第四十七話 はないちもんめ 3
…生きている。
そんなことに絶望を覚えて、目を開けた。
視界の端に、薄汚れた白衣。
「…殺せって、言ったのに」
「ん?目覚めたかい?」
声に気付いたたこが振り向く。
もう、頭は痛まない。
「…何時間寝てた?」
「そんなに長くは…三時間ぐらいだな」
時計を確認するたこ技師の視線を追えば、確かにそんなもんだった。
「マーティが運んだのか?」
「ああ。血相変えてね」
「…ふぅん」
頭を押さえて、立ち上がる。
作戦は、明日だ。
「データ、入れといてくれたんだな。ありがと。訓練行って来る」
「a、大丈夫かい?」
「…逃げて、悔いるのはごめんだ」
もしかしたら、作戦に参加しないことも、可能なのかも知れない。
けれど、そうして味方が壊滅すれば、わたしは必ず後悔する。
生かされたと言うなら、戦場に立とう。
わたしだけは、見捨てたくない。戦争奴隷も、機械人形もだ。
「今の戦線にろくな兵はいない。ただでさえ負けるんだ。足引っ張る馬鹿がいて、勝てるはずがない」
データディスクには、作戦参加の隊についても記録されていた。
馬鹿貴族のひとりが率いるのは、第18小隊。
作戦には、第27小隊も参加する。
「せっかく育てた兵を、殺されて堪るか」
低い声で唸ったわたしを、たこ技師はそれ以上何も言わずに見送った。
訓練場に、マーティが来た。
気付いたが、対応はせずに訓練を続けた。
「a」
「…何か用事でしょうか、ホフマン少佐」
声を掛けられて無視は出来ない。上げていた銃器を下ろして、マーティを振り向いた。
「オレと、手合せして貰えないかー?」
「…それは、命令ですか?」
「いや」
「では、お断りします。万一危害を加えたことになれば、プロテクトが発動してしまいますんで」
用事がそれだけでしたら訓練に戻らせて頂きますと、踵を返す前に肩を掴まれた。
「お前が新人のとき、指導したのはオレだけど、指導しただけで本気でやりあ、」
マーティの言葉が、途中で止まる。
わたしの指が、首に掛かったからだ。
動きは、見えていないだろう。
「本気とは、どのような意味で?」
わたしの腕も、脚も、脳や消化器官ですら、機械化の影響を受けてる。
その動きは、人間じゃない。
「新兵器の威力試験でしょうか?それとも、一小隊相手の回避訓練?まさか、機械化奴隷相手に生身で立ち向かおうなどと、頭の沸いたことは言いませんよね?」
マーティから手を離し、肩に掛かった手も叩き落とし、訓練場に転がった大きめの石をつまむ。
力を加えれば、石はあっけなく粉々に砕けた。
「暗殺任務を与えられたときの、わたしの報告はお伝えしたはずですよね?暗殺対象者は全員、徒手で殺したと。信じていなかったんですか?」
この手で、あるいはこの脚で、直に命を奪ったと、報告したはずなのに。
近くまで寄れるなら、銃を撃つより殴る方が早い。
「我々機械化奴隷は、国により造り上げられた兵器です。移動速度、馬力、思考速度、反応速度、兵としての戦闘に関わる能力ならば何を取っても、生身の人間に劣ることはあり得ません。劣る兵など、造る意味がない」
それでも、どれほど強力に造られた兵でも、前線では馬鹿みたいに死んで行くんだ。
「わたしは強い。当たり前です。強くなるように造られた。戦う能力、それだけが戦争奴隷の価値です。身分だなんだと騒ぎ立てる、あなたたちの価値は、戦闘能力ではないんでしょう?ならば、我らと競うなど、なんの意味もありません」
マーティは、何も言い返さなかった。
今度は無言で、踵を返す。
「…明日は作戦を命じられてます。訓練の邪魔をしないで頂きたい。わたしはあなたたちと違って、ひとりの兵の無駄も、見過ごしたくないんです」
フクロウも、他の戦争奴隷たちも。上の人間にとっては数字の集合でしかない兵士でも、ひとりひとり、みんな、違う“個”だったんだ。
勝った、負けた、上はそれしか気にしない作戦のひとつひとつだって、戦ってる奴隷たちにとっては、人生の終焉かもしれない命がけの勝負なんだ。
無言のまま、動くそぶりも見せないマーティへ、振り向かないまま言う。
「マーティ、あんたは、奴隷に無体をしないから、嫌いじゃなかったよ。でも、やっぱり、奴隷と貴族じゃわかりあえない」
マーティが簡単に切り捨てるものを、わたしは切り捨てられないんだから。
「あんたは、あんたの世界で生きればいい。わたしの世界は、明日終わるかも知れないけど」
なんてことない作戦。そのひとつ。
けれど、戦場では何が起こるかわからない。
わたしの初戦も、フクロウが死んだ作戦も、φが壊れた作戦も、なんてことのない作戦でしかなかったんだから。
銃を構えて、的を撃つ。
わたしに特別なことは出来ない。自分の頭で考えて、敵を狙って、打つだけ。
空も飛べないし、叫んだ望みだって叶えられない。
「行けよ、もう」
わたしの言葉に、マーティは反応しなくて。
訓練場に、虚しく銃声が響いた。
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