九 破滅の執行者
「後はお願い。……カケル!!」
舞台上には、二人の少女を背に佇む、カケルの姿があった。
「カケル君!?」「カケルぅー!」「か、カケルのやつ!!」
「オイ、かっこいいっじゃねぇっかー!!」
「みんなと居ると心臓に悪いよ!」「はーいぃ!」
「さすが、みんなの幸運が上がったからね!」
「いいとこ持っていきやがって!」
龍人たちは安堵の表情をしていた。だが、この窮地が終わったわけではない。
「まだ、魔法壁が壊れてねぇな。」
龍人は魔法壁に一発お見舞いした。それにみのるも同意する。
「確かにそうだね。」
「でも、選手交代したみたい。『身代わり』はカケル君だよ?」
優燈が言うとみのるはうなずいた。
「カケル君の力じゃ、きっと……。」「だな。」「だな!」
「ちょっとアタル君?」「マモル君?」
穂乃佳と時音が切れ気味に名前を呼びあげる。アタルとマモルは静かになった。
「ま、どうにかなるだろ。」
龍人は魔法壁を蹴った。
「そういう訳で、気軽に眺めてな。」
カケルは竹刀を取り出し、構えた。悪魔が唸りとともに起き上がる。
「……またしても邪魔が!!」
「申し訳ねぇな。ちょっといろいろあったもんでね。」
悪魔を前に、カケルはやけに落ち着いていた。
『破滅』の効果が切れたとはいえ、悪魔の威圧感が全く消えたわけでは無かった。美菜は、今でも足が震えている。
「ダメだ。震えが止まらない。」
美菜は深呼吸しながら自分の足を擦る。先程までの闘争心はどこへ行ってしまったのか。
「無理に修羅の力を使うからよ。これに懲りたら暫くは封印するか、毎日練習する事ね。」
デゥエスは美菜の肩を叩いて恐怖心を少しでも落ち着かせようとしていた。その最中、悪魔が声を上げる。
「貴様も『破滅』の執行者が始末してやろう。」
悪魔は突如として攻撃を仕掛けてきた。だが、カケルは竹刀でそれを簡単に弾いてしまう。
「それより、早くこの壁消せよ。」
「知るかァ!!」
悪魔は次々に殴りかかるが、カケルは全て防ぎきってしまう。そして竹刀で悪魔を振り払った。
「ぐは!!」
「俺の話聞いてないだろ。もう一回言うぞ? この壁を消せ。」
悪魔は立ち上がり、再び攻撃を仕掛ける。それもカケルは防いで、竹刀で弾き飛ばす。
「分かって無いようだから説明してやろうか? どうしてお前が俺に勝てないのか?」
「誰が勝てないなど……!!」
悪魔が言おうとした時、カケルの竹刀はすでに悪魔の喉元にあった。悪魔は声を失った。大人しくなった悪魔にカケルは説明してやる。
「まず一つ目だ。お前に『破滅』の力はついていない。どうしてかって? 簡単さ。俺はそんなもん聞いてないからな。うそじゃないぜ? さっき来たばっかだしな。」
「そうだね……。」
デゥエスはちょっと申し訳なさそうに言った。
「それから、前の試合は終わってんだ。だからデゥエスたちへの『破滅』も執行されなくなったのさ。」
そのカケルの説明。ルールを熟知したものになら分かるが、初心者向けではない。これは説明されることの無い、所謂隠しルールの一つ。『破滅』の執行は一試合を中断して行われているのだ。
図示してみます。
「
敗者決定 → → 身代わり決定 → 試合続行
」
通常は上記をスムーズに行います。
しかし、何らかの妨害があった場合は下記。
「
敗者決定 → 『破滅』執行 → 身代わり決定 → 試合続行
」
つまり、身代わりが決まってしまうと『破滅』が不執行となります。
おわかりいただけましたでしょうか?
図心が無くて申し訳ございません。
「つまりそう言うこった。まあ、これがなくてもあんたは俺に勝つ自信があるみたいだけど、勝てない理由が二つ目。俺はな、生まれた家系がエクソシストだったんだ。」
「何!?」
悪魔は表情を歪めた。それが本当なら、勝てるはずも無かった。
「そんな話聞いてないわよ!?」
美菜が驚いたように言った。
「俺だってお前にそんな力があるなんて知らなかったぜ?」
「確かに。」
「秘密なんて誰にでもあるもんさ。さて、まだあるけど、早いとこ壁を消してくんねぇかな?」
カケルは威嚇するように睨みつけた。すると悪魔は、すぐに魔法壁を消した。
「あ、消えたー!!」「コク!!」「ホントだ!!」「これで!」
「みんな!!」
美菜は走ってみんなの元へ、デゥエスはゆっくり降りてきた。
「美菜ちゃーん!!」「きゃっ!!」
優燈と穂乃佳が喜んで飛びかかった!
美菜は二人を同時に抱えてよろめいた。
「ちょっと、二人とも!!」「良かったー!!」「無事で!!」
穂乃佳は泣きついた。優燈は笑っていた。美菜もほっとして眦を赤くして涙を浮かべていた。
「時音は?」「うーん。」
時音は腕を組んで考え込んでいたが、美菜の元へ行った。
「時音。心配かけてごめんね。」
美菜は優しく時音の頭を撫でた。時音は潤んだ瞳で美菜を見つめていた。
「ぐすっ……。」
やがて涙を堪えきれなくなった。
みんなが駆け寄って時音の心配をした。時音の女子からの絶大な人気とは如何なるものか。世の中には三銃士のように報われないものの方が多くいるというのに。
「……なぁ。」「なんだ?」「女子はきゃぴきゃぴしてるよな。」
「そうだな。」「あいつらは仲良さそうだな。」「いや……。」
アタルとマモルは良く観察した。
時音とサキのギスギス感。優燈と美菜の微妙な距離感……。
「みんながみんなって訳でも」「なさそうだな。」
二人はため息をついて、みのるを見た。みのるはずっと観戦している。
「あいつを賭けて時音とサキが。そして」
二人は龍人の方を向いた。龍人は座り込んで美菜たちの事を眺めてた。
「あいつを賭けて優燈と美菜が……。だけど、俺らにも希望はあるさ。」
二人はデゥエスの方を向いた。デゥエスはじっとカケルの事を見つめていた。
「カケルにも春は来るのかな?」「さあな。まあ、たとえ春が来ても、三銃士の友情は消えはしないさ!」「そうだな。」
二人は視線を舞台上に戻した。舞台ではカケルが何とも平和な仲間たちを眺めていた。
「みんな窮地の時だけ集まりやがって。ま、俺が勝つって自信持ってるからなんだろうけど。」
カケルはため息をついて頭を掻いていた。ふと、悪魔の方に目をやると、その姿が消えていた。
「ったく。どいつもこいつも……。」
カケルがその場をひょいっと離れると、上から悪魔が攻撃してきた。元居た場所なら直撃していただろう。悪魔は砂塵を巻き上げ、そしてカケルに襲い掛かる。カケルは難無く攻撃を防ぎ、悪魔に反撃する。
「ただ、普通に攻撃しててもな。」
カケルは気付いていた。悪魔には普通の攻撃では通用しないと。そこでカケルはあるものを使う。
「お前が俺に勝てない理由。あと二つ、教えてやるよ。」
「今更何を……!」
「まあ、そう言わずに。」
カケルが取り出したのは普通よりも随分と短い竹刀だった。それは二刀流の証。
「カケル……!!」
それに気付いたのは美菜だけではない。みんなが、カケルに視線をやる。
「カケルが、本気だ……。」「あのカケルがか……。」
相方の三銃士たちも驚いていた。滅多に使わないらしい。
「勝てない理由其の二。俺はホントは二刀流。そしてこの二つが揃った時、悪魔にダメージを与えれるようになる。悪魔払いの道具ってやつだな。」
「ならそれまでに殺すまで!!」
悪魔が襲い掛かる。カケルは二つの竹刀を見事に使い、かわし、受け流し、防いでいた。それも話す余裕を残しながら。
「話は少し逸れるが、仲間が随分とお世話になったようだな。」
カケルは長い方の竹刀で悪魔を両断した。
「くくく、この程度では死なんぞ?」
悪魔は二つに切れた部位を再生し、間髪入れずに攻めかかる。
「みんな思うことがあったろう。苦しかったろう。自分の無力さになげいただろう。意地で戦い続けただろう。誰かを守るために剣を振るっただろう。良かったのは、直接傷ついたのが、俺の部活仲間だったことかな。」
カケルは涼しい顔をしながら、横に両断し、縦にも両断した。
「ゲハッ!!」
四分割された悪魔は再び結合し、一つとなった。
「貴様ァ!!」
悪魔は怒りのままその手で、その足で、その翼で絶え間なく攻撃してくる。カケルは欠伸しながらそれらをかわしていく。
「悪魔よ。俺は魂の救済なんてしないぞ? 俺は俺の事で手一杯だからな。俺はな、今自分を制御するだけで大変な思いをしてんだよ。苦しみに耐えた仲間たちの、側に入れなかって事が、こんなにも悔しいなんてな。」
両手の竹刀を振り下ろす。その風圧だけで、悪魔が吹き飛ぶ。
「ギアァ!!」
「でもよ、今こうして、みんなが無事でいられるのは、運命のおかげじゃねぇかって思っちまうんだよ。俺はこないだ、そんなもん鼻で笑っちまったけどよ。だが、今は違う。今は……!」
カケルの振り上げる竹刀が衝撃波を放ち、悪魔目掛けて飛んでいく、悪魔は何とかかわしたが、その威力に驚きを隠せずにいた。
「運命ってやつは案外悪いもんでもねぇなって思う。運命を味方につけて、それが無理なら俺は最後まで抗ってやるぜ!?」
「何を言ってる!? 運命は初めから決まっているのだ!! 貴様なんぞにどうこうできるものではないのだぞ!!」
デオムが叫ぶ。それが衝撃波となり、全てのものを吹き飛ばそうとした。カケルは竹刀でそれを薙ぎ払い、デオムと向かい合った。
カケルは二刀を構え、デオムを見据えた。
「言っただろ。変えはせず抗うのだと。」
デオムは奇声を上げて、カケルに食らいつく。
「俺たちは最後まで抗うぜ。どんな運命にだってな。」
その時、カケルの体から、禍々しい紫のオーラが溢れだした!!
「なに!?」
その驚きが、悪魔の最後の言葉となった。次の瞬間には悪魔の体は断裂され、その背後には両刀を振り抜くカケルの姿があった。
カケルは両刀をしまい。細切れになった悪魔の方へ向き直った。
「勝てない理由。一個言い忘れてたな。
それは、俺が『破滅』の『執行者』だからだ。」
彼はそこまで話すと舞台端に向かって行った。
「自分の魔法壁があだとなったな。この試合もすでに終わってたんだ。魔法壁が試合の妨害をしてたから俺に『破滅』の効果がついて、そしてこの様さ。あんたは身代わりを呼ぶこと無く、ここで死ぬんだ。」
悪魔は自らの腕を伸ばし、再生しようとしたが、もはや手遅れだった。最後の悪あがきのように、黒い肉片が蠢く。
「悪いがさっきも言った通り救済なんてできないぜ。俺は偽もんのエクソシストだからな。悪魔祓いも楽じゃないぜ。」
カケルが舞台を降りる頃、悪魔の体は黒い煙のように消え去ってしまったのだった。
「ま、そんなわけで、俺が勝とうが負けようがみんなは『再臨』してたってわけさ。」
「カケルー!!」「カケルー!!」「カケルー!!」
三人娘が集まって来た。
「こんな歓迎今まで受けたこと無いぞ?」
カケルは頭を掻けながら照れくさそうに言った。そこに、
「カケルー!!」「カケルー!!」「カケルー!!」
と、三銃士の二人と優燈がやって来た。
「お前ら、三人娘の真似をするなよ。」
カケルはため息をつきながら呆れていった。
「すごいです!」「まさか、カケル君に助けられるとはね。」
「サキとみのるか、俺の名前覚えててくれたんだな。それだけで感激だぜ。」
その後。
「あんた、やるじゃん!」
デゥエスは笑みを浮かべていた。カケルは頭を掻いて。
「まぁな。」
と、照れていた。横から口笛を吹いてくる奴らがいる。
「ヒューヒュー!!」「あついね!!」
「お前らな……。」
こうして、仲間たちは英雄の帰還を喜びに喜んだ。今まで歯が立たなかったデオムを倒したのだから。
これで『再臨』し、『敗者』が次の試合に臨む。そしてその試合で全てを決するため、この時のためにずっと温存していたのだ。一人戦えず、悔しい思いをしてきたのだ。仲間が意地でも相手に譲ろうとしなかった気持ちを、この戦いを乗り越えてきたみんなの苦痛を、決して無駄にしないために、次の試合は必ず勝たなければならない。
思いを胸に、カケルは龍人の前に立つ。彼は龍人の肩を叩いた。
「次は、あんたの番だ。頼んだぜ、リーダー……!!」
「ああ。」
優燈が前に歩み出す。
「龍人。」
そして彼女は彼に抱き付いた。
「っておい!」
龍人は恥ずかしくなってもがいたが、優燈は離そうとしない。
「龍人、帰って来てね。」
「ああ、分かったって!!」
「そんなんじゃ嫌だ。」
優燈はじっとして動かない。龍人ももがくのをやめて優燈の頭をクシャクシャと撫でて
「帰って来るから……。絶対な!!」
龍人は強く笑顔でそう言った。優燈は顔を見上げた。彼女は潤んだ瞳で龍人見ていた。
「そんな悲しそうな顔すんなよ! ほら!!」
優しくそう言って、龍人は優燈の頭をポンポン撫でた。優燈は頬を膨らませたが、吹き出して笑い出した。
「青春だなぁ。」「いいなぁ。」「ぽわぁん……。」
「羨ましいぜ……。」「暑いのによくやるぜ……。」「カケルのキャラが……!!」
「よろしです! 写真写真!!」「え、空久保さんそのカメラはどこから出してきたの!?」
「私の前で見せつけてくれるわねぇ……。」「まあまあ押さえて押さえて!!」
「うふふ。ははは。ひひひ!!!」
優燈は可笑しくなって変な笑いを浮かべだした。龍人は深呼吸して、優燈を引っぺがした。
「ええ~!! なんで~!!」
優燈は風船のように膨らんで拗ねた。龍人はそれを見て吹き出した。
「なんで笑うのさ!!」
「そっちの方が可愛いぜ」
龍人はそう言って笑いながら舞台へと歩き出す。
「もう。ずるいんだから……。」
優燈は彼の背中を見つめ、そう零して赤らんだ。
じゃ、行ってくるぜ
龍人は仲間に背を向け、片手で手を振った。
「頑張ってね!」「がんばれー!!」「ガンバレー!」
「頼んだぜ!」「リーダーさんよ!!」「決めてくれ!!」
「よろしくです!!」
「龍人、君になら、いや君にしか任せられないんだ。この一戦、思う存分戦ってくれ!! それがみんなの思いさ。」
「龍人、これ終わったらご飯食べにいこーね!!」
「ったく、お前ら……。」
彼は舞台に上がる。そこにはすでにファテゥの姿があった。
「悪いが、手加減は出来ないぞ。」
「ああ、そのつもりさ。」
両者は向かい合い、そして構える。
「ひとつ言っておこう。運命は変えられない。それは必然的であり、起こらない道理等皆無だからだ。人はその力の前には無力同然だ。だが――――――」
「!!」
「運命を乗り越えろ……。
……それが人間に許された、唯一の道なのだ。」




