五話目
ジルの屋敷にお邪魔して数日が経った。
ジルは何処かに出かけるでもなく一日中家の中にいる。
というかあたしの後を追い掛けてくる。
あたしを観察してるらしい。
メイドさん──キャシー──曰く、あたしを気に入ったのだろうと。
今まで他人に対して興味を持たなかったジルが、まるでおもちゃを見つけたみたいにあたしに付いて回る姿は微笑ましいとなんか生暖かい目を向けられた。
遺憾である。
小間使い君──キール──曰く、ジルが楽しそうで嬉しいと。
もっとジル様を楽しませてあげて欲しいとお願いされた。
誠に遺憾である。
不本意ながら楽しませているつもりはない。
練習しているだけだ。
そう、全身発光の次は火の玉を打ち上げた。
それは高く高く昇り、花火のように弾けた。
それを見た街の人達が屋敷の周りに野次馬よろしく押し掛けてきてしまった。
その次は水柱を創った。
降ってきた水で全身びしょ濡れになった。
ついでにその水柱が足下から出来たせいでジルが空高く飛んだ。
降りてきた時は風を纏って優雅に着地していたが。
その次は風を纏って空を飛ぼうとした。
あたしと一緒に屋根も飛んだのは計算違いだった。
街の外に落ちたのは僥倖であったと言わざるを得ないが。
おかしい。
あたしは真面目に練習してるだけなのに。
どれもジルに一回見せてもらってから同じようにしてるはずなのに。
何故こんなにも違うんだろう。
でもどの魔法を使った時もジルは笑ってた。
爆笑である。
何故だ。
そして今も笑っている。
庭で練習しているだけなのに。
いや、庭で練習していた。
今は土を魔力で練り上げて人形を創っていた。
その人形が巨大な土人形になってしまっただけだ。
土人形の頭の上からぼんやりと新しくなった屋敷の屋根を見下ろす。
横で震えてるジルは無視だ。
この人きっと笑い上戸なんだ。
あたしがセーブ出来ないから笑うんだ。
なんかムカついたからジルを土人形から蹴り落とす。
だけど笑いながらふわりと浮きあたしの横にまた来る。
「なんで笑ってんのよ!」
「だって楽しいじゃないか」
「ジルの楽しいがわかんないよ!」
「僕はね、小さい頃に人より魔力が多いって言われてさ。なんていうか……研究対象だったんだけど。僕でもここまでの事やったことはないよ」
「……研究対象……」
「ああ、そんな変なことはなかったよ。ただ毎日魔法を使って実験してただけ」
そうは言っても研究とか実験とかあんまいい物じゃなかったんじゃないか、と疑うよね。
かと言って詳しく聞くのも良くないだろうし……。
「……あれ、じゃああたしこれ……」
こんだけバンバンおかしな状況起こしてるあたしヤバくない?
ジルでもここまでなかったなら、あたしが研究対象になる可能性もあるんじゃ。
「ああ、僕がやったように見えるだろうし大丈夫だよ」
「は?」
「変人のジルフォードが新しい魔術を研究してる、って周りには見えるからね。君がここまでやるなんて普通想像つかないよ」
「……ジルに迷惑かけたいわけじゃないのに……」
あたしのせいでジルに迷惑がかかってる事実に落ち込む。
ぐらりと土人形が傾ぎバランスを崩す。
ジルがあたしの腰を抱いて宙に浮く。
土人形が庭に崩れて小さな山になる。
「……ごめんね、ジル」
「なんで?僕は楽しいよ?きっとあの時研究者達はこんな気持ちだったんだろうな」
ジルの声に悲愴さはなかった。
それがなんか余計に申し訳ない気持ちになるけど、あたしが出来ることはないんだろうな。
こんな気持ちも逆にジルには失礼になるかもしれない。
うん、前向きにいこう。
「……もしかしてあたしのレベルが低いのかな……」
地面に下ろしてもらって土人形の成れの果てを触る。
ただの土になってた。
「レベル?これだけ出来るのに?」
「制御が出来ないのってレベル不足な気がするの。……暫く攻撃魔法はやめとこ」
一人で頷き立ち上がると屋敷の中に向かう。
洗面所で手と顔を洗ってリビングに向かえばキャシーが飲み物を用意して待っててくれた。
ジルは既に椅子に座って喉を潤してる。
「うーん……そうだ、あの袋見せてよ」
「うん?」
「狼入れてた袋!」
「じゃあ持ってきて」
「かしこまりました」
キャシーがパタパタと何処かへ向かう間にあたしも飲み物で喉を潤す。
左手で頬杖をつき指をパチリと鳴らしてステータスを確認する。
前に見た時と何も変わってないってことはやっぱりまだ魔法は使えないんだろう。
キャシーが戻ってくる音がして指を鳴らしてステータス画面を閉じる。
「こちらで宜しかったでしょうか?」
「うん、ありがとう」
「ありがとうございます」
キャシーから袋を受け取りおもむろに袋に手を突っ込む。
渦巻く何かに触れて自分の中で魔力を動かす。
「あ、そうだ。袋って大きさは決まってるの?」
「そうだね。重さは感じないけれど入れたら入れただけ袋が大きくなるから、持ち運べる大きさまでしかないかな」
「なるほど」
ジルから簡単な説明を受けながら袋を細かく観察する。
「これってどうやって定着させてんだろ……錬成?」
「さあ?袋は普通に売ってるやつだよ。だけどもう新しくは作れないかもね。空間、転移は今じゃあ古代魔術だから」
「え、そうなの!?」
「うん、転移に関しては制約もあるしどちらも使う魔力がハンパないみたい」
「へええ」
そんなにか。
ジルが言うならその使う魔力の多さは常人じゃあ使いこなせない程なんだろうな。
これも今度試してみよう。
スキルに空間魔術があるんだから多分コレも作れるはず。
……裁縫苦手だけど……。
まだジルの書斎の本を全部読んだわけじゃないから、手掛かりもあるかもしれない。
どうしようかな。
空間魔術に掛かるかレベル上げするか。
そういえば魔術って初級から上級まであったっけ。
空間魔術でひと括りされてるのか空間魔術でも簡単なものしか使えないのか……。
魔力の消費が激しいのならまずはレベル上げた方が失敗も少ないのかもしれない。
それにいつまでもジルの家にお世話になるわけにいかないし、お金稼がないとだよね。
しばらくはレベル上げ兼お金稼ぎにしようかな、うん。
「何ぶつぶつ言ってるの」
「え?あ、うん。レベル上げしたいと思って」
「レベル上げ?」
「うん。……あ、ギルド行こう!」
そうだよ、ギルドの依頼受ければいいんじゃん。
すっかり忘れてたよ。
そうと決まれば行動あるのみ。
「今から?」
「うん!ちょっと行ってくるね!」
「え、ちょ」
椅子から立ち上がると何か言いたそうなジルとキャシーを尻目に屋敷から揚々と外に向かった。
辿りついたギルドはやっぱりむさ苦しい。
ロビーに溢れるごついおにーさん達は壁に貼られた紙を我先にと奪い合っているようだ。
あっちで俺が先だ!とか、俺が狙ってたんだ!とかこっちから聞こえる。
そんな人達をちらりと見てからFランクの依頼が貼られた一角へと向かう。
こちらはごついおにーさん達というより若々しい、まだ発展途上の男の子すら居た。
この子もいずれあんなむさい男になるのかもしれないと思うとなんか勿体無い。
いや、あたしは別に可愛いのが好きなわけでもないんだけどね。
男の好みとしてはどちらかといえば筋肉がしっかりある人が好きだし。
あたしの好みは置いといて、依頼だよ、依頼。
Fランクといえば冒険者として最低ランク。
変な話お使いレベルのものもある。
身の危険が一番低い。
その分達成したとして貰えるお金も少ない。
小遣い稼ぎ程度だ。
あたしとしても自分の力量を測り切れていないので分不相応なものには手を出したくない。
命あってのモノダネだからね。
だけど自分がどれだけやれるのかを知ろうと思ったら街の近くは良くない気もする。
変に目を付けられたら困るしね。
自意識過剰かもしれないけど。
Fランクへの依頼は草を採ってくるとか簡単な討伐依頼しかない。
といっても自分のランクプラス1つ上まで受けられるからEランクの依頼も受けられる。
草を採りつつ周囲の討伐依頼を受けるのが効率的にはいいんじゃなかろうか。
魔法は使えないが狼はこの前倒しているから、気を抜かなければ狼と同じくらいの強さだというゴブリンも倒せるだろう。
ゴブリンとか異世界単語だよ、凄くない?
ニヤニヤしちゃう。
横でなんだこいつって顔されてるけどスルーしとこう。
Fランクの依頼を一通り見てからEランクの依頼を見ようと場所を移動する。
人混みを声をかけながら掻き分けて一番前で依頼書を見る。
Fランクの討伐依頼とあまり差はないが数が多い。
ゴブリンの討伐依頼で例えるならば、Fランクだと群れからはぐれたんだろうな、って数の討伐依頼だが、Eランクだと群れそのものを討伐するみたいなものだ。
依頼書にもゴブリンリーダー討伐とあるしね。
ゴブリンの群れが何匹かはわからないがリーダーとつくなら強さも普通のゴブリンより強いだろう。
「わっ!?」
そんなことをつらつらと考えてたら何かにぶつかって尻餅をついた。
と、いうか動いてなかったんだからぶつかられた、が正しいのだけど。
床に打ち付けたお尻と掌がじん、と痛む。
何だ?と思って顔を上げたら見たことのある顔があたしを見下ろしてた。
睨み付けるように、馬鹿にするような目。
そしてパンチパーマ。
「あー、この前の」
パンチパーマか、そうか。
なるほど、納得。
嫌がらせだ。
痛むお尻を軽く撫でながら立ち上がり掌を見る。
痛いけど傷にはなってない。
「初心者がフラフラしてんじゃねーよ」
「女が出張ってちゃあ可愛げもねえよなぁ」
ゲラゲラと笑う男達に苛立つ。
あたしが何したって言うの。
「初心者手込めにしようとして失敗したからって今度は嫌がらせか……みっともない」
ぽつりと呟いた言葉は騒がしかったロビーを静かにした。
それはもうものの見事に。
効果音は『シーン』だ。
しかも皆呆然としてる。
こっちを見て。
やだ、凄い注目浴びてんじゃん。
「このアマァ……!」
そんな中で一番最初に我に返ったのはパンチパーマ。
真っ赤な顔であたしを睨み付けてる。
これは殴られるかもしれないな。
腕で防御したとしても痛いだろうなぁ。
でも手を出す方が負けだから我慢すべきか?
「何か間違ってた?先輩風吹かせて嫌がる女捕まえて。逃げられたら嫌がらせのようにぶつかってきて、馬鹿にして。モテない男、しかも小物の典型的な見本ね」
どうせ殴られるなら言いたいことは言っとこう。
やられっぱなしはしょうに合わない。
周囲の人の中には数日前の出来事を知ってる人もいるのかもしれない。
小さな声でまたか、なんて聞こえる。
「誰がテメェみてえなガキに声かけんだ!」
「あらら、ほんの数日前のことも忘れたのか。しかもあたしに初心者がフラフラしてんじゃねーよってぶつかってきた人間が。あたし今日、初心者だなんて一言も、誰にも言ってないのに」
腹の探り合いが出来る程あたしは頭がいいわけじゃないけど、揚げ足取るのは簡単。
ただの事実だしね。
特に一緒にEランクの依頼書を見てた周りの人はあたしがぶつかられたことも視界の隅で見てただろう。
「ふ、ざけんなクソアマぁ!」
肩を震わせてたパンチパーマがとうとうあたしに向かって拳を振り上げてきた。
受けるべきか躱すべきか。
振り上げられた拳は位置的にあたしの顔をめがけてる。
女の顔を狙うなんて最低!
躱して殴ろうと決めて拳をしっかりと見据える。
するとその拳を阻むように手の甲が割り込んだのが視界に入った。
パシン、と音がしてパンチパーマの拳が止まる。
驚いたのはあたしだけじゃなく、パンチパーマもだった。
パンチパーマだって見てくれだけがでかいわけじゃない。
冒険者としてそこそこ力量があるからDランクなのだ。
使われている筋肉から放たれる拳にはそれに見合っただけの威力があるはず。
それを掌で容易く受け止められたのだ。
そりゃ驚くよね。
しかも正面からじゃない。
横から腕だけが伸びてる。
それは腕の力だけで止めた、ということ。
拳が伸びきったわけじゃないからパンチパーマの全力のどれだけかはわからないけれど。
パンチパーマの拳を受け止めた腕に沿って顔を動かす。
あたしの場所からはその人の全ては見えない。
けれどあたしよりも頭一個分は高い。
銀色の長い髪は編まれて背中に垂れている。
パンチパーマを見据えるその蒼い瞳はどこか鋭くナイフのように感じた。
ここから見えるだけでもイケメンだ。
紛うことなきイケメンだ。
拳を受け止められたままパンチパーマがその男の人を睨み付けるが、さぁ、っと顔が青ざめた。
どうやらこのイケメンさんを知っているらしい。
口角を上げて笑みを浮かべたイケメンさんはゆっくりと首を傾げた。
さらりとおさげが揺れパンチパーマがびくりと体を震わせる。
「やぁだ、女の子に手を上げようだなんて男の風上にもおけないんじゃなぁい?」
──訂正する。
イケメンさんではなくオネェさんだったらしい。