六日目 地面に垂直に棒を立てると地球の中心を貫く延長線を描くことが出来るから正味どこでも地球の中心になるんだよね。どこで愛を叫んでも地球の中心で愛を叫べるから、今君が立つこの場所を愛せ!
「龍人君カッコよかったわよ!」
龍人の目の前にいたのは、いつの頃か出てきた保健野先生だった。これには龍人も肝を冷やした。
「せ、先生かよ!!」
「ふふふ、先生も恥ずかしかったのよ。でも、滋風さんと須藤さんにすごいお願いされてねぇ。断われなくなっちゃたの。」
優燈はともかく穂乃佳まで噛んでいたのか、と聞いて、龍人は不思議に思った。
「どうして穂乃佳も……?」
その問いには優燈が答えた。
「だって、あの文章考えたの穂乃佳ちゃんだもんー。」
「あ、あれをか!?」
龍人はだんだん恥ずかしくなってきて顔に赤みが差して行く。
「まあまあ取り敢えず、私もみんなの協力をすることになったのよ。何かあったら保健室に来てね。」
そう言って、保健野先生は教室を後にした。
龍人は何も言えなくなって、しばらく三銃士にいじられ続けた。
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しばらくしてから、龍人は教室を出て屋上に向かった。空は夕方が迫って来ていた。黄金色の日光が雲に照って、雲は影の色に金色の縁を持ち、流れる金色のヴェールが映し出されていた。風は暖かに、春と共に吹き、それでも頭を冷やすには十分だった。
冷静になってから、龍人は美菜のことを考えた。
今日、彼女は学校に来なかった。家にいると連絡があったらしいが、ここに来るつもりは無いらしい。どうも昨日の言い争いがぶり返したようだった。
龍人はため息をついて、テントと投球機の準備が出来た屋上を見渡した。
柵がきちんとついていて、鳩の糞もこびりついていない。明日はここから数多くのボールが飛び立つことだろう。
ほかに目ぼしいこともなく、彼は再び柵にもたれ、輝く空の光景を眺めた。廃れたはずのあの日が、幾度となく蘇ってくる。
彼にとって、あの日美菜にアドバイスしたことは間違いだったのだ。美菜に何と言おうと、いや、あの日はああとしか言えなかった。何も分かっていなかったからこその間違いである。今日美菜が来ないことで、そんな考えが彼の頭の中を何度も駆け巡った。
本当に、何時間そうしていただろう。気が付けば空は赤色に変わっていた。龍人が、さすがに戻ろうと思って振り向くと、そこには優燈がいた。
「真っ赤な、空。綺麗だけど、なんだか不気味。」
優燈はテントの周りをぐるぐる回り、龍人のそばに寄った。
「龍人は頑張ってるよー。みんな龍人のこと好きだもん。」
二人は真っ赤に輝く太陽を見つめる。優燈が龍人を励まそうとして、いろんな話をしていくが、龍人はあまり反応しない。
「優燈、ありがと。」
龍人は呟くように言った。優燈は普段なら嬉しそうに笑うだろうが、今日はむしろ、悲しそうにうつむいた。
「そんな言い方じゃ嫌だよ……。」
優燈は心の中で囁いたが、すぐに顔を上げてその場でピョンピョンと飛び跳ねた。
「龍人も元気出して、一緒にピョンピョンしよ!!」
「そんな気分じゃないって。」
突き放すように言おうとしたが、優燈がピョンピョンし続けているのを見て、思わず失笑した。優燈が嬉しそうに笑う。
「あ、笑ったー! ほれ、跳べ跳べ!!」
「いや、だから、そういう気分じゃ……。」
その時、優燈が龍人の手を握った。
龍人は何も言えなくなって、ただただ漠然として、優燈の方を見ていた。優燈は何も言わずに、ぎゅうっと両手で優しく握りしめた。優燈は龍人の目を見つめる。
「龍人のせいじゃないよ。龍人だけが悪いんじゃない。龍人だけが苦しむものじゃない。みんなが、自分たちで考えていかないといけない事なんだよ。美菜ちゃんだって、あの日、きっと何言われても泣いてたと思うよ。だって、泣かないと頭の中が整理できない人もいるんだ。だから、今日美菜ちゃんが休んだことと、あの日美菜ちゃんが泣いたことは全然関係ないんだよ。龍人は、そのことが分かっていない。」
「だけどさ……。」
龍人が何か言おうとするのを遮って、優燈は続けた。
「美菜ちゃん言ってたよ、みんなでお泊りした時。龍人が励ましてくれたから、今は笑っていられるって。あの時ああやって言われたから、今、すごい頑張ろうって思うんだ、って。」
黙ったまま龍人は突っ立っていた。優燈は優しく、彼のその手を握っていた。
「龍人は、頑張ってるよ。だから、こんなに悲しまないで。龍人が悲しんでると、私も悲しいんだ。みんなが、悲しくなるから。」
潤んだ声で説得する優燈に、龍人は急いでその手を解き、屋上を後にした。
「カッコつけて……。」
彼女はその背中を見送った後、しばらくそこにいた。
優燈は水のように透き通っていた。斜陽と黒雲で焼け焦げた空と、荒れ狂う強風の中を、彼女はそこにいた。




