九話目
キャシーさんの作ってくれた美味しいご飯とコンポートを食べて、シャワーを浴びる。
ここではお風呂──浴槽にお湯を溜める習慣──がないらしい。
だから毎日シャワーのみだ。
あたしとしてはお風呂にも浸かりたいんだけど。
浴室は広くなく、大人二人でいっぱいになってしまうぐらいだ。
それでもこれはお貴族様仕様。
一般家庭だと川や井戸から汲んだ水で体を洗うものらしい。
シャワーヘッドは天井にあって固定されている。
壁に取り付けられている紅く輝く魔導具と、青く輝く魔導具で調整しながらお湯を出す仕組みらしい。
石鹸は普及しているけれど、香り付きは高級品とか。
そして髪も体も顔も石鹸で洗う。
シャンプーだリンスだ、洗顔石鹸だとかそんなのはない。
ま、十分だから問題なし。
シャワーを浴びてシャツとホットパンツを身に付ける。
タオルでごしごしと髪を拭くんだけれど、ドライヤーがない。
自然乾燥なんだって。
あたしの髪、背中の真ん中ぐらいまであるからドライヤーが欲しくなる。
コンコン──
ノックの音にはーい、と声をかければキャシーさんが姿を見せた。
雑に拭いていたからぼさぼさの頭を見て苦笑される。
ここに来てから大体こうやってキャシーさんが身支度の手伝いをしてくれている。
最初は朝から晩、寝る直前まで世話を焼こうとしてくれたんだけど、あたしそんなお世話される身分じゃないですから!
ついでに最低限自分で出来ますから!
そう言ってお断りしてたら物凄く残念そうにだけど、諦めてくれた。
この髪を拭くのだけは、と押し切られたんだけどね。
優しい手付きで髪の水気を拭ってくれるキャシーさん。
これがとっても気持ちいいんだな。
癖になりそうで困っちゃう。
他愛もない会話をしながらキャシーさんが満足するまで、髪の手入れまでしてくれる。
ぱさぱさだったあたしの髪の毛はほんの数日でツヤツヤのキラキラだ。
ありがたやーありがたや。
「ありがとうございました」
微笑んで部屋を出るキャシーさんに頭を下げてから見送り、ベッドへと飛び込む。
あっ、そうだ。
ベッドの上であぐらをかいて指をパチン、と鳴らす。
目の前には見慣れたステータス画面。
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NAME:ユウナ
AGE:19
RACE:人間
FITMENT:頭 《なし》
体 《シャツ》
脚 《ホットパンツ》
アクセサリー 《創造主の指輪》
《なし》
《なし》
SKILL:《自動識字》《身体強化》《観察眼》《気配察知》《空間魔術》
《気配隠蔽》《MAP》
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お、増えてる。
気配隠蔽は……あれかな、気配を消すってやつ。
《気配隠蔽》自身の気配を極限まで隠す
うーん、と唸りながら画面の文字をじっと見つめていたらぱっと文字が現れた。
ビックリした……。
ここでも観察眼の効果あったんだ。
でもあたしの考えは間違ってないことがわかったね。
ふふふ、伊達にゲームばっかしてたわけじゃないのだよ。
じゃあ……今一番大事な……これだっ。
《空間魔術》空間魔術が使える
ゔぉぉぉい!!
すっごい不親切!!
ちょっと責任者出て来い!!
《空間魔術》って見るだけでそれぐらいわかっとるわーっ!
あたしが知りたいのはもっと掘り下げた説明ですからーっ!
クレームものだよこれ!
この怒りどこもってけばいいんだー!
あっ。
「メールオープン!」
怒りのままメール画面を開く。
って、どうやって文章入れたらいいんだ!?
キーボードでてこーいっ!
メール画面を前にベッドをぼふんぼふん叩いてたらぴろん、と音がした。
般若の面相だと言われそうなぐらい険しい表情で届いたメールに視線を移す。
差出人は創造主……よしきたーっ!
『呼ばれて飛び出てt』
「アウトぉーっ」
思わず叫んだ。
うん、叫んじゃうよね、これ。
『えーっと、何か怒ってるみたいだからメールしました、僕って優しいねっ☆』
いいえ、全然です。
説明はしっかりしてください。
『ユウナちゃんがどーしてもって言うなら説明文はもう少し詳しく書くことにしてあげるねっ』
説明大事!
説明大事だから!
当たり前のことですよ!?
『それから、僕はあまり干渉しちゃいけないことになってるんだ……ごめんね、寂しいだろうけど泣かないでね?』
泣かないよ、説明ちゃんとしてくれりゃそれでいいんだよ。
てか干渉しちゃいけないなら何であたしをここに連れてきたのよ。
『僕に用事がある時は今みたいに呼んでくれたらわかるんだけど、僕のお仕事の邪魔されちゃ困っちゃうんだよね……』
あー……それは申し訳ないことをした……。
『今ちょうどSSRのカードゲットするべくイベント中なんだよ!』
前言撤回!!
おま、ゲームしてんのかよ!
ゲームより生きてる人間のフォローしろよ!!
『ってことで早く空間魔術でカバンか何かを繋いで欲しいな☆僕からのプレゼントあげちゃう。だけど大した手助けは贔屓になっちゃうから出来ないんだ……。でも!少しだけならお手紙とか受け付けてるからね!書いて入れておいてくれたら受け取るよ。ファンレターは大歓迎♡』
うあー、マジで殴りてーっ!!
誰がファンレターなんて書くか!!
だけど手紙は……うん、そこそこありがたいかも。
恨みつらみ書き連ねてやる。
『それじゃあまた何かあったら連絡してねっ』
説明ちゃんとしててくれれば呼ぶ必要ないんですけどね!
それでも応えてくれてありがとう!
これからはしっかり説明宜しくね!
「メールクローズ」
メール画面を閉じて深く、ふかぁく溜め息を吐く。
一気に疲れた……。
でも、これでなんとかなるんじゃないかな。
開きっぱなしになってたステータス画面に視線を向けて文字を見つめる。
《空間魔術》媒介(カバンや扉等)を通じて亜空間を開くことが出来る。開き方は媒介に魔力を込める。大きさは本人の想像と創造、そして魔力量が必要。出口を指定すれば転移にも使える。ただし出口を識り、扉が無くては出られない。またその際には魔力を感知する物が必要である。
一気に長くなったよ。
こーれーだーよー。
これこそが説明って感じ!
やれば出来るじゃん、創造主!
ついでに転移にも使えるってか?
「ってことはあたしがカバンに魔力を込めればあのアイテム袋みたいなのが作れるってことか……やってみよう」
ベッドから下りるといそいそと買って貰ったポシェットを手に取る。
それを持ってベッドに腰掛け、そっと開く。
中身は何も入っていないただのポシェットだ。
これに魔力を込める。
「……アイテム袋みたいになればいいのかな」
ポシェットに手を突っ込んで目を閉じてゆっくりと深呼吸をする。
心を落ち着けてアイテム袋で感じた魔力の渦を思い出す。
あれは限度があったから、これはそうならないように想像する。
出口のない魔力の空間。
どうせなら沢山入れられる方がいい。
だって解体出来ないし。
この中に入れたモノは時間が止まったらいい。
腐ったら困るもんね。
広く、広く。
沢山モノがはいるように。
どんな大きさのものでも入るように。
「…………よし、こんなものかな」
目を開けてポシェットから手を引き抜く。
カバンの見た目には変化はない。
じーっとカバンを見つめていると説明文が浮かんだ。
《ユウナのカバン》使えるのはユウナのみ。入れた時の状態が保存される。ただし生きた動物は入れられない。他に制限はない。
おっとぉ、チートカバン出来た。
生きた動物以外ならなんでも入れられるのか、やったぜ。
何か試しに入れてみよう。
ポシェットを持ってベッドから下りると部屋の中を見渡す。
…………よし、まずはギルドカードからいこう。
テーブルの上に置いてあったカードをポシェットに入れてみる。
中を覗いても魔力の渦しか見えない。
と、思ったら空中に画面が現れた。
どうやらポシェットの中身はゲームのように画面に一覧が出るらしい。
……どうやって出すんだろう。
念じる?
画面をタップ?
とりあえず画面を触れるのか試してみよう。
浮かんでいる画面に指を延ばし触れる。
白かった文字が淡く光る。
「……ほう」
文字が光ってからそのまま待つも何も変化はない。
それなら、とポシェットに手を突っ込んでみるとすぐ何かに指が触れた。
それをそのまま引き抜いてみる。
「……カードだ」
あたしのポシェットは二段階方式で物が取り出せるようだ。
まあ、そうじゃなかったら多分、中身が取り出せない事態に陥りそうだからこれはわかりやすくていいね。
よし、いくつか物を入れて試そう。
カード、手鏡、本、毛布、椅子、テーブル、ベッド……。
おかしくないよ?
ホントに入ったんだよ。
どうやら一部分でもポシェットの中に入れられれば後はしゅん、と入っていってしまうようだ。
ただ、扉は無理だった。
蝶番で壁にくっついた状態だからじゃないかな。
じゃないと壁ごと、なーんて……いや、常識的に無理だろう。
いくらチートでも。
ベッドはこうね、まず脚が一本、ちょっとでも持ち上がればポシェットの口をその脚に被せるようにしたらしゅーんとね。
ポシェットの重さにも変化がないから、ちょっとでも口に入れば本当に何でも入りそうだ。
……出すのが怖い。
変なとこに出したら戻せないんですが……。
とりあえず、出すか。
画面をタップしてベッドを選ぶ。
文字が光ったらポシェットに手を突っ込んで触れたものを引き抜く。
効果音は『ずるるるるるるる』だと思う。
掴んでたのはベッドの脚だったらしい。
手の長さが足りないから掴む場所を変えながらベッドを引き抜く。
「んしょ、んしょ」
なにこれめんどくさい。
勢い良くベッドを引っ張ればスポン、とカバンからベッドが飛び出しドスン!と床に落ちた。
…………うん、出す時は考えなくちゃね。
取り出したベッド元あった場所から少しずれている。
目測が甘かったようだ。
ドンドン!
「ユウナ様!入ります!」
あ、しまった。
音がどうやらキャシーさんの耳に届いたらしい。
扉を勢い良く開いてキャシーさんとキール君、そしてジルが跳び込んできた。
「今の音は!?」
「えー……っと……ちょっとした実験……?」
他にどう言えと。
どうしよう、どうしよう。
「……椅子とテーブルが、ない?」
部屋の中を鋭い目付きで見渡したキャシーさんがぽつりと呟く。
ギクリッ!
「どういうことかな?」
ジルが首を傾げる。
あたしが体を揺らしたのを見逃さなかった模様である。
じっとりと見つめられてる。
ま、まあ、今の状況じゃあ説明出来るのはあたししかいないんだけどね?
……せ、説明しなきゃダメかなぁ……?
「へえ、凄いね」
ポシェットの中から椅子とテーブルを取り出して戻す。
ジルはその椅子に足を組んで座り、テーブルにはキャシーさんが用意してくれたコーヒーが。
あたしはテーブルに頬杖をつくジルの足元に正座してます。
「色々非常識だとは思ってたけれど、本当に非常識だったね」
色々と説明しました、そう、色々。
椅子とテーブルが部屋になかった理由を言えばポシェットの説明をしなくちゃいけなくて。
ポシェットの説明をしたらどうしてそんなものがあるのかの説明をしなくちゃいけなくて。
このポシェット買ってくれたのジルだしね、おかしいってなっちゃいますよね、ええ。
ポシェットの詳しい説明をしたらどうしてそんなものが作れるか説明しなくちゃいけなくて。
うん、この時点で色々おかしいよね。
最終的にあたしがどうして『ここ』にいるかの説明になりまして。
すいません、刺さる視線が痛いです。
キャシーさんとキール君は部屋に戻されてるけど、ジルの視線だけで物凄く痛いです。
「す、すいませんでしたーっ」
もう土下座です。
半泣きです。
怖いよーっ。
「まあ、言いにくかったのはわかったから、いいよ」
「うぇ?」
顔を上げたら苦笑してるジル。
「そりゃあ異世界から来ましたとか、言えないよね」
「……うん」
「だから、怒ってないよ」
「……ホント?」
「うん。もう隠し事ないんでしょ?」
「へい!ゲロりました!」
「女の子が汚い言葉使わないの」
「へい」
どうやらジルは許してくれたようだ。
良かったー。
友達無くさずに済んだよーっ。
「しかし異世界ねぇ……」
「ハハハ……」
「帰りたい?」
帰る?
うーん……。
「いや別に?」
「いいの?」
「うん。こっちの方があたしは生きてるって実感出来るし……こう言ったらあれだけど、楽しいから」
「……そっか」
ジルはあたしを心配してくれたんだろうか。
そんな気にしなくてもいいんだけどな。
「ところでジル」
「なに?」
「そろそろ寝ませんか」
ほっとしたせいだと思うんだけど……眠い。
目を擦るとジルが深く溜め息を吐いた。
「まあ……うん。じゃあ僕は部屋に戻るよ」
「うん。おやすみジルー」
「うん、おやすみ」
ジルを見送ってベッドに飛び込む。
いいスプリングだ。
それじゃ、おやすみなさーい。