物たちばかり。
しかも調べることは生態や、行動なんかではなく…薬物投与を主体にした実験結果だ。
日々、次第に衰えていったり、おかしくなっていく様子を傍から見て、それでも尚
負荷を与えていくのだ。
人は、好奇心には勝てないのだと、私は思う。残酷なことをしてでも欲求を満たしたい人もいるのだろう。
だが! 今私がやっているこれは! 私の欲求にはまるで響かない! 伝わってこない!
どうにかして、自分の研究に打ち込みたいもんだ。見とれるくらいの美しい生き物の実態を…
「332番個体のレポートが上がってないぞ! どうなっている!」
どうやら、他所で不手際があったらしいな。
「すみません…レポートは出来上がっていたのですが、こいつ躁鬱が激しくて…」
「放っておけ! こんなのはまだまだ序の口だぞ!」
あの辺は確か新入りの持ち場だったはずだな。こんなおかしな研究部署に配属されて災難なもんだ。
…いや、待てよ。あの辺は確か薬物投与エリアだったな。
「お疲れ、新入り君。レポートは順調かな。」
「お疲れ様です。 こんなにおかしなレポートばっかり書かされちゃ参りますよ…。」
「ハッハッハ、どこも同じようなところだからね。 …ここは薬物投与組のエリアだったかな?」
「そうです。毒物系がこのエリアです。 あまり強い毒は使えませんが…。」
毒物か。だが、強い毒は別のエリアだったようだな。なんとも使えん。
せめて強い毒をあのクソ所長にぶち当てればこんなおかしな研究、今すぐにでもやめられるってのに。
…強くない毒?
そうだ。このエリアの個体はどいつもこいつも、ほとんど生きている。毒性に耐えてやがる。
ピンピンしてるじゃあねえか。死にかけはいねえ。死にかけるくらいなら死んでるってことだな!
ちょっといいこと思いついちまったな!
それから俺は新入り君に接触し、うまいことコンタクトを取った。
それから、同僚のエリアも深く観察した。同僚のエリアも毒物を扱っている。
結構強めの毒だそうだ。そのほか、新薬投与の実験もやってるだとか。ご苦労なこった。
同僚エリアでは毒が強いせいか、コロコロ個体が死んじまってよ。面白くないらしい。
そこでだ。俺は新入りと同僚の個体を1体ずつこっそり入れ替えた!
新入りには行動が読めない躁鬱な個体がいる。そいつをこっそり同僚の個体取り替えた。
読み通りだったぜ。入れ替えた後は、新入りの方に入った個体は死んじまったよ。
だが、同僚の方に入った個体は1度の投薬には耐えていた。限界は近そうだが、
もうちょい生きそうだ。レポートもだいたい提出し終わる頃を見計らって、
俺は同僚の方に入った、躁鬱な個体を箱から出した。空いた箱には俺が調達したモルモットを入れておいた。
「所長、お疲れ様です!」
俺がそう言って、抜き取った躁鬱な個体のモルモットを所長に投げつけてやった。
同僚エリアは毒物を使うこともあってな。だが、毒物は他にも様々な部署で使われている。
色々手を回して、同僚には関係なく、それでいて強烈な毒をモルモットに塗りたくってやった。
もちろん、あの躁鬱なモルモットのことなんだけどな!
「うわ! なんだこれは!」
ちょっと試してみたが、躁鬱なモルモットは衝撃に敏感に反応して、暴れる。噛み付いたり、引っ掻いたり。
今投げつけてやったのは所長の口のあたりだ。口の中に入ればベストだったんだが…
だが! モルモットはするすると服の中に入っていった!
「ああっ! 服の中に! この! 痛ッ! かみやがったなこいつ! 君もどういうつもりだね!」
所長は慌ててモルモット探しに夢中になっているようだが、噛み付かれたら…どうなるだろうか!
だが、人はそんなに簡単には死なない。人間を含め、生物の命はそこまで容易くはない。
ここで落ちろ、所長さんよ! 俺はもう、この研究にはうんざりだ!
うんざりした俺に、女神が微笑んだのか、はたまた、悪魔が味方したのか!
所長は後日、息を引き取った。 なんでもおかしな出来物が原因だとか。
毒が引き金になったのは間違いはずだが、最後の最後はおかしな結末だったな。
投げつけたモルモットがどうなったのかは知らない。しょせんモルモットだしな。
私はあのあと逃げた。何事もなく仕事をした。
それが功を奏したのか。私は奇跡的に何も咎められなかった。疑われなかったのだ。
とにかく、これで俺の研究ができるぞ!
今までの高い給料を使って、借金もしちまうが、研究所を立てるぞ! 俺だけの理想郷を!
まずは手始めに、金が必要だ。金持ち共の意見を聞いて、高値で売ってやろうではないか!
まずは早速、金持ち共の調査だ! 奴らは何が欲しい! 何を求めている!?
俺の第一歩は、金集めからだった。やはり、人は金に使われてしまうのだろう。
使われる側から、使う側になるまではまだ時間が必要だ。
「こちらが、エルフをモチーフにした…ヒトでございます。アイリッヒ卿。」
「まさか本当に作ってしまうとはな…悪魔に心でも売っちまったのかい。」
「何をおっしゃいます。アイリッヒ卿のお力添えあってこその成果でございます。」
まずは手始めに! 金のために倫理さえも踏み越えて! ヒトを作った!
正確には、ヒトなのだろうか。この俺も、実はよくコイツのことは知らない。
やたら大人しいから、たまたまいくつか作った中でこいつを差し出したのだ。
ヒトの遺伝子を組み替えた。ホーンの僅かにだがな。ヒトをヒトのままにして、良いところだけを
より良くする、というのは非常に難しい。間違えるだけでヒトではない何かになってしまうからな。
ヒトの特徴を持たせつつ、異国風の白い肌つきはちょっと人間の歴史をたどればすぐに再現できた。
ただ、実験で作ったものはその多くが短命だ。しかも、今回作ったエルフ風のヒトは…
胚の状態からは成長速度を加速させて育てている。ゆるやかに、そして、徐々に早く。
おまけに教育なんてことはしていない。見た目は子供だし、言葉なんて話せるわけがない。
トイレの我慢の仕方すら知らないと思うと、我ながらよくこんな注文を引き受けたなとも思う。
しかし…
「何はともあれ、約束は約束だ。 8000万エリーだ。」
「ありがとうございます。お次は、なにかございますか。」
「しばらくは、こいつの観察だな。」
「左様でございますか。」
「だが、私の知り合いにもうひとり、コイツのようなのを欲しがってる連中がいてね。紹介しようか?」
「ぜひ、お願いします。」
金のためには、躊躇してはいけない。非道な実験がバレて、死ぬのが先か。
それとも、顧客の満足を得られず、借金で死ぬか。
はたまた、実験生物の扱いに失敗して死ぬのが先か。
「レディース&ジェントルメーン! これより裏オークションを開催いたします!
今宵も各地から貴重なお宝、値打ちもの、奴隷! そして今日は!
この世の美女より高嶺に咲く花! エルフがこのオークションにかけれています!」
コネで、裏オークションにエルフをちょちょいと出品した。
この手のヒトは成長結果を書き記して、売る時に証明書として渡しておくのが私のやり方なのだが
オークションにかけてるやつらは全員レポートを取るのを忘れてしまったやつらだ。
ちょっと成長させすぎたり、幼かったり。はたまたどんな薬品を使ったか書き忘れたやつらだ。
正直レポートがないと売ったあとが怖いから、この処分方法なら金にもなるし一石二鳥だ。
おまけに、培養室から出したヒトなら成長速度は、薬物投与でも急激に上げることはできない。
ちょっと手荒なやり方だが、成金共にはちょうど良いエサだろう。
特に、これで宣伝にもなる。もうちょっと危ないヒトを作る資金にもなるだろう。
それに、研究所も、手狭になってきた。もっと大きな研究所を……
「こちらがいま研究しているハーピーでございます。」
俺が今、金持ちども相手に見せびらかしているのはヒトのさらなる亜種個体、ハーピー!
ヒトの外見を保ちつつ、腕は翼に! その関係で、上半身は少々ゴツくなっちまったが、まあ良いだろう。
鳥をベースにしているから、羽毛は仕方ない。足の構造も鳥っぽくなってる。
顔は人間風味だが…こいつらは人間の顔をしていれば、並大抵のことはどうでも良い!
同じ人間であるということを、顔で認識している、平和ボケの連中には絶好の穴だ。
「それで、こいつらはいくらだ!?」
「生憎、まだ研究中でして…しかし、お金さえあれば、譲れますよ。」
「ふ、ふふ…君も悪党だ。買おうじゃないか。」
最近の金持ちは奴隷持ちが趣味なのか? ありえない速度でヒトが売れやがる。
こっちはうまい具合にヒトを作るのは結構限界に近いペースで作ってるんだが
まったくあまりやしない。研究レポートは売れる前までで止まってる。
研究用に非売品の個体もあるが…。
今日は5体も売れやがったぜ。 いい気味だ。金もガッポリだ!
しかし、売り飛ばしたやつらは今、生きてるんだろうか。
売却後は煮るなり焼くなり、持ち主の自由だ。律儀に俺に質問、返品してくるやつは
ひとりもいなかったしな。
「ええ…生物兵器、ですか。」
「軍事に使える生物兵器…とまでは言わん。手駒が欲しい。」
急にお偉方がきたと思ったら、軍事だと?
どこから嗅ぎつけてやがったんだ、こいつらは!
だがまあ、おいしい話だ。軍事は何かと金になる!
だが…正直俺にも不安があった。
軍事に使える兵器、おそらく手駒といっていたな。ヒトベース。手足もしっかりつけてやれば
問題ないだろう。ハーピーのような翼はいらんというわけだ。
しかし…もし、力を求められたら。ヒトの限界を超える力を持たせることになったら…。
その時は、人類の危機と隣り合わせだということになるな。
実験生物による、生物頂点争いが始まるだろう!!
しかも、そいつはヒトに近い外見をしていて、誰が的なのかわからない!
俺は、とんでもなく危ない橋を渡っているのかもしれないな。今既に渡っている橋より
更に、闇に向かって伸びる見えない橋を渡るかどうかは、あとで考えよう。
「しかし、ヒトの遺伝子にこれ以上の手を加えるのは危ないと申し上げます。」
「ふむ、ならば仕方ない。容姿は問わない。人間に近い外見のものを何体か頼む。」
「分かりました。」
あくまで人間ベースってわけか。仕方ねえ。ここは理想通りの配分を…。
実は、とっておきのサンプルを入手した。
有名人じゃねーが、俺好みの美男美女の遺伝子をコネで引っ張り込んでやった。
試しに育ててやろうじゃねえか。『人間』としてな。
「イケメン美女を何人か!」
今度はなんだと思ったら、芸能事務所だとかなんとかを謳う輩が出てきやがった。
ふざけるんじゃねえと言ってやった。あくまで、一般人はお断りだ。
裏に通ずる金持ちどもにこそ、裏からとってきた金で作ったこいつらはふさわしい。
しかも妙にいらつくメガネだ。こんな人里離れた洋館風研究所にようこそいらっしゃいましたね!
ちょうどいい。貴様は山に迷って死んだことにしてやろう!
俺様特製の、軍にも話してなかった禁断の生物兵器、お披露目だ!
俺がボタンを押すと、隣の部屋から獣じみた唸り声を上げるヒトが、予定通り出てきた。
こいつは『ウルフマン』。適当なネーミングだが仕方ねえ。
あとからより良い新種ができたときにもっと良い名前を付けるためだ。ここはウルフマンで我慢。
こいつは野性的だが知能はもちろんある。俺が躾けた!
好物は豚肉! 豚のようなお前にはちと同じ目にあってもらおうか!
「ぎゃああああ! あああ! なんとかしろおおおお! あああっ!」
悲痛な叫び声が聞こえてくるぜ。 ここは人里離れている。叫んでも助けは来やしねえよ!
お前がささーっと一人できたのはモニターでしっかり見てたぜ。
流石に戸籍もちゃんとしてる人間を始末するのは、ヒトを消すのとわけが違うな。
生物兵器なんてやっぱり作るもんじゃねー。
ウルフマンなんてさも野蛮そうな名前だが、これでも生物兵器としては一番弱い。
むしろあいつらの方が…
いろいろ金を手にして、ついに念願の大きな研究所を手に入れた!
女にも、酒にも溺れず! ただ研究のみに没頭した結果がこれだ!これこそが欲求の先にあるもの!
久々に、たらふく美味いメシでも食いたいところだが、ここで研究所を離れたら何か起こるかもしれねえ。
せめて、生き物がいるうちはどうにもならねえな。寝床はあるし、
このご時勢、届けてもらう手段はある。
いろいろあって、コネを作ってな。1週間に1度、食料と物資を届けてもらえるのだ。
昔は頻繁に買いに行けたが、出かけるには時間もかかるし、何より、不測の事態に対処できねえ。
野に放ったらどうなるか…熊には勝てねえだろうが、人間ならまあどうとでもなる。
さて、今日も研究だ! 今日からは夢のプロジェクト! 本格的な獣人を作ってみようと思う!
だが、そのためには事前の綿密な設計図…遺伝子配列が必要だ。
まずはじっくり時間をかけて…夢の地図を探してみるとしよう。