午後8時 おやすみ
!?
扉が勢いよく開き、そこに現れたのは!
「あれれ~? お邪魔だったかな?」
なんと優燈だった!!
「おい、てめぇ……って」
優燈じゃねぇか!!?
教室に居たみんなが彼女の元に駆け寄った。
「ゆ、優燈ちゃん!? もう大丈夫なの!?」
美菜と穂乃佳が優燈に抱き付いた。優燈はよろけながらも二人を抱き寄せた。
「ま、元気そうで何より……。デゥエス?」
カケルが気付いた。デゥエスの様子がおかしい。
「大丈夫か?」
カケルが声を掛けるが、デゥエスは反応しない。どうしたのだろうか。
「ねぇ、龍人君呼んで来ようー! 行こう時音ー!」
「コク!」
時音と穂乃佳は龍人を呼ぶため教室を出た。
「二人、逃げたか……。」
デゥエスは呟いた。
「もう大丈夫だよ~!」
優燈を見てはしゃぐ美菜とサキ。安心するみのるとアタルとマモル。
そして、殺気を隠せないデゥエスと、それを心配するカケル。
「あれ? あの子は~?」
優燈が素知らぬ顔でデゥエスの方を見る。美菜はデゥエスの元まで優燈の手を引いた。
「優燈ちゃんも初めて会うのか。この子はさっき仲間になったデゥエスよ。で、こちらが私たちの仲間の優燈ちゃん。」
「よろしくね~!」
優燈は友好的に握手しようとしてくる。
「(思い違いかな)……。」
そう思いデゥエスも手を伸ばそうとする。
「握手~!!」
そして二人の手が触れそうになった時、咄嗟にデゥエスはその手を振り払って間合いを取った。誰も、その一瞬の動作の意図が理解できなかった。
「あれれ~? どうしたの~?」
「く……。」
デゥエスが感じたもの。それはどんなに有能なものでも隠せない、獲物を殺す時の、一瞬の殺気だった。
「え~??」
優燈はデゥエスを前に笑顔でいる。教室の空気が凍りついた。デゥエスの殺気が段違いに上がったからだ。この教室には状況を理解できているものが居ない。デゥエスでさえ、優燈でさえ。
「おいおい。どうしたんだよ喧嘩なんかして。」
そこに現れたのは龍人だった。龍人はその場の空気など気にせず教室に入って来た。
「あ、よう! さっきも会ったな。」
龍人は優燈に向かって気軽な挨拶をした。
「あ、うん!」
優燈は驚いたように返した。
「そういや自己紹介がまだだったな。俺もさっきこの学校に来たんだよ!」
「そうなんだ!」
「俺の名前は龍人。よろしくな!」
それを聞いた瞬間、教室の全員が混乱した。特に美菜は錯乱していた。
(な、何言ってるの龍人……。)
龍人と優燈、今、目の前にいる二人は、明らかにいつもと雰囲気が違う。
龍人は笑顔で歩み寄り、優燈に手を差し出す。
「私は優燈~。よろしくね、龍人君~!」
優燈が差し出された手を握る。龍人はその手を握り返す。少し強く。
「ああ、一緒に頑張ろう……なッ!!」
吐き捨てると同時に、龍人は力一杯優燈の手を握りしめて、その体を引き寄せつつ、自慢の石頭で優燈の頭に強烈な頭突きを繰り出した!!
ごぉおん!!
除夜の鐘のような音が響く。優燈は頭を押さえてこみ涙ぐむ。
「ひどいよっ!! 何するのさ!!」
「うるせぇ。」
龍人は優燈の言葉を一喝する。
「俺はな……。てめぇに、てめぇのやり方に、ムカついてんだ……。」
龍人は頭を抱え込む優燈の元に歩み寄り、襟首を掴んで持ち上げる。
「あがが……。」
優燈は必死に抵抗するが、逃げ出すことは出来ない。
「もう止め……。」
優燈が哀願しようとした時、龍人は叫んだ。
「いつまでその面下げてんだァ!!」
そして優燈は壁に投げ飛ばされた。激突すると、爆音と共に砂煙が上がり、優燈の姿は見えなくなった。
「ちょっと!? 龍人!?」
美菜が龍人を止めにかかった。だが龍人は冷静に美菜に切り返す。
「あいつは、優燈じゃねぇよ。」
「え……?」
突然の言葉で美菜は愕然とする。龍人はじっと、優燈を投げた壁を凝視する。
バシュン!!
砂煙を巻き上げて優燈が突撃してくる。龍人は逃げずに構える。
「このゴミガァ!!」
それはもはや優燈の声ではなかった。敵は龍人に鋭い爪を突き立て、切りつけようとしている。
龍人は素早く敵を蹴り上げる。だが、その蹴りは空を切る。
「バカガ!!」
敵はさらに距離を詰め、その爪を龍人の腹部に
「バカはてめぇの方だ!!」
龍人は怒鳴って振り上げた足を、その敵ごと床に叩きつける。
「ナに!?」
敵は瞬時にかわし、一旦距離を取った。
優燈のような敵は息を荒げ龍人を睨みつける。
「き、きサマァ!! ナぜワカっタ!?」
「分かるさ……。」
普段の龍人とは明らかに違う。怒りに満ちた低い声。その時は少し落ち着いていた。
「てめぇの気持ち悪い話し方とか立ち方とか動き方とか目の動かし方とか、吐き気がするような物まねの下手さ加減でなァ!!」
「言ワせておけバ!!」
敵が再び猛スピードで龍人に迫る。
しかし突然、龍人が火山の噴火するような怒号を上げた。
「てめぇに優燈を真似する権利はねぇんだよッ!!!」
プギャ!!
彼の拳が敵の頬を捉え、壁に弾き飛ばした。だがすぐに敵は立ち上がり龍人に突撃する。
「ゆるサナい!!」
「ボケが!!」
今度は床に叩きつけ、上から踏み潰した。
「ウギャァア!!」
敵がこの世の声とは思えないうめき声をあげる。
「じゃあな。地獄に落ちろよ。」
「へ! 俺の事知ラねぇダろ! 俺ハ普通の人間にハ殺せナい!」
「そうよ……。」
会話に入って来たのはデゥエスだった。
「あんたがデゥエスか。」
デゥエスは、龍人に近付いた。
「初めまして。龍人。」
「ああ、とんだ出会いだな。」
「そうね。」
デゥエスは軽く笑う。そして本題を切り出す。
「こいつを、アヒルをどうするの?」
「なんだ、知り合いか?」
龍人が聞くとデゥエスは首を横に振った。
「敵よ。ここで殺めてもかまわないわ。その手段があればだけど。」
「あるさ。」
龍人はうつむいて足の下敷きになっている敵に視線をやった。
「魔法で殺せばいいんだろ?」
「そ、そうだけど。」
「それなら大丈夫さ。もうすぐ到着する。」
その龍人の一言に、デゥエスと、龍人の足の下敷きになっているアヒルに恐怖が走った。
「あいつがな。」
ヒギェェエエ!!
龍人が口角を上げた瞬間。デオムが奇声を上げて巨大化を始めた!
「こ、こいつ!!」
龍人は力強く踏みつけるが、巨大化は収まらない。
「に、にげる!! 死にタくナいっ!!」
敵は巨大になり、その腕を振り上げ、校舎の外壁に向かって振り下ろす。
「クソ!!」
巨大な敵が教室の壁を突き破ろうとした時だ、青白い光が鎖のように連なって、敵の動きを封じてしまった!
「な、何だよ!?」
教室の全員が驚く。それも無理はない。その教室中に、まばゆい光を放つ、謎の紋章が出現したからだ。
「これって、魔法陣!?」
マモルが興奮している。
「ま、まさか本物を……。」
「マモル!? ちょ、しっかりしろ!!」
倒れたマモルをアタルが受け止めた。どうやら興奮のあまり気を失ったようだ。
「どうなってるの……?」
誰もが言葉を失う。その紋章からは白い雪のような光の玉がゆっくりふわふわと浮き出していた。
「これが、古代詠唱魔法……。」
そう言葉を零したのはデゥエスだった。
「そっか。やっぱりな。」
龍人はため息をついて、教室の出口に目をやった。
「あそこに居るのが術者だ。」
デゥエスは龍人に言われるがまま振り向いて確かめた。そこに居たのは青い髪に青い瞳、白い光を身に纏った……。
ヒヘカ・ミオラ
優燈が手のひらを敵に向けて詠唱する。全てのものをその姿に戻す。古代の究極魔法。
その魔法の効果で、巨大化していたデオムは縮んでいき、黒いカメレオンのような小人になった。さらに優燈は詠唱を続ける。
カーシンセア
「!?」
デゥエスは衝撃のあまり絶句した。その呪文は、悪しきものを全て素なる状態に還す魔法なのだ。
ギ……。
魔物は最後の悲鳴を上げる前に、まばゆい光に包まれて、そのまま光粒子になって、夜の闇へと解けて行った。
「ふぅ……。終わった……。」
一通り方が付くと、優燈は手を降ろして深く呼吸した。
そして、いつもの笑顔に戻る。
「みんな、元気になったよ!!」
優燈は最高の笑顔で教室に入って来た。
「あれー? どしたの?」
優燈が龍人の方を向き、何も言わずに龍人に抱き付いていた。
「ひひひ、龍人は私の……。」
と、そこまで言いかけてひょっこり龍人の顔を下から覗き込む。
「……。」
龍人は困ったように顔を背けていた。
「あ、照れてるー!! かっわいい~!」
「か、かわいいって誰がだよ!! つーか離れろよ!!」
「あれれ~? ホントは嬉しいくせにー?」
「嬉しくなんかねぇって!!」
「いいから離れろよ!!」
「さっきはずーっと一緒って言ったくせに~?」
「いや、あれはほら、その!」
「すっごい照れてる~!! かわい~!!」
「ちょ、やめ、止めてって!!」
「っぷす!! あはは!!」
「は!? なんでお前が笑うんだよ!!」
誰よりも早く笑い出したのはデゥエスだった。まぁ、彼女が一番近くに居たんだし。
「く、ダメ……。こらえられない……!! あはははは!!」
次に笑い出したのは美菜だった。
「クスクス!」「ふふふ!」「ははは!!」
「てめぇ」「よくも」「俺たちの前で」
「は、皆さんが笑っている!!」
そして空久保さんは真・喜びの舞を舞う!
みんなのHPが全回復した!!
「て、あれ、何か体が軽くなったぞ!?」
「はーいぃ! これも私サキの舞踊の効果でご砂利馬する!!」
「すご!! てか、お前いつまで……。」
優燈はしがみつくように龍人に抱き付いていた。教室に居たみんなも微笑んでしまう。
「ま、お前らには負けたよ……。」
こうして三銃士も妬むのをやめて笑っていた。
「お前らも笑ってないでどうにかしろって!!」
龍人は抵抗しているが、優燈は離れない。
「いいな……。」と、時音がうらやましそうにしているので、
「ほら、時音おいで~!」「いらない。」
「じゃあ私のところに……。」「行かない。」
「みんな、ずっと元気だね。」
みんなの笑顔を見て、みのるも微笑んでいる。
「みのる君もですよ?」「そうだね。」「キッ!!」
龍人の抵抗は少しずつ弱くなっていった。ずっとこうしていたいわけではないが、ふと、みんなの笑顔が目に映ったのだ。これだけ笑っているのが久々な気がする。
ただ、少しの寂しさも感じていた。
みんなが明るくなった。いろんなところでいろんなことが起きているけど、こうしていられるのも、もう少しだけなのか……。
「ねぇ。」
その時、優燈がじーっと、真剣な眼差しで龍人の事を見つめる。
「あ、何だよ急に。」
「ずっと……。」
その表情が、ゆっくり変わる。どこかの季節が移り替わっていくように、緑と青の夏が終わり、オレンジと茶色の秋を経て、白くて静かな冬になり、そして、温かい、今のような春が来る。
空を舞う桜に見とれるような、少女の瞳が、龍人の事を見つめていた。飛んでいく花びらを手にっ取って、自慢げに見せてくるような笑みを、優燈は浮かべていた。
「ずーっと一緒だよ? 龍人っ!!」
少女は今までよりずっと強く、強く少年を抱きしめた。




