第二十九話 王子さまのバラ
怪我の描写がありますので苦手な方はご注意下さい
その後わたしは機械人形たちの心配を頑なに振り切って自力で基地に帰還し、メンテナンスルームで顔を合わせたたこ技師に苦笑された。
廊下を汚さないためにと、わたしが適当に腕や腹に巻き付けた布を解きながら、呆れたようすで呟く。
「相変わらず、大した根性だな」
「…大した怪我じゃない」
「きみじゃなきゃ、死んでたと思うよ?」
ぶすっと答えたわたしの前でたこ技師は真っ赤に染まった布きれを広げて、片眉を上げた。
その程度、なんだって言うんだ。
わたしひとり死んだところで、この国にはなんの打撃もないじゃないか。
「歩ける人間は死にかけじゃないだろ」
「きみだから歩けるんだよ…。まあ良い。休みなさい。寝ている間に治療しておくから」
言われて頷き、気絶するようにメンテナンス台に倒れ込んだ。背中が台に付くのと意識が飛ぶの、どっちが先だったかも、わからなかった。
たこ技師の部屋で起きて、何事もなかったように無傷な姿をさらした手を見下ろした。
握って、開く。
思うままに、指先は繊細で滑らかな挙動を見せた。
にせものの、機械の手。
手が壊れて、直ったのは何回目だろう。全壊した回数は少ないはずだけど、メンテナンスや細かい修理とごっちゃになって、正確な回数は思い出せない。
機械化されて上がったはずの記憶力なのに、どうでも良い記憶はすぐかすんでしまう。
視界の端で、くたびれた白衣が揺れた。
「a、目が覚めたかい?」
こちらに背を向けて作業していたたこ技師が、気配に気付いて振り向く。
ベッドで上半身を起こして手を見下ろすわたしと、わたしを見下ろす白衣の男。
何度手が壊れたかは覚えてないけど、初めて“直された”ときの記憶ははっきり残っている。
わたしはぐちゃぐちゃに潰れたはずの四肢が生えて、機械音を立てながら動くことに驚いて、見下ろす狂人は薄い笑みでわたしを見下ろしていた。
そして、
「a?何か不具合でもあるかい?」
つい、物思いに入り込んだわたしの顔を、腰を屈めたたこ技師が覗き込んだ。
違う。あの男は、見下ろすばかりでわたしと視点を会わせたりしない。
よくわからない思索を振り払って、首を振る。
「いや、元通りだと思う」
駆動音に問題はないし、作動もスムーズだ。
あえて言うなら、大破した身体が“元通り”なことに違和感を覚えるくらいで。
「そうかい。なら良いが…θたちが心配していたよ、行ってあげなさい」
「…θの方が重傷だっただろ」
「きみとθじゃ怪我したときの致死リスクが違うんだよ」
機械人形と違ってきみは、失血死の可能性があるんだからと言って、たこ技師はわたしの手を引いた。
「とにかく、今回は結構な重傷だったんだから不具合でもあるとまずい。早く訓練に合流して、不具合がないか確認してきなさい」
有無を言わせず立ち上がらせられる、早く行けと背中を押された。重傷者だと言う割に、容赦も気遣いもないたこである。
「重傷だったって言うくせに、起きてすぐ訓練に放り込むのかよ」
「重傷だったから、起きるまで寝かせてあげただろう?何時間寝たと思ってるんだい?回復は十分だ」
時計を確認すれば、帰還してから半日以上経過していた。
「…」
反論出来なくなったわたしの背を、ここぞとばかりにたこ技師が押す。
「行ってらっしゃい。不具合があったら、すぐに言うんだよ。ああ、あと」
思い出したように手を止めたたこ技師を、顔だけ振り向いて見上げた。
もしかして、
「θもかなりの損傷だった。修理は万全にしたはずだけど、問題なく動けているか、気に掛けて貰えるかい?」
「…ああ。わかった」
予想とは違った言葉だったが頷くと、また背中を押された。
「頼んだよ。じゃあ、行っておいで」
「…ああ」
頷いて、たこの部屋を出る。
…なんでだよ、馬鹿。
元通りになった右手で、乱暴に髪を掻き上げる。
良いじゃないか。あの、憎たらしい顔を、見なくて済むんだから。
「なんでだよ」
誰もいない基地の廊下を歩きながらひとり、呟く。
なんで、あいつの呼び出しがなかったことに、がっかりしてるんだ。
わたしは苛立ちとやるせなさに髪を掻き回し、溜め息を吐いて訓練場へと歩みを速めた。
拙いお話をお読み頂きありがとうございます
立ち上がらせられる…
自分で書いたのですがなんだかしっくり来ない単語です
「立ち上がらせる」の受け身形なので合っていると思うのですが
日本語としておかしかったらごめんなさい
続きも読んで頂けると嬉しいです




