第四十二話 手の鳴る方へ 1
執務机に座ったマーティが、重苦しい空気を漂わせている。さすがは国の重鎮の令息と言うべきか、そうしてまともな顔をしていると、偉そうな執務机も似合って見えた。
相対するわたしは、こんな部屋に似合わないみすぼらしい奴隷だけど。
「…済まん」
項垂れたマーティが嫌々仕方なくと言った体でデータディスクを差し出す。
いつかの焼き直しのような状況になったのは、暗殺仕事から帰還した次の日に、マーティから数日休めと言われた、さらに次の日の朝だった。
データディスクを受け取って、見下ろす。もちろん、見下ろしてもなんの情報も得られない。
「また暗殺?それとも、ひとりで敵の本拠地でも潰して来いって?」
数日と言うには明らかに短い期間と、マーティの態度から察して苦笑する。
つまりマーティでも逆らえない上の人間が、わたしの排除に動いてるってことだろう。
「…今回は、また暗殺、みたいだな」
「わたしは職業暗殺者じゃないんだけどな。勘違いされてないか?」
髪を掻き上げ、笑って茶化す。
呆れてるだけで、怒ってはいない。
下手に暗殺なんか横行させて、ばれたときに非難されるのはこの国だと思うんだけど、良いんだろうか。まともに戦って殺すならともかく、暗殺なんて後ろ暗いやり方は、他国に弱みを作ってやってるようなもんじゃないんだろうか。
「ばれて四面楚歌にされても知らないぞ、わたしは」
今は一対一の戦いだからこちらが優勢に立ててるけど、もしも周辺諸国が全て敵に回るなら、圧倒的不利に追い込まれるはずだ。
わたしひとりのために自国を危険に晒すなんて、馬鹿の極みな気がするんだけど。
そこでマーティの苦い顔に、気付いて、ああ、と呟く。
「ばれたら、そんなガキ知らんで済ませりゃ良いのか」
マーティは無言だったが、苦々しい表情が、全てを物語っていた。
命令して、やらせて置きながら、露見すれば、知らぬ顔。
腐れ外道が好みそうな手だ。
皮肉を込めて笑うと、データディスクを振った。
「取り込んで来る。せいぜいばれないように、努力するさ」
機械人形は第二世代が台頭し、最近では早くも第三世代が開発されたと言う話まで聞く。初期作でも機械人形ならまだしも、空も飛べない機械化奴隷なんてきっともう、前時代と言われる代物だろう。
お荷物みたいに作戦に加わるより、成功したら儲けもんみたいな下らない暗殺仕事をさせられてるのが、分相応ってやつなのかも知れない。
部屋を出る直前にふと、馬鹿な言葉が口を突いた。
「…わたしが死んでも、伝えないでくれ」
自分の言葉に、自分で目を見開く。
誰に何を、伝えるなって言うんだろう。
誰が、わたしの不在を気にするって言うんだろう。
誰も、わたしの死になんか構いやしないだろうに。
「a、」
「忘れろ。なんでもない」
「aっ、やっぱり、」
「忘れろ!」
机から立ち上がったマーティを、振り向いて怒鳴る。
馬鹿なことを言った自分に、激昂していた。
睨み付けるようにマーティを見れば、わたしより年上なはずの男がわたしの視線にたじろいだ。
叩きつける口調で吐く。
「わたしが馬鹿だった!一時指揮官やってたからって、機械人形が戦争奴隷の生死なんざ気にするわけがない。ヤツらこころなんかないんだからな。気の迷いだ。忘れてくれ!」
「お前の死を気にするのは、」
「わたしの死を気にするやつなんかいないだろ。喜ぶやつは、いるみたいだけど」
「そんなこと、」
「もう行く、じゃあな」
マーティの追求も自分の馬鹿な言葉も、振り払って逃げ出す。
馬鹿じゃないか?愚かにもほどがある。
なにを、考えてるんだ。
足取り荒くマーティの仕事部屋から逃げ出して、十分離れた所で、唐突に立ち止まった。
「あああぁあ!!」
両手を髪に突っ込んで、しゃがみ込む。
自滅を禁止するプロテクトさえなければ、今すぐ脳みそぶちまけて自殺してたのに。
誰の悲しみを予想した?
いや、違うだろ?
誰の悲しみを、期待した?
愚かしい。浅ましい。おぞましい。
自己嫌悪に唇を噛み締めれば、ぬるりと血の味が滲んだ。
深く息を吐いて、荒れ狂うこころをなだめようとした。
「…a?」
忘れろ。忘れろ。忘れろ。忘れろ。
違う。あいつの心配なんて、あいつの興味なんて、期待してない。
馬鹿みたいにわたしを気に掛けてた機械人形が、気になっただけ。
「a?」
馬鹿だな。機械人形が、わたしなんか気にするはずないだろ。
きっともう、新しい指揮官に夢中だ。
そう。わたしが馬鹿だった。
機械人形を気にするなんて。
そうだ、機械人形が、気に、
「a?」
「うぁ!?…っと、ぁ?GN-003329番?」
しゃがんでいた身体を持ち上げられて、反射的に喉に抜き手を当てかけた相手を見返せば、わたしの両脇に手を差し込んで持ち上げたミミズクが、心配そうに顔を覗き込んでいた。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
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