第三十七話 丘の上のこぼく 3
「…おっさん、何?」
虚勢を張ったガキに見えるよう、顔を強張らせてバーナーを見据える。
バーナーの後ろに追い遣られた男が、一瞬で血の気を失くしてわたしを睨んだ。
「おっ前、この方は!」
「構わん」
わたしを叱責しようとした男を、バーナーが止める。
「それよりお前は、何か用事があって部屋を出ようとしたのだろう?」
「え、は、はい。機械系に強い研究者を呼びに行こうと…」
「ならば、行って来い。その間に、儂がこのガキと話しているから」
「は?おっさんと話すことなんてねぇんだけど」
「だからお前は!」
顔をしかめて吐き捨てれば、男に凄い剣幕で怒鳴られた。まあ、そうだろう。
わたしも自国のお偉方が相手なら、こんな態度は取らない。
でも、今は怪しまれるわけに行かない。
だからあえて、目立つ。
どうせ見付かって酷い目に合わされるなら、最初から堂々と捕まった方が面倒がない。
わたしの武器は、わたし自身。たとえ身ひとつで捕まったとしても、わたしはこの身体に植え付けられた武器と防具で、ここに打撃を加えられる。
それに、馬鹿みたいに騒ぎまわるガキが暗殺目的の戦争奴隷だなんて、思う奇特なやつは少ないだろう。敵を油断させる目的でも、馬鹿ガキの振りは有効のはずだ。
「はんっ。チビのくせに威勢の良いガキだな。お前に話すことがなくとも、儂にはある。年上には大人しく従うもんだぞ」
獲物を狙う鷹のような目で、バーナーはわたしを見下ろした。
わたしに視線を落としたまま、男に声を掛ける。
「ガキの無礼くらい気にせん。良いからお前はとっとと行け」
「しかし、」
「ん?なんだ逆らうのか?」
「いえっ!!い、行って参ります!!」
びっしいっ、と敬礼してから、まろぶように男は部屋を飛び出して行った。
残されたわたしは髪に指を突っ込もうと、して、帽子の存在を思い出して頭に手を置くに留めた。変装のためとは言え、邪魔臭い帽子だ。
片手を頭に乗せたまま、もう片手でカップを掴んでコーヒーを啜る。
「ほう、コーヒーか」
「あんたの分はねぇよ」
言うとバーナーは自らコーヒーを煎れて飲み始めた。お偉いさんのくせに、そんなことまでするのか。当たり前のようにわたしにおかわりまで勧めて、やたら雑用が板に付いたおっさんだ。
「儂は、ディートフリートと言う。お前の名前は」
「浮浪児に名前があると思ってんのか?おめでたい頭だな」
鼻で嗤って吐き捨てる。個体識別名なんか迂闊に名乗れない。どんな情報が、どう洩れてるかわからないんだから。
このおっさんが、前線付近にいるって情報も漏れたくらいだし。
にしても、どんぴしゃで暗殺対象のいる場所に連れて来られて、個室にふたりきりにされるとか、運が良いのか悪いのか。今すぐ殺す気はないけどあまりにも不用心過ぎて、この国の防衛体制が心配になって来る。
まあ、防衛を疎かにして攻撃ばかりに特化したから、今こうして数の暴力で追い込まれてるわけだけど。
「名前がないのか」
「名前もなければ家もない。親もいなけりゃ金もない。良くいる浮浪児だろ」
「知識は、あると聞いたが」
知識、ね。
「軍のお偉いさんが聞いて楽しいような知識はねぇよ」
「名前がなければ、呼ぶのに困る」
「さっきからお前って呼んでるくせに?名前なんか、なくたって困りゃしないさ。なくて困るもんなんて、この世界にはひとつだって存在しない」
下手なことを漏らさないために、与太話で会話を逸らす。バーナーは幸いにも、無駄話に興味を持ってくれたようだ。
「なくて困るものだって、あるだろう。水や食料がなければ、」
「なければ、死ぬだけだろ?何も困らない」
「死ぬのは困るだろう」
「あんたが死んで、何が変わる?世界が滅びでもするのか?」
バーナーは瞠目してわたしを見下ろし、なるほどと呟いた。
「確かに、儂が死んでも困ったことにはならんな。だから、水や食料がなくても困らない、か。ふむ、小僧、なかなかおもしろい考え方をする。どうだ、軍に入らんか」
「ごめんだね」
生憎と、亡命は禁止されている。不自由な身の上なんだ。
「なんで、なんの恩もない国のために命張らなきゃいけないんだ。下らない」
「軍の基地でそれを言える度胸は、素晴らしいな」
「間違ったことを言ってるか?戦争なんかやったって、おれにはなんの得もないじゃないか。得がないどころか、住んでた場所が住み難くなって、害だ。下らない意地張り合って、迷惑でしかない」
大枚叩いて殺し合って、なんになるって言うんだろう。傷付けて、傷付いて、誰が得をすると言うんだろう。
「祖国のため?名誉のため?愛するひとを幸せにしたいなら、銃なんかじゃなく鍬持って畑耕してた方が、ずっと簡単で確実じゃないか。名前も知らない敵を罵るより、大事なひとに愛してるって伝える方が、ずっと建設的で、人間らしいよ」
「その、通り、だな」
細めた目は、誰を思っているのか。
バーナーには溺愛する妻と三人の息女がいる。父母や兄弟も健在で家族仲も良く、だからきっと彼が死ねば何人も悲しむ。わたしたちとは、違って。
だけど、わたしは殺す。殺せと、命じられたから。
あんたは何万人もの部下に同じことを命じてるんだから、文句なんてないよな?
あんたの国が戦争なんかやってて、あんたが軍の中将なんかやってるのが悪いんだ。
死にたくないなら、戦争なんか止めれば良かったんだ。
その機会も力も、あったはずなんだから。
バーナーが遠い目をして考え込み始め、何も語らないうちに男が白衣の男を連れて来た。
余計なことを吐かずに済んで、ひと息吐く。と言ってもプロテクトのせいで、端っから軍事機密なんて欠片も漏らせやしないんだけど。
拙いお話をお読み頂きありがとうございました
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