午後3時 無意味な事の意味
彼は何も知らない。
敵の第三波に対して、右翼と左翼は前方へ展開し、中央は少し下がって地点で、敵を迎え撃っていた。砲撃によって敵の数は減少しているにも関わらず、敵の勢いは衰えを知らない。
「あと、どん位いるんだよ!!」
龍人たちは必死で戦い抜いた。野球部もアメフト部も、十勇士も何とか戦い抜いた。
しかし、前線でずっと戦った味方の疲労は想像を絶するものだった。
荒い呼吸で下足室に帰って来た彼らは、ほとんど言葉を交わすことなく、廊下に寝そべる。
疲れ果てた彼らに届くのは、みのるからの作戦命令。
さすがに龍人も苛立ちを覚えた。それでもここはグッとこらえる。みのるからの指示が無ければ、というより、ここで自分たちが食い止めねば、学校が乗っ取られる、もしくは、世界が征服されてしまう。
龍人は了解と言って電話を切った。
倒れた仲間の中で、龍人は一人立ち上がった。
「俺が止めないと、な。」
ふらつく足元、もうろうとする意識、彼は窓の外を眺めた。
尋箭たちも、頑張ってるんだよな。
「もう、持ちそうにないか。」
屋上のみのるは深刻な表情をしていた。自分はここから味方の抗戦を見て、指示を出してるだけで、何もしていないという考えが、今日ずっと彼の脳裏に焼き付いている。
「僕は、これでいいんだろうか。」
そこに、マネージャーたちがやって来る。アメフト部のマネージャーが言う。
「大丈夫だよ。青山君は、青山君にしか出来ないことをやって。」
また、あるマネージャーが言う。
「みんなが元気ないのは気合が足りないからだよ!」
「うわあぁ。」
さすがのみのるもこれには驚いた。その驚きで、急に緊張の糸が解けたような。野球部の鬼のマネージャーと言われる所以だ。
緊張しなくなったとはいえ、やはり疲労が溜まっている前線の部隊。みのるはマネージャーたちに、彼らを元気にしてきて、とだけ伝えた。具体的な方法は特に言わなかった。とりあえず任せてみる。今日一日でみのるが学んだことだった。
「はーい!」
マネージャーたちは急いで下足室に向かった。
「頼んだよ。」
みのるは座り込んで空を見上げた。
傾き始める、金色に輝く太陽が見えた。
風が確かに吹き付ける。春の風、優しくみのるを包み込んだ。
「ほいさー!!」
「みんな、はちみつレモンをつくって来たよ!!」
マネージャーたちが用意したのは、はちみつレモン。甘さと酸っぱさで、疲労を回復してくれる食べものなのだが、倒れている部員たちは起き上がる事すら出来ないでいた。マネージャーたちはしょうがないから食べさせてあげることにした。男子部員たちは歓喜した。
はい、と言ってマネージャーが割りばしではちみつレモンを無理やり口に押し付けてくる。ある意味地獄絵図だった。
龍人は自分でとって食べるが、その他は口に二、三個押し込まれる。龍人はその光景に笑いをこらえきれなくなった。
優燈に至ってはレモンの入れもんを連呼する始末。普段なら誰も笑わないが、今は全員にウケた。調子に乗って次々と親父ギャグを言っていくが、どれもこれもウケる。どんどん雑になっていってもなおウケる。彼らにとってもさほど面白くないのだが、こんな時だからこそ、いつもの何気ないことが面白くなってくる。優燈がこんなに良いやつだったなんて、今まで誰が思っただろう。優燈とはちみつレモンのおかげで元気の出てきた龍人たちは、次の戦闘に向けて、士気を高めることにした。
具体的な方法は分からないが、たぶん本当にしょうもないことだろう。
辛い戦い、その中でのどうでもいいこととは、それだけの意味を持っているのだ。箸が転げただけで笑う彼らの、心のよりどころなのだった。




