五日目 ゼロ時
「おはよー! みんな元気だったー?」
元気に教室に飛び込んできたのは優燈だった。教室にはすでに男子勢が待機していた。しかし、誰も返事をしないで優燈を見ていただけだった。
「あれ、どうしたのー?」
優燈の後に穂乃佳が入って来た。彼女も異様な雰囲気に戸惑っている。
「なんか、みんな怖くないー?」
男子は無言の圧力をかけ続ける。何があったのか分からずに、優燈と穂乃佳は顔を見合わせ、時音と美菜と空久保さんの到着を待った。
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「さぼってた!?」
美菜は驚きのあまり呆れて頭を抱えた。女子は美菜を前線に出して後ろに隠れるようにしている。
「だって昨日来なかっただろう!?」
カケルが叫んだ。なんでそんなに怒っているのか分からないが、とりあえず向きになっていた。男子勢の中でも彼は特に怒りっぽいのだ。
「サボってたんだろ、違うか!?」
「あのさぁ……。」
美菜はため息をついた。そしてカケルが何か言う前に言い放った。
「こっちも昨日大変だったんだよ。たくさんの人を避難させるのに。」
「え、たくさんの人を避難……?」
彼女の言葉を聞いてカケルの怒りは呆気無く収まった。何も言えなくなったカケルに代わって龍人が説明を求めた。
美菜は昨日あったことを話していった。
昨日、女子はだれも学校に来なかった。男子はきっとサボっているに違いないと文句を言いながら投球マシーンを最上階に上げていたが、実は女子たちは集合時間にこそ間に合わなかったが、きちんと学校には来ていたのだ。それも大勢の人を連れて。彼らの中には、敵が街中をうろついているのを知って家の中に隠れていた人がいたり、避難場所を探し回っている人が含まれていた。美菜たちは彼らを学校の体育館に連れてきていた。多くが中学生や小学生であったが、おじいさんやおばあさんも少々いた。結構大変だった。散発的に出てくる敵を美菜が全て相手したのだ。彼女はたった一本の竹刀で戦い抜いたのだった。
「そういう訳だからサボったなんて言わないでね?」
「はい。」
男子は全員うなずいた。ほとんど強制的に。美菜の手には今も竹刀が握られていた。
「でも、今日はちゃんと作戦の準備を手伝ってよ。」
みのるは言った。が、美菜の反応はあまり良くない。
「え、どうしようかな。」
彼女は今日も救出活動をしようと考えていたからだ。しかし、みのるは言った。
「一応大勢の人を助けたのかもしれない。けど、ここはすぐに戦場になるかもしれないところなんだよ。そんなところに大勢の人を連れてきて守れるの?」
「それは……!」
美菜は反論しようとするが、何も思いつかない。彼女は苦し紛れに、
「じゃあ、私がしたことって間違ってるの!?」
と問い詰める。
「人を助けることって間違ったことなの!?」
「いや、間違ってないよ。」
みのるは冷静に返した。加えて、何か言いたそうな美菜にさらに言い寄る。
「間違ってなかったら正しいことなの? 違うよ。間違ってなくても正しくないことはある。それがこれだよ。君の助けた人は『今は』助かっているのかも知れない。けど、『これから』は助かるかどうかわからない。僕らが、絶対に勝つなんて保証はどこにもないんだよ……。」
言い終えてから、みのるは少し間をあけて、
「ごめん。ちょっと言い過ぎた。」
と、小さく謝った。美菜は首を振って、謝り返す。
「私の方こそ、ごめん。何も考えてなくて。」
周りには幾人の人がいたのに、誰も、何も、言わなかった。いや、言えなかった。誰も居なくなってしまう怖さ。それを知ってしまったから、美菜の言いたいことも分かる。けれど、みのるの言う通り、ここに連れてきたからって絶対に安全なわけでもないのだ。むしろ、戦場になるここに連れてくるのは……。では、どこに連れていけば良いのだろうか。
答えは誰にも出せなかった。答えの無い問いを誰も答えようとしなかった。ただそれだけだったのだ。
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「なんでこんなに暗いの……?」
全員の沈黙を破って、穂乃佳が潤んだ声で呟いた。
「だって、誰も間違ってないんだよ……? なんでこんなに悲しくなるの……?」
「よしよし」
泣きだしそうな穂乃佳の頭を時音が撫でる。十人が十人ともどうしようもなく、どんよりとした一日になりそうだった。
外は昨日から続く曇天。
薄暗い教室は、重苦しい空気に満たされていた。それでも、今日やるべきことをしなくては。
その時、扉が急に開いた!
「えっ!?」
全員が仰天して扉に目をやった。そこには誰も居ない。
「わぁっっ!!!」
「うわっ!!」
龍人が背中に重みを感じた!
「って、お前か!!」
そこにいたのは優燈だった!
「あ、すごいべたついてるー!!」
穂乃佳が指差して笑った。 「人を指で差すな!!」
「ほわぁ~ん……!!」
こんな現場を目撃したことのないピュアな時音は顔を真っ赤にして美菜の背中に隠れて凝視していた。 「隠れるなら見るな!!」
「や、やっぱりそういう仲だったの!?」
美菜も顔を赤くして興奮していた。 「キャラが崩壊してるぞ!」
「貴様……。」「よくも……。」「我々の前で……。」
三銃士が物凄い嫉妬心で闇のオーラを纏い、竹刀を構えて龍人を睨みつけた。 「なんかさすが……。」「だまれぇいっ!!」
「!?」
空久保さんは一目散に教室からログアウトした。「さ、さすが。」
「知ってた。」
みのるは冷静を気取っていたが、すっかりほっぺたが赤くなっていた。 「意外な弱点だな。」
「みのる君顔真っ赤ー!!」
穂乃佳がみのるを茶化す。みのるは必死に
「そんなこと無いよ!!」
と釈明する。その肩を時音が叩いて慰める。
「わたしも、はずかしかった。」
時音が喋った。みのるはこんなことがあって内心ドキドキしていた。が、その時、みのるの眼前に空久保さんがログインした。それも物凄い剣幕みのるを観察する。
「私ト、アノ子、ドチラガ良イカ、エラベ。」
「じりじり」
「バチバチ」
「え、え、どういう状況!?」
みのるをかけて、時音と空久保さんの恋のバトルの火ぶたが切って落とされた。
「てか、もう行くぞ!! 早く準備に取り掛からないと間に合わなくなるぞ!!」
龍人はそう呼びかけて教室を出た。
「よし、いこー!!」
優燈は龍人の背中に乗ったまま手を伸ばした。
「いい加減に降りろ!」「えーいやー!」「嫌とかそういう問題じゃねぇ……。」「やだ!!」
後ろから三銃士が追ってくる。
「貴様許さんぞ……。」「地獄の果てまで追ってやる……。」「この命尽きても追い回す……。」
後ろを美菜と穂乃佳がついて行く。
「いいなー。私も彼氏欲しいなー。」「私はまだいいかな。」
「なんでー?」「まだ、そんな相手いないもん。」
「あ、取られたもんねー。」「もう、うるさいなー。」
その後からみのるとライバルが出てくる。
「ジー」「バチバチ」「ギロリ」「ぎらぎら」「キラーン」「シャキーン」「どうなってるの? これ。」
かくして、教室には誰も居なくなった。暗いどんよりしたその場所、机は前に集められ、後ろは広々としていた。始めは二人だけだった。そこに一人がやってきた。だれも来ないと思っていた。いつの間にか十人になっていた。なぁなぁで何とかなると思っていた。どうにもならない時があると、ようやく分かった。一人では心細かった。誰かといると、何とかなるようになっていた。
たった数日の物語、彼らにとっては、ここは一つの始まりに過ぎないのだ。大きな一つの、始まりに過ぎないのだ。
「だから、ね?」
彼らは廊下に飛び出して、元気に走っていくのだった。