第二話 空っぽのこころ
作中精神科に対する記述がありますが
登場人物の個人的な意見であり
作者に精神科や精神科の医師、患者さんなどを否定する意図はありません
万一不快に思われた方がいらっしゃったら申し訳ありませんが
あくまで作品上のキャラ付けのための発言ですので
キャラクターの個性としてご理解頂けると幸いです
揺れる感覚で覚醒した。
「ぅ…ん」
「大丈夫デスカ」
人間と殆ど変わらない、しかしどこか無機質な声。
「…φ、どうして…」
「人間ノ兵ヲ守ルノモ、私タチノ任務デス」
「そうだったね…」
ここ数年の戦線で戦争奴隷が激減し、人間の兵、特にわたしのように金の掛かった機械化兵は暫くの間生存を優先されてるんだった。最近は戦争奴隷もまた増え始めたらしいから、そのうち消え去る命令だろうけど。
戦争奴隷なんて、実験用マウス程度の価値しかない。使い棄てて一時期減ったとしても、放って置けば直ぐに増える。なんせこの国には、戦争奴隷生産プラントがあるんだから。ふざけてる。
揺れているのは抱き上げられているから。担架でなくφの腕で運ばれているのは、負傷部位が精密部じゃないからだろう。
ほとほと、悪運の強い丈夫な身体だ。
「簡単ナ応急手当ハシマシタガ、マダ治療ガ万全デハアリマセン。戦線離脱シ本部ニ帰還シマス」
遠くで銃撃の音が響いている。戦闘はまだ続いているのだろう。
本来なら、まだ戦っていなければならなかった場所。
自身の重篤な負傷による戦線離脱と、いち戦力の個人利用、加えて作戦の妨害。
「厳罰か…」
「ナゼ」
「え?」
ひとりごちて物思いに沈みかけたわたしは、問い掛けに引き戻された。φ―最先鋭の機械人形がわたしを見つめていた。
「ナゼ攻撃ノ進路ニ飛ビ込ンダノデスカ」
「…」
なぜ、と問うか。
答えない私にφは質問を変えた。
「アナタハ作戦ニ逸シテ独断デ敵ヲ逃ガシタ。違イマスカ」
「…違わない」
肩を竦めて答えればどこかの傷が思い出したように痛んだ。
顔を顰めたわたしをちらりと見下ろしたφが、かすかに走行速度を速める。振動による衝撃よりも帰還スピードを取ったんだろう。揺れるったってφの身体能力のお蔭で、大した揺れじゃないしな。
「ナゼ敵ヲ逃ガシタノデス」
「知らない。身体が勝手に動いたんだ」
「バグデスカ。ナラバ、メンテナンスヲ」
コレはわたしを自分と同じだとでも考えているのだろうか。
ふざけてる。
「人間にバグなんてない。病気や怪我ならともかく。…いや、わたしの場合機械不備もあり得るけど。でも、機械の不備でもない限りわたしの身体はわたしのこころに従って動くんだ。こころは、メンテナンスなんて出来ない」
「医者ニ、」
「精神科医にでも見せるって?馬鹿言うなよ。人間のこころは機械じゃない。画一して薬出されて、そんなんで操られて堪るか」
ふうっと、わたしは溜め息を吐いた。
「血が足りない。休ませてくれ」
「ドウシテ、ソウマデシテ敵ヲ助ケタノデスカ。今マデハ、普通ニ殺シテイタノニ」
目を閉じようとしたわたしにφが訊いて来た。永眠りたいのに、つくづく邪魔するヤツだ。
「種族防衛本能。女子供には優しいんだよ、わたしは」
「女子供トソレ以外ノ、ドコガ違ウノデス。優シイトハ、ドウイウコトデスカ」
「未来があるだろ。守ってやんなきゃ」
「未来トハ、ナンデスカ。ナゼ、守ラナクテハナラナイノデス」
「ああもう!」
わたしは力の入らない手でφの鼻面を殴った。それだけで頭がくらくらする。完全に貧血だ。きっと殴られたφよりも、殴ったわたしの方が打撃を受けているだろう。
厳罰と怪我を代償に生き延びさせた餓鬼どもは、はたしてあと何日生きてくれるだろうか。
φにはそんなつもりないだろうが、無意味な行為と責められた心地がした。
意味なんてないんだって、わたしだって理解してる。
「説明したって理解出来ないんなら訊くなっ。訊くにしてもあとにしろ。わたしは眠いんだ、寝かしてくれ。さもなきゃ死ぬっ」
叫んで今度こそしっかりと目を閉じる。もう起きていたくない。
「済ミマセン。ユックリ、休ンデクダサイ」
鼻面を殴られたにも拘わらず、φはインプットされた優しげな声を出した。揺らさないように、綺麗に走るのがわかる。当然だ。コイツには痛みを感じるこころも身体もないんだから。
わたしを抱く腕は温かく、柔らかかった。そう、温かい、温かいのだ。
こころない、機械のくせに。
静かな温もりと震動を感じながら、わたしは再び意識を手放した。
性懲りもなく、このまま死なせてくれと願いつつ。
拙いお話をお読み頂きありがとうございました
冒頭で免責求める発言してごめんなさい
主人公は独特の考え方をする、程度で
軽く受け流して頂けると助かります
少し頭が固い子、と言う設定です
続きも読んで頂けると嬉しいです