八 悪魔の復讐
やったか!?
……だが、そこに居たのは、明らかに常軌を逸した者。
漆黒の翼に身を包んだ、この世界からかけ離れた者。
「……調子に乗りすぎたわね。」
美菜は冷静に剣を構えた。
真紅の炎から現れたのは、悪魔だった。
彼は気怠そうに、上半身を脱力しているように歩いてくる。
「まさか、この姿になろうとはな。」
それは以前のデオムとは明らかに違う別の何かだった。炎を背に、彼は足を止める。
「貴様の強さは良く分かった。」
悪魔の威圧感は増すばかり、龍人たちは優燈の作った防御陣の上でじっとその様子を見ていることしか出来なかった。悪魔は顔をゆっくり上げる。
「始めから、全力だ。」
悪魔が顔を上げた。
「!?」
それと同時に美菜へ悪魔の腕が飛んできたように伸ばされる。
「っく!?」
美菜は何とか目前でそれを防いだ。もはや速いかどうかの問題ですらない。この場にいる誰にも、デオムの動きが見えていなかったのだから。
「次はどうかな。」
悪魔はその腕を一旦引いた。と思えば、次は無数に思える腕が、乱打が美菜を襲った!
美菜は必死でそれを防いでいく。巻き上がる煙で、どこでどう戦っているのかさえ分からない。ただ、美菜が窮地なのは分かった。
「キャ!!」
「あ!」
美菜は悪魔の翼に打ち付けられ、舞台の端まで飛ばされた。
「さすがは修羅族の末裔。普通なら死んでいた。」
悪魔は悠々としている。美菜は悔しさにうつむき、黙り込んで歯を食いしばっていた。
「だが、そろそろ限界か?」
悪魔は笑い、美菜に近寄っていく。一歩、また一歩と。美菜は後ずさて行くが、すぐに舞台の端に追いやられた。
「覚えているぞ。俺はさっきもこうしていたんだったな。」
人差し指で美菜を差す。彼は、美菜を殺すつもりだ。
「おい! 美菜、無理なら交代しろ!!」
交代して何になるのか。アタルは咄嗟にそう叫んだのだった。だが、美菜は始めからそのつもりなどなかったらしい。彼女は目を閉じて、呟いた。
「優燈ちゃん、後はよろしく……。」
「え……?」
優燈は気付いたのだ。その言葉の意味が何なのか。
美菜は目を閉じ、頭の中を空っぽにする。
「あいつ、まさか!?」
美菜と悪魔の様子にデゥエスが気付く。デゥエスが優燈に向かって言った。
「早く、この防御陣を解きなさい!!」
「でも!!」
優燈が渋るとデゥエスは、カッとなり叫んだ。
「ならもう一回作り直すのね!!」
デゥエスは地を蹴り勢いづけて、防御陣に強烈な蹴りを。それは防御陣に突き刺さり、音を立てながら崩れていった。
「おいてめぇ!!」
龍人が怒鳴るも、デゥエスは速攻で舞台の上へ。
「さよなら。みんな……!!」
美菜の最後の言葉を聞いて、悪魔は言った。
「若輩の死だ。せめて静かに終わらせてやろう。」
彼はその指に魔力を集中させる。それは弾丸のようにして、敵に発射する魔法。
悪魔はそれを美菜の額に近付けていた。その時だ。
「美菜!!」
「貴様!!」
デゥエスは悪魔の顔面に向かって全力の掌底を繰り出した。
「あたしをバカにしたこと後悔しなさい!!」
迅雷が轟くように威力を発揮して、悪魔は吹っ飛ばされた。
「ホント、あんたって子は……。」
「デゥエス……?」
美菜が目を開くと、そこにはデゥエスの姿があった。彼女は美菜を守るように、その背を向けていた。
「気が付いたんなら早いとこ、ここから降りるわよ!」
デゥエスと美菜は急いで舞台から降りようとした。だが、それを魔法壁が阻んだ!
「まさか、あいつもう……。」
「逃がさんぞ……!」
舞台を取り囲むような魔法壁。それは物体の移動を妨げるばかりか、音も、
「ダメだ。魔法も通さないよ!!」
優燈が言った。仲間たちはどうすればいいのか混乱していた。
「どうすれば……。」
みのるは必死に解決策を模索した。
美菜とデゥエスの二人掛かりなら悪魔のデオムでも倒せないことは無いが、それは『破滅』による効果を考察していない。それでは『破滅』に当てはまらないようにするには、思いついた方法は二つ。一つは初めの時にデオムが美菜を逃がしたように、すぐに『身代わり』を呼ぶこと。だが、それを阻む魔法壁。次の二つ目、龍人のように知らなかったと白を切るか。ダメだ。デゥエスは元から知っているはずだし、美菜は龍人みたいに人の話を聞かないなんてできない。他の手段は……。
「クソ!!」
龍人は怒りに任せてその拳を魔法壁に打ち付けた。だが、びくともしない。
「砕いてやる、こんなもん!!」
龍人は殴りまくる。他の仲間たちも悔しさをバネに、悲しみを拳に魔法壁を殴っていた。
「みんな……。」
美菜は悲しそうに魔法壁の外を見つめた。みんなが、必死にこの壁を壊そうとしている。自分が人外だって知っているはずなのに。
「今は何も考えないちゃダメ!! 来る。集中して!!」
「うん……!」
「邪魔はさせんぞ……!! 誰にもなぁ……!!」
悪魔の気配は確かにある。
どこから来るのか、しかし生き残る道は戦うしかないのだ。
「優燈!! サキ!!」
みのるが叫んだ。
「天空の舞を舞うんだ!!」
「はい!!」「はぃ!!」
優燈とサキは天空の舞を舞った!
みんなのHPが少し回復した!!
みんなの疲れが少しとれた!!
「もし運が良ければ……。」
みのるは最後の賭けに出た。
お気付きかもしれないが、天空の舞はHPを小回復、疲労を小回復、そして、ランダムにプラス効果を一つ発動する。それが先程の『???』の隠しルールであってもこちらが不利になるので解除される可能性があったのだ。彼女らはそのためにずっと舞っていた。
今度も、魔法壁解除の効果が得られれば、
脱出か『身代わり』の選択が可能になる。
……少なくとも、美菜は救われるかもしれないのだ。
そしてプラス効果は
『みんなの共通認識!!』
「ダメか……!? いや、まだだ!!」
みのるは諦めない 穂乃佳は胸に思う
「美菜ちゃんにデゥエスちゃん!!
必ず助けるから!! 諦めないで!!」
「私も頑張るから!! いなくならないで!!」
「こんなところで剣道部のマドンナを失ってたまるかよ!!」
「俺は、俺は仲間を守んなきゃなんねぇんだよ!!」
「私にできること、全力で!! 皆様をおたすけしたい!!」
「お腹空いた……!? ふぇ!? が、頑張ろぉ!!」
その時、美菜とデゥエスの心に流れ込んできたのは、
魔法壁の外側の戦いだった。
「仲間って、いいもの。こんな心強いの、初めて。」
「みんな……!!
私、粘るよ。みんなの頑張り、無駄にしないように……!!」
美菜とデゥエスは悪魔の襲撃に備える。
だが、その腕が見えた時、それはすでに二人の眼前だった。
「こんぐらいで諦めてんじゃねぇ!!!」
「諦めてたまるか!!」
美菜は自分の体内の光魔法を全方位に発散させた。それは強烈な閃光となり、悪魔の目を晦ました。悪魔はそれでも、腕を伸ばしてデゥエスを狙う。だが、デゥエスは何とかかわして、悪魔に反撃の拳を浴びせた!
「よし!!」「まだ!!」
デゥエスと美菜は再び集中する。
「これでどうだ!!」
優燈とサキが天空の舞を舞った!
みんなのHPが少し回復した!!
みんなの疲れが少しとれた!
特に何も起こらなかった!!!
「こんな時に何も起こらなかったのかよ!!」
「もう一回!!」「はーいぃ!」
優燈とサキは舞に舞っていた。
「これでも喰らえ!!」
龍人は渾身の一発をお見舞いする。
ドシンッ!!
大地に響いたその拳が、魔法陣を傷つけていた。
「このまま殴ってれば……!!」
他の仲間の目にもやる気が満ち溢れる。このまま物理攻撃続けたら、この壁を破壊できると、証明されたのだから。
「壊れろっ!!」
龍人がその一瞬に込めた一撃、それが魔法壁に亀裂を入れる。
「まだだっ!!」
龍人は魔法壁を破ろうと殴り続ける。その想いが仲間に伝わっていく。
同じく殴って壁を破ろうとする者
舞で壁を消そうとする者
生き残ろうとする者
最後の最後まであがこうと決めたのだ。
どんなことがあっても生き抜こうと決めたのだ。
思いが交差し、支え合い、それが強さになる。
その事に今更ながら気が付いた。
「あたしたちも……!!」
デゥエスと美菜が信念を新たにした時、物々しい威圧感に押しつぶされそうになった。
「ぐっ!? これが『破滅』の力……!?」
禍々しい殺気が魔法壁の外に居ても感じられた。
「急げ!!」
龍人が声を張り上げた。みんな決死に魔法壁をこじ開けようとした。
「これで!!」「どうだ!!」
優燈とサキが天空の舞を舞った!
みんなのHPが少し回復した!!
みんなの疲れが少しとれた!!
みんなの運気が最高になった!!
「もう一回!!」「はーいぃ!」
「!!」
最後の舞が、魔法壁を破ろうとした、最後のあがきとなった。
『破滅』の悪魔が襲い掛かる。もはや逃げ場は無く、攻撃を受け止める手段も無かった。美菜は剣を前に出し、最後まで必死にもがくことを決めた。
「後はよろしくね……。」
デゥエスはその前に出て、最後まで美菜を守ると決めたのだった。
「『破滅』の執行だァっ!!」
「デゥエス!!」
全員が同じ空間にいて、同じものを共有できる。それは、時に素晴らしく、時に悲しいものなのかもしれない。
『硝煙斬』
―――――魔法壁を越えて伝わる大地の震動
目が眩むほどの閃光
誰もが目を伏せる絶望を断ち切ったのは―――――
「おいおい。あんたの言ってた悪魔ってのは、こんなやわなのか?」
「あ、あんたは……!?」
「へ。そんな台詞、初めて聞いたな。」
その者は、閃光を前に、二人に背中を見せていた。
「さ、選手交代の時間だ。まさか俺の事、忘れてないだろうな?」
美菜は失笑した。彼女は立ち上がり、彼の名を呼ぶ。
「後はお願い。
……カケル!!」




