午後5時 粛清の鐘
暗雲が立ち込め始める中、龍人は大勢の敵を一挙に相手していた。
カコンッ!!
終に攻撃が弾かれ、転倒してしまう龍人。
「く、終わりか……!」
彼が諦めかけたその時、そこに分け入ったのは竹刀を振るう三銃士の姿。
「おりゃ!!」
キンッ!
マモルが敵の攻撃を弾き、カケルが他の敵を引きつけ、アタルが敵を倒す。三人の見事な連携が龍人を危機から救ったのだ。龍人は体勢を立て直して三銃士と肩を並べる。
「まったく……。」
アタルは呆れてため息をつく。
「龍人は優燈の事になると居ても立っても居られないからな。」
「あ、なんだよ!? そんなんじゃな……」
「おいおい。」
龍人が反論しようとするも、カケルが割って入る。
「もう言い逃れできないぞ? こんな無茶してまで、助けに行く位だからな!」
「だ、だからちげぇって!! 俺はただ……」
「何が違う!?」
焦って弁明しようとするも、マモルが遮る。
「彼女の事が好きなんだろ!?」
「だからそういうんじゃなくて……」
「いい加減、正直になったらどうだ!!」
「……。」
龍人は何も言わずに敵中に飛び込んでいった。
「まったく」「正直なやつめ」「羨ましいなぁ!!」
龍人の後を追って三銃士も飛び込んでいった。彼らは先程の疲れを感じさせない動きを見せ、敵をどんどんのし上げていく。こうして、あっという間に、戦線をグラウンドの半分近くまで押し上げたのだ。
「優燈、どこだ!?」
龍人が叫ぶ。しかし、優燈からの返事は無い。龍人はほうきの柄をさらに強く握って、敵という敵を薙ぎ払って猛進する。三銃士も龍人をカバーするように続く。
その様子を、黒い外套の三人は眺めていた。一人が立っており、そばにいる小柄な二人目は崖に腰掛ける。三人目は二人の斜め後ろにいる。
二人目が呆れて頭を押さえた。
「あーあ。ラオットのバカが戦艦ごと落とされたせいでチップ兵の動きが鈍くなっちゃったじゃない?」
三人目が首を縦に振り同調する。
「アア。アいつのせいダ!! なあファテゥ?」
三人目に聞かれて、一人目は首を横に振った。
「なんでよ!?」
ファテゥと呼ばれる者のその様子を見て、二人目が不服そうに、両手で膝に頬杖をついた。
「やっぱ、ファテゥさんもぼけてきたんじゃないの?」
「違う。よく見てみろ。デゥエス。」
「……。」
ファテゥに促され、デゥエスと呼ばれる二番目の者は口をへの字に曲げながらも龍人たちを眺めた。
「……!?」
「気付いたか。」
「おかしいでしょ……? こんなことがあり得るの……?」
「どうしタ、デゥエス。」
三番目の者がデゥエスに問いかけると、彼女はサッと立ち上がり、三番目を見下す。
「あんたには分からないよ。アヒルちゃん。」
彼女はそれだけ言うとその場を後にした。三番目はアヒルと呼ばれているらしい。
「ナんだ? アいつ。」
「放っておけ。行くぞ。」
ファテゥとアヒルもデゥエスの後に続いた。グラウンドでは今もなお、龍人たちが敵に立ち向かっている。
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叫んでも届かない 届いていない 彼女の元まで
誰かが呼んでいる 気付けない 気付いていない
もう少し もう少し
優燈!!
!?
「……。」
「おい優燈!! しっかりしろ!!」「大丈夫か!?」「やべぇ、はやく保健野先生に見せてこないと!」「俺たちが援護するから、龍人は優燈を連れていけ!!」「ああ!!」
龍人……
ありがと……
「優燈!!」
敵軍の最中の地面に倒れているのは優燈だった。龍人は周囲の敵を吹き飛ばして彼女に駆け寄った。
「おい優燈!! しっかりしろ!!」
地面に膝をついて優燈の肩を抱きかかえる龍人。彼女は一言も言えそうに無かったが、少しだけ表情が柔らかくなった。
「……。」
後ろからすぐに三銃士が追いついて来る。
「大丈夫か!?」
「やべぇ、はやく保健野先生に見せてこないと!」
「俺たちが援護するから、龍人は優燈を連れていけ!!」
「ああ!!」
三銃士が援護する中、龍人は優燈を抱えて、急いで保健室に向かおうとするが、たちまち敵軍に囲まれてしまった。
「意地でも通してもらう!!」
優燈を抱えていて戦えない龍人に代わり、三銃士が激しく攻め立てた。すぐに敵を蹴散らしていくのだが、圧倒的な物量差の前に善戦虚しく、全然前に進めないのだ。
「なんていう数だよ!!」「きりがないな。」「だが負けない!」
それでも三銃士は全く動じず、どんどん敵を打ち倒していく。この一日でこれだけ戦ったのだから、疲労だけでなく、多くの戦いの経験値を蓄えていたのだ。戦艦からの信号を失い、戦闘力の下がったチップ兵なら、今の彼らにとってはいくらでも倒せるのだ。
「優燈、ごめんな……。すぐに保健室に連れてってやるからな。」
龍人は焦燥を感じながらも、敵の包囲を突破するのを待つばかりだった。
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一方その頃、学校の裏門付近では、美菜たちがまちまちで来る敵を倒していた。美菜は少しずつ仲間の数を増やし、今では十人程のグループになっていた。しかしその内訳は、茶道部2人とESS部2人に卓球部が4人、それから筝曲部が1人であった。女子ばっかりで戦闘には不向きなので、裏門の警備をしていたのだった。
茶道部の女子が空を見上げて呟く。
「雨、降らなきゃいいけど……。」
その一言が気になって、みんなが空を見上げる。
「ほんとだ。さっきまでずっと晴れてたのに……。」
今にも雨の降りそうな鉛色の空が、彼女たちを覆っていた。
そして、あっという間に時が過ぎて、気が付けばもうじき、午後6時を迎えようとしていたその時、上空から、突如三つの黒い影が、降って来た。
「!?」
少女たちは咄嗟に身構えたが、すぐにそんな緊張は解けてしまう。
意識をする間もなく、彼女たちは倒れた。
「あれれ? 弱い奴しかいないのかな?」
黒い影の一人が無邪気に笑っている。まさに人とは思えなかった。
「アいてガ、ワるカっタナ。」
もう一人がケラケラ笑う。
「仕方あるまい。」
最後の一人は笑うこと無く、そのまま立ち去ろうとした。だがその時だった。
「行かせない……。ここから先には……。」
美菜は何とか立ち上がり、竹刀を構えた。
それを見て少女のように笑う影が、憎たらしい言葉を放つ
「どうせすぐ負ける癖に。何カッコつけてんの?」
「来なさいよ。」
影の侮辱も、美菜は何とも思っていなかった。彼女は先程までとは違い、しっかりと構えている。その様は、影の機嫌を損ねるものだった。
「あんたみたいなのって一番嫌いなのっ!!」
吐き捨て、美菜に猛突する影。目にも止まらぬ速さで近づき、標的を定めてその腕から掌底の一撃を繰り出す。
「失せろ!!」
影の攻撃が迫る中、じっと待つ。そして……。
パアァン!
ウギャアァ!!
竹刀の狙い澄まされた一撃が、影の脳天に直撃する。影は悲鳴を上げて体勢を崩し、目にも止まらぬ速さでブロック塀に追突した。ブロック塀が砂煙を上げて崩れていく。
「いててて……。このガキが!!」
外套のとれた少女が立ち上がり、未だ微動だにしない美菜に反撃しようと一歩踏み出した時、美菜は崩れるようにその場に倒れた。
「へっ。ざまぁみろ!!」
少女は乱暴に吐き捨てて、歩き出す。その後ろを二つの影がついて行く。
「口ガ、ワるいぞ、デゥエス。ザマアみろと言っても、おマえの攻撃ガ直撃してタラ、すでにバラバラダっタダろ。見事にハずしてるジャナいカ。」
「うるさい! 何もしなかったくせに黙ってよチキンちゃん!?」
「チキンジャナくて、アヒル、ジャナくて、デオム。」
「まったく。貴様らは気楽で良いな。」
「ファテゥさんもチキンちゃんと同罪だからね!?」
デゥエスはご機嫌が斜めのまま道を踏みしめていく。
その後には、無残に倒された少女たちが残された。それを嘆くかのように空から雨が降り始める。春の始めにしては珍しい夕立だった。
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「急いで中に入れて!!」
屋上ではみのる達が突然振り始めた雨の対応に追われていた。
防水ではない投球マシーンが校舎内に入れられ、マネージャーたちが校舎内に避難する。
「空久保さん!」
みのるがサキを呼ぶ。
「はーいぃ! お呼びでしょうか!?」
「このパイプ椅子砲は防水なの?」
みのるが尋ねるとサキは敬礼して答えた。
「はーいぃ! こちらは防水加工を施してある全天候型の破壊兵器にございます!!」
「分かった。ありがとう。空久保さんも中に入ってて。濡れると風邪引いちゃうから。」
そう言った本人は、ずっと屋上で佇んでいた。みのるは屋上からグラウンドに目をやる。
「この雨、何だか嫌な予感がする。」
みのるは美菜と連絡を取ろうとするが、全く繋がらない。みのるはすぐに穂乃佳に連絡した。
「あ、みのる?」
「穂乃佳、下足室に美菜たちはいる?」
「え、いないけど……。どうかしたの?」
「いや、連絡が取れなくて、雨が降って来たから校舎内に戻ってないかなって思ったから。」
「それなら、今からちょっと見て来るね……。」
「うん。お願いするよ。」
「お願いするって誰にかな?」
「!?」
それは明らかに穂乃佳の声ではなかった。
「だれだお前!!」
「あはは! 知りたかったら降りて来たら?」
それはクスクス笑い続けている。
みのるは校舎の中に入った。
「どうされたのですか?」
サキが声を掛けたが、みのるは黙って走って行ってしまった。
「ふぎゃぁ!?」
サキは無視された衝撃で直角4ミリの状態からの後方伸身2回宙返り3回ひねりの体勢でお茶を投げたのであった。
「みのる君、一体どうしたんだろ?」
マネージャーたちも彼の事を心配して、階段を下りて行った。
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「ほらほら~。しっかり狙わないと当てられないよ?」
「くっ!!」
下足室ではデゥエスと穂乃佳たちとの戦闘になっていた。デゥエスは次々と攻撃をかわしていく。穂乃佳たちは必死に戦っているが、デゥエスには笑う余裕すらあるのだ。
「なんで……。なんで当たらないの……。」
「それはあんたたちが弱いだけでしょ?」
あざ笑うようにデゥエスが言った。その背後にはこの少女と同じか、それ以上の者が控えているというのに。
「デゥエス。ゆダんしてるといタいめにアうぞ?」
「はいはい分かってる……!」
デオムが忠告した途端にデゥエスは背後の気配に気付いた。
「うざいよクソガキ!!」
デゥエスは振り返り様にその強靭な拳に力を込めて背後の気配に向けて撃ち込む。そこに居たのは時音だった。
「時音!!」
穂乃佳が叫ぶ。だが、時音はかわすことも出来ずにいた。
「ダメ……。」
ドンッ!!
時音が目を瞑った時だ。時音をかばい、ラグビー部の幸田が敵の正拳突きをその身に受けた。
「幸田!!」
同じ十勇士が叫んだ。幸田の体は下足室のドアを突き破り、グラウンドに叩きつけられた。
「ホント、あんたたちってバカじゃないの?! さっきの裏門のやつらと言い、ホントバカなやつばっかりじゃん?!」
デゥエスは狂ったように笑い出す。それを聞いて穂乃佳はあることに気付いた。どうしてみのるが美菜と連絡が取れなくなったのか。どうして美菜がここにいないのか。
「あはははは!!」
「許さない……!」
穂乃佳が呟いた。
「はいー? なんてー?」
デゥエスが穂乃佳に耳を突き出して聞き返した。
「許さない!!」
穂乃佳は竹刀を強く握りしめ、狂った少女に向かって竹刀を振り回す。
「こんなふざけた奴にっ!!」
「どこ狙ってんのよ?! ほらほら!」
怒りに身を任せた穂乃佳の攻撃は全て空を切っていく。
「なんで美菜ちゃんがッ!!」
「だれの事ぉ?」
デゥエスは耳を突き出したままの体勢で穂乃佳の竹刀をかわしていく。
「あんたなんかに教えるかッ!!」
「はぁ~い? 良く聞こえな~い!?」
穂乃佳は竹刀を振り上げ、そして力一杯振り下ろした。そこにデゥエスの姿は無かった。
「あんた、とろいよ。」
背後から声がする。穂乃佳の後ろだ。
「穂乃佳!!」
十勇士の残りが攻撃を仕掛けようとするが、その寸前で全員吹っ飛んでいった。
「みんな!!」
穂乃佳は叫び、振り返り様に竹刀を横に振り払う。
「それに、弱い。」
少女はその竹刀を片手で受け止め、弾いた。弾かれた竹刀は下足室の壁に突き刺さった。
「話し方ものろい。だからもう飽きた。」
「あんたなんか……!」
穂乃佳はその先を言えなかった。今まで散々狂った振る舞いをしてきた少女だったが、今の穂乃佳を見下す視線はあまりに冷酷で、強い殺気を放っていた。穂乃佳は恐怖に慄いて、体が震え出した。
「さよなら。」
デゥエスはそう言い放ち、手を上げるが、その瞬間彼女の体が吹っ飛んだ。
バァアン!!
デゥエスの体が壁に激突して、砂煙を巻き上げる。穂乃佳の視線の先に居たのは時音だった。
「あなたも、のろま。」
時音がそう言って穂乃佳に近付こうとした時、砂煙が吹き飛び、時音と穂乃佳はその場に倒れた。
「アハハ!! ゆダんするカラダ」
デオムがケラケラ笑う。
「今度おんなじ武器持ってるやつに会ったら、初めから全力で行く。」
少女はそう言って雨の降るグラウンドに出て行った。
「行くぞ。デオム」
ファテゥとデオムは彼女の後をついて行った。
人気のなくなった下足室。そこにたどり着いたのはみのるだった。
「な、なにがあったんだ……!!」
あまりの惨状に言葉を失いそうになるが、みのるは急いで穂乃佳と時音の元に駆け寄った。
「穂乃佳! 時音! しっかりして!」
みのるが呼びかけると、時音が僅かな力を振り絞って、微かな声を上げる。
「美菜……ちゃん……、たちも……、き、きっと……。」
「美菜たちも……!?」
「お願い…………」
「時音! 時音!!」
その後、みのるが呼びかけても時音が答えることは無かった。
「だれがこんなこと……。いや、それより早くみんなを保健室に運ばないと。」
「みのる君……!?」
みのるの後を追ってきたマネージャーたちも目の前の光景に絶句した。
「みんなを早く保健室へ!!」
「あ、うん……。」
マネージャーたちと協力して、みのるとサキは動けなくなった仲間を保健室に運んでいった。
誰も居なくなった下足室。そこに、午後6時を告げる鐘の音が鳴り響いた。