第五十八話 愚者の選択
目を開けた。
生きていることへの絶望は、今までで一番かも知れない。
身を起こし、溜め息を吐いた。
死ねば、良かったのに。
彼女らが、無事だったかなんて、関係ない。
今さらだ。
子供を助けたときと同じ。今、ひとにぎり救ったところで、なんの意味もない。
自己の保存が義務付けられていなければ、敵の殲滅が義務付けられていなければ、今にも喉を掻き切って、あるいは喉を掻き切らせて、このどうしようもない身体を、永遠に活動停止させられるのに。
ひとの気配を感じて、視線を動かす。
扉を開けて入って来たマッドサイエンティストが身を起こすわたしに気付き、目を見開いて何か言おうと口を開いた。
「ごめん」
「ぁ?」
それに先んじて、言葉を発する。
言わんとした言葉を飲み込まされて、マッドサイエンティストが間抜け面でわたしを見詰める。
「…壊しただろ?あんたの機械人形を」
「あ?…ああ、まあ、そうだな」
戦闘用殺戮機械人形ならあれくらいで壊れたりしないが、こっちの機械人形の強度はわからない、いや、明らかに劣るだろう。
それに劣化した身体でとは言え、全力の一撃を叩き付けたのだ。無事で済むはずもない。
わたしを殺そうとした馬鹿は自業自得でも、わたしを止めようとした機械人形は命令に逆らえなかっただけだ。
「まあ、戦闘用じゃない機械人形を戦争用に機械化された奴隷に差し向けんのが悪い、と言えなくもないんだけどな。でも、機械人形に罪はないだろ。…あんたの言う通り、わたしは捕虜で敵を倒す必要なんかなかったんだしな」
マッドサイエンティストが何か不可解なものでも見るように、わたしを見下ろした。
「お前、あれのこと散々扱き下ろしてなかったか?」
「性能が悪けりゃ壊して良いって道理はないだろ。わたしにとってはどうでも良いもんでも、あんたにとっちゃ自分で作り上げた我が子なんだろうし。だいたい、どんな下らないもんでも、ものを作るには魂を持った生きものが有限の時間を費やしてるんだ、意味もなく壊して良いもんなんか、存在しない」
今まで殺戮と破壊の限りを尽くしてきた、悪魔とすら呼ばれる人間が言えたことじゃないが、
「石ころひとつ取っても、誰かにとっては掛け替えのないものかも知れないんだ。誰かの大事なものを、こころを傷付けたなら、謝るのは当然だろ?」
「の割に、思いっきり貶してくれたけどな」
「あのときは気が立ってたからな。そもそも機械人形は嫌いだし」
マッドサイエンティストに睨まれて、肩をすくめる。
「あれはわざとだから謝らない。憎むなら憎め。でも、今回はわざとじゃなかったからさ。許すかはあんたの勝手だけど、申し訳ないとは思ってるんだって伝えとく」
「お前、やっぱり馬鹿なんだな」
溜め息を吐いたマッドサイエンティストが、呆れたように呟いた。
撫でられそうになったので、とりあえず手を払う。
「撫でるな。あんたと撫でられるほど親しいつもりはない。しかも、やっぱり馬鹿ってなんだ。やっぱり馬鹿って」
賢いとは思ってないが染み染み馬鹿だと言われるほどの馬鹿なつもりもない。
「馬鹿だろ。お人好しにもほどがある」
「…わたしが、お人好し?んな馬鹿な」
お人好しが、戦争奴隷として生き残れるはずがない。
殺した人数は、百万人を超えるかも知れないくらいだ。どうしてそれで、お人好しなんて言えるだろう。
「お人好しが、恨まれて殺されかけたりするかよ」
「命令に従ってお前に手を出した機械人形に罪がないなら、命令に従って敵を殺したお前にも罪はないはずだろ」
それは、どうだろうか。
「命令遵守の機械と、こころを持つひととじゃ、違うだろ」
「脳に命令埋め込まれて、逆らえないのにか?」
「なんで、知って…」
いや、言わなくても、予測は出来るか。
θたちはプロテクトのせいで、死んでいるんだし。
溜め息を吐いて、頭を掻いた。
「死ぬ気でやりゃ、逆らえないわけでもないさ」
その場合、洗脳を受けて本当に殺戮人形にされる可能性が高いが。
意識を保って長生きしてるわたしは、それだけ多くの人間を殺して壊れなかったってことだ。
ひとが死んでも殺しても、平然と生き抜いて来たんだ。ときには仲間の死体から、部品をえぐり取りさえした。
あの狂人や、たこ技師だけじゃない。
わたしだって、間違いなく狂ってるんだ。
「ほんとに殺したくないなら、死ねば良いんだ」
炎に飲まれて、砲撃を浴びせられて、何度死にかけただろう。
そのたび生き残って来たのは、殺される前に殺して来たからだ。
生きたくないと言うくせに、積極的に死のうとはしてなかった。
死ぬことは禁止されているから、自殺は出来ない。
敵を殺すことは義務だから、敵を見逃すことも出来ない。
でも、自滅が不可能なわけじゃ、なかったはずなんだ。
でも、わたしは選んだから。
「わたしが殺したくないのは、顔もわからない敵兵よりも、同じ立場を共有した、自国の戦争奴隷だったから」
敵を殺せばそれだけ、侵略が進む。
敵国を侵略し尽くせば、戦争が終わる。
戦争が終われば、戦争奴隷が死ななくなる。
暗殺も自爆作戦も、こころのどこかでそれが戦争集結に繋がるならと考え、受け入れたんじゃないかと思う。
逆らえなかったのも確かだけど、逆らわなかった部分も、あるんだ。
わかっててここに居座ってるのが、何よりの証拠じゃないか?
死ねないなら、死ぬ気で逃げ出せば良いのに。
「…わたしは自分の意志で、ひとを殺すことを選択したんだよ」
ひとを殺してでも、仲間が生き残る道を、選んだ。
仲間を死なせてしまったことは後悔しても、敵を殺したことは後悔していない。
だから、恨まれても憎まれても、文句を言うつもりはない。謝罪するつもりもないけど。
浮浪児に扮して敵国に潜入したとき、気付いた。
浮浪児でしかなかったわたしにも、選択肢はあったこと。
戦争が嫌なら、捕まる前に国なんか捨てて、逃げれば良かったんだ。
簡単な方法じゃないけど、そうすることも、出来たんだ。
わたしは自分でも気付かないうちに、“戦争奴隷にされるリスクを冒してもあの国に残ること”を、選択してた。
止める権利を持ちながら戦争を止めないやつらを怒っていたが、わたしも“なにもしない”と言う形で、戦争を許容してたんだ。
「すべての原因がわたしだとは言わないけど、わたしにまるきり動機がない、とも言えない。だから、わたしは恨まれるべき罪人で良いんだ」
「…やっぱり、馬鹿だろう」
なでるなと言ったからか、単純にわたしの言動に苛立ったからかはわからないが、マッドサイエンティストは呆れ顔でわたしを小突き、溜め息を吐いた。
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