私はスズランに殺された
中学のときのクラスで隣同士になった山崎桃子と私は、なぜか気が合った。
どちらかというとインドアの私と、アウトドアの桃子にさほど多くの共通点はなかったのだが、彼女の積極的な社交性が私を引っ張ってくれていたのは確かだ。
そんな彼女だから友人には恵まれていたし、私はずっと、友人たちの一人という立場だと思っていた。
だが、どうやら私は、彼女にとって一番の『親友』だったらしい。
他の友人たちとは明るく接していたが、何かと悩みを打ち明ける相手は、常に私にだった。
友人の一人と口ゲンカしたの。どうやって仲直りしたらいいかな?
とか、宿題を一緒にやろう、とか。
そういえば、こんなこともあった。
別のクラスの男の子に声をかけられたという。
「付き合ってくれないか?」
その返事をするのに一緒に来てほしいと、強引にその子に会いにいったっけ。
当然、桃子の答えは『ノー』だった。
どうして私が付き添わなきゃならなかったの? と拗ねると、彼女はちょっと舌を出して、
「あんな男子より、正枝のほうがいいもん」
そう言って、腕を絡めてきた。
男の子と比べられるとは思わなかったが、悪い気はしない。
私たちの友情は、長く続いていた。
同じ高校を卒業し、桃子は先に就職した。
私は大学に進んだが、決して疎遠になることはなかった。
電話でのやり取りはしょっちゅうだったし、ショッピングや食事には、ほとんど必ずと言っていいほど声をかけてくれた。
もっとも、そういう時の私の立場は、愚痴の聞き役ではあったが。
いつしか、私は桃子を誰よりも理解できるようになっていた。
そして、桃子も私を……。
大学在学中、桃子の誘いで行った旅行先のペンションで、私はその人と出会った。
緑川進。
彼も、学生時代の友人二人と旅行に来ていたという。
二泊三日の旅行の別れ際、私と彼は、再会の約束をした。
「いいなぁ。正枝、あなたいい男を捕まえたよね」
と、桃子のからかうような愚痴には苦笑するしかない。
「そういえば、桃子のいい話を聞いたことないけど、好きな人はいないの?」
帰りの電車の中だ。
彼女は、含み笑いで私を下から覗き込んだ。
「さすがの正枝も見抜けなかったか。じつは、付き合ってる人がいるのだよ」
「えっ、嘘っ。私に隠してたの?」
驚いた私の両手を掴み、彼女は頬擦りしながらウンウンと頷く。
「だぁって~。あなたに浮いた噂の一つもないんだもん。言いづらいじゃない。でも、もう白状してもいいよね。同じ会社の、別部署の人よん。……緑川さんみたくカッコよくないけど、いい人よ」
「会わせてくれる?」
「あなたが緑川さんとうまくいったらね。嫌でも会わせてあげる。だ・か・ら……」
突然、桃子が抱きついてきた。
「逃しちゃだめよ。緑川さんになら、私の正枝をあげてもいいと思ってるんだから」
「ちょ……桃子。私のって、なによぉ」
「だってそうだもん」
「違うよぉ。私の桃子だよ」
「う~ん。……じゃ、お互いの私たちっていうのはどう?」
「賛成。そういうことにしましょ」
本当に、私たちは仲がよかった。
なのに……。
大学生活の間に進さんとの交際を続けた私は、卒業して間もなく『緑川正枝』になった。
一度も就職することなく専業主婦として彼と幸せに暮らしてきたと思っていたのに。
ねえ、桃子。
あなたは本当に、私のことを理解していた?
私が内気で世間知らずの、甘い女だと思っていたんじゃない?
あなたと私には、数少ない共通点があったのよ。
それはね……。
お互いに、隠し事が上手いということ。
それに、内心は負けず嫌いだということ。
だからあなたは、自分の彼氏より進にモーションをかけたんでしょう?
私の夫のほうがカッコいいから。
私に負けたくなかったから。
あなたはうまく隠していたようだけれどね、進はそんなにうまくないわ。
……私、知ってるのよ。
ちょくちょく遊びに来る目的が私ではなく進に会うためだ……って。
私はあなたのことを誰よりも知ってる。
だからわかるの。
あなたがたの目的は私の命と持っている財産だ……って。
でもね、私も負けず嫌いなのよ。
そして、隠し事がうまいの。
あなたがたに殺されるのは真っ平なのよ。
ねえ、桃子。
私が何を考えているか、わかる?
私ね、あなたがたの不倫をしってから、スズランを庭に植え始めたのよ。
あなた、言っていたわよね。
「正枝奥さまの趣味はガーデニングなのね」
って。
あなたの頭では、その程度の考えしかないようね。
近いうちに、またあなたを招いてあげる。
私の手料理をごちそうしてあげる。
最後のごちそうは、ひと味違うわよ。
キッチンで調理をしている私を、進と桃子が雑談をしながら見ている。
それを知っている私は、桃子の料理にだけ、こそこそと隠すように『これ』を数滴たらし入れた。
『これ』が何かわかる? 桃子。
スズランってね、毒草なのよ。
「おまたせ~」
毒入りの料理を、桃子の前に並べる。
あなた今、一瞬顔色を変えたわね。
やっぱり、私が毒を入れたところを見ていたのね。
大丈夫よ。速効性はないから。でも、命が一時間ほど長らえるだけのこと、か。
彼女が僅かに進に目配せをした。
進も気づいているようだわ。
「あ、正枝。肝心のワインを出していないじゃないか。ほら、この間桃子さんのためにって買っていただろう?」
「……あら、本当。忘れていたわ。今持ってくるね」
私はすぐに、ワインをおいてあるキッチンに戻った。
ワインを開けて、三人の食事が始まった。
桃子はいつもの調子で積極的に話題を提供しながら食べている。
さっきの動揺は微塵もない。
そりゃそうよね。
私、知っているもの。
あなたが、自分の料理を私のものと取り替えたのを……。
ええ、そうよ。
あなたがたの望みどおり、私が死んであげる。
だって、きっとあなたがたの殺人計画って、もっと直接的なものだろうから。
あなたがたに殺されるなんて、嫌よ。
自分で死を選ぶわ。
そして、一時間後、私は死んだ。
「まさか、毒を用意してたとは思わなかったわ」
と、桃子。
「よく気がついたな、桃子」
「当たり前よ。正枝の考えてることならなんでもわかるわ」
……そうかしら?
二人は、私の死体を目の前に、やはり動揺を隠すようにワインで落ち着こうとしている。
一本を飲み干して、やっと落ち着いたみたいね。
「どうしよう……。救急車を呼んだほうがいいかな?」
「いや。最初の計画どおりだ。夜中になったら車で埋めに行くぞ」
「行方不明……ってことね?」
「そうだ。七年は長いけど、今まで待ってたんだ。あとそれだけ待てば、こいつの財産はオレに入る」
「……愛してるわ。進」
「オレもだよ」
二人は、私たちが寝ていたベッドルームに向かった。
やっぱり桃子。
あなたは私のことを少しもわかっていなかったわね。
あの料理にだけ、毒を入れたわけじゃないのよ。
私がどうして、あなたのためにワインを買ったと思った?
スズランの毒入りのワイン……。
そっちのほうが料理なんかよりずっと多くの毒を入れていたの。
だから……ほら。
ベッドの中であなたがた、こんなに苦しんでる。
私よりももっと苦しく、無様に死になさい。
死に様の醜さだけは、敗けを認めてあげるから……。