八話目
残酷なシーンがあります。
キャシーさんが作ってくれた美味しいご飯を食べて持ち物と依頼を確認する。
ジルが買ってくれた防具(一部分)を装備して、腰のベルトにナイフを下げる。
キャシーさんが持ってきてくれたアイテム袋もついでに引っ掛けて準備オッケー。
ジルの持ってる袋の中でも大きいやつなんだって、ありがとうキャシーさん!
いよーっし、ユウナ、いっきまーっ……。
「僕も行くよ」
「いやいや、これはあたしの腕試しでもあるしいいよー」
何故かついて来ようとするジル。
心配症だなぁ。
だけど一人でやってみたいんだい!
ついていくよ。
いいってば。
ついていくったら。
大丈夫だってば。
いや、ついて……。
いや、だから……。
どれだけ続くんだこのやり取り……。
「過保護が過ぎると嫌われますよ」
キャシーさんのぽつりと零した一言でジルは大人しくなりました。
鶴の一声だね。
ありがとう!
てかキャシーさんも過保護だと思ってたんだね。
ってことで、ユウナいっきまーっす!!
意気揚々と街の入り口まで来ました!
警備してるお兄さんに挨拶と一声かけていざゆかん!
まずは薬草集め。
といっても周囲にいるであろうゴブリンの討伐も一緒に受けてるから一石二鳥だよね。
効率大事。
必要な薬草が生えてる場所はジルのとこにある本で確認済みだし、そんなに時間はかからないでしょ。
なんて思ってた時もありました。
周囲を警戒しながら歩いて、薬草摘んで。
歩いて薬草探して摘んで。
神経張り巡らせながら歩いて探して薬草摘んで。
うん、薬草しか見つからないんだけど!?
ゴブリンどこいったのさ!
アイテム袋に薬草しかないよ!?
まあ依頼用と体力回復薬と薬草がいくつも作れる分は集まったんだけどね。
体力回復薬っていうのは所謂MP回復薬がわかりやすいかもしれない。
魔力っていうのは精神面が関係してくるって本に書いてあった。
ようするに妄想出来ないぐらい疲弊しちゃってたら上手く魔力を練り上げられないから、それを回復するのが体力回復薬。
体力回復薬っていうより精神安定剤みたいだよね。
体力回復薬って銘打ってるのに、肉体的な疲労は回復してくれないらしいからやっぱり名称詐欺って感じがする。
ただ、違いがわからない。
バカでごめんね。
MPポーションとかそういうのでいいじゃん。
エリクサーとかさ。
そして体力回復薬は精製しないとただの草、いや花である。
名前はキーリカ草。
薬草は……薬草だよ。
こっちはすぐわかるよね。
疲労は回復しないけど傷は少々だったらすぐ治っちゃう。
傷だけじゃなく風邪とか簡単な病気にも少しは効くらしい。
他に胃薬とか吐き気止めとかもあるみたいなんだけど、あたしはまだ見たことない。
薬を何種類も持って旅は面倒だから、旅人や商人はもっぱら薬草を持って旅するらしい。
この草を揉んで傷口に塗って使ったり、精製して飲み薬として使うんだって。
後は家での常備薬扱い。
ゲーム要素プラス現実的な色々が存在してる。
薬草は薬草って名前らしい。
こっちは簡単っていうか安直っていうか……いいんだけどね、覚えやすいし。
こういった薬を作る人がギルドに依頼として薬草集めをお願いするらしい。
このキーリカ草や薬草は雑草にも等しく、道端に生えてるものなんだって。
だからギルドでFランク依頼扱い。
子供の小遣い稼ぎ。
需要があるからいつでもある依頼なんだよね。
ああ、暇でつい説明チックになってしまった。
しっかしどうしてゴブリンいないわけ?
仕方ないから足を延ばして森まで向かうかな……。
あ、森ってのはジルと出会ったあの森ね。
街から離れてないから、大丈夫でしょう、うん。
街の方から物凄く視線を感じるけど無視して森へと進むことにした。
周囲に神経を張り巡らせながらゆっくりと森の中を歩く。
爽やかな風に癒される。
マイナスイオンってこれか。
って、癒されてちゃダメだよ。
ゴブリン探さない……と?
「なにこれ……」
あたしの意識に引っかかるいくつもの生きた存在。
それが小さな存在を追いかけているのがわかった。
「……もしかして、襲われてる……!?」
そう思い付いた瞬間、あたしは走り出してた。
周囲に反応無し。
集団付近まではあたしの邪魔をするものはない。
草を掻き分ける音を気にすることなく全力で集団に向かって走る。
「……は……はぁ、は……」
見つけた!!
木の陰に隠れるようにしていた小さな存在は浅く、荒く息をしていた。
その顔には恐怖。
どう見ても子供だった。
薬草を摘みながら拾っておいた石をポケットから取り出し駆け寄る。
子供はあたしが立てる音にびくりと体を揺らすものの、あたしの姿を見て泣きそうに顔を歪めた。
走りながらその子としっかり目を合わせる。
「ご、ゴブリンが……!」
子供が震える声でそうあたしに言う。
そうか、ゴブリンか。
やったね!
依頼がこれでこなせるよ!!
集団といっても数は5。
石礫と拳でいける、はず!
あたしが立てる音はゴブリン達の耳にも容易に届いているはずだ。
だけど追いかけていた子供が立てていると思っているんだろう。
警戒している様子がない。
こっちに気付いているけど先制攻撃だ!
「っし!」
足を止めて一度深呼吸をする。
ゴブリン達が来る方を見据えれば木の陰からその姿が見えた。
あ、何か武器持ってる!
とりあえず手にしていた石を思いっきり投げる。
手に持っていたのは3つ程。
1つは木に当たったみたいだけど、先頭にいたゴブリンにも当たった。
「ぎゅあっ!?」
野太い悲鳴を上げてゴブリンが一匹前のめりになって倒れる。
他のゴブリン達は何が起きたかわからないのか足が止まっていた。
二匹、見えてるよ!
だけど武器持ってるなら拳は不利かも、ナイフ使うか。
「せやぁっ」
そんなことを考えながら走り、右の拳をゴブリンに向かってふるう。
拳の当たったゴブリンは吹っ飛び、悲鳴を上げて動かなくなった。
腰に下げていたナイフを左手にしっかりと持ち見えていたもう一匹の首を切る。
木や草の陰にいた二匹がここであたしを認識したらしい。
手にしていた棍棒みたいなものをあたしに向かって振りおろしてきた。
足下に倒れていたゴブリンを踏み付けて前へと転がって避け、勢いを殺さずに転がって起き上がりゴブリン達を見据える。
うん、身体強化はしっかりとされている。
気配察知のお陰か動きが感じられる。
こうしてしっかりと向き合って見れば……うん、負ける気はしないな。
左手に持っていたナイフを右手に持ち替える。
……これ解体用だったはずなのにな、なんて考える余裕もあった。
だけど、子供のいる場所の奥から近寄ってくる気配が二つ。
急がないと!
「あっ!」
子供の方、ゴブリンの後ろへと意識と目を向けて声を上げる。
するとゴブリン達がばっと後ろを振り返った。
バカめ!!
隙を突くに決まってんだろ!!
向かって左側のゴブリンの首を一気に間合いを詰めて右から左へと掻き切る。
右側にいたゴブリンの目があたしの動きを追うけれど、遅い。
勢いを殺す為に地面に踏ん張って、その反動を利用して横へ──生き残っているゴブリンの方へ──飛ぶ。
さっきは右から左へとナイフを振ったから今ナイフはあたしの左側、腰の辺りでゴブリンからは死角になっている。
飛び跳ねたと同時にゴブリンの首を目掛けて左下から右上へと向かって切り上げた。
「ぎゃっ!」
ゴブリンは悲鳴を上げた後、ゆっくりとその場に倒れた。
よし、いけた!
慌てて子供の元へと駆け寄る。
疲れたのか気が抜けたのか、その場に座り込んで涙目であたしを見上げてきた。
「大丈夫?」
「うん……」
「一人?」
「うん」
落ち着かせてあげたいけど近寄ってくる気配はこちらに向かってる。
ナイフをしっかりと握り直してそちらに意識を向ければ、不穏なあたしの様子に安心出来ない事に気付いたのか子供も体を強ばらせた。
「おーい、ユウナどこー?」
だけどそこに聞こえた声にがあたしはがくりと肩を落とす。
「だから過保護だって……」
そんなあたしを見上げて子供は忙しなくあたしと、こちらに向かってるジルの方を交互に見ていた。
「いや良かったよ、来て」
「まあ、今回はありがたかったかも、うん」
過保護なジルは家で大人しく待っていることが出来なかったらしい。
何故かキール君を連れて追い掛けて来た。
あたしはゴブリンに追いかけられていた子供、アルト君を膝に乗せて木に凭れて座っている。
その前に座っているジル。
キール君は、あたしが倒したゴブリンを解体している。
意気揚々と出て来たあたしだったけど、実は解体が出来なかった。
うん、すっかり忘れてたよ。
しかも倒すことは出来ても解体になると気が引けてしまうことが自分でわかった。
内臓とかね、うん、見れない。
それが判明しました。
なので今キール君が解体してくれているのだった。
「あの、ありがとうございました」
膝に乗ってるアルト君がおずおずと声をかけてきた。
アルト君はなんと、獣人でした!
小さな丸い耳とちょこんと生えてる尻尾!
ぷるぷると震える姿は小動物!
「どういたしまして」
にっこりと微笑んでその頭を撫でてあげる。
ふにゃりと安心したように笑うアルト君ちょー可愛い!
痛くないようにしながらも頭をぐりぐりと撫でてあげる。
ああ、癒される。
「君、どこの子?」
「あ……ウェルセスの西区に、住んで、ます」
「ああ、そうなんだ。じゃあ送って行くよ」
「どうして森まで来たの?」
あたしが安心させてあげようとするのとは違って、ジルはどこかアルト君を責めているようだった。
ジルの様子にアルト君は身を縮めて震えている。
あたしはゴブリンはどこにでもいると思っていたけれど、こういう街の近くは門番と牽制し合ってて姿を見せなくなっているのが普通らしい。
だからこの森みたいな姿が隠しやすい森の方に現れやすいらしい。
それは知ってるよね、とジルの口調がきつくなっている。
すいません、あたしは今知りました。
だからさっきまでゴブリンに遭遇しなかったのか。
アルト君はその言葉に小さく頷くことしか出来ないみたいだった。
うーん……これは怒られても仕方ない話かもしれない。
こんな小さな子供が森に一人で入るのは、確かに自殺行為だ。
「お、お母さんが……赤ちゃん、産んで……果物……食べさせて、あげたか……っ」
ああ、泣き出しちゃった。
よしよしと慰めるように頭を撫でてみるけれど、アルト君はひっくひっくとしゃくり上げ始めてしまった。
優しい子なんだな。
「それでも」
「ジル」
言い募ろうとするジルの名を呼んでじっと見つめる。
あたしの言い分を察してくれたようでジルは口を噤いだ。
「お母さんに果物、食べさせてあげたかったんだね」
「っ、うん……っ」
「アルト君は優しいね。きっとお母さんはその優しさを嬉しく思ってくれるよ」
アルト君の頭を撫でながら優しく声をかける。
「だけどね、ここでもしアルト君が怪我したりしたら……お母さんは凄く悲しむよ。わかるね?」
「……っく、……うん……」
「二度とお母さんに会えなくなる可能性もあった。……だから目の前のお兄ちゃんが言ってることもわかるね?」
「うん……っ」
「もう無理しないね?」
「うんっ」
「よーし、いい子いい子ーっ」
わしゃわしゃと頭を撫でるとアルト君の頭がかくかくと揺れたけど気にしない。
ジルがそんなあたし達を見て溜め息を吐いたけど、それも気にしない。
「終わりました」
なんとも言えない空気に割って入ってくれたキール君に感謝!
あたしが持っていたアイテム袋に解体したゴブリンを入れてくれたキール君はその袋をあたしに差し出した。
「ありがとう、キール君」
「いいえ、これぐらい」
これぐらいが出来ないあたしです……!
差し出された袋を受け取り腰に下げると泣きやんだアルト君の頭をぽふぽふと軽く叩いて笑いかける。
「じゃ一緒にアルト君の欲しい果物、採りに行こうか」
アルト君の道案内の元、森の中を四人で歩く。
その果物は木に生っていて、青リンゴみたいだった。
見た目だけね。
アルト君とキール君がするすると木に登り、あたしとジルは木の下で二人を見守っていただけ。
その実はオルカっていうらしい。
オルカは自生しやすく、人の手を加えなくても順調に育つものなんだって。
アルト君が持っていた普通の袋いっぱいにそれを採って、更にあたしの袋にもいくつか入れる。
帰ったらキャシーさんにコンポートにしてもらおうってジルが言ってた。
果物のコンポートなら甘いよね?
やった、楽しみだ。
「お姉ちゃん、食べる?」
「え、いいの?」
「うんっ」
「ありがとう」
アルト君があたしに一つ差し出したオルカを受け取り皮をグローブで磨く。
きゅっきゅ、と音がしてツヤツヤになったオルカはそれだけで美味しそうだ。
ちらりとジルの方を見たら既に食べてた。
早いな。
齧り付いてるジルに倣ってあたしも齧り付く。
「……味は桃だ!」
見た目に騙された。
リンゴじゃなかったよ。
美味しいけどね!
大きな声を出しちゃったあたしに皆不思議そうにしたけれど、誤魔化してオルカに齧り付く。
皆で一個ずつ食べて種を土に埋めてから、街へと戻った。
ちゃんとアルト君を家に送りました。
出迎えてくれたお母さんに玄関先でしこたま怒られてたけどね。
これも経験だ。
決してお母さんが小さな姿の割に怖かったから黙って見てたわけじゃないよ、うん。
違うよ。
帰りに雑貨屋さんに寄って、少し大きめのポシェットを買ってもらいました。
あっ、ギルドに達成報告行かなくちゃ!