第六話 イカロスの羽根
戦闘シーンです
生々しい表現はありませんが味方の負傷があります
血が流れますので苦手な方はご注意下さい
これと言って特出したこともない作戦だった。
戦場は緩い傾斜の山に挟まれた平原で、横は狭いが縦に長い。前線の兵の割合は七割が機械人形、一割が機械化奴隷、二割が一般奴隷で、総勢三万。内一万が飛行兵だ。
飛行兵が上空から、その他の兵が地上から敵を打ち滅ぼすと言う、作戦とも言えないような作戦だった。敵に飛行兵がいないから通用する戦法だろう。弓だろうが銃だろうが爆薬だろうが、高い位置を取った方が有利なのが通例だ。
飛行兵は速やかに散開し、素早く攻撃態勢を整えた。
晴れ過ぎた空はなぜか不安を覚えさせる。
青空を背景にする飛行兵は、下からでもとても良く見えた。
平原には遮るものもない。上空にいる彼等は、敵を狙い放題だろう。
『空中には遮るものがないでしょう。敵がよく見えると言うことはつまり、敵からもよく見えると言うことですからね。空中で攻撃の的になるくらいならば、空なんて飛べない方が良い。そう、思いませんか?』
虫の知らせか第六感か。
突然頭に甦った言葉に、はっとして敵方へ目を凝らす。
羽根が欲しいと言った時に、あの男から言われた台詞だ。
前方だけじゃない。山の木々に紛れても、敵はわたしたちの飛翔を待ち構えていた。
ここは元々敵国であった場所。地の利は、あちらにあった。
木立に草に数多の兵に、隠されて黒光る装置が見える。
数えきれぬほど多くの砲台が、空中の的を狙っていた。
暗い砲口は今にも未知の攻撃を発射せんと―、
「駄目だっ、降りろ、フクロウぅぅうぅぅっ!!!」
指揮官たるわたしの脳から直接情報を取る同じ小隊の機械人形共と、わたしの叫びを聞いてから反応するフクロウ。
時間にすれば十数秒だろう、僅かな差。
しかし、命運を分けるには十分過ぎる時間だった。
即座に下降し怪我ひとつなく地面に降り立ったわたしの指揮下である第18小隊とは対照的に、次々と打ち落とされる他小隊の飛行兵たち。
錐揉みして落下する機械人形に混じって、真っ赤な血を撒き散らして落ちるよく知る姿がはっきり目に入った。
「フクロウっ、フクロぉおぉおぉぉぉうっっっ!!!」
「a、危険デス」
何も考えず飛び出しかけた身体を、傍らにいたφに止められる。
反論なんか出来ない。φが正しいことなんて、考えるまでもなく理解出来た。
伸びっぱなしに散らした髪を乱暴に掻き混ぜ、苛立ちを込めて地面を蹴る。
取り乱している暇なんて、なかった。
「くそっ。総員攻撃用意。敵方の砲台を撃破せよ。砲弾の的にされるため、飛行は禁止する」
「「「了解しました、上官」」」
「3、2、1、攻撃開始!」
命令系統が残っているのはうちの隊だけだったから、声を張って命令を発した。
面倒なことに指揮官位置の奴はみな飛行兵で、見事全員打ち落とされている。
先手は敵方に取られたし、被害もでかいが、いまだ火力は上回っているはずだ。冷静に対応出来さえすれば、敵ではない。
敵ではなかったはずなのに、なんだろうこの無様な状況は。
この国が誇る飛行兵たちが、カッコウに追い落とされた憐れな雛みたいに、惨めに地に伏している。
完全なる、作戦ミスだ。いや、相手の作戦が、見事だったと言うべきか。
視界を歪める雫を振り払って、忌々しい砲台を狙い撃ちする。
素早い対応が予想外だったのか、敵の戦線は呆気なく瓦解し、たちまち殲滅された。
敗走すら許さず、逃げる兵の背に銃撃をぶち込む。さしたる時間も掛からずに、敵方の陣に味方よりも凄惨な光景が広がった。
感慨もなく遺体の海を遠目に見渡し、伏兵の有無を確認する。
焼け野原となったあたりに見える敵兵は見渡す限り全員、戦闘不能のようだ。
息をひとつ深く吐いて、片手を上げた。
「攻撃終了。敵兵に注意しつつ、撤退準備せよ」
「「「了解しました、上官」」」
答えを聞くより早く、親しい姿を探して駆け出した。
落下を見て当たりを付けた場所に、探していた姿を見付けた。
駆け寄って、半ば転ぶように膝を突く。
「フクロウ!聞こえるか!?フクロウ!!」
幸いにも、頭蓋に損傷は見られなかった。それがなんだと言いたいくらい、頭以外がずたぼろだったが。
右肩及び右腕欠損。右胸部に大きく貫通痕。左腹部、腰部大きく欠損。右上肢欠損。左下肢欠損。
習い性で冷静に負傷部位を確認しながら触れた身体は、温かかった。
そんなのなんの慰めにもならないことなんて、うんざりするほど思い知らされ尽くしていたけれど。
血みどろの身体を抱き上げて、揺さぶる。
「おい、答えろよ。返事しろよ!なぁ、ふくろぉお…!!」
抱き締めたフクロウの顔に、ぽたぽたと雫が落ちた。
歪んだ視界の先でフクロウの瞼が震え、微かに目が開いた。
「なに…ないて、んだよ…a…」
億劫そうに出された声に、ぐすりと鼻を啜る。
フクロウの声はか細く掠れて、呼吸もひゅーひゅーと弱々しく苦しげだった。
「死ぬなよ」
「はっ…むちゃ、いう…」
けほっと噎せた咳に血が混じって、フクロウの口許を汚す。
そろそろと伸びた手が、わたしの頬に血を付けた。
「お、まえが…とべ…なく、て…ぶじ、で…よか…た、よ…」
溜め息のように緩く、フクロウが微笑む。
紅い指先が唇に触れて、鉄の味がした。
フクロウの言葉を掻き消すのが怖くて、何も言えなかった。
「さきに、い…てる、から…ゆっ…くり、ついて、こい…」
「馬鹿…言う、なよ。置いて、いくな…」
フクロウが疲れたように深く呼吸するのに合わせて、やっと声を放つ。
涙に押し潰された声は、フクロウと同じくらい弱々しくて震えていた。
フクロウが笑って、口を開く。
弱々しい声を聞き逃すまいと口許に寄せた頬に、柔らかい唇が当たった。
「お、まえ、の…こと…すき、だった…よ…」
笑いを含んだ言葉に驚いて、目を見開く。
思わず顔を離して、フクロウの顔をまじまじと見詰めた。
さっきまでは薄く開いていた目はすでに、力なく閉じられていた。
なんと答えて良いかわからなくなって、情けなく狼狽えたままぼやく。
「趣味、悪いよ、あんた」
「はは…」
笑った声は弱過ぎて、まるで吐息だった。
滑り落ちそうになった手を掴んで、握り締める。
途切れ途切れの呼吸はもう、止まりかけていた。
少し迷って、なけなしの呼吸を求める血濡れた唇に、唇を寄せた。
ほんの数秒触れ合って、離れる。
フクロウがどう言う意味でわたしを好きだったのかわからないが、わたしにとってもフクロウは大切な存在だった。
友であり、同時に、兄のような、家族のような存在。
「…じゃあ、な…a」
血の味の口付けと声にならない声を最後に呼吸が止まる。
最期に笑って逝ってくれるのは、きっとわたしのためで。
「…おやすみ、フクロウ…」
力をなくしたその身体を、わたしはぎゅうっと抱き締めた。
拙いお話をお読み頂きありがとうございました
戦闘描写やSFっぽい描写がアレなのは
作者の頭が残念だからです←
生暖かい目と広い心でゆるーく読んで下さいm(__)m
続きも読んで頂けると嬉しいです