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第四十話 おかえり、おやすみ

想定外の状況…

 

 

 

 走り続けて基地に辿り着いたのは、日付も変わってだいぶん経った頃だった。

 

 かなり遠回りしたせいもあるが、そうでなくても前線が着実に敵国へと侵食していて、国境から基地までの距離はやたら遠くなっている。

 促成栽培児や新しい機械人形なんかは前線の仮拠点にずっと駐留してるらしいけど、わたしたちはメンテナンスのためにいちいち帰還しないといけない。たこの出不精め。

 

 入口に立っていた夜番にぎょっとした顔をされて、今の格好を思い出す。

 深夜で良かった。じゃなきゃ確実にまた厭味の集中砲火だっただろう。

 

 出来るだけひと通りが少ない道を選んで、足早に歩く。帰還報告もしないとだけど、その前にとっとと着替えたい。

 

 「…(アト)?」

 

 背後から不意に掛けられた声に、身を震わせる。

 つん、と後ろ髪を引かれ、引きずられるように振り向いた。

 

 ろくに手入れもしていなさそうな、でもくせのない細い黒髪が夜風に揺れている。宵闇に浮かぶ、真っ白な肌と白衣。

 

 「…、……」

 

 唇を開いて、閉じて、また開く。

 

 なんで、こんな時間に出歩いてんだよ。

 どう反応して良いか、わからなくなって、きゅっと眉が強張る。

 

 背後からわたしの髪を掴んだ白衣の男は、昆虫標本でも観察するような目でわたしを見た。真っ黒一歩手前の瑠璃紺の瞳が、わたしを射抜いて細められる。

 

 男は髪を掴んだ手を離し、不必要な程間近へ歩み寄ってわたしの頬に触れた。頭一つ以上高い所から、瑠璃紺がわたしを見下ろす。

 

 「顔色は、悪くないようですね。どうしました?こんな夜中に、そんな格好で。娼婦にでも転職したんですか?」

 「…違ぇよ。軍の仕事だ。今終わって帰ったとこ」

 

 厭味臭い言葉に眉を寄せて、言い返す。

 ちゃんと口から言葉が出せたことに、ほっとした。

 

 「仕事…?軍の、ですか?」

 「そう言ってんだろ。…敵国に忍び込んでたんだよ。これは、そこで着せられた服。好きで着てんじゃない」

 「それは、お疲れ様です。おかえりなさい」

 「ん、ああ、ただいま」

 

 答えたわたしを男が見下ろす。視線がゆっくりと頭から足までを辿った。

 

 じっと服を観察されて、居心地が悪い。離れろと胸を押すと、わたしよりひ弱げな身体は簡単に離れた。

 小さく息を吐いて、息苦しさを覚えていたことを自覚する。

 

 何やら頷いた男が、口を開く。

 

 「確かに、aらしい服とは言えませんね。似合わない」

 

 ひゅっと息が喉に絡んで、男の胸に置いたままだった手を握り締めた。

 

 「そんな、人形のような服は、aにふさわしくありません」

 「…女が着飾ってんのに、褒め言葉のひとつ出ないのかよ」

 

 ともすれば震えそうになる声を、意地で振り絞る。なんでもない軽口を、装って。

 

 男は理解が出来ないと言いたげに、眉を寄せた。

 

 「似合わないものを似合わないと言って何が悪いんです?娼婦として売り出せばひと財産築けますよとでも、言えば良いんですか?」

 

 こいつ、絶対女にモテないよな。

 

 呆れかけた表情が、続いた言葉で凍った。

 

 「確かに愛らしいお姫さまになりたいなら、それで良いでしょうけど、外見の美しさなんてaの一部でしかない。aは、お姫さまになんてなりたくないでしょう。そんな格好、似合う必要がない」

 

 ああ、忌々しい。

 

 当然のごとくわたしの本心を見透かすこの男が、苛立たしくて睨み付ける。

 

 その通りだ、愛らしい人形として愛でられるのがお似合いだなんて、そんな評価は願い下げ。

 似合わないと、そう認めて欲しかった。

 

 でも、この男にそれを言われると、心が粟立つ。

 

 間違っても、欲しい言葉を与えられて、喜んでなんかない。

 喜んでなんか、やりたくない。

 

 …ああ、忌々しい。

 

 睨んだ先で男が、緩慢な瞬きをした。

 そのけだるげな動きに違和感を覚え、男の顔を見上げる。

 

 元々血色の良いやつじゃないが、輪を掛けて悪い顔色だった。

 

 「…あんた、顔色悪いぞ?」

 

 男の胸元で握っていた手を解いて、蝋のような青白い頬に触る。いつもあるくまだが今日は酷い。

 

 「あんたこそこんな時間に、何やってんだよ。ちゃんと寝てんのか?」

 

 ぺちぺちと頬を叩いて、顔をしかめた。

 

 「研究狂いもほどほどにしないと、死ぬぞ?ちゃんと食って、寝ろ。休め」

 

 視線の先で不健康そうな顔が不快げに歪み、頬を叩いていた手を掴まれる。

 

 「僕の名前は、あんたじゃありません」

 

 うぜぇ、この狂人野郎…。

 

 手を掴む手を振り払い、自分の髪に突っ込む。

 

 「はいはい。あんたはあんたじゃなくて、ビートでしたね。これで満足か?」

 「ええ」

 「なら、もう戻って寝ろよ、ビート」

 

 わしわしと髪を掻き回しながら、命令した。

 

 この狂人は研究狂いですぐ寝食を忘れるわりに、いやむしろ忘れるからかも知れないが、身体が強くない。ちょっとした無理ですぐぶっ倒れる。

 

 「あんま、無茶すんな」

 「そっくりお返ししたい言葉ですね」

 

 狂人は溜め息を吐いて肩を竦めた。

 

 「わかりました。今日はもう休みますからaも休みなさい。疲れているでしょう」

 「ああ。帰還を報告したら寝るよ」

 

 数時間走り通しだったんだ。休みたいのはその通り。

 

 頷いたわたしに頷きを返し、狂人がわたしの頭に手を置いた。

 

 「おやすみなさい、a」

 「おやすみ、ビート」

 

 ああ、やっぱりか。

 

 就寝の挨拶だけ交わして、狂人と別れた。

 

 やつと会うのはこれが最後かも知れないななんて、他人事のように思いながら。

 

 



拙いお話をお読み頂きありがとうございました


aちゃんと絡ませるつもりのなかった某狂人さんが

どうして出張っているのだろう…


作者も驚きの←

狂人さん初登場回でした


続きも読んで頂けると嬉しいです

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