十四 燈火は風に吹かれ
「行くぞ!!」
龍人が叫んだ。呼応するように仲間が叫んだ。
彼らは駆け出す。世界の命運を賭けた戦いに向け、意気揚々と武器を掲げ、強大な堕天使に反抗する。彼らの中にみんなの想いが渦を巻いて流れ込んでくる。それがやがて秩序をもって一つ一つが独立していく。
それを力に、みんなが総攻撃を仕掛ける。
僕は力が弱くて、今、みんなの為になるか分からないけど、だけど、このまま敵の好きにさせたくないんだ。迷惑を掛けるかもしれないけど、僕は……!!
「僕の、全力だ!!」
みのるがひ弱な腕を精一杯振るう。それは呆気無くかわされてしまう。だが、それは次への布石。デオムとサキたちとの距離が開いた。みのるは声を張り上げる。
「頼んだよ!」
私、意味わからない事ばっかして、皆さんにきっとご迷惑をお掛けしました。だけど、この意味不明な行動が少しでも皆さんのお役に立てるのであれば!
「私にお任せを!!」
サキは最後の舞を舞った!
みんなの攻撃の威力が十倍になる!
デオムが急いでサキに止めを刺そうとするが、そこに時音の攻撃が舞い込んだ。
私、喋んなかったけど、みんなのこと好きなの。だから、今度もっと喋りたい。みんなともっと、遊んでいたいんだ。だから……!
「邪魔だ!!」
デオムの手刀が時音の首をへし折った――――――
――――――と思えた。
「時空連撃」
時音が叫ぶ。それは時音の、時空を超えての連撃だったのだ。怒涛の連刃の前にデオムも全てを防ぎきれない。そこに穂乃佳が竹刀を振りかぶる。
のんびり屋の私。みんなと一緒にいられてほんとに楽しかった。こんなに色んな人とお話しできると思ってなかったから、今ではちょっとびっくりしてるかな。時音ちゃんとか、美菜ちゃんみたいに、私は強くもなんともないけど、私、本当は頑固で負けず嫌いなの知ってるでしょ? 私が止めを!!
「風翠!!」
穂乃佳の振り払いの一撃が光った。竹刀が限界までしなり、それは円を描くように敵へ向かい、弾けんばかりの快音を鳴り響かせた。それがデオムの胴を捉え、ダメージを与えた。だが、それだけでは倒しきれず、四人に向けてデオムが反撃する。
「死ねぇ!!」
「させるか!!」
その攻撃を受け止めたのはマモルだった。
俺の役目は誰かを守る事。家だけじゃなく。俺の守りたいものは全て守るんだ。お前らも、学校も、家も、俺の部屋も、世界でさえもな!!
「引け!!」
マモルが叫ぶとみのる達が離脱する。それをデオムが見逃すはずも無い。デオムが猛攻を仕掛けるもマモルが完璧に防いでいく。
俺らはみんな影が薄くて、何となく三銃士にまとめられていたが、今は違う。マモルはみんなを守り、カケルは無茶苦茶強くて、俺には、俺には何があるんだって……。だが、俺が、遅れをとる訳には行かないんだ! 俺は魔法もエクスキューショナーも使えなくても、やってやるんだ、俺の出来ることを全部ぶつけるんだ!!
「喰らえ! 俺の必殺技、竹刀突き!!」
アタルの一撃が突き刺さる。
「グハ!」
それで終わるはずも無い。カケルが自身の力を二刀に込める。
俺がエクソシストの家系なの知ってた奴いねぇだろ。だから、俺は合格祈願とか行けねぇけど、みんなの受験が上手く行くことを祈ってるよ。あ、関係ないって? 何言ってんだよ。これで世界が救われんだから、お前ら、ちょっとは勉強しとくんだぜ?
「世界を終わらせるなんて、あんたもとんでも無いこと考えたな。これで魂をあの世に返してやるよ!」
「二頭劉閃!!」
カケルの竹刀が青く輝き、滝の轟流の如き勢いでデオムに叩きつけられた。デオムは地面に叩きつけられたが、すぐに向き直り、カケルに反撃を仕掛ける。カケルは殴り飛ばされ、マモルは蹴り飛ばされ、アタルは吹き飛ばされた。
「今だ!!」
アタルが叫んだ。三銃士が飛ばされるのは布石。彼らの視線の先には美菜とデゥエスの姿があった。
みんなと違うなってずっと思ってた。だけど、みんなはそんな事気にしてなかった。私人間じゃなかったから、あんなに家族が惜しいんだって思ってた。でも、家族が居ないと寂しいのってみんな一緒だよね。みんなに、私はずっと支えられてたんだ。きっとこれからは、私がみんなを……!
「あんた達! ちゃんと受け身を取りなさいよ!!」
ひどいことをした。美菜にも、時音にも、穂乃佳にも、だけど、みんなはそれすら許して、もうずっと過去の話みたい。私がみんなにしたこと、して貰ったこと、比べものにならないよね。今度は、私がみんなを守る番……!!
「さっさと決めるわよ!!」
美菜の剣から獄炎の輝きが、デゥエスの拳から闇黒の殺気が溢れだす。二人は同時に振り上げ、息を合わせて振り下げる。
――――――暗黒断龍刃波――――――
その瞬間、暗黒の衝撃波が一直線にデオムに向かう。かわすべきタイミングは逃したデオムは全力でそれを受け止めるしかなかった。
「この僕が、負けるはずは無いんだァ!!」
デオムは二人の大技をジリジリ押し返す。動けないデオムの背後にファテゥが現れる。
「貴様ァ!!」
デオムが執念でねばる。それを見下し、ファテゥが掌を向ける。
君たちには結局世話をかけたな。後始末は俺に任せて貰おうか。
「消えろ」
そこから地獄の大火が煙をも飲み込む勢いでデオムに迫る。彼の目前でそれは漆黒の業火に代わり、二つの暗黒の爆発の中で悲鳴を上げた。
暗黒の炎と断龍の刃がデオムに大打撃を与えるが、彼は力を解き放ち、先ずファテゥに光線を放つ。
ファテゥはそれをかわさずにその身に受け、舞台の向こうへ飛ばされる。すかさず、デオムは美菜とデゥエスに襲い掛かる。
「させるかよ!!」「あなたには!!」
ほうきの柄と光の刃がデオムの行く手を阻む。それは龍人であって、優燈であって優燈ではない声。龍人は黄金の大地と虹色の龍の息吹を纏い、優燈の青白く輝く翼と髪がなびかせる。優燈は白衣の衣装に翼ははためかせ、龍人と共に漆黒の堕天使の前に立ちはだかる。
「貴様らァ!!」
「デオム、それしか言えないのですか?」
二人とデオムの間では風が逃げまどっていた。優燈は静かに目を閉じ、呼吸を整える。彼女の脳裏には今までの仲間たちとの思い出が蘇って来る。その中でずっと気掛りに思っていた、ありもしないはずの忘れ物の様な感覚があった。
「あなたをずっと追っていたんですね。毎日が楽しくて忘れていました。大切な何かを思い出すなんて、わくわくしてたのに、最悪の気分です。ただ、あなたのおかげで、こうしてみんなに会うことが出来ました。それだけ、感謝したいと思います。ありがとう。」
ずっと気掛りに思ってきた、ありもしないはずの忘れ物の様な感覚。ようやく、それがなにか彼女にも分かったのだ。ただ、その忘れ物を拾った後は、自分はどうなってしまうのか。いや、すでに自分は自分ではないのではないか。
優燈は龍人にその手に持つ光剣を渡した。彼女は龍人にいつものような笑みを浮かべる。
「龍人さん。この剣には、私の光の魔法が込められています。この光剣に龍人さんの大地と龍の力を込めて、デオムを、切って下さい……」
「どうした?」
龍人は彼女から確かに光剣を受け取った。それでも優燈は、表情や仕草にはほとんど表していなかったが、沈んでいくような哀しみを感じていた。龍人には少し分かった。
「俺は、気にしてない。」
「え?」
驚いたように、優燈はくるっと隣に振り向いて聞き返す。龍人はそんな優燈を見て笑っていた。
「お前はいつでもお前なんだ。髪の色とか、目の色とか、言葉遣いとか、変なことしなくなったりしても、本当に優しくて、いつも側にいてくれるような感じ。優燈が、優燈だったら、優燈なんだ。」
「龍人さん……。」
「自分に自信を持てよ。お前は消えたりしない。」
龍人は剣を手に、一歩前に歩み出る。
「俺が、俺たちが消えさせねぇ。」
龍人がその大地の力を剣に込める。そこにデオムが両翼を広げ襲い掛かる。
「貴様を殺すんだァ!!」
龍人は冷静にかわし、一撃、炎の力を込めた。その一撃がデオムを弾き飛ばしてしまう。
「優燈、お前が天使だろうとなんだろうと、お前は俺の……」
「ギエェェイ!!」
デオムが飛び込んでくる。龍人は稲妻の如き速さで無数の攻撃を避け、風の力で押し返す。デオムは自分の攻撃を反射されてその身に受けた。
「お前は俺の……!」
「……ケス」
デオムが龍人に向かい合う。もはやデオムには自分の計画などどうでもいいのだ。今目の前にいる、自分の全てを否定してくる全てを消し去る事だけを考えていた。堕天した所以。神からの宣告。そんなことは毛頭どうでもよくなった。眼前の障壁を、龍人を、消し去る事だけを考えた。デオムは自らの命をその掌に移す。
「消す。けす。ケス。」
その掌を龍人に向ける。
「消す。けす。ケス。」
「しまった!」
「逃げろ優燈!!」
砕け散る防御陣。そこから放たれるのは殺意。全てを失った者の恨みだった。堕天しても未だに目映い、白光の巨大な魔法のエネルギー波が、龍人を消し去るように飲み込んでいく。龍人の世界だけを消し去るように飲み込んでしまう。龍人は大切なものを背に、かわすことなく光剣で必死に受け止めている。
「龍人!!」
みんなが叫んだ。龍人はまだ生きている。だが、すでに絶望的な状況だった。周囲を殺意の光が取り巻き、彼の持つ光剣には徐々に罅が入っていった。
「ケスケスケスケスケスケスケスケス!!!!!!!!!」
俺は今、何をしているんだ。どうしてこうなったんだ?
不意に湧き上がる疑問。それが力を鈍らせる。悪魔のような囁きと、彼への限りない憎悪。あまりに執拗な攻撃に、彼は一人苦しんでいた。
もしもこの手を離してしまったなら、その考えが脳裏を過った時、誰かの声が聞こえてきた。
龍人、あきらめないでよ、何考えてるのよ。教えてよ!!
龍人くん、もう優燈ちゃんを泣かせないで!!
ああ、分かってるって
なにも分かって無いよ。龍人くんの言葉、ずっと待ってるんだ!
龍人さん、一言でいいんです!
ったく、こんな時に
龍人、お前は一人で何でもできるわけじゃない!
そうだ、俺たちみたいにどっかでかたまってんだ!
人を守るのは、一人ではだめだ。
なんだよお前らまで!!
龍人、あんた、今まで一人で戦ってきたわけじゃないでしょ?
君は勘違いをしている。この思いは、我々だけのものではない。
勘違いだと? 何がだよ!!
「クソ!!」
龍人は一人孤独な戦いをしていた。視界を全て光に覆われて、彼は今何を止めているのか、誰と話しているのか分からなくなった。決めたはずの覚悟。この窮地にそれが揺らいだのか。いや、何を覚悟したかを見失ってしまったのだ。覚悟はある。では、その覚悟とは何だったのか。仲間が必死に語り掛けて来る。龍人は振り払うように首を振った。だが、消えることは無かった。龍人の中には、常に仲間と共にある。
「!!」
その時龍人は気付いた。この思いは、自分だけのものではない。
この思いは、誰かと共有しているものだ。
確かな覚悟の中に孤独を思うのは、自らにしか注意できなくなるから。
この苦境に立っているのは自分だけではないのだ。
多くの仲間が自分と同じように必死にもがいているのだ。
自らと同じ思いを共有しているなら、彼らも苦しいに決まっているのだ。
そして、この思いの弾けんとしているのは、誰もが同じなのだ。
そうだ、まだ、伝えていなかった。
「優燈、聞こえるか?」
龍人は優燈に語り掛けた。空気の振動などこの状況で頼りにはならない。彼は自らの心に語り掛けた。それが、優燈に伝える唯一の方法だった。だから、案の定返答はない。それでも龍人は続ける。
「優燈はいつも笑ってた。どんなに苦しくて悲しい時があっても。」
デオムが発狂し、さらに光が強くなる。光剣はじりじりと音をたてだす。
「お前はいつも俺の側にいた。俺がどんな時だろうとお構いなしにやって来て、機嫌が悪いからって追っ払ったって、すぐにひょっこり顔を出しやがる。」
龍人は光剣の柄をしっかりと握りしめ、前へ前へと押し返す。
「俺が苦しい時も、辛い時も、悲しい時も、
どんな時でも、お前は側にいてくれた。」
引きちぎれそうな光剣を盾に、龍人は一歩踏み出した。
「俺は、お前が苦しい時に助けてやれたか? お前が辛い時に励ましてやれたか? 悲しい時にはその涙を最後まで拭いてやれたか? 俺は、どんな時でもお前の側にいてやれたか? 俺は、自信が無い。だから、口先だけになるんだろうけど、優燈――」
光がさらに激しくなる。ほとんど目は開けられない。それでもさらに一歩進む。光の流れが龍人の体をかすめていく。それが刃になって、彼の体のあちこちを切りつけていく。それでも彼は一歩ずつ、前に進む。
「俺は何も失わねぇ! この世界も! この町も! この学校も!ここの生徒も! 仲間たちも! 俺が全てを守るんだ!! それが優燈! お前を守るって事なんだ!! お前は俺の――――――」
龍人がその剣に力を込める。黄金の刀身が白金色に儚く輝く。それは光の中にあっても輝き続けていた。白昼の月の様に、見える者には見えるのだ。確かにそこにあり、彼を支えていた。龍人は全身に力を込めた。
――――――全てだったんだ!!――――――
その叫びが渾身の一撃に更なる切れを与えた。龍人の振り上げた剣が、一層の光を放ち、天空を切り裂くような高音と共に、デオムの全てを消し飛ばした!
「ひ!!」
デオムはすかさず二度目を発射した。しかし、龍人は怖気ず構える。
「お前が居たから俺が居たんだ!!」
龍人の一喝と共に、彼の振り抜く剣の軌道。その一閃が、それが残像となって、ようやく、それが敵を捕らえていることが分かったのだ。デオムは吹き飛んでしまう。もう力の残されていない体で、最後にこう言って。
「全て、か……。」
彼の言葉の中に光は消え失せていく。この世界はまた何事も無いように、赤黒い空間に龍人を戻していった。光の中で閉じ切った瞳孔がゆっくり開き始める。僅かに見えたのは、手にしていた光剣が力を失って粒子になっていくこと。龍人はゆらりとしたが、何とか堪え、その舞台上に一人立っていた。
「手こずらせやがって……!!」
龍人は上がりきった呼吸を整えることなく、舞台上に立ち尽くした。
「龍人ー!!」
みんなが彼に駆け寄っていき、特に……。
「りゅうとさん~~!!」
案の定龍人に抱き付く影があった。それは言うまでもなく。
「ったく、相変わらずだな。」「だって、だってだって! あんな素敵なお言葉を頂いたら例え天使であっても一コロですよ! ぎゅー!」「い、いたいって!」「これからもずーっと一緒ですよ!!」「いやそういうことじゃなくて……。」
「ほんとにお熱いんだから!」「これは筆が進みそうー!」「わーい!!」「ぴょーん!!」「だから」「俺たちの前で」「イチャイチャすんなと言いたいが」「今日は仕方ないってわけね!」「そういう事らしいね。」「知らなかったな。」
「さて、帰るか……。」
疲れ切った顔から笑みが零れる。だが、その時、不穏な空気を龍人が感じた。それはたちまち大きくなり、地響きになった。
「く、今度はなんだよ……!!」
音をたて、赤黒かった壁や天井が崩れ始めたのだ。罅から覗くのは真白の光。それがだんだん近づいていく。希望の光ではなく、絶望の光だった。
「デオムが何かを!?」
デゥエスの言葉をファテゥが否定する。
「いや、違う。奴のせいではない。」
ファテゥは気付いたのだった。そして優燈に言った。
「天使よ、今すぐに君たちの世界への扉を開け!」
優燈はすぐにそうした。彼女も何が起こっているのか分かっていたのだ。そして彼女は落ち着いて言う。
「皆さん。すぐにここから出て下さい。」
「何でだよ……!」
「デオムがこの世界の主催者だった。私たちはそれを無理やり奪い返したのですが、不完全だったようです。この世界が、二つの世界に挟まれて、消滅します。」
「なんだよそれ!!」「おい、みんなはやく脱出するぞ!!」「送れんなよ!」
三銃士が先導し、彼らは開いた扉へと向かう。ただ、一人足を止めた。
「俺も、ここに残る……。」
その一言にみんなが立ち止まる。
「どういう意味ですか?」
「お前らだけ、置き去りになんてできねぇから」
龍人は振り返って、優燈に近付く。優燈は彼に笑顔を浮かべた。
「大丈夫です。私たちもあなたたちが行った後に……」
「嘘つくんじゃねぇよ……!!」
龍人はかすれた声で怒鳴った。その眦は赤くなってきている。
「俺が、力になる」
龍人はそう叫んで優燈を見つめた。優燈は笑顔を、さも涼し気に、浮かべていた。龍人が何と言おうと優燈の決意は変わらないのだ。
分かっている。分かっているにも関わらず龍人は決してその場を離れようとはしなかった。優燈は、これが最後の手段と、悲し気な笑顔を浮かべた。
「大丈夫ですよ。だって私、龍人さんの事なんて……。」
「!!」
優燈の声を遮ってファテゥが龍人を殴った。その光景に誰もが言葉を失った。龍人は地面に倒れた。ファテゥはそれの胸倉を掴み怒鳴りつけた。
「うぬぼれるんじゃない。君の力など所詮は人間のものなんだ。元魔王と天使の中で、それでどうなるというのだ。我々の邪魔になるだけだ。」
「何だよ……!!」
「さあ、分かったんなら行け! 恨むんなら己の力の無さを恨め!」
ぱっと放された龍人は地面に転がる。すぐにふらつきながらも立ち上がり、うつむいていた。そして優燈に言った。
「どうすればいいんだ……」
「この馬鹿……」
「ファテゥさん! もういいです。」
優燈が叫んだ。彼女は歯を食いしばって涙を堪える。それでも堰を切って溢れ出ていってしまう。優燈は手の甲で涙を拭いて、その顔を龍人に向けた。
「龍人、ずっと好きだよ。だから、一緒に帰ろう?」
優燈はそう言って、涙の流れるまま優し気な笑みを浮かべた。龍人も顔を上げる。その瞳はしっかりと優燈を見ていた。彼の心の中にはいつもその声があった。
「優燈!!」
世界の崩壊は進んでいく。大人しかった光がこの世界の地平線に向けて渦を巻き始める。赤黒い空を吸い込むように巻き込んでいき、光と闇の狭間に十二人の影があった。その中で、少年と少女は向き合う。少女はその翼を広げ、そして言った。
ありがとう、今まで
少年は全てに気が付いて目を見開いて叫んだ。たった一言。少年は全てを拒むように手を伸ばし、少女に触れようとした。どれだけ急いても、流れる時間は同じなのだ。少年が手を伸ばした先、それは、少女の笑顔。
それは、全てを包み込む目も開けられないような光。
それは、消えていってしまう少女の涼しい笑顔。
それは、涙を流して、微笑んでいた。
そしてそれは、消えていく。時空の果ての、今は在りもしない世界の果てで。誰にも知られずひっそりと、消えていった。
少年の手は、優しい風に触れていた。
暗い紺色の空を、朝焼け前の紫のリボンがくるりととぐろを巻いて。雨の降った後のまろやかな空気が、十人の帰りを祝福している。
今いる世界と、今までいた世界を繋ぐ扉は、円を描き渦巻きながら、その中心へと収束していく。まばゆい光を放ちながら、小さく、小さくなっていく。天へと上るようにも見える。
小さな点となって、それは明けの明星の彼方に消えていった。
十人の影が学校の校庭に立ち尽くす。誰も、何も言わなかった。そこには沈黙だけがあった。彼らは大切なものを失くしたのだから。
「でも、それでも」
その頬に一筋、水滴が伝う。
「待ってる、からさ」
口に入ると塩辛くて、だけど、彼は背を向けた。
逃げるわけでもなく、一人になる訳でもない。彼は何も失わずにして、全てを失った。果たしてそれが何になると言えようか。少年の後を一人、また一人と追っていく。
少年は、最後に呟く。
「ずっと、いつまでも」
朝焼けの空にこだまして、小さな叫びはどこまでも。
その叫びが、恐らく世界を救ったのだ。




