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第三十六話 丘の上のこぼく 2

売春や強姦に関する言葉が出て来ます

苦手な方はご注意下さい

 

 

 

 男がわたしを連れ込んだのは、明らかに軍事施設の一角だった。簡易の軍設備じゃない。まともな建物が存在する、基地と言うべき場所だ。まさかの軍用車に乗せられて連れて来られたが、戦場跡からは、そこまで離れてない。車で四半時くらいだ。

 

 そんなに侵略は進んでいたのかと、今更ながら実感する。今回暗殺なんて命じられたのは、上層部が前線に出てくるからだけど、案外、前線が上層部の来るところまで近付いたと言う方が、正しいのかも知れない。

 

 「…あんた、浮浪者じゃなかったのか」

 

 机に着かされて初めて、ぼそりと呟く。浮浪者にしては身綺麗だったし雰囲気もずれていたから、もしやと予想はしていたが、どんぴしゃだったようだ。果たして、運が良かったのか、悪かったのか。

 

 「さっきも言ったけど、おれ、兵士になる気はないからな」

 「話を聞くだけだ。そう警戒すんな」

 

 男がアルミカップに湯気の立つコーヒーを注いでわたしに出す。浮浪児相手に、随分な好待遇をするもんだ。うっさん臭過ぎる。

 

 「…あんたが買い取ってくれんのか?」

 「話次第だな」

 「前払いしないなら、話さない」

 

 むすっと言って、椅子を立つ。無論、重力低減装置は抱えたままだ。

 男の目が、冷たくなった。

 

 「良いのか?そんな口聞いて。ここは軍施設内だぞ?」

 「“あっち”じゃ何年も、軍から逃げ伸びて来たんだ。軍施設の中からだって、逃げおおせるさ」

 

 本気で逃げようとすれば、逃げられないことはないだろう。この施設丸ごとぶっ潰せばいい。そのための武器は持ってる。わたしが死ぬ確率が高いけど。

 

 「無茶言うなよ」

 「無茶なんかじゃない。だって、おれは翼を持ってるんだから」

 

 ぐっと、鉄の箱を抱く腕に力を込める。

 

 はったりだ。残念ながらこれはチューニングしないと使えない。

 他の機械人形の中身と、同調しちまったら困るから。

 

 それでも目に力を込めて、目の前の男に笑みを向けた。飛べる翼がなくっても、わたしには走れる足がある。車よりも早く走れる、機械の足が。

 

 「情報は、力だろ?得ようってんなら情報料を払えよ。ケチらずにさ」

 

 わたしに笑みを向けられた男は息を飲んで、わたしを見詰めた。まさか、と言いたげに呟く。

 

 「おまえまさか…女か?」

 「あ゛ぁ!?おれのどこをどう見たら女に見えるってんだよ!?」

 

 突然の思わぬ攻撃を受けて、反射的に怒鳴る。まさか早々にばれるとは思っていなかった。なんでだ。

 

 「男にしては、笑顔が可愛らし過ぎ…いや、悪かった。謝るからそう睨むな」

 「なんだそれ、キモチワリイ。帰る」

 「待て待て」

 

 少し慌てて逃げようとしたわたしを、男が留めようと手を伸ばす。

 飛び退って、その腕を避けた。

 

 「触るな!!可愛いとか、おれは男だぞ?男娼扱いするな!!」

 

 長年の戦争は、国とひとを歪めた。

 

 昔、わたしをとても可愛がってくれた浮浪者がいた。とても可愛らしい顔をした、男で、最後は数人掛かりで犯されて死んだ。今思えばわたしが同じ扱いを受けないように、気を遣ってくれてたんじゃないかと思う。馬鹿なわたしは、気付いてなかったけど。

 可愛い顔は媚を売るには便利だが、同時に危険も付き纏う。

 

 可愛い、美しい、それだけで、誘ってもいないのに誘ったと勘違いする畜生どもがいるんだ。

 軍人とは言え浮浪者に混じるこの男なら、これで察せておかしくない。

 

 案の定男は気まずげに目を逸らして、頭を掻いた。

 

 “我が国”と違って、随分と浮浪児に優しい軍人だ。

 

 「あー…悪かった。そんなつもりじゃない。わかった。いくらで話す」

 「…20フラン」

 「おい」

 「冗談だよ。そうだな…5フランでどうだ?」

 「ぼったくりか」

 

 フランはこっちで流通してる通貨で、1フランが20スー。浮浪児の一日の稼ぎが、多くて5スーくらいのはずだ。浮浪児換算で二十日分の稼ぎ。そうぼったくりでもないと思うが。

 どうせこの男は一日でそれくらい稼いでるんだろうし。

 

 「払わないなら、それで良い。おれは帰る」

 

 わたしは、立ったままだ。すぐにでも逃げ出せる。

 

 「…あと、それは情報料で、こっちは別料金だから」

 

 腕の中身を示せば、業突く張りめと睨まれた。

 鼻で嗤って、言い返す。

 

 「高く買ってくれるんだろ?」

 「…そう来るか」

 

 しばし顔をしかめて考えたあと、男が言った。

 

 「7フランだ」

 「うん?」

 「情報と、その腕の中身と、合わせて7フラン。それ以上は払わねぇ」

 

 無言で、手を差し出す。

 舌打ちした男が、財布から銀貨七枚取り出してわたしの手に投げた。

 

 「まいどありー」

 

 にやっと笑って机に鉄の箱を置き、椅子に腰掛ける。

 男が、顔を険しくした。

 

 「おい」

 「ん?」

 「ただの鉄の箱にしか見えねぇんだが?」

 「ああ。だろうな」

 

 だから他のやつには拾われなかったのだろう。ヤツらの中身を知ってるわたしだから、見分けられた。

 

 「そもそも使用者以外にとっちゃ単なる鉄の箱だしな。使用者設定してなけりゃ、発動もできねぇよ」

 「おい。騙したのか」

 「騙されるのが悪い、と言いたい所だが、騙しちゃいない。これは間違いなく機械人形のパーツのひとつ。重力低減装置だ」

 

 こつこつ、と鉄の箱を指で叩いて言う。

 

 「嘘だと思うんなら開いて見れば良い。開ければわけのわからない部品でみっちり。こんな鉄の塊で重力に逆らえるってんだから、狂ってるよな」

 

 詳しい理屈は知らないが、なんでも重力ってのは、とある微小粒子によってもたらされていて、この機械はその粒子の、逆位?だかなんだかの粒子を発生させることで、対象が重力の作用を受けないようにしているらしい。うん、わからん。

 

 「見た目は、ただの箱だろ?これは、この装置の影響力が多き過ぎるから、他に害をなさないように機械を完全に隔離するのが目的らしい。さらに使用者に合わせてチューニングすることで使用者を限定して、誤作動を排除してるそうだ。だから、チューニングで合わせられたやつしか使えない」

 

 直接神経に繋ぐタイプも作られたそうだけど、大失敗でずいぶんと悲惨な結果になったらしい。現場を見た戦争奴隷の話じゃ、戦場より遥かにえげつない光景だったそうだ。

 

 「これは初期のものだから無駄にでかくて機能も劣るけど、最近のものは小型化が進んで機能も充実が、」

 「待て」

 「あ?ああ、専門家じゃないいんだ、詳しく説明しろとか言われても無理だかんな」

 「そうじゃない」

 

 男はわたしを見据えて、視線を険しくした。

 

 「なんでお前が、そんなこと知ってんだ」

 「もとは、“あっち”で暮らしてたって言っただろ」

 「だからって」

 「あっちじゃ、技術者同士は仲間じゃないんだよ。研究グループや派閥が違えば、成果を競い合う敵だ。敵の発明掠め盗って自分のものに出来れば、有利になるだろ」

 

 スパイは何も、国同士だけじゃない。

 

 嗤って言えば納得したか、呆れたような表情を浮かべた。

 

 「協力し合えば、より良い発明も生まれるだろうに」

 「競争し合うから、早く磨かれるんだ。流行り廃りも早い」

 

 機械化奴隷が良い例だ。一時はあれほど乱立したのに、今じゃ手掛けるのはいちグループだけ。

 逆に機械人形は、次世代は愚か三世代すら近々出て来るって話だ。

 

 「お前、兵士にはなりたくないとか言ってるくせに、軍の技術者の産業スパイはやってたのか?」

 「おれは拾って、売っただけだ。今と同じようにな」

 

 機械人形の装置や新しい機器の話は、たいていたこ技師から聞かされる。機械人形の隊の指揮官として、部下のスペックを把握する必要があるからと。

 むしろ自分のスペックの方が、曖昧なくらいだ。どっかの狂人は好き勝手いじくり回すくせに、ろくに説明しないから。

 

 なるほどなと呟いて、男はまた考え込んだ。重力低減装置を手に取って、見下ろす。

 

 「…詳しいやつ呼んでっから、ちょっと待っててくれ」

 「えー…金貰ったし、もう帰りたいんだけど」

 「…晩飯奢るから」

 「…肉?」

 「肉。好きなだけ食って良い」

 「わかった」

 

 頷いて、温くなったコーヒーに手を伸ばす。

 そのようすを、男が見ていた。

 

 「んだよ」

 「飲めるのか」

 「飲めねぇもん出したのかよ」

 「いや、コーヒーは、嗜好品だろう?浮浪者がお目に掛かれるもんじゃない」

 

 確かに、コーヒーは嗜好品だ。しかも、初見で美味しく飲めるかと言われたら疑わしい所だろう。

 

 「…」

 

 じとっと男を睨んでから、小さく溜め息を吐いた。

 

 「…良いだろ、別に。こんなに男気溢れる健康優良児捕まえて男娼扱いする糞野郎を、騙くらかして飯奢らせるくらい。自業自得だ」

 「お前…図太い神経してんな」

 「まぁな」

 「褒めてねぇよ」

 

 顔をしかめた男にぴらぴらと手を振って、笑う。騙して何が悪い。痩せこけた女だからと思って、浮浪児相手に油断するのが悪いんだ。

 

 溜め息を吐いた男は取り敢えず待ってろと言い置いて、部屋から踏み出した所で立ち止まった。

 

 「バーナー中将」

 

 男の呟きに、目を見開く。

 

 「うん?お前は…研究班の実動隊か。何をしている」

 

 威厳の塊みたいな声が答えて、男がわたしについて説明した。相槌を打つ声が、興味を持っているのがわかる。

 

 「おもしろい。少しそいつと話させろ」

 

 …本気かよ。

 

 引き攣りしかめかけた顔を、全力で抑える。あくまで、軍の偉いやつに会ってしまった一般人に見えるように。

 

 「ふん。まだガキだな」

 

 お偉方が、得体の知れない浮浪児に迂闊に近付くんじゃねぇよ。

 

 現れた厳つい中年男を見上げて、わたしは内心で思いっきり悪態を吐いた。

 

 男の名は、ディートフリート・フォン・バーナー。階級は陸軍中将。

 

 わたしの、暗殺対象だ。

 

 



拙いお話をお読み頂きありがとうございます


ジャンルをSFに設定してありますが

作者の科学知識は高校理科程度のレベルです

細かい原理とかはあまり掘り下げず流して頂けると助かります


続きも読んで頂けると嬉しいです

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[一言] あまりに博識であるため怪しまれる主人公!
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