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第三十四話 ひとりだち

 

 

 

 「…済まん」

 

 除隊から数日後、顔を見合わせたマーティが唐突に言った。

 

 「なにが」

 「…お前に、仕事ー」

 

 ぽんと投げられたデータディスクに、目を落とす。ディスクを見ただけだと中身はわからないから、意味のない条件反射だけど。

 仕事を与えられて謝られる理由がわからない。顔を上げて首をかしげると、マーティが目を逸らして顔を歪ませた。

 

 「作戦参加要請ー」

 「それがなんで謝られる理由になるんだよ」

 

 確かに除隊以来、マーティの補佐で訓練の指導なんかをやらされていたけれど、わたしは戦争奴隷なんだから戦場にいるのが普通だ。なんら不思議なことはない。

 

 謝られる理由としては、

 

 「マーティの左遷に付き合わされることにでもなったのか?」

 

 マーティの尻拭いがわたしに回って来た、とかだろうか。

 マーティのせいで迷惑を掛けられると言うのなら、謝られるのもわかる。

 

 「違ーう。オレ、左遷されるようなことしてねーから」

 「なら、なんに対する謝罪だよ。マーティに付き合える根性が認められてもっとやばいやつの下に付かされることになったとか?」

 「なんだそれー。お前、オレのことなんだと思ってんだー?」

 

 わたしの言葉に少し笑って、しかしすぐ難しい顔になる。

 いったいなんだと髪に指を突っ込んで見遣れば、マーティが苦虫でも噛み潰したような顔と声で続けた。

 

 「所属先がどうとかじゃなく、所属先がなー…ないんだよ」

 「は?」

 

 所属先が、ない?

 

 「一時的にどっかに間借りさせられる、ってことか?」

 

 それなら隊が変わるのと大した違いはないけど。

 マーティは、無言で首を振った。

 

 「じゃあ、どう言うことだよ」

 「そのままの意味だ。所属無し。つまりー、どっかの隊に所属したりしないで、単独で作戦を行えってー話」

 「…は?」

 

 単独で、作戦?

 

 「…戦争用奴隷に、暗殺でもしろって言うのか?」

 

 だとしたら、酔狂な話だ。

 職業暗殺者でもないのに暗殺なんて、成功するはずがない。

 

 流石馬鹿どもかと呆れた顔をすれば、気乗りしなそうに頷かれた。

 

 「今回はー、そうみたいだなー」

 「今回は?」

 

 まるで、次回は違うみたいな言い方だな。

 

 胡乱な目を向ければ、気まずそうに眼を伏せられた。

 

 「そのうち、普通の作戦にも単独参加させられるようになる、かも知れない」

 「馬鹿じゃないのか」

 

 髪を掻き混ぜて呟く。

 

 「ひとりで何をしろと」

 

 いくら頭が軽いにしても、限度があるだろうに。

 この国の売りは、豊富な兵力だ。数押ししか能がないくせに単独行動を命じるとか、愚行としか思えない。

 ひとりで何が出来ると言うのか。

 

 わさわさと髪を乱しながら、でも、と小さく溜め息を吐いた。

 

 「それが謝った理由か?」

 「…まー、うん」

 「なんで?」

 「え?」

 

 間髪入れずに問い掛ければ、きょとんと見返された。

 ぼさぼさになった頭を撫で付けながら、不機嫌に目を細める。

 

 「それでなんで、マーティが謝るんだ?上の決定なんだろ?」

 「そりゃーまー…」

 「つっても、別にマーティが決めたことでも謝る必要なんざないけどな」

 

 皮肉気に嗤って髪を払った。

 

 「言われた命令をこなすのが奴隷だろ?なんで命令するのに謝るんだよ」

 「っ…、でも」

 「でも?」

 「そんな、無謀なことを」

 

 無謀。その通り。単独で戦地に出るなんて無謀だ。でも、だからなんだって言うんだろう。

 

 「出来ないことを命じるのは馬鹿だと思うけど、それをいけないと言う決まりはないだろ。出来なきゃ、死ぬだけだ。死んだって戦争奴隷の変わりなんかいくらでもいるんだ。誰も気にしやしないさ」

 「そう言うんじゃー…オレがお前を引き抜いたんは、」

 「わたしのせいで小隊ひとつをぶち壊さずに済むように、だろ?」

 

 否定は許さない、と言う気持ちを視線に込める。

 ぐっと言葉に詰まるマーティを、細めた目で睨んだ。

 

 「まさか、守るため、なんて、言わないよな?」

 

 わかってる。マーティがわたしを守るために動いてることを。

 でも、そんな無駄なこと。

 

 「守れなかったから謝るなんて、言わないでくれよ?」

 

 確かに守るためと気付いて、マーティの申し出を受け入れた。でも、勘違いしないで欲しい。

 わたしもマーティも、“守る”なんて一度も名言してないんだから。

 

 守れなかったから謝るなんて、そんな必要ないんだ。

 

 「わたしはあんたにだって、守って欲しいなんて頼んだ覚えはないよ。守られなくてくたばるならそれで良いんだ。勝手に守ろうとしないでくれ。それは愚弄だ」

 「…ブーメラン、だなー」

 

 マーティが苦い笑みを浮かべて、額を押さえた。

 

 「ちったー守られてくれよーお姫さまー」

 「断る」

 

 相手が誰であろうと、守られるなんてごめんだ。

 ひとはひとりで生きられないなんて、理解してるけど。でもやっぱり、他人ひとに頼ってまで生き残る気にはなれない。

 いくら弱く見えようと、ここまで生き延びたんだから、それなりの矜持がある。

 それに、いつ失うかわからないものに頼るのは…。

 

 浮かびかけた考えを首を振って吹き飛ばし、マーティに問い掛けた。

 

 「で?いったいわたしに何をさせようっていうんだよ?」

 

 説明くらい聞いてやる、と言えば、疲れたように苦笑を返された。

 額を押さえて溜め息を吐いてから、口を開く。

 

 「なんでも、前線間際まで向こうの軍の要人が来るってー話だ。んで、巧く忍び込んでそいつを殺して来いってよー」

 「馬鹿じゃないのか」

 

 無理に決まってるだろうに。

 

 「前線間際っつっても、こっちから攻撃可能な位置までは来ないだろ。どうやって忍び込めって言うんだよ。敵国だぞ?」

 「だよなー」

 「つか、わたしの場合向こうに顔が割れてる可能性すらあるだろ?あっちは衛星技術進んでんだから、前線で目立つ兵士くらい、押さえてておかしくない。赤毛で女で、大量殺戮者だぜ?戦場に女ってだけで目立つのに、忍び込めるわけがないだろうよ」

 

 無理だからって断れやしないけど、文句くらいは言わせて貰う。相手を選んでるから許される話だ。

 

 髪に指突っ込んで、握り締める。

 

 くそ、どっかの馬鹿のせいで面倒臭いことに。頭に海綿でも詰まってんじゃないか、まったく。

 

 「浮浪児っぽい服着て、髪を染める、か?いやでも、赤毛はあっちじゃ多かったはず。むしろ赤毛のままの方が、目立たない、か?」

 「向こうで多い赤毛は(アト)ほど色が強くないぞー?赤と言うより薄い朱色だ。染めるなら、目立たないのは黒だなー」

 「いっそ髪隠して男の振りするか?」

 「その顔でかー?無理だろー?」

 「いや、案外ばれないんだ。顔汚して帽子かぶっちまえば、浮浪児の顔なんか誰も見やしないからな。少しチビで細くても、親なしのガキなんてみんなそんなもんだし。機械パーツでも拾って売ってれば、下手にこそこそするより目立たないかも知れない。問題は服をどこで手に入れるか、だな。マーティ、なにかツテは…マーティ?」

 

 顔を上げるとマーティが、呆けたようにわたしを見つめて固まっていた。

 呼び掛けて顔を寄せると、びくっと飛び上がる。

 

 「マーティ?どうかしたのか?」

 「あ、いやー。お前ってー、真面目だよなーと、思ってさー。馬鹿なボンボンどもに、見習って欲しいぜー」

 「そりゃ…」

 

 言いかけて、言って良いものかと迷って口ごもったが、

 

 「なんか理由がわかんのかー?」

 

 マーティに拾われて、引けなくなって口を割った。

 

 「戦争奴隷と一般兵じゃ、掛かってるもんが違うだろ。わたしたちは上の命令にゃ逆らえないし、前線じゃ一度のミスが命取りだ。嫌でもやるしかない。箔付けのために従軍してる坊ちゃんとじゃ、真剣さが違うのも当然だ」

 「…そー、だな。済まん、馬鹿なこと言った」

 

 あー、やっぱり言うんじゃなかったか。

 落ち込んだ様子のマーティに頭を掻いてから、沈んで下がったマーティの頭に手を伸ばした。頭上に上げた手を、振り下ろす。

 

 ぺしっ。

 

 「わ、んだよー」

 「この国に戦争奴隷がいるのはあんたのせいじゃない。奴隷じゃないあんたが、奴隷についてわからないのだって、仕方ないことだろ。うざったいから、落ち込むな。同情するなら、協力しろ。浮浪児のガキの、服一式。出来るだけ、ぼろ布寸前のやつ、用意してくれ」

 

 マーティの頭を叩いて、反応して上げられた顔を覗き込む。別に落ち込ませたくて、吐いた言葉じゃない。

 誤魔化すように笑って、データディスクを振る。

 

 「取り敢えず、メンテナンスルーム(た こ ん と こ)でこれ読み込んで来るよ。こんなかになんか、画期的な作戦が入ってる…わけないか。でも、ま、情報はあるに越したこたない。まずは知って、考えるのはそれからだ」

 「…あー。わかった。行って来―い。浮浪児のガキの服なー。最近入った奴隷のが残ってないか、探しておく」

 「ん。ありがと、頼む」

 

 頷いてマーティの部屋をあとにする。

 

 マーティみたいに機械人形たちも聞き分けてくれていたら…。

 頭を過った考えには、気付かない振りで蓋をした。

 

 どんなに強がっても結局、ひとりでは立てないのだと、今は思いたくなかった。

 

 



拙いお話を読んで頂きありがとうございました


続きもお読み頂けると嬉しいです

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