六話目
「だいじょぉぶー?お嬢さん」
あたしの方へ顔を向けるイケメンさん改めオネェさん。
はっとその顔を見上げて頷く。
「あ、はい。大丈夫です。有り難うございます」
「んふ、良かったわぁ」
先ほど見せたナイフのような鋭さはなく、にっこりと微笑むその顔は女神みたいに綺麗だった。
ただ、どこかで見たことあるかもしれない。
こんなイケメン顔、忘れないと思うんだけど、どこでだったかなぁ?
なんて考えながらぼーっと女神様を見上げているとパンチパーマが一歩後ずさり掴まれたままだった拳を下ろした。
「まーたオメーかぁ」
そこに響く新しい声に皆がそちらに視線を向ける。
ギルドの奥から出てきたのは壮年のおじ様。
強面でがっしりした体つき、低いバリトンが少ししわがれているけどこの人強そう。
のしのしと女神様の隣に歩いてきてパンチパーマを見下ろす。
女神様よりも更にでかい。
しかも耳と尻尾がある、揺れてる。
この尻尾の形ってライオンっぽい。
獣人さんだぁ!
その後ろから窺うようにおねーさんが顔だけ出してた。
この人受付のおねーさんだ。
あたしと視線がぶつかると小走りで駆けてきて腕を引っ張った。
オネェさんとパンチパーマから幾らか後ろに下がると抱きしめて背中を撫でてくれた。
何これ役得!?
どうしたものかと周囲に視線を泳がせたら幾つかの羨ましそうな顔が見えておねーさんを抱き締め返すことにした。
「危なかった……」
「はは、殴られそうでしたけど助かりました」
ありがとうという意味を込めておねーさんの背中を軽く叩く。
にっこりと微笑むとおねーさんもほっと息を吐いて微笑んでくれた。
あたしを庇うように立つとおねーさんがパンチパーマを睨み付ける。
「先日も注意をしましたが意識改革には至らなかったようですね」
おねーさんがそう言うとパンチパーマが苦虫を噛み潰したような顔をした。
おねーさんは手に持っていた紙に視線を落とすとそこに書かれているものを淡々と読み上げる。
「……うわぁ……」
思わず声をあげてしまったが仕方ない。
なんせパンチパーマときたらあたしに対してが初犯じゃなかった。
ギルドに寄せられた苦情は男の子からのものが多い。
冒険者になりたての子や冒険者を目指す子に声をかけ扱き使ったりしていたらしい。
ギルドには取り決めがあるのだが、そこに抵触するかしないかのギリギリで悪事を働いていたとのこと。
その中には女性の知人からの申告も幾つかあった。
しつこく声をかけてくるだとか、断ったら店で嫌味を言って客に絡むとか。
それもいくつもの街で。
しかも大きくない街が殆どとのこと。
あ、これグレーゾーンじゃないわ、真っ黒だわ。
「鈍いあたしでもわかるわぁ……」
「何がわかったの?」
オネェさんが首を傾げてあたしの方へ向く。
やだ、女神様に見つめられたらドキドキしちゃう。
「いや、その」
「あら、遠慮しないで言っていいわよ?」
「あー……なんて言うか最低だなぁ、って」
「例えば?」
「大きい街でそういうことすれば人の目につく回数も増えるし、リスクが高いけど、大きくない街ならギルドがなかったりして届け出てない人もいるんじゃないかと。女性からの申告が少ないのは……きっと……」
きっと泣き寝入りしてる。
ギルドの情報の伝達力がどれほどかわからないけれど、今読み上げただけの被害で済まないと思う。
大っぴらにしたくない、出来ないという暴行を受けた人もいるんじゃないかと、思ってしまう。
ただ、そこまで言葉にしていいのか悩む。
あたしのこれはただの憶測だし。
だけど、悪質なのは間違いないと思う。
言いあぐねているとおねーさんがあたしの頭をぽふぽふと叩いた。
それに顔をあげることが何故か出来なかったけれどあたしの言いたいことは多分伝わってるはず。
「そういうことでアンタの冒険者資格は剥奪。余罪も多そうだしアンタのパーティーメンバーも拘束ね。そちらも調べが終わり次第処罰があるわ。ご質問は?」
「お、俺がやったって証拠はねえ!」
「どうかしらねぇ。ま、何にせよアタシがここに居ることでアンタの拘束も王都での取り調べも確定事項よ」
どうやらこのイケメンオネェさんは身分というか責任のある立場の人らしい。
冒険者にも色んな人がいるんだなぁと目の前でパンチパーマ達が拘束されるのを見ていた。
がっちりと鎧を着込んだ屈強な男の人達に連れていかれてしまえば静かな空間が広がる。
あたし何しにここに来たんだっけ。
なんか疲れた。
ぼーっと宙を見ていたあたしの前に壮年のおじ様が立つ。
あたしとの身長差のせいで首が痛くなりそうなほどに上を向けば頭をぽふりと叩かれた。
「すまなかったなぁ、嬢ちゃん」
「え、何がでしょう」
「こうなるとわかってて見てたからなぁ」
「……ああ、囮みたいな?」
そう言えばくしゃりと髪を混ぜられた。
なるほど、現行犯逮捕だな。
ふむふむと頷けばおじ様が苦笑いを浮かべる。
「嫌な思いさせちまったな、すまん」
「ああ、構いませんよ。強いて言えば殴りたかったけど、社会的に落ちてしまえばいいと思います。むしろ女子供の敵は死ねばいい」
真顔で言えば引かれた。
何故だ。
誰しも女から産まれるんだぞ。
男尊女卑だとか女尊男卑だとか言うつもりはないけれど力のない人を食い物にするような人間は好きじゃない。
「あらぁ、はっきり言うのねぇ」
「言っちゃいましたねぇ」
「うふふ、でもそれも仕方ないわよねぇ」
「パンチパーマがやってきた事を考えれば当然じゃないでしょうかね」
いつの間にか隣にいたオネェさんがにこにことあたしを見下ろしてた。
しっかしイケメンだ。
女神様だ。
「……何の騒ぎ?」
そこに聞こえた声に女神様に見蕩れていたせいで飛んでた意識が戻って来た。
「あ、ジル」
「ユウナ!一体何が……取締官?」
「あら、ジルフォードじゃない」
どうやらジルと女神様は顔見知りらしい。
お互いが何故ここに、という顔をしている。
そんな二人の顔を交互に見上げて首を傾げた。
「……一体何があったんでしょう?」
「ああ、このお嬢さんがバカに絡まれてたのよぉ」
「それで助けてくれたんですよねー」
空気の読めるあたしは女神様の言葉に乗っかった。
ちょーっと使われたぐらいなんてことないからね。
これ以上の面倒もごめんだし。
「そうだったんだ……。ごめんねユウナ」
「えっ、何でジルが謝るの!?大丈夫だよ?」
肩を落として落ち込んでるらしいジルにあたしの方が慌ててしまう。
別にジルのせいじゃなくね!?
小走りでジルの側に立って大丈夫との意思表示の為に、ジルの肩をぽんぽんと叩く。
ちらりと視線がこっちを向いたからにっこりと微笑めば溜め息を吐かれた。
何故だろうか。
「ああ、お嬢さんには少しお話しを聞きたいのだけれどいいかしら?」
女神様が顎に指をあてて首を傾げておられる。
美しい。
「わかりました」
「僕も」
「やだ、そんな過保護にしないでよー。大丈夫なんだからー」
ぽんぽんとジルの肩を叩けばむっすりと顔を顰めてしまった。
ジルったら親みたい。
「大した話でもないしすぐ終わるわよぉ」
「どこかで時間潰しててよ。後で話すしさ」
「…………わかった」
ジルの顔がまだ納得してないよ、っていうのがありありとわかったけど、とりあえず女神様とお話しをしてしまわないとあたしが帰れない。
女神様に連れられてギルドの奥、多分応接室みたいな所で状況説明をした。
簡単だよね。
依頼書見てたら絡まれました、ってだけ。
前回のやり取りは受付のおねーさんも見てたから話はすんなりと終わった。
ギルドのロビーに戻ればジルが壁に凭れて待っててくれた。
「お待たせー」
手を振りながらジルの元へ駆け寄る。
はっ、これカップルの待ち合わせみたいじゃない?
やだー、照れるわー。
嘘ですすいません調子に乗りましたごめんなさい。
「帰ろう」
「あ、待って。依頼受けようと思ってたの忘れてた」
あたしの手を掴んでロビーを出ようとするジルを引き留めて依頼書を確認する。
収集と討伐の依頼書を数枚手に持って、ジルと手を繋いだまま受付を済ませる。
受付のおにーさんがジルをちらちら見てるんですけど。
何、ジルに気があるの?
え、まさかここでほmげっふん。
いやいや、あたしそんな偏見持ってませんよ。
むしろ応援してもいいよ。
だっておいsげふぁん。
「……何か寒気が……」
「え、大丈夫?風邪?」
ぶるりと震えるジルにちょっと心配になる。
何故か受付のおにーさんもぶるりと震えたんだけど……気の所為かな?
もしかしたら風邪が流行ってるのかも。
あたしも気をつけなくちゃね。