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第五十六話 100京分のいちの奇跡 2

 

 

 

 「誰でも良かったわけじゃない。きみだからだ」


 わたしを見据えるお兄さんの目は、真剣だった。

 髪を撫でて頬に触れ、諭すように言う。


 「命令をこなすだけの機械に、自我が生まれるなんて本来あり得ないことだよ?誰でも出来ることじゃない。機械人形が命令に逆らったのは、きみのためだからだ。愛玩のための機械ならともかく、戦争のための機械人形の死を悼んで、泣いてくれる人間なんて、いないのだから」


 瞬間、なんで、と思ったが、


 「…見てたのか」


 彼はわたしの自己満足な行為を知っているのだと思い出して、溜め息のようにそう吐き出した。

 考えるまでもなく、彼がわたしの名前を知ったのはそのときだ。

 φ(ファイ)が死んだ、あのとき。あの空き地に自分ひとりで行かなかったのは、その一回だけなんだから。


 お兄さんが、こくりと頷く。


 「きみは気付いていなかったけど、機械人形たちにはぼくのことを気付かれていたはずだよ。いっせいに視線を向けられて、すごくひやっとしたから」

 「気付いてたなら言えよ…」


 髪を掻き上げ、今はいないθ(シータ)たちに向けてぼやく。

 お兄さんだったから良かったが、殺されておかしくない状況だった。

 何度も見られて気付いていなかったわたしに、言えたことではないけど。


 「ぼくが行ったすぐあとに、きみが歌い終えたんだよ。彼らは視線を向けられただけで震え上がるような腰抜けより、きみの方が重要だったんだろうね」


 思い返すように遠くへ視線を飛ばしたお兄さんが、溜め息とともに苦笑した。


 「すごく容姿が整った集団だとは思ったけど、はじめは機械だって気付かなくて、だから会話から機械だと気付いたときは、驚いたな…」

 「ぱっと見でひとと機械が見分けられないように、外見そとみだけは力を入れてるからな」

 「そう言うことじゃないんだ」


 お兄さんが首を振り、わたしを見下ろした。


 「外見がいけんや作動も、素晴らしい技術だと思うよ。でも、彼らが人間のように見えるのはそう言うことだけじゃなくて、きみを見る視線や声、表情やちょっとした動きに、人間のような感情や意思が見えるからなんだ。きみが心を与えたんだって、ぼくはそう思ったよ」

 「…わたしが、こころを?」


 そんな馬鹿な。

 わたしはそんな大層な人間じゃない。


 けれど目の前の男ふたりは、そう思わないらしかった。


 「きみに恋してるように見えたんだよ、機械人形たちが。ぼくにはきみが、天使みたいに見えていた」

 「天使ぃ?」


 わたしの耳がいかれたのかと思ったが、お兄さんは大真面目な顔で頷いた。

 本気で、わたしを天使だと思っているようだ。いかれているのはわたしの耳じゃなく、お兄さんの頭か。


 鬼だ魔女だ天使だと、ただの殺戮兵器に、随分な評価をしてくれる。


 お兄さんの後ろで、マッドサイエンティストが笑っていた。

 いかれ度合いはマッドサイエンティストよりもお兄さんが上なのかも知れない。


 「馬鹿言うなよ。わたしは単なる奴隷だ。人間以下の存在だぞ?」


 呆れ混じりに髪を掻き混ぜる。

 人間以下の家畜並、いや、家畜以下の扱いを受ける戦争奴隷に対して、天使だなんてあり得ない。


 お兄さんが目を見開いた。


 「人間以下なんてそんな」

 「そんな扱いだよ。向こうで戦争奴隷なんて。じゃなきゃ、機械化なんてされるわけないだろ。機械化された奴隷なんかひとじゃない、使い捨ての殺戮兵器だ。脳だけ取り出されて他全部機械にされたやつだっているんだぜ?」

 「…それはぜひ会ってみたいな」

 「とっくに死んだよ」


 興味を持ったらしいマッドサイエンティストに肩をすくめて返す。


 機械化奴隷の全盛期に機械化された奴隷の話だ。

 独立させた脳の扱いが面倒過ぎてすぐにやられなくなった。と言うか、脳だけ取り出すくらいならいっそ人工知能を使った方が楽だったので、わざわざひとでやる必要性がなかった。そもそも、機械化奴隷からして機械人形にすぐ取って替わられたし。


 「それは…非常に残念だな」

 「延命技術としての応用が、検討されてるらしいけどな」


 脳だけえぐり出すなんて、いかれた行為をやった科学者の行く末を思い出して言う。

 脳だけで生きられるのなら不老不死も可能なのではないか。そう考えたどっかのあほに引き抜かれたんだ。


 まあ、でも、


 「脳だけじゃ、ひとは生きられないよ」


 彼らを見る限り、それが幸せとは思えなかった。

 脳だけ取り出された機械化奴隷は、どこか精神に異常を来すやつが多かったんだ。


 身体への連結ミスなのか他の理由なのか、わからないらしいけど、でも、やっぱり身体を喪ったからなんじゃないかと、わたしは思った。

 こころはどこか、魂はどこか、訊かれたとき、ひとが指すのは頭じゃなくて胸だから。


 「こころがなくちゃ、それは生きものじゃない」


 目を閉じ左胸に手を当てて、わたしは言った。


 こころがないなら、生きものじゃない。

 なら、こころがあれば、生きものなのか?


 φや、θたちに、こころはあった?

 彼らは、生きものだったのか?


 わたしの肩が、誰かに掴まれる。

 目を開ければ、お兄さんが視界いっぱいに映った。


 ぽすん、と、引き寄せられた身体がお兄さんの身体に包まれる。


 殺し合いを知らない身体は、機械人形たちよりも柔らかかった。


 「きみは、人間だよ」


 濡れて震える声で、お兄さんが言う。


 「きみは機械でも、鬼でも魔女でも悪魔でもない。天使でも、ない。弱くて脆くて、でも、優しくて強い、掛け替えのない人間だよ」


 本当に、そうだろうか?


 お兄さんはそうだと信じて行ってくれているんだろうけど、わたしにはとても、そうは思えなかった。


 頭に埋め込まれたプロテクトは、いまだにわたしの言動を、操作しているから。






拙いお話をお読み頂きありがとうございます


続きも読んで頂けると嬉しいです

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